アイズさんとの訓練後、ホームに戻り、身支度を整えた後、ソーマ様のところに向かった。門番には話が通っていたようで、スムーズに調理室に案内された。
ヘスティアファミリアのホームではコンロしかなかったが、ソーマファミリアの調理室はかなりの大きさで、業務用の冷蔵庫やオーブンや石窯などもあった。酒造りが専門といっていた割にはかなりの設備である。
「よく……きてくれた」
食材や料理本に囲まれたソーマ様に挨拶を返した後に尋ねる。
「それで、オレは何をすればいいでしょうか?」
「まだ、明確な道は見えておらず……、手探りの段階だ。これが……私が作ったものだ。味を見てくれ」
食材ひとつひとつを見ても、切り方や火入れがつたないとスキルが伝えてくる。調味料のバランスも悪いと思う。
「食べてわかると思うが……今の私では……料理と呼べる状態の皿すらつくれない。
まずは……これを酒にあう料理と呼べる状態にしたい」
「わかりました。
「む……そうか……飲んだことがなかったのを忘れていたな」
ソーマ様が無表情で杯に酒を注ぎ、差し出してきた。
甘く涼やかな独特の香りだ。口に含むと強烈な甘みが広がるが、ベタつくような感覚はなく口溶けは滑らか。独特の芳香が鼻腔を駆け抜け、後味はさわやかで、最後の余韻まで楽しませてくれる。まるで体の隅々まで染み渡っていくようだ。
「美味いですね。しかし、これに合う料理ですか……」
かなり主張が強い酒だ。味がぼやけた失敗作と言っていたが、十分に完成しているようにも思える。いや、完成品の
「味はわかりました。ソーマ様が作られた品を元に、私なりにまずは一品作ってきます」
スキルに従い、バランスを整え料理を完成させた。さっそくソーマ様に味見をしてもらう。
「うむ……。美味い料理だ……。美味いが……
普通の酒ならともかく、あの独特の香りと強い甘みに、料理の味がかすむんだよね……。あの酒にあう料理というのはなかなかの難題だ。
ソーマ様が少し渋い表情を浮かべている。すこし落ち込んでいるのかもしれない。
「ソーマ様、まだ一品目です。色々作ってみましょう」
「……ああ……、そうだな」
なお、試作料理は、ソーマ・ファミリアの眷属らに提供されるようだ。料理単体としては美味いので特に文句はないだろう。
その後、夕方まで試作を続けたが失敗作の
「今日はよく働いてくれた……。また明日、同じ時間に来てくれ」
「わかりました、失礼します」
もっと長い時間働くものかと思っていたが、意外と短かった。なんと、ホワイトな職場であることか。正直、よく働いたという気がしない。ソーマ様もファミリア管理の仕事があるとのことだし、仕方がないか。
なお、ソーマ様が買ってきた料理本については、自由に見ていいと言われたので、ソーマ様が離席した際に、ストレージに一旦収納して、メニューでいつでも読める状態にしている。寝る前に少しアイデアを考えておこう。
その日の食後、ヘスティア様に前もって一言言った後に、オレのスキルについて少し話すことにした。何も言わないと、異世界ネタをばらすのかと驚かれるかもしれないからね。
「リリがヘスティア・ファミリアに入ったし、オレのスキルについて教えておこうと思うんだけど……」
「え、サトゥーさん、能力が発現していたんですか?」
「もしかして、器用が上がるとかそんな能力ですか?」
リリがそう聞き返してきた。ある程度バレてたか。
「そうだね、色々なことを器用にこなせると思ってもらって構わないよ。戦闘の連携で使えるような能力じゃなかったから黙っていたけどね」
「この料理の技術にも反映されているということですか?」
「まぁね」
「おかげで美味しい料理を食べられると考えれば、ずいぶんありがたいスキルですね」
リリはオレの入れたお茶を飲んでからそう言った。
「魔力の扱いに長けているのも、スキルのおかげなんですか?」
「そうだね。まぁ、もちろん、それなりに練習する必要はあるけど」
魔刃スキルにそって魔力を流すだけでなく、練習により魔刃の発生が高速化したし、魔刃の形を変えたりできるようになったのも練習の成果だ。特に意味はないが、漫画でありそうな、指先に魔刃で数字や文字を作ることもできるようになった。
ベル君が何かを決心したような顔付きで話しかけてきた。
「サトゥーさん、お願いがあります。魔力の扱いについて教えてほしいんです」
「別に構わないんだけど……」
感覚的なもので、どうやって練習すればいいかがいまいちわからない。
「実践的なもので構わないかい?
