忘れられた者たちの楽園、幻想郷―――3月も末。そろそろ衣替えを考える季節である。
「その綺麗な顔ぶっとばしますよ脳筋腰巾着ゥ!」
「羽全部むしってやらぁ音速クソガラス!」
朝―――霧の湖から少し離れた場所にある一軒家から、相も変わらず男と女の声が響いた。
近場を通る妖怪やら妖精は一瞬ビクッと震えるものの、すぐに誰と誰かを理解して苦笑しながら通り過ぎていく。
そしてそんな一軒家から、出てくるのは家主である少女―――チルノである。
「やれやれ、相変わらず仲良いわね」
わかっているように肩を竦めるものの、あの二人が聞けば即座に否定するだろう。
「今日はどーしよーかしら」
呟きながら歩き出すチルノ。
今日は寺子屋も遊ぶ予定もなく、まだあのタタリ異変から1月も経っていない現状では人里に行けば誰かしらが構ってくるだろうけれどわざわざ行ってもやることもなかった。
こんなことならもうちょっと家にいても良かったがそろそろ二人とも仕事の時間だ。
「ん~」
「あ、チルノちゃーん」
「大ちゃん!」
走ってきたのは親友、大妖精。
軽く手を上げ応えて立ち止まると、大妖精が隣に立つ。
「今日もかっこいいねチルノちゃん!」
「知ってる。あたいったらまたさいきょーに近づいたわね」
不敵に笑うチルノに、大妖精が瞳の中にハートすら浮かべる。なんなら見る人が見ればハートが出ている錯覚さえ覚えるレベルにベタ惚れだった。
チルノ相手にここまで倒錯的な恋愛感なのは大妖精と射命丸文ぐらいのものなのだが、一緒にすると大妖精は血涙を流しながら舌を噛み切ることだろう。
夜雀ことミスティア・ローレライも数日前からチルノに対し態度が変わったとかなんとか聞くが、ここまでではないがそれは劣っているとかそういう話ではない。
純粋に理性と常識力が勝っていると言うだけの話ではある。
ごく一般的に大妖精はまとも、ほか四人はバカと言われるチルノチームだが頭のネジが外れてる度でいえばチルノ関係を含めるとぶっちぎりで大妖精。
有識者であるツインテールの烏天狗はそう言っていた。
「今日はどうするの?」
「ん~なにも考えてないのよさ」
肩をすくめて、空を見上げる。
「……昨日は幽香のところ行ったし」
「ふっとばされてたね、リョウさん」
哀愁漂う表情で遠くを見る大妖精。
「一昨日は白蓮でしょー」
「ふっとばされてたね、リョウさん」
ツゥ、と涙を流す大妖精。
「そんじゃ今日は、紅魔館、諏訪子のとこ……さとりのとこでもいいのよさ」
「チルノちゃんはお友達多いからねー」
「一番は大ちゃんだよ?」
「ちるのちゃぁん、しゅきぃ……」
まったく予想だにしない角度からの内角抉る魔球に大妖精がもだえて足をプルプルさせる。
それにしたってチルノの最近の気遣いは異常なのだが、大妖精にも射命丸文にとってもそれは加点以外のなんでもないので構わないのであった。
なんだか大妖精が蕩けた顔をしているので、熱かな? とか思いながらチルノは冷気を持った手でその額に触れる。
「はひゃぁっ! チルノちゃんの温度ォ!?」
ここまでぶっ壊れた大妖精は珍しいのでチルノは本気で心配になってきた。
「大ちゃん、帰って寝る?」
「そそそそ、そんな大胆なっ!?」
むっつり大妖精。ここ一番の幸せを享受して求婚まで考えだしたが、もう足腰ガクガクでどうにもならない。
故に―――そんな隙でチャンスを逃す。
「チルノちゃぁ~ん」
「あ、ミスチー!」
「!!!?」
絶望―――まぁ求婚したところでチルノがその意味をしっかりと理解するかどうかで言えばNO。絶対にありえないのである。
そもそも求婚したぐらいで許可されるならば、ひどくやらしい射命丸文は100回は婚姻成功している。
なにはともあれミスティアが合流し、チルノは行先を相談する相手が一人増えて喜んでいた。
「どこ行こっか、ミスチー行きたいとこある?」
「うーん……」
とりあえず今の候補を伝える。
紅魔館、守矢神社、旧地獄、輝針城その他もろもろエトセトラと言ったところだ。
妖精と妖怪が気軽に行っていい場所ではないような気もするが、チルノと一緒なら大丈夫という安心感もあるので別にどこでも構わないなー、なんてミスティアは考えてチルノの方を見る。
顎に手を当てて考えている姿を見て、ミスティアは脳内がそんな凛々しい顔をしたチルノのことで一杯になるのを感じた。
(あ~かっこいぃチルノちゃん! しゅきしゅきしゅきしゅぎ!)
