さいきょーの主夫   作:樽薫る

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第26話『願望 -egoist-』

 ―――忘れられた者たちの楽園、幻想郷。

 

 暦上の季節は春。

 人里は冬、妖怪の山は秋、博麗神社は夏、旧地獄にこそ真に春が訪れていた。

 

 

 

「めっちゃ寒ぃ!」

 

 さいきょーの妖精ことチルノと、そのお供二名。リョウと大妖精。

 文が去ってからは、空を飛ぶ大妖精に手を貸してもらい落下を防ぎつつ“チルノの探知”を頼りに目的地へと飛んでいる。

 目的地へと近づいている証拠なのか、雪が降り始めて、その先の大地は既に白く染まっていた。

 

「ふぃ~大ちゃんは大丈夫か?」

「はい、私はわりと……」

「すげぇな」

「リョウ、家よって着替えてくる?」

 

 チルノからの提案に、首を横に振った。

 

「どーせ動いたら熱くなるんで」

「……そういえばそうだね。リョウったらすぐ脱ぐし」

 

 そんなチルノの言葉に、苦笑する大妖精。

 

「ま、まぁ間違ってないけど……」

「その言い方よくないっすよ」

「ん?」

 

 いまいちわかっていないようで、小首をかしげるチルノ。

 まぁ実際にリョウは厚着をしようと、薄着だろうと戦闘がはじまれば上着は脱ぐ。

 

「なおした方がいいか?」

「癖なんで別にいいんじゃないですか?」

「そういうもんかね」

「そーよ、ちょっとかっこいいし!」

「チルノさんがそう言うなら」

 

 基本的にチルノの慣性は信じる方針である。

 

「ん、着くわよ」

 

 辿りついたのは―――霧の湖だ。

 陸にしっかりと着地する大妖精とリョウ。

 湖は、半分ほどが凍結しているようであり、周囲を見渡しても他の生物が見当たらない。

 

「っと、サンキュー大ちゃん」

「いえ、それより」

「ああ……」

 

 二人の前に降りるチルノ。そしてその視線の先。

 

 凍った湖の上、幻想的な雰囲気の中―――レティ・ホワイトロックがその上に立っていた。

 

「レティ……」

「チルノ……」

 

 チルノたちから見て横を向いて立っているレティは、チルノに気づくと流し目でそちらを見る。

 しんしんと降る雪、憂いを帯びたその表情、リョウは思わず見惚れそうになるが……即座に両頬を叩いて頭を振った。

 彼女こそが……。

 

「く~ろ~ま~く~……なんちゃって」

 

 クスリ、と笑うレティ。

 

「なんで……どうして?」

「どうしてってチルノ、私まだ貴女と、貴女達といたいというだけよ?」

 

 さびしそうに笑う彼女のそれは、きっと本心なのだろう。

 それを聞いたチルノと大妖精は顔を複雑そうにしかめて、リョウはただ無表情で見つめるのみだ……。

 レティが両手を開き、凍結した湖の上でクルッと回ると寂しさを含んだ笑みから一転、ニコリと笑った。

 

「だからね、考えたわけ……ここら辺がずっと冬ならいいなって」

「“ここらへん”、ですか?」

「そう、それで妖怪の山はずっと秋、迷いの竹林の方はずっと春、そしたらそれぞれ棲み分けできるでしょ?」

 

 しかして、明らかな穴があるようにも思えると、大妖精は眉を顰める。

 

「それだけ、ですか? 本当に……湖だって!」

「じゃあ半分だけ冬にしましょうか?」

 

 呆気なくそう答え、レティはその手に落ちた雪を見て笑う。

 

「レティ、人里の人困ってるよ。祭りだってある!」

「一緒に行きたいと、思わない? 一週間もすれば慣れてくれるでしょ」

「ッ! でもっ、だとしても!」

 

 狼狽えるチルノの背後、リョウはなにを言うでもなく立っていた。

 ただレティの方を見て、レティもその視線に気づいてリョウの方に視線を向けるが、すぐにチルノへと視線を戻すのは、狼狽えながらも、チルノが次の言葉を紡ぐために口を開くからだろう。

 それをどこか温かく見守ってしまうのも、彼女が今回の異変を起こした理由か……。

 

「それでも、里のみんなを放っておけないよ」

「でも前まで、妖精を見下して貴女を疎ましく思っていた者たちよ?」

 

