翌朝、タケミカヅチ・ファミリアの千草さんが、命さんを訪ねてきた。その後の命さんは明らかに様子がおかしかった。ベル君やヘスティア様と同じく隠し事が下手な人のようだ。
その夜、こそこそと隠れて外へ出ていく命さんを、リリ、ヴェルフ、ベル君、オレで追うこととなった。
マップを見ながら命さんの向かった方向を確認するが、千草さんと合流したのち、娼婦達が集まる歓楽街に向かっている。
女性二人でどこに向かってるんだ。
「ベル君は戻ったほうがいいんじゃない?」
「え、なんで?」
「いいから聞けっ。お前にはまだ早い」
「むしろ、ベル様が来ていい場所ではありません!」
「そんな、今更なんで……あ、命さんたちが行っちゃうよ」
結局、ベル君も歓楽街に足を踏み入れることになってしまった。色っぽい女性を目の前にしてベル君は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「ここの匂いは、どうも慣れないな……」
そういいながら、ヴェルフは顔をしかめる。ヴェルフは抵抗なく利用しそうと思っていたが、そうでもないらしい。
オレがたまにアマゾネスのお姉さんにお世話になっていることを知られたら、結構な目で見られるかもしれないね。
そうこうしているうちに、ベル君が迷子になりかけたので、命さんたちを追うのはヴェルフたちに任せて、ベル君の面倒を見ることになった。
「ベル君には刺激が強すぎるみたいだし、とりあえず、ここから出ようか?」
「わ、わかりました」
素直に従ってくれたベル君を歓楽街から外への道へ案内していると、何度かお世話になったアマゾネスのお姉さんのアイシャさんに出会った。
「サトゥーじゃないか。ん……?
そいつは、リトル・ルーキーじゃないか」
「ええ、少々事情がありまして、歓楽街の道を通ったのですがこの子にはまだ早すぎたようです」
アイシャさんは品定めをするようにベル君の顔を覗きこむ。
「この子に手を出すのはやめてくださいね。色々と純粋な子なので」
「そういう子と楽しむのもまた一興さ」
ベル君は顔を真っ赤にさせる。
「からかうのもそれくらいにしてあげてください。さ、いくよベル君」
ベル君の手を引いて歩きだすと、後ろから声がかかる。
「次はいつ来るんだい?」
ベル君と一緒の時にそういう質問は止めてほしいんだけど……。まぁ、いくらベル君でも今までの話で察しているよね。
「最近、
そう言って、アイシャさんと別れた。
ベル君とオレは無言で歩き、歓楽街の外へたどり着いた。
「ここまでくれば、一人でホームまで戻れそうかい?」
「あ、あのサトゥーさんは……その……」
「アイシャさんには、何度かお世話になったよ」
さすがにごまかせそうにないため、正直に言った。
「………」
ベル君は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「まぁ……嫌がっている人を無理矢理ってわけでないから、あまり気にしないでほしいかな?
むしろ、あっちから誘われたくらいだし」
「……普通のことなんでしょうか?」
「いや、だらしない男扱いされちゃうね。ベル君は真っ直ぐなままでいてほしいかな?」
ベル君に悪い影響を与えたくはないんだよね。今更感はあるけど。
「とにかく、先に戻ってて。ヴェルフ達がオレ達を探してるかもしれない。ヴェルフ達にオレから話しておくよ」
「わ、わかりました」
そうして、ベル君はホームへ向けて移動し始めた。
ベル君を見送って、歓楽街を歩く。洋風の建物、アラビアンっぽい建物、娼婦の衣装も様々だ。
マップを元にヴェルフ達の下に向かう途中、和風っぽい建造物が現れ始めた。いや、和風なのだが、壁が綺麗な朱色に塗られている。
オレの想像する木材の茶色と漆喰の白、瓦の灰色から構成される日本家屋のイメージとはちょっと違う。遊郭ってこんな風なデザインなんだろうか。別に日本家屋に関して、詳しいわけでもないからよくわからない。
辺りを見渡すと、提灯が吊るされ、着物を着た女性が歩き、街路樹として青い桜が植えられている。青い桜ってなんだよとは思うが、目が離せない。
プログラマーとして働いていた時は、こんな日本らしいものとは縁遠いものだったが、懐かしいと思うのはなんでなんだろうね。
辺りを眺めているとふと、田舎の
―――ようやく……繋がった
おかしな声も聞こえた気がするが、そのままあたりを眺めていた。
ぼんやりとしていると、不意に肩を揺すられた。
「サトゥー君、サトゥー君?」
ヘルメス様がオレを肩を揺すっていた。
「……あ、ああ。ヘルメス様ですか」
マップにマーキング済みのヘルメス様の接近に気付かず、あまつさえ、声をかけられても気づかなかったようだ。我ながら少しぼんやりしすぎだ。
「どうしたんだい?ぼうっとして」
「いえ、建物がどことなく故郷に似ているなと思って、懐かしんでいました」
「……サトゥー君は極東出身なのかい?」
「いえ、そういうわけではありませんが、雰囲気が似ているというか」
危ない。探りを入れて来ているぞ。話を逸らすんだ。
「ヘルメス様こそ、どうしてここに?」
「サトゥー君、
薄く笑いつつも、ヘルメス様はそう言った。
「それもそうですね。私がヘルメス様にあったのも夢かなにかでしょう」
「わかってらっしゃる。ほら、これはオレからの餞別だ」
イイ笑顔を浮かべたヘルメス様から小瓶を渡された。