思考はだいぶやられているが、口にしないだけとても偉い。理性が働いている。
ちなみに射命丸文に言わせれば、こういう場合はチルノちゃん成分が分泌されているらしい。それを聞いた例の男はとても文字にするのが億劫になるような罵詈雑言で返したそうだ。しかしてそれが正しいだろう。
「とりあえず……霊夢のとこでも行くわよ!」
「全然候補に挙がってなかったけどね!」
「チルノちゃん唯我独尊! しゅきぃ!」
結局、チルノの提案ならばなんでも構わないのだった。
大妖精もミスティアもチルノといられればなんでもいいのだから、そういうところは文やリョウだって一緒である。
そして、そんなチルノ狂いと化した二人を連れてこられる博麗霊夢の苦労は察し余りあるだろう。
数時間が経ち、チルノとチルコン(造語)二名が博麗神社で霊夢の頭を悩ませている頃、幻想郷唯一にして独尊な喫茶店レインメーカーはピークを終えてリョウは一息ついていた。
寺子屋が休みということもあり慧音が待っているので旦那こと妹紅は今日は素早く帰宅。
実際に旦那と言ったらもれなく真っ赤になった妹紅が真っ赤な炎を出しそうになって滅茶苦茶に焦ったのだが、結果そうはならなかったのでなにはともあれ命拾いした。
「さてと、どうすっかなぁ……」
「閉店まで4時間ぐらいあるしね」
「だなぁ……」
ただ一人の客、姫海堂はたてが記事をまとめつつそう言ったのでリョウは軽く相槌を打って、紅魔館の図書館で“正式に借りた”本を開く。
前のあれから翌日はぎこちない感じで接してきたはたてだったが、少しすればいつも通りだった。
文が期待していたような展開にはならない。なるはずがない。
「……なんか悲しくなってきた」
「どしたの?」
「なんでもねぇ……」
そう言って、パチュリーから借りた本に目を通そうとした瞬間―――扉が開く。
「いらっしゃー……お、珍しい」
「あらぁ~暇そうね~」
「すみませんっ! ゆ、幽々子さま……」
入ってきたのは西行寺幽々子と魂魄妖夢の二人。
「まぁピーク過ぎて実際暇ですよ。どうぞお好きな席に」
「それじゃぁ……」
カウンター席に座る幽々子と妖夢の二人。
同じくカウンター席に座っているものの、はたては入って奥の方であるからにリョウの前に座る幽々子と妖夢とは二席ほど離れている。
まぁその二人とはたてが話している姿もピンとこないのだが……。
「今日はどうします?」
「じゃあリョウ……の、おすすめで」
「あ、私はカフェモカを」
「かしこまりました」
フッと笑みを浮かべてうなずいたリョウがコーヒーを淹れにかかる―――と言っても手慣れてすっかり待ち時間の方が長くなっている。
なにか軽食でも用意しようかと思考した瞬間、幽々子と目が合う。
「なんか食べる?」
「あら~さすがねぇ~それじゃあ」
「幽々子さま、食べ過ぎないでくださいね?」
「わかってるわよ」
「ほんとにわかってます?」
そんな会話に苦笑するリョウは、幽々子が幻想郷でも有名な“大食い”だということを理解しているからである。
ちなみに、次点で“茨木華扇”だろう。仙人とは思えない暴飲暴食っぷりであった。
ということで、幽々子の注文を聞いてサンドイッチの用意を開始。
「あ、そういえばリョウ……幽香や白蓮と勝負したって聞いたけどぉ」
「う゛っ」
「聞かれたくなさそうな顔してるわね」
はたての指摘に、その通りだという風にうなずきながら切ったパンにレタスを乗せる。
「ボロボロでしたよ。そもそもなんで俺が……」
「どぉせチルノに乗せられちゃったんでしょぉ」
「ぐっ!」
「図星ですかリョウ」
