―――ここは忘れられた者たちの楽園、幻想郷。
誰もが愛した楽園の全てが戦場だった。
誰もが死を感じながら、誰もが戦う。
それは物理的だったり精神的だったり、自身と戦い恐怖と戦い、そして、守られると信じていた者たちに牙が迫る。
―――人里。
上白沢慧音の力が解除された人里。
念には念を、と集会所に人々は避難していたのだが人々はどこか安心しきっていた。
慧音と魔理沙、それにリョウとチルノの四人がいてさらに援軍が来るとなれば並み以下の妖怪など敵にならないと……。
自分達だけが絶対安全だと、そんな
ここからは蹂躙され動く肉から動かぬ肉にされ、誰かもわからないぐらいバラバラに裂かれ、潰される。
集会所の壁が破壊され、現れるのは妖怪、いや正確に
は半妖。
その分身、と言っても良い存在。
人から最も好かれていて、恐れられている存在と思われていなかったもの、しかし妖怪という時点で具現する可能性は十分あったのだ。
人々が慕っていた者と同じ姿のモノに襲われ、逃げ惑う。
我先にと集会所から出ていくが、そこに残される者が何人かいた。
「ああっ」
「小鈴、あなただけでもっ……ごほっ」
「っ」
稗田阿求と本居小鈴の二人がそこにいる。
逃げようとも、出口側から振り返り迫る偽慧音にどうする術も持たない。
二つの角を持つ妖怪が迫り、二人は目の前に迫る死を意識せざるを得ず、小鈴は怯えるように周囲を見るがなに一つ助けになりそうなものも助けてくれそうな者もいなかった。
―――だが、突如それは現れる。
「チルノさん!」
ここ一年ですっかり聞きなれた声が聞きなれた名を呼ぶ。
目の前に現れる四つの背中、その中の蒼き氷の羽を持つ少女が跳ぶ。
「スーパーアイスキック!」
跳んだ勢いのまま“チルノ”が蹴りを放ち、偽慧音を集会所から吹き飛ばす。
チルノが一瞬、振り返って阿求と小鈴の二人と視線を交わせ、微笑すると共に外に飛び出すと同じく“大妖精”も外に飛び出た。
小鈴がすぐに視線を移動させてリョウの方に視線を動かす。
「り、リョウさん! 怪我がっ!?」
「情けねぇ声ネタはやったからいいな、問題ねぇ」
「も、問題ないわけっ」
「ないって、まだ死ねないし、な」
血を流すリョウが笑みを浮かべた。
「リョウさん、どうもありが」
「あー阿求さん、お礼は後で、チルノさんに……」
「……妖精を、匹で数えるのは、やめます」
その言葉を聞いて笑うとゆっくり歩き出すリョウ。
そんなリョウを止めようとする小鈴だったが、そんな小鈴を止めるのは意外にも慧音であり、彼女は『わかっているから』とでも言いたそうに頷いてからリョウを追っていく。
まだ死ねないと言っているにも関わらず、歩き続けるリョウは至ってシンプルに、わかりやすく矛盾していると思った。
そういうものなのだろうか、きっとそういうものなのだろう。
「あの人はきっと壊れてるんです」
「え?」
「“私たち”が、壊したんです」
集会所から出てくるリョウはチルノと大妖精が慧音の分身体と戦っているのを確認した。
強力な妖怪であるはずが本人を狙っていなかった理由は
つつ、素早く両手を前に出す。
わざわざ弾幕を出す必要はない。
「ならば、デヤアァ!」
突き出した両手から放たれる紅い気弾。
次々連射されるそれらに偽慧音が気づくが遅かったようでそのまま砂煙の中に消える。
本来なら砂埃を巻き上がらせたりするのはよろしくない戦い方ではあるのだが、今回ばかりは構わない。
「目的は……」
瞬間、砂煙の中からリョウ相手に突っ込んでくる偽慧音。
「俺を狙わせることだっ!」
接近か遠距離か、どちらかの攻撃をしかけられても対処する準備はしていた。
ただ接近戦ならば反撃の準備がある。
リョウが迫る偽慧音を前に、振りかぶることもなく足を前に思い切り突き出す。
―――闘符「黒のカリスマ」
「ガッデム!」
「!!?」
リョウの、所謂『ヤクザキック』を受けて吹き飛び、地を転がりながらも偽慧音は即座に起きあがる。
だが、それを狙って素早く接近した大妖精が真上からクナイを持って落ちていく。
