結局、明確な説得の仕方を思い浮かばず、1日が過ぎた。
明日には、リリがソーマ・ファミリアに引き渡される。
仕方がないので、交渉の糸口でもつかめればとソーマ・ファミリアに一人で押しかけることとする。ヘスティア様はバイト中である。
オレが用意したものは、高いワインとそのワインに合うように作った酒のつまみの料理。そしてお金だ。ついでに、「交渉」スキルにもポイントを振って有効化しておく。
お金は、ダンジョンをソロで潜ってきた時の魔石やドロップアイテムを換金したものから出した。
ソーマ・ファミリアには昼前についた。門番が一人いかにもやる気がなさそうにあくびをしながら立っている。
「すみません。神ソーマに面会したいのですが」
「はぁ?……帰れ、帰れ。あんなのに会ったってしょうがないぞ」
表情には出さないが、主神をあんなの呼ばわりには驚いた。
「そこをどうにかお願いしますよ」
このやる気のなさと敬意のなさ、多分いけるだろうと金を握らせながら尋ねる。
>「贈賄」スキルを得た。
「そろそろメシ時だな。オレはメシを食いに行くが勝手に通るんじゃないぞ」
そういって扉の前から軽い足取りで離れてくれた。
手ぶらで鞄も持ってないとは言え、こう簡単に通してくれるとは……。
なお、マップでソーマ様へのルートにもう門番がいないことは確認している。
というか、ソーマ・ファミリア自体に人がほとんどいない。ザニスというソーマ・ファミリアを取り仕切っている男もペナルティの関連なのか取り調べなり警告なりを別の場所で受けていることは確認済みだ。
だからこそ、普通に進んでも問題ないだろうと判断したのだけどね。
そのまま、ソーマ様の部屋まで移動した。
部屋に入る前に、ストレージから白ワインと魚料理などを取り出す。
ストレージに入れていたのは、ストレージ内では時間が止まったように変化が起こらないからだ。温度を最適な状態で提供できるので、今回は使わせてもらった。
部屋に入ると、長髪のローブ姿の男の神がダラリと椅子に体重を預けていた。こちらには何の反応も示さない。
「神ソーマ、あなたにお願いがあって参りました。まずは料理と酒を献上致します」
調理スキルは酒を注ぐのにも有効らしく、スキルのサポートに従いワインを注ぐ。
いきなり見知らぬ奴に料理を出されて、怪しまれるかとも思ったが、ソーマ様は無言でワインの香りを確かめ、口に含んだ。
嘘を見抜く神の力を利用した確認くらいはあると思っていたのだが。
酒の神だけあって、そういうのは見抜けるのだろうか?
「イマイチだな……」
ポツリと無表情でソーマ様がつぶやいた。
結構いいワインだと思うんだが、お気に召さないか。
「不出来な品を出して申し訳ありません。よろしければ、料理もお試しください」
面倒臭いといった雰囲気ながらも一口食べてくれた。そしてソーマ様の表情が変わる。
「なるほど……。そういう趣向か」
正直なところ、ロクに酒に詳しくないオレが、酒で、酒の神様の興味を引けるわけがない。しかし、酒造りにしか興味のない神の関心を引くための献上品は酒関連のものだけだろう。
そのため、料理で酒を引き立たせ、酒で料理を引き立たせることを主軸に、料理と酒を選んだ。酒造りにしか興味がないと聞いたが、特別な肴を作っているとは聞いてなかったので、これなら興味を引けると踏んだのだ。調理スキル様様である。
目論見は成功したようで、ワインのおかわりも要求してきた。綺麗に食べ終えたソーマ様は語り出す。
「ワインは保存状態が少し悪く、嫌な酸味が僅かだが顔を出していた。しかし、料理によりそのマイナス面が薄れ、ワインの別の顔を引き出した。温度も適切な状態で提供されたし、注ぎ方も良かった。私の眷属の中にも嘆かわしいことに、注ぎ方で酒の味が変わることを知らん者がいる。そもそもワインとは……」
よしよし、好きなことなら饒舌になるオタクの顔が出てきたぞ。いい感触である。
適当に相槌を打ちながら、気分よく話してもらうつもりだ。
なお、ワイン自体は言うほど保存状態が悪いとは思っていなかった。違いを見抜く舌はさすが酒の神といったところか。
「……というわけだ。
欲を言えばもっといい酒がよかったし、もう少し料理についても指摘したい部分もあるのだが、久々に良い時間を過ごさせてもらったのも確かだ。私に頼みがあったのだな……。言ってみろ」
もう少し時間がかかるかと思ったら、話を途中で切り上げ、向こうから本題を話すように促してきた。
「実は、ソーマ・ファミリアの眷属の一人を、私たちの属するヘスティア・ファミリアに
「なんだ、おまえ、私の眷属ではないのか?
まぁいい……。誰が欲しいのだ」
オレをソーマ様の眷属と勘違いしてたのか?
それはともかく、拒否はされない、いけるか?