図星も図星、そもそもチルノのお願いでもなければあのレベルの化け物を相手にするわけがないし、負けることが確定しているようなものなので、霊夢や魔理沙、早苗や咲夜のように“特別”でなければ戦おうなどとも思わないことだろう。
“特別”に多少のコンプレックスがある魔理沙相手に直接は口が裂けても言えないのだが……。
「二回連続吹っ飛ばされましたよ……手加減してくれましたけど」
でなければ原型をとどめていないだろう。
もれなくオーバーキル。滅びのバーストストリーム。
「まぁ死んじゃったらその時は私が生き返らせて従者にでもしようかしら」
「俺従者にされがちなんっすけど」
「執事としては良さげなのよねぇ……まぁリョウが死んだらその前に吸血鬼が眷属にしにくるかしら? それともキョンシーとしてよみがえらされる? まぁ本格的に死んだあと魂さえ残ってればどうにでもなるけど~」
「妖夢、ご主人様めっちゃ怖いこと言ってるけど」
「すみません、いてくれると助かると思いました」
「すっごい死を望まれてる。いや死なせてくれないまであるけど」
死者蘇生で過労死待ったなし。
「おもしろそうだし花果子念報で誰が死後のリョウを取るか予測立ててみる?」
「素直に死なせろ! なんだこの願望!」
こんな悲しいことはない。
「それじゃあ氷で永久保存に単勝かしらぁ」
「死に方ダービー!?」
「やっぱ切り刻まれた後に幽霊っていうのにも」
「惨殺!?」
しかもこれまでに上がっていない例を出される始末。
「ってことで妖夢?」
「私にやれと!?」
「殺人教唆で逮捕! お巡りさん呼んで!」
そんなものは無い。
「というより、リョウさんとはいやですって!」
「なぜか傷つくやつ!」
前もやった件である。
「や~い振られた~」
「うぜぇ」
「リョウとの弾幕勝負、痛そうなんですよ……」
「いや弾幕は痛いだろ」
それもそうだ。ノーペイン弾幕勝負など存在するわけがない。
「でもリョウのはこう……関節極めてきたりするじゃないですか?」
「まぁそりゃそうだ。パワーがないもんで」
「例の“能力”使えば?」
「無理無理、逆に俺もしんどい。妖夢もしんどい」
「いやほんと無理です。そういうのは鬼相手にお願いします」
「だからさすがに死ぬって」
そう言って顔をしかめるリョウに、なにか思いついた表情を浮かべる幽々子。
十中八九ろくなことではないと、察する妖夢とリョウ。
「それじゃぁ……妖夢に勝ったらぁ、妖夢をあげる♪」
「ファッ!?」
「はえ~」
驚愕し目を見開き幽々子の方を向く妖夢。もはや脳が理解をこばみ空をみつめるリョウ。はたてはあいた口がふさがらない。
三者三様のリアクションに楽しそうに笑う幽々子だが、楽しいのは幽々子だけである。
全員が、同時に意識を戻す。
「幽々子さん、勝手に妖夢を」
「幽々子さま! なにを言ってるんですか!?」
初心故に顔を真っ赤にして抗議する妖夢。
リョウとしても、妖夢は些か少女すぎてそういう感情を抱いたこともないのでさすがに抵抗があった。
いやそもそもだ―――。
「りりり、リョウとなんて私っ、何人敵に回すと思ってるんですか!!?」
「そんなことある?」
「ありますから! リョウも少しは考えてもの言ってください!」
こんな説教ある? とも思ったがあるので黙っていることとした。
比較的まともな妖夢がそういうのだから、きっと自分の理解しがたいことが起こっているのは間違いないのだろうけれど、フラグを建てた覚えはない。
故に―――。
「……もしかして俺、モテてるわけではない?」
「なに自惚れてんのチンピラ」