確実な直撃コース、だがその瞬間、偽慧音が地面になにかを“書く”。
「大ちゃん!」
「っ!?」
確かに偽慧音の頭部に直撃する予定だったクナイは、偽慧音の目の前に刺さっていた。
なぜ外したのか、大妖精も理解が追い付かないが離れて見ていたリョウは気づいてすぐに動く。
しかし間に合うことはなく、大妖精が偽慧音の蹴りにより斜め上に吹き飛ばされ、さらに追撃の弾幕を受け爆煙の中に消える。
「大ちゃん!」
叫びつつも、爆煙の下に行くと落ちてきた大妖精をキャッチするリョウ、だが偽慧音が思い切り口を開きリョウの方を睨んだ。
「まずいっ!」
「リョウ!」
「チルノさん壁を!」
その言葉を発する頃にはチルノは両手を前に突き出していて、それとほぼ同時に偽慧音の口前数センチの場所から放たれる“レーザー”。
迫るレーザーに、リョウが大妖精を庇いつつ背を向けて耐えるような姿勢になる。
「クソガァァッ!!」
叫ぶリョウの背後に数枚の氷の壁が展開されるが、当たるまでの時間を引き伸ばせて数秒もないだろう。
大妖精が瞬間移動を使える状況でもないのはわかる。
だからこそ覚悟もしたのだが、攻撃は来ない。
「っ……慧音先生!?」
「う、ぐっ……に、人間を、守ることが、生徒を守ることがっ!」
慧音が両腕を前に出してレーザーに耐えていた。
彼女にも思うところがあるのだろうとリョウは推測するが、それは恐らく正解に近い邪推。
彼女を恐れる者がいて、さらに“半妖状態”の自分が人々を襲い、大妖精たちを傷つける。
それを見るというのは彼女にとって耐え難い屈辱。
「うああぁっっ!!」
叫び―――耐える。
チルノがさらに氷壁を出現させるがすぐに突破されていく。
だがそれでも耐えきった。
レーザーの照射が止むと、慧音はそのまま前のめりに倒れる。
目を見開くリョウ、そして腕の中の大妖精も目を覚まし状況を理解して悔しそうな表情を浮かべ立ち上がった。
「ああぁっ!」
「潰すッ!!」
「行くわよリョウ! 大ちゃん!」
普段からは想像もつかない咆哮をする大妖精。
怒りを露にするリョウ。
そして強い踏み込みと共に加速するチルノ。
三人が同時に動き出す。
チルノが二本の剣を作り出し接近、剣戟にて偽慧音と相対して、大妖精はクナイで接近する。
だがそれでも慧音レベルの妖怪には、疲労もありそれに先程のダメージが残る大妖精、そんな二人では互角レベルで戦うことすらもキツイ。
「オォォォッッ!!」
リョウが先程のレーザー攻撃を撃つための体勢に入る。
両腕を脇に持ってきてチャージを開始した。
そんな血生臭い戦場だが、住人たちは遠くまでは逃げれない。
人里の周囲を襲っているであろうタタリの生み出す分身体。
ならば内側も外側も危険度はそれほど変わるものではない
「きゃあっ!」
「大ちゃんっ……あたいはっ!」
吹き飛ばされる大妖精が、地を転がる。
一対一だがチルノは疲労とダメージの中、それでも偽慧音と互角の戦いを繰り広げているのは、彼女の気合い故かなにか、その力はどこからきているのか、その力をリョウと大妖精は知っていた。
「ぐっ、あたいは……あたいが守るんだッ!」
迫る爪撃を、頭を少し下げて回避すると素早く剣を振るい、その一撃が偽慧音に傷をつくる。
さらに次の攻撃を剣で凌ぎもう一方で斬りつけ、次々と連撃で斬り込んでいくが、決め手に欠けておりこのまま偽慧音を仕留めるよりチルノの疲労のピークの方がはやい。
「大ちゃん! チルノさん! “アレ”で殺るッ!」
「っ……はい!」
「ッ!」
素早くリョウに接近した大妖精が、攻撃をチャージするリョウの背後に周りその背に手を添えて、自身の額に指を添えた。
チルノが偽慧音の攻撃に隙を見つけた瞬間、素早く下がる。
「リョオッ!」
「ウオォォッ!」
先程、大妖精の攻撃は“慧音”の能力によって当たらないように“創られた”のはわかった。
だからこそ、それより速く隙を見て攻撃を撃てばいい。
幻想郷最速を自称する風神とまで呼ばれる烏天狗、射命丸文ですら『煮え湯を呑まされた』と言われる技。
