アイズさんとの訓練が終わった翌日、ソーマ様と相談して試食係が食べたい物も作ってみることにした。もちろんソーマ様のアイデアやオレのアイデアなども試すが、新たな視点から作る料理でなにか道が開けないかと思ったためだ。
正直、あまり参考にならなかったが、試食係は幸せそうに料理を食べていた。
ホームに帰ると、誰もおらずに書き置きがあり、とんでもないことになっていた。
ベル君とリリが9階層でミノタウロスに襲われて、バベルの治療室にいるとのことだ。
命に別状はないそうだが、ミノタウロスはレベル2冒険者が相手をするようなモンスターだ。仕方がないとはいえ、オレが一緒に行かなかった事が悔やまれる。
バベルの治療室に急いで向かうと、包帯で覆われたベル君とリリがいた。魔法がある世界だ。2、3日で退院できるそうだが、なんとも痛ましい。俺はこの日、病院で一夜を過ごした。
翌日、ベル君とリリが目を覚ました。
少し言葉を交わしたが、驚いたことにベル君はミノタウロスをソロで倒したそうだ。魔刃の練習が役に立ったとお礼を言われた。無茶をして叱りたいところではあるが、今日のところはよく帰ってきたと言っておく。
その後、リリに、ソーマ様のところで料理を作ってお金を稼いできてくださいと強く言われたので、ソーマ様の所へ向かった。
あまり料理に身が入らなかったが、スキルサポートのおかげで、普段と品質はさほど変わらなかったと思う。
そして、ベル君とリリの退院の日、ソーマ様の下へ料理を手伝いにいった時、少しお願いをすることにした。
「仲間の退院祝いの料理を作るためにオーブンを貸していただけませんか?
今日の給金は不要ですし、お金も払いますので」
「好きに使ってくれ……金も必要ない」
ソーマ様は許可をくれた。ありがたいことだ。
今回作るのはスポンジケーキにホイップクリームと果物を挟んだいわゆるショートケーキだ。
ヘスティア・ファミリアにないオーブンを使いたいために、ソーマ・ファミリアの設備を借りることとなった。酒のアテにはならないけど、オーブンに空きはあるし、ソーマ・ファミリアの分も作っておこう。
少し時間はかかったものの、なかなかうまくできたと思う。試食係のうち一人には好評だったが、他の人はあまり甘いものが好きでないそうで、他の試作料理を食べていた。
意外だったのは、ソーマ様がケーキを食べたことだろうか。普通、酒のアテにはしないし、物珍しかったのかもしれないね。
夕食後のデザートにケーキと紅茶を出すと、リリはお小言をいいつつも幸せそうに食べてくれた。ヘスティア様は少しずつ、味わうように食べていた。ベル君はあまり甘いもの好きではないようだったが、今回のショートケーキはとても美味しいといっていた。
前に出した蒸しプリンの時にもおいしそうに食べてたから、ただ単に甘みが強いだけといったものでなければ大丈夫とは思うが、ベル君の好みは頭の隅に入れておこう。
寝る前のステイタス更新でベル君のレベルが上げられる状態であることが判明した。というか、ベル君の叫び声が地下室から聞こえてきた。
リリと一緒にお祝いの言葉を述べた後、相談を受けた。
「ベル君は発展アビリティが3つの中から選択できるんだけど、どれにしようかなという話になってね。
1つ目は「耐異常」、毒とかが効きづらくなる。
2つ目は「狩人」、一度倒したモンスター相手なら少し基本アビリティが上昇した状態で戦える。
3つ目が「幸運」、これはボクはいわゆる加護のようなものだと思っている」
「加護ですか……?」
「ボクとしては「幸運」をオススメするね、君にはこのアビリティが必要だっ!」
「リリは「狩人」がいいと思います。効果がはっきりしていますし、安定をとるならこちらかと」
女性陣の間に怪しい空気が流れ始めたので、流れを変えよう。
「明日にでもエイナさんに相談するのもいいかもしれないね。ギルドなら色々な情報を持っているだろうし」
「そうですね。そうしてみます」
翌日、エイナさんに相談を終え、ランクアップを終えたベル君は、何故か地下室の隅で膝を抱えていた。
どうしたのか聞くと、ためらいつつもステイタスが書かれた紙を見せてくれた。
ベル・クラネル
Lv.2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
幸運:I
《魔法》
【ファイヤボルト】
・速攻魔法
《スキル》
【
・魔法以外の魔力の扱いに高補正
・大きな
・
・スタミナが少なくなった際、少しずつ回復
ランクアップの際、スキルが発現したのはいいのだが、名前が
名前はひどいが、ある意味正しくもある。
冒険者は冒険しない、の原則からすると、ミノタウロスと戦ったベル君は愚者といっていいだろう。オレがベル君なら、間違いなくアイズさんに助けてもらっていた。
勝ち方も、ロクに成功していない、しかも、前日に教えられた魔刃の変化を使っての勝利だ。そんなベル君だからこそ、逆境に対して諦めずに足掻きつづけるためのスキルになったのかもしれない。