「誰がチンピラだよォ、オレはまっとうな社会人だろぉが!」
「そういうとこよ」
ただ単純に、このおもしろい男を欲しいという陣営が多いだけの話である。彼には酷な話ではあるが決してモテてるだとかフラグが建ち放題だとかそんなわけもない。
ここまで幻想郷の美女美少女と絡んでいてこのザマである。
無様(笑)と笑う烏天狗が彼の頭の中にいたので、とりあえずパロスペシャルをかました。
「じゃあ……私は?」
「幽々子しゃまぁ!!?」
「ちょ、マジ!!?」
妖夢が錯乱し、はたては立ち上がる。ちなみにリョウは固まった。
幽々子は相変わらずニコニコとしながらなんでもないように言うので、それがまた本気かどうかまるでわからなくなり妖夢は焦る。
幻想郷が一週間、いや一ヶ月はややこしくなる予感。
ハッとしたはたてが幽々子の豊満な胸を見てから、リョウを見る。
「……む、むぅ」
「悩んでんじゃないわよ! 胸!? 乳!? おっぱい!? 巨乳がいいの!? 巨乳が!!」
「うぅ~ん」
「図星みたいな顔すんじゃないわよ!!?」
抗議するはたてに、リョウは困ったような表情を浮かべる。
彼がするにしては珍しい表情ではあるのだが理由が理由である。
「どうするかなぁ……」
「ボソッとつぶやくな本気っぽい! 巨乳ならなんでもいいの!? 私だって言うてあるわよ!?」
「姫海堂さんなんで張り合ってるんですか」
「ちがっ、ちょっとは意識してもよくない!? 結構イケてると思うの私!」
「いや、いまそれどころじゃ……」
「あらぁ~リョウったらぁ~」
「幽々子さま満更でもない顔しないでください!?」
もはやカオス、入ってきた客がいるとすれば即座に扉をしめて出ていくことだろう。
楽しそうな幽々子、難しい顔をするリョウ、なぜかキレるはたて、オロオロしている妖夢。
そして―――。
「フッ、話は聞かせてもらいましたよ……またラブコメですね?」
「射命丸!?」
裏口から現れた射命丸文。
オロオロしていた妖夢だったがその表情は絶望に変わる。
間違いなくカオスである。カオスフォームでカオスMAX。
「リョウ、結婚です! 白玉楼で快楽におぼれた生活をしていてください! そして私もチルノさんと愛の巣で快楽におぼれた性活をします! 無知なチルノさんにでガン攻めされたい!」
「やっぱねぇわ! こいつがいる限り!」
「あらぁ、射命丸に負けちゃったぁ」
そういうことではない―――いや、やはりそういうことなのだろう。
「リョウの好みの巨乳ですよ!? こんな機会もうないんですよ!?」
「あるかもしれねぇだろ!?」
文は泣いた。可哀想にフラグなんて存在しないんだよ―――リョウが妄想して創作したお伽噺なんだよ。
「モノローグ風に語るんじゃねぇよ! ワンチャンねぇの!?」
「……ワンチャンはあるかも」
「お、おう……期待するわ」
「調子乗るんじゃないわよチンピラ!」
「なんではたてこんな怒ってんだよ!?」
もうなにがなんだかわからない。妖夢は天井を見上げて光を失った目で涙を流した。
幻想郷広しといえどここまでの状況がどうやって作り出されるのかまるで理解しがたいし、幽々子は楽しそうにそのノリに乗るし……。
「誰か来ませんかぁ……」
結局―――30分ほど経ってチルノが来るまで誰もこなかった。
ただしチルノが来た時点で、さらに場は荒れた……。
あとがき
カオスでした。勝手にカオスになるとよ
もうしばらく日常回、でまた異変編って感じになる予定ー
てかキャラ多すぎて誰出すか悩むなぁって感じで
ちなみにリョウの弾幕ごっこは割愛、近々誰かとやるかもだけど
それでは今後とも応援お願いしますーぅ