リョウと大妖精の二人が揃っているからこそ発動できるその必殺にして必中の一撃。
そして二人が、“消えた”。
―――零闘符「至高の超気功波」
瞬間、慧音分身体の背後に“瞬間移動”するリョウと大妖精。
気づこうとも遅い。
間に合うわけもない。
「波アァァッッ!!」
叫びと共に放たれる“赤い一撃”に飲み込まれる偽慧音。
民家を考慮して少し上向きに放たれた一撃。
放たれるそのレーザーは真っ直ぐに伸びて、いつの間にか赤色に染まった朝焼けの空に消えていく。
レーザーが消えるがそこには―――。
「なっ!?」
「リョウ!」
ぼろぼろの慧音の分身体は立っていた。
角は折れて体の半分近くが“削れて”いるにも関わらず、そこに立ってリョウを殴り飛ばし共にいた大妖精も一緒に地を転がる。
チルノが加速し止めを刺そうとするが敵の方が早い。
「弾幕っ!?」
誰が言ったか、偽慧音は弾幕を形成し周囲に放つ。
もう余裕がないのは確かなようで、放った弾幕は横360度にのみで、倒れているリョウと大妖精には当たらないだろう。
しかし人間たちはそうもいかない。
即座に回避の判断はできないだろう。
「うおおおぉぉぉぉぉっっ!!!!」
雄叫びを上げるチルノが、両手を地に叩きつける。
頭を下げるようにしたチルノの頭上を過ぎ行く弾幕、そこで走り込めば速攻で偽慧音に止めは刺せるが、それをすれば人間たちの被害は怪我だけでは済まないし、子供だっているのだ。
だからここで、なにもしないわけにはいかないとチルノは咆哮しながらも、力を行使する。
(やるんだっ! あたいがやらなきゃ!)
冷気が溢れ出て、チルノの瞳が蒼く輝いた。
「リョウも大ちゃんも、文だって……みんなを!」
人々に弾幕が当たる……その直前、現れる氷壁。
「みんな守りたいっ、無理だって言われても!」
混ざりっけ無しの高密度の純度100%の氷壁。
それなりの厚さを誇りながらもガラスのように向こう側がそのまま見える透明度。
そんな氷壁を出した妖精を、人々は見守る。
「あたいはバカだから、だから……全部、やってやる! やってみなきゃ、わかんないよ!!」
叫び、地を蹴った。
先程よりも速い……とはいかないが、速い。
地を蹴り、次の一歩目で地に氷を張り加速し、慧音分身体に高速で接近していく。
「!!?」
「こいつが、あたいのッ!!」
その勢いのまま懐に潜り込み、加速が止まると同時に、拳を握り混む。
偽慧音はその加速度についていけずに今、チルノの方に爪を向けるが、遅い。
「最後の、スペルだッ!!」
拳を打ち込む!
「!!?」
瞬間、分身体の背中から氷が突き出す。
―――凍符「フルフリーズパニッシャー」
その背中に突き出した氷が、華に変わる。
見たこともないような美しい氷細工の華を中心に、分身体の体が凍りついていき―――砕ける。
散る氷塊の華。
そしてたっているチルノが拳を振り上げる。
「あたいの勝ちだこの野郎ッ!」
巻き起こる歓声。
まだタタリは終わったとも聞いていないのにまるで生き残ったと言うかのように喜ぶ人々を、一応気を失うまではいっていなかったリョウが起き上がり、聞く。
チルノはリョウに気づいて笑みを浮かべ、リョウはジャケットを脱いで気を失っている大妖精の枕代わりにすると、ゆっくりと立ち上がってチルノに近づく。
「あっ……」
「チルノさんっ!?」
目を瞑って倒れそうになるチルノだったが、すぐに支えられた。
黒い翼と共に現れるのは幻想郷最速の風神。
リョウは息をついてから安堵したように顔を合わせて笑った。
「サンキュー」
「いいえ……お疲れ様です。チルノさん」
そう言うと射命丸文はチルノをギュッと抱き締めた。
さらに落ちてくる黒い翼に、リョウはこの闘いの終焉を理解し心を落ち着かせてあとは文をどうやってチルノから引き離すか考えるが、まずは礼だ。
「ありがとなはたて……それとチルノさん、記事一面で頼むわ」
「……あんた一面にしても良いわよ?」
「断る。チルノさんの勇姿をだな」
はたてとしては“ただの人間”が着いていったのも凄いとは思うのだがこれ以上なにを言っても無駄だろうと黙って笑う。