「これは?」
「精力剤さ」
おおう。別にこれに頼るほどの年でもないんだけどなぁ……。
「それじゃあサトゥー君!お互い楽しい夜を過ごそうぜ!」
弾んだ声でそう言い、ヘルメス様は軽い足取りで去っていった。とりあえず、精力剤はストレージに送っておこう。
さて、いい加減本来の目的だった、ヴェルフ達の合流を果たそうか。
「探してもらったみたいで悪かったね」
マップを見て近づいたヴェルフ達にそう声をかける。
「ベル様は?」
「先に歓楽街の外まで送ったよ。また、はぐれても困るし、ベル君にはあまりいい場所でもないしね」
リリが焦った様子で声をかけてきたので、答えると、安心したように胸をなでおろした。
「それで、そっちの状況を説明してくれるかい?」
命さんのほうを向いて問いかけた。
知り合いがいたと聞いたから、女性陣だけで探しに来たとの回答が得られた。春姫という名と
さきほどいた和風っぽいエリアにいるが、レベル1でイシュタル・ファミリア所属となっている。
「ツテがあるから、オレのほうで探ってみるよ」
リリが胡乱げな目でオレを見てくる。
「屋台を開いた時にこのあたりに詳しそうな神様と知り合えたから、女性が喜びそうな甘い菓子と引き換えに教えてもらうだけさ」
本当はマップで位置を把握したのだが、それっぽい嘘をついておく。
「とりあえず、いい加減、この町から出よう。余計な誤解を招くようなことは避けようぜ」
「じゃ、先に帰っててくれ。今から接触してくるから」
ヴェルフが町から出る提案してきたので、オレはクッキーの小袋をポーチから取り出しながらそう言った。
「サトゥー様は少々準備が良過ぎではありませんか?」
「ダンジョンのおやつに持っていったクッキーを入れっぱなしにしてただけだよ」
リリが睨むような表情でこちらを見てきたので、言い訳をする。ポーチではなくストレージに入れっぱなしなんだけどね。
ヴェルフ達と別れ、とりあえず、春姫さんに直接接触してみるか、と遊郭に向かい指名してみた。部屋に通され、しばらくすると、長い金髪に狐耳、狐の尻尾に赤い着物を纏った女性が現れた。
「今宵、お相手をさせていただきます、春姫と申します。可愛がってくださいませ」
三つ指をついていた彼女は顔を上げ、そういった。ポップアップする情報でも間違いないみたいだ。
彼女と向かい合って座ると、お付きのアマゾネスの女性が酒と盃を乗せたお膳を置いた。さすがにこんな高そうな店は利用したことがないので、勝手がよくわからない。
同じファミリアが探していた人とそういうことするつもりはないけど。
「さ、まずは一杯」
盃に注がれた酒を口に含む。辛口の日本酒のようだ。こっちにもあるのか。日本酒。こんど自分用に買っておこうかな。
「よろしければ、少しお話しをしませんか?」
「ええ、よろこんで」
あちらから話しかけてくれたので、喜んで返事する。
「実は先ほど、貴方様が懐かしそうにジッとあたりに見入っている様子を目にしてしまいまして、……極東のご出身なのですか?」
日本っぽい景色を眺めていた所を見られていたらしい。少し恥ずかしいな。
「いえ、故郷と少し似ているなと思いまして。あの青い木はなかなか素敵ですね」
「蒼い桜ですね。迷宮で生えている木だと聞いたことがありますよ?」
そうやって他愛ない話を続ける。なんというか、箱入り娘といった感じだ。命さんも高貴な方と言っていたから、同名の別人、なんてことはないと思う。
切り出してみるか?
「失礼ですが、命、桜花、千草、といった名前に覚えはありませんか?」
ピクリと尻尾と耳が大きく揺れる。わかりやすい。
「……そ、その方たちが何か?」
「春姫さんのお知り合いではないのですか?
彼らはオラリオに来てます。私は彼らにお世話になったので、もしあなたが望んでここにいるわけでないのなら、少々の金銭を払ってでもあなたを自由にしたいと、私は考えています。金銭を用意するのに少し時間はかかりますがね」
借金などで働かされているならと、そう考えて提案してみた。
「そ、そんな……でも、私はもう汚れてしまって……あの人達に合わせる顔なんて……」
そう言って、顔を伏せる。少しアプローチを変えるか。
「話は変わりますが、奇跡の料理人という名前を聞いたことありませんか?」
「……神様が気に入るような、とても美味しい料理を作る方だと」
怪訝そうな顔をしながらも答えてくれた。
「これはその料理人が作ったクッキーです。お詫びにどうぞ」
オレも1枚食べて特に問題ないとアピールしておく。彼女は箱入り娘だから変なものが入ってるなんて発想はしてこないと思うが念のため。
「とても……とっても美味しいですっ!」
春姫さんは可愛らしい曇りのない笑顔でそういってくれた。
「……命さんたちに会ったら、今の笑顔を見せてあげればそれでいいと思いますよ?」
我ながら、気障ったらしい。日本っぽい懐かしい風景で少しおかしくなったのかもしれない。
「……っ!……でも……イシュタル様は……私を逃がさない……」
反応は悪くないとは思うんだが、訳アリっぽいし、少し急ぎ過ぎたか。いきなり来て、話す内容でもなかったな。反省。
「申し訳ない。あなたを困らせるつもりはなかったのですが……。
そろそろいい時間です。今日はここで失礼しますね。残りのクッキーは困らせたお詫びとして、受け取ってください。また、お菓子をもって遊びにきます」
そういって、遊郭を後にした。