感覚的に使ってるし、オレも理論とかはよくわからない」
「はい。僕も理論は眠たくなっちゃいそうなのでちょっと……」
「あの、リリも教えてもらっても構いませんか?」
「構わないよ」
リリも教えてほしいというのは意外だったな。けど、魔力の扱いに長ければより負担なく魔法を使えるようになるかもしれないね。練習することに損はないだろう。
今日は、二人の手に魔力を流してみることにした。魔力量や魔力の流す速さなどに強弱をつけて、それを感じさせることから始めてみた。
まずは魔力の流れを知ることが大切だろうという考えと、これならオレが簡単にできるという打算からそういうメニューにした。
今後を考えると、少し練習内容も考えなくちゃいけないね。寝る前に、ソーマ様のメニューを考えるのと合わせて、こちらの訓練内容も考えておこう。
翌日の早朝、ベル君と一緒にまたあのボッコボコタイムを過ごすことになってしまった。一応、策は用意してあるが……。とりあえず、ベル君から頑張ってもらう。ベル君は結構耐えたがふっ飛ばされて気を失った。気が重いが、オレの番か。
「君の剣、変だよね?ただの棒と変わらないように思えるけど?」
おっと、昨日、オレ自身が変と言われたことに続き、剣まで変だと言われたぞ。
「調整が可能なんですよ。模擬戦ですから、棒切れと変わらない状態で使っています」
「そう、教えてくれてありがとう。今度は私が君に教えよう」
アイズさんが、鞘を構えた。
「アイズさん、お互いの動きの速度をそろえて、駆け引きや流れに集中して学びたいのですが構いませんか?」
「なるほど……。面白いかもしれない」
よし!聞き入れてくれた。
何度か素振りや防御の型を繰り返して、お互いの速度を揃えた。速度は、攻撃が当たっても少し痛いで済む程度にしておいた。それこそ、当たる寸前で止めることも容易い程度の速度だ。
「……攻撃と防御を順番に入れ替えない?」
アイズさんがそう提案してきた。たしかに攻撃の方法を学ぶことも重要か。なにより、こっちが攻撃している間は、痛い目に合わないだろうし。
「そうですね。それでお願いします」
「うん、私からいくよ」
おっと、メニューをまだ閉じてないんだけど、攻防の切り替えのタイミングでオフにしようか。
アイズさんは連撃を繰り出し、止めきれずに一撃をもらった。痛みは昨日に比べれば大分マシだ。オレの策は成功したようだ。
「……君の番だよ?」
「わかりました」
おっと、待たせるのも悪い。とりあえず、さっきのアイズさんの攻撃を真似よう。アイズさんがどうやって防御するのか知るのも勉強になるはずだ。
……うん。なるほど、自分で体験してみると攻撃側の身体の動かし方の理由や視線の意味がよくわかる。防御においても、この攻撃側の視点に立つことは重要だね。
アイズさんの防御もさすがだ。オレみたいに、馬鹿やらかして防御不可能な状態になったりしない。
>「武術:模倣」スキルを得た。
有用そうなスキルだ。非表示にし忘れたメニューを閉じるついでにポイントを振っておこう。
「……私の真似?」
アイズさんは少し驚いた表情に見える。
「ええ、無暗に攻撃するより、勉強になるかと思いまして」
その後も、アイズさんの連撃を受け、それをオレが返すことを繰り返した。
なお、武術:模倣スキルのおかげで、さっきより上手く真似ができているような気がする。そしてこの真似だが、非常に勉強になる。昨日と変わらず一方的に攻撃をうけるのだが、攻撃を受ける頻度は減り、攻防の流れというものがわかってきた気がする。
その時、アイズさんが少し笑みを浮かべたと思ってたら、攻撃中にカウンターを受けた。
「私の真似はとても上手……。けれど、君の防御を受けての流れだから、防御の仕方を変えれば反撃のタイミングができる」
うん。オレは調子に乗っていたようだ。流れなんてわかってなかった。
「私が防御側の時、反撃できそうなら行うから、ただの真似ではなく、工夫してみて」
その後も、攻防を繰り返したが、オレは一撃もアイズさんに与えられなかった。