周囲から聞こえる『チルノちゃんすげー』やら『チルノちゃんありがとう』やら『チルノちゃんマジ天使』等々聞いていればわざわざ自分が宣伝するまでもないと思うが、他ならぬ友人の頼みだ。
「あ、それとアイツ引きはなっ……!」
ふらつくリョウが後ろによろめき、そのまま下がる。
はたても反応できずに、手を伸ばすがその瞬間―――リョウは後頭部にフヨン、と柔らかな感触を感じた。
理解が追い付かないが支えられているのはわかり、上を見るとそこには桜色の髪。
「幽々子さん?」
「せぇ~か~い」
おっとり間延びした声の主は『西行寺幽々子』である。
その豊満な胸に後頭部を支えられていることに上がりそうになる口角を精神力で押さえていると、別の手がそっと自分を支えてくれたようでなんとか起き上がれたが、その手の主は支えたままでいてくれるようだった。
「ありがとう妖夢」
「いえ、お疲れ様です。守りきったよう、ですね」
「あぁ……」
支えてくれた『魂魄妖夢』は幽々子の従者であり、半人半霊の少女で、やはり彼女も激しい戦いに巻き込まれていたのかパッと見ただけで幾つも怪我が視界に入る。
視線を慧音に向けると、医師である八意永琳が看てくれていた。
「終わった、か……」
「リョウ、お疲れ様ね」
「八雲、紫ぃ……」
フッと頬を綻ばせるその女性を見るが、彼女もまた見たこともないほどにボロボロになっており、服もまた赤く染まっているところが何ヵ所も見える。
彼女もまた同等の敵と戦っているのだから当然と言えば当然なのだろう。
「ありがとう、素直に感謝してるわ」
「……ああ、まあなんでも、チルノさんに」
「それはもちろん、でも貴方に言う必要があるのよ」
その言葉を聞いて、軽く頷くと紫がクスクスと笑い『素直ね』と呟くので、リョウは適当に反論をしてチルノの方を見ると、チルノを抱いた文が近づいてくる。
「それじゃあ私は阿求の方に」
「ああ、お疲れさん」
「また後でね」
そう言って阿求の方へと向かう紫を見て、幽々子もそれについていく。
リョウは射命丸の肩を掴んで妖夢から離れるとそっと幽々子の方を指差す。
その意図に気づくと妖夢は軽くお辞儀をしてから幽々子の方へと歩いていく。
「もうちょっと体重かけても平気だけど」
「わりぃ、すぐに腰を落ち着ける」
そう言いながら、文の肩に腕をかける
「で、どーですか?」
「チルノさん、頑張ってくれたよ。おかげで、助かった」
「強く、なりましたね」
微笑する文が腕の中のチルノを見てホッと息をつくと、リョウの方はそんな文を見てハッ、と笑い先程から黙っているはたてを見た。
うとうとしているように見えるのでリョウは放っておくことにし、さらに離れた場所を見ると人々がチルノを指差して話をしているように見える。
「これで、妖精だからって馬鹿にするような奴が減れば、それで良いですね」
「ま、どうでもいいよ……チルノさんが幸せなら」
「……このロリコン」
「お前に言われたきゃねえよこのロリコンドマゾ鴉」
「じゃあチルコン」
「お互い様だろが」
否定できずに、二人は顔を合わせて笑う。
遠くからボロボロの霊夢と魔理沙が歩いてきており、その横には鬼やら、吸血鬼やらもいるようでリョウは少し回復したのか自分で立って軽く首を回す。
ゴキゴキと音が鳴り、ふぅと息をつくと軽くはたての肩を叩く。
「えっ、あっ寝てないわよ?」
「いいから行くぞ」
「えっ行くってどこに?」
「決まってるでしょうそんなの」
リョウが大妖精を抱え、文と共に歩いて行く。
戸惑いながら歩き出すはたてに、文とリョウの二人が同時に口を開き、宣言する。
異変の終了の合図を……。
―――宴会だ!
文の腕の中で眠るチルノが、僅かに笑みを浮かべた。
あとがき
タタリ編終了! と見せかけて宴会が終るまでが異変です
重傷者(リョウ)とかもいるけど永琳がいるから大丈夫
宴会でなんか出て欲しいキャラとかあったら言ってもらえれば出すっす
とりあえずタタリ編は次回で終了ですので次回もお楽しみにー