スキルの効果自体はいざという時の生存率を高めてくれると思う。
常時回復ではなく、減少時に回復なのが勿体ないが、もう一つの魔力の扱いに高補正は、魔刃などの精度を高めるために役立つだろう。
オレみたいに魔刃に使った魔力を回収するまでは、難しいかもしれないが、切り札として魔刃を運用できるようになるかもしれない。また、魔力鎧などの他の技術も修得できる可能性が高くなったとみていいだろう。
しばらくして、立ち上がったベル君に、気にはなるだろうが、今日はゆっくり休んでダンジョンには向かわないように念押し、内容を持ち上げて励ました後、ソーマ様のもとへ向かった。
「今日は……甘いものと……酒の組み合わせを試してみようか」
意外にも、ソーマ様はそう切り出した。オレはあまり、甘いものを酒と合わせるイメージがないんだけど……。
「菓子には、香りづけで酒を加えるものもあると聞きます。そう言った品を試すのでしょうか?」
酒を加えて香りづけする料理の類はすでに試している。菓子でも試すのかと思っていた。
「いや……。
酒の神のカンか。信じてみるか。どちらにせよ、料理を作るだけだしね。
「まずは……、ケーキから作るか。生地に……これらを混ぜてみてくれ」
その後、素材やレシピを変えつつ沢山の菓子を作った。美味しいのだが、酒との相性といわれるともう一つと言わざる得ない。
しかし、ソーマ様のアイデアはさらに溢れ、菓子を作り続けた。そして……
「これだ……。このタルト生地を軸に……調整を重ねよう……」
オレにはまだわからないが、
「今日は……ここまでにしよう……」
「試作料理はどうしましょうか?」
本来なら、試食係が平らげてくれていたが、甘いものということであまり食が進んでいない。結構な品が残っている。
「眷属と……相談しておこう……」
「そうですか、では、今日はここで失礼します」
「……明日も頼む」
ホームに戻ると、ベル君とリリが待っていた。豊饒の女主人でランクアップのお祝いパーティーをするそうだ。ヘスティア様はバイト先から直接来るとのことだ。
教会を後にし、路地裏を出て、メインストリートにたどり着くと、数人の神がベル君を囲んだ。
「ベル様、リリたちは先に行ってますから」
そういって、オレの手をリリが引っ張った。ベル君はすさまじい速度で路地裏に逃げたものの、神々も追いかけていく。
「えっと、よかったのかい?ベル君を放っておいて?」
「名を上げた冒険者の宿命みたいなものですから、仕方がありませんよ」
そういって、リリは歩き出した。豊饒の女主人にたどり着くと、シルさんとリューさんが挨拶してきた。店員にもかかわらず、パーティーに参加するようだ。
リューさんが警戒するような目をリリに向けてきたが、彼女がヘスティア様に認められて
しばらく待つと、ベル君とヘスティア様がたどり着いた。一躍、ランクアップ最短記録で有名人になったのに慣れないのか、ベル君は落ち着かない様子で席についた。
乾杯とグラスをぶつけあって、パーティーが始まったが、ここの店、料理も酒も上手い。店員さんも美人ぞろいでなかなかいい店だ。見た目のレベルだけでなく、妙にステイタスのレベルの高い人も多いが、まぁいいだろう。
シルさんとリリとヘスティア様がベル君を巡って争いを繰り広げている中、リューさんは静かに問いかけてきた。
「貴方たちは、ダンジョン攻略を再開させる際、すぐに中層へ向かうつもりですか?」
「11階層で体の調子を確かめて、可能なら12階層まで足を伸ばすつもりです。サトゥーさんもしばらくは別件でダンジョンに潜れませんので、ソロでの戦闘という状態ですから」
「ええ、それが賢明でしょう」
可能なら仲間を増やしたほうがいいと説明するリューさんの助言に耳を傾けながらエールを飲んでいると、回りの酔っ払いが絡んできた。
「俺たちがお前を中層に連れてってやる代わりによぉ……この嬢ちゃんたちを貸してくれよ!?」
あ、これはダメだ。動こうとしたが、先にリューさんが動いた。
その後はまぁ、店員さんが一方的に酔っ払いをのしていった。そりゃ、このレベル差だとね……。
手慣れた様子で仕切り直しをするシルさんにベル君は苦笑している。それからオレ達は、夜遅くまで美味しい料理とお酒に興じた。
◆
今作オリジナル。
サトゥーという身近な存在への思いがあるため、原作ほど英雄への憧れを強く抱けず、かといって強くなることを諦めるわけでもなく足掻いた結果、発現。
諦めないという気持ちが反映され、
そして恩恵の魔法ではなく効率の悪い人の技術、ある意味で愚者の技術である魔刃などを扱う場合に補正がかかる。
原作を見ていると、愚者という言葉をスキルにいれたくなった。
fool's struggle が英語的に正しいのかは知らないけど、語感重視で。
わたしはえいごができません。