「リリルカ・アーデというサポーターの
「リリルカ・アーデ?……そんなものいたか?……私が覚えていないということはいてもいなくても変わらないような子なのだろうが……」
ペナルティの原因になった眷属の名前すら知らないのか?
管理は放置していると聞いていたが、ここまでなのか。
「まぁいいだろう……。酒造りは禁止されても酒の友を作ることは禁止されていないと教えられたのだ……。
そう考えるの?
話を聞いてもらうための献上品に過ぎなかったんだけど……。
「ありがとうございます」
交渉スキルのおかげだろうか、あっさりと
「リリルカ・アーデに手を出さないよう、ソーマ様の名で他のソーマ・ファミリアの方に命じていただくことは可能ですか?」
「……面倒だな」
これは、無理か……。
……いや、もう少し、踏み込んでみるか。
「ソーマ様は団員の名前や行動を把握しておられないのですか?」
下手をすると、決まった移籍を壊すことになるかもしれないが、ソーマ・ファミリアの内情を知っておけば、対策も思いつくかもしれない。
「……そのような雑事はザニスに任せてある」
「そのザニスさんに任せていたのに、今回のギルドのペナルティが発生しました。
……私は、ソーマ様が眷属をしっかりと見て、ファミリアを統率すべきだと思います」
噂を集めた限り、ザニスというのは評判があまりよくない。
神様がきちんと管理する方向にもっていければいいんだが。
「……酒に溺れた子供たちを見ることに何の価値がある?」
起伏のない声に、その虚ろな瞳に、色濃く下界の住人への失望が現れていた。
ソーマ様にしてみれば多分良かれと思って
ソーマ様は棚から酒瓶と杯を取り、酒を注いだ。
「
誘惑するような甘い匂いが漂う。もっとアルコールの香りが強いものだと勝手に思い込んでいたがそうでもないようだ。
オレはメニューからワインを試飲した時に手に入れた、酒精耐性を最大までポイントを振り有効化した。少々、無粋に感じるが、対策はきっちりしておきたい。
杯を持ち、香りを楽しむ。その後、口に含んだ。
これは素晴らしい。感動的だ。味を説明するにはまるで言葉が足りない。まさに神の酒といったところか。体の隅々まで、幸福感が駆け巡り、自然と笑みがこぼれる。無表情スキルをもってしても、笑みを止められない。この酒に心を奪われ、心酔し、酒のためならなんでもするというのも理解できる。
もっとも、そんな真似はしたくない。
「……素晴らしい酒です。
ただ、この酒をこんな風に試すように飲ませるのは、この
「……たしかに……その通りだ。……少し、冷静ではなかったようだ」
驚いたような表情をしたソーマ様が、自分の過ちを認める。
今なら、きちんと話を聞いてくれそうだ。
もう少し、揺さぶってみるか?
「以前、ソーマ様のお酒を飲んでみたいといった私の仲間にリリルカ・アーデは『止めておいた方がいいと思います』とポツリとつぶやきました。そういった時の無理をした笑顔は、もう
「もう一度……
「そうかもしれません。
ですが、ソーマ様のお酒は、無理矢理に飲ませるものなんですか?」
「そ、それは……」
オレの
「私自身はおいしい酒と感じますが、同時に危険な酒であるとも思います。
心が弱いものが飲めば、酒に溺れる。そして酔いから醒めた時に、今までの行動を恥じる。一度飲み、酔いが醒めたリリルカ・アーデのような者には、
再び、口にすればまた酒に溺れるのではないかと恐怖しているかと思います」
「
目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。
ソーマ様自身は、素晴らしい酒であるという認識で誇りもあったのだろう。
実際、あの酒はとても素晴らしいものだった。
「
ただ、多くのものは悪酔いを起こす強すぎる酒です。赤子に酒を与えないように、酒に溺れる者には
考え込むようなソーマ様に、続けて言う。
「それと、
正直に言いますと、この酒を使えば、他人に言うことを聞かせるのは容易いです。
この素晴らしい
ソーマ様は明確に渋い表情を浮かべた。
「ザニスがそれを行っていると?」
「そこまで言うつもりはありません。ただ
ですが、彼は眷属の暴走を止められずに今回のペナルティという事態が起こりました。組織の運営に関して、ソーマ様がザニスさんに直々に問い質す価値はあると思います」
ザニスに関してはいい噂は聞かなかったが、当然、明確な証拠があるわけではない。
神は嘘を見抜く能力持ちなんだ。神に対して不義理なんて働いていた場合、本気で追求しようとすればすぐにわかるだろう。
「いいたいことはわかった……。今日のところは引き上げてくれ、少し考えたい」
食器類を下げ、単体ではあまり評判のよくなかった白ワインのボトルを下げようとすると待ったがかかった。
「それは私に献上したものだろう……そこに置いたままでいい」
「料理はないので、今一つな味かと思われますがよろしいのですか?」
「構わない……。たまにはこういう酒もいいだろう」
「わかりました」
扉を閉める際、グラスを傾けたソーマ様が見えた。