なお、ベル君の指導の際、アイズさんは速度を揃えるようなことはせず、相変わらずベル君が吹っ飛ばされていた。痛みに慣れる訓練とはいえ、ちょっと引いた。
◆◆◆
私、アイズ・ヴァレンシュタインは、二人の少年の指導をすることとなった。一人は白髪の少年、ベル・クラネル、もう一人は黒髪の少年、サトゥー。二人は短期間で劇的な躍進を遂げた。その成長の秘訣を知りたくて、私から指導を切り出した。
そうはいっても、私は誰かを教えた経験などない。話すことも苦手だ。色々と考えたが、結局模擬戦という形式で二人に教えることとなった。
ベルの印象は、コロコロと表情が変わる真っ直ぐな少年だ。少し褒めれば笑顔となり、痛みに表情を歪め、倒れたら歯食いしばって立ち上がる。
動きにはサトゥーの動きの良いところを真似して自分のものにしたような部分があった。しかし、大きな問題として、防御の拙さと駆け引きの欠如があがる。これは本人の資質からという面もあるが、悪い意味でサトゥーの影響を受けている部分も少しあると思う。
サトゥーは物腰丁寧で微笑みを絶やさないが底が見えない、そんな印象を受けた。年齢や背丈はベルとさほど変わらないはずなのに、気遣いができ、落ち着きがあった。
ただ、彼の戦い方というのはとてもイビツに感じた。
基本アビリティでいえば、最初に見せた動きは、明らかにレベル1の範囲を逸脱している。オークを短時間で大量に倒したのが彼の可能性も高いだろう。それに手合わせした感じでは、まだまだ力を隠しているようにも感じる。
彼は痛みにも慣れているように見えた。鞘の一撃とはいえ、やり過ぎたと私が思うような攻撃でも、表情一つ変えはしない。
また、彼の動きはとても洗練されていたが、同時に素人のものであった。
構えは熟練の戦士以上に磨き上げられており、防御も剣の負担を最小限に衝撃を受け止めていた。それなのに、まるで素人のように、流れなどなく滅茶苦茶な動きで防御をし、次の動きを自分から封じてしまう。簡単にフェイントに引っかかり、攻撃を受ける。
新米冒険者が、剣の技術の一部とステイタスだけを得たような……そんな印象を受けた。
私がその力を得られれば、さらなる剣の技術と強さを得られるのではと思った。気づいたらその力をどうやって得たのか、直接尋ねてしまった。他人のステイタスの詮索はご法度だと知っていたにも関わらずだ。
結局、スキルで得ようとして得られるものではないとの返答だけを得た。
2日目はベルの成長に目を見張るものがあった。
ベルの動きは、1日目と比べ、ずいぶんと変わっていた。
私が指摘した点をひたすら反復した、そんな印象を受けた。ベルは本当に真っ直ぐで真っ白な子だ。ベルを見ていると、私の中の黒い炎が弱まっていくような気がする。
2日目のサトゥーは、お互いの速度を揃えて技や駆け引きに集中して学びたいと提案してくれた。本来なら、私が思いつくべき話なので、少し恥ずかしくもあった。ただ、そんな思いも彼の動きを見て吹き飛んだ。
彼はたった一度見せた私の動きを再現してみせたのだ。その動きを見た時、背筋に冷たいものが流れた。いくら速度を落としているとはいえ、かなりの精度で再現している。私がダンジョンで磨き上げてきた剣術をこうも簡単に真似されるのは、ショックだった。
何度か繰り返すうちに、彼の再現の精度は上がっていった。ただ同時に私は喜びも感じていた。自分自身の動きを相手の目線から見ることができる。自分の動きの良い所や悪い所を、彼の動きを通じて見抜くことができる。
彼の謎のスキルを得ることはできないかもしれない。ただ、彼を通じて、自分の動きを見直し、さらに高みに上った自分の動きを作り出すことができる。私は自分の動きの隙を探しながら、自然と笑みを浮かべていた。
しかし、今行っていることは彼への指導である。反撃を行い、単に真似するだけでなく工夫するように伝えた。私の鏡写しのまま、自身の研鑽に活かすことに心が揺れたが、彼独自の工夫を加えてもらい、有用そうならそれも含めて取り入れるということで自分を納得させた。
可能なら、本気のサトゥーと戦ってみたい。なんとなくだけど、この訓練よりも私が得るものは多い、そんな風に思った。