 レティの瞳が鋭くなり、拳を握りしめる。冬の妖怪の内に熱いなにかを感じ、リョウもまた瞳を細めた。

 

「きっとなにかあったら、貴女を真っ先に見捨てるに決まってるわ!」」

「そんなの、なってみないとわからないよ!」

「わかるわよ! 私には、だからこそ!」

「でもっ!」

 

 強い瞳で、チルノはレティを見つめ、はっきりと口にする。

 

「それでもあたいは今、里の人たちを守りたいって思うんだ!」

 

 その両手を振るうと、氷の塊がチルノの手から伸び―――砕ける。

 そして、手には二本の氷剣。

 

 レティは、右手で左の二の腕をギュッと掴み、困ったように笑った。

 どういう感情なのか、チルノも大妖精も読みかねる。

 

「大人になったと思ったのに、やっぱりバカね貴女」

「レティ……」

「それじゃ、私も我を通させていただくわ……!」

 

 強い瞳で手を振るうレティの背後から、白き波―――吹雪。

 それがすさまじい速度で押し寄せてくる。

 ハッとして、リョウは素早く大妖精をチルノの方へと押しやった。

 即座にその意図を理解して、チルノは右腕で大妖精を抱きかかえ、リョウに向かって強く頷く。

 

「えっリョウさん!?」

「頼みますチルノさん!」

「ええ、任せなさい!」

 

 大妖精がリョウに手を伸ばすが、吹雪が到達しホワイトアウト。

 猛吹雪に覆われそれぞれの姿を見失ってしまうチルノ、大妖精、リョウの三人。

 

 視界は真っ白の吹雪で覆われて、今わかるのは自分が大妖精を抱きかかえているということのみで、レティが遠ざかっているということ。

 歯痒そうな表情を浮かべながらも、横を見れば大妖精が震えているようだった。

 力いっぱいに、息を吸い込む。

 

「レティぃぃぃ!」

 

 強い瞳と声で、左手に握った氷剣を逆手持ちすると雪が積もりだした大地に突き刺す。

 

「大ちゃん、掴まってて!」

「う、うん!」

「もしいるなら、避けてよねリョウ!」

 

 そう言いながら大妖精を離すと、大妖精はすぐにチルノの腰に両手で掴まる。

 空いた右手を空に振るえば、その右手の剣がさらに氷を纏いチルノの身の丈ほどまで大きくなったところで割れる。

 中から現れるのは氷の大剣、それを両手で持つと、勢いよく振るった。

 

「デヤァァァッ!」

 

 大剣が振るわれると、その剣圧により吹雪が晴れた。その時。

 

「大ちゃんッ!」

「きゃっ!?」

 

 剣から手を離し、大妖精を抱えると後ろに跳ぶ。

 

 ―――白銀の煌めき。一筋の閃光。すなわち斬撃。

 

 それが、さきほどまでいた場所を切り裂き地に亀裂を奔らせた。

 チルノが着地と同時に指を鳴らすと、置いてきた大剣と剣の二本が爆発するように散る。

 鋭く尖った氷が弾けると、斬撃を放った者が後ろへと跳び、チルノたちとの間に距離を取った。

 

「大ちゃん、大丈夫!?」

 

 着地したチルノが大妖精のことを見る。

 

「ち、チルノちゃんこそ怪我は!?」

「あたいは大丈夫、ちょっとスカート切れたけど」

 

 そう言って笑うチルノのスカートを、目をひん剥いてみる大妖精。

 まるでスリットのように横に切れ目ができてしまっている。

 あまり見ることのないチルノの生足に、大妖精が眼を見開く。

 

「エッッッ」

「え?」

「あ、ちがっ……ど、ど変態はどこだこらぁ!」

 

 可愛らしい声で威厳も威圧感も迫力もなく言い放つ、顔を赤くした大妖精。

 チルノとしてはリョウの悪いところが伝染ったかな、と感じ少しばかり困った表情を浮かべる。

 

「残念ながら、ここから先は通さないようにとお達しです」

 

 そんな大妖精曰く“ど変態”の声。

 表情を引き締めると、チルノは襲撃者の方へと視線を向けた。

 

「みょん!」

「はぁ、どうしてこうなってしまったのか……」

「よ、妖夢さん!?」

 

 魂魄妖夢。

 冥界、白玉楼の庭師であり、主こと西行寺幽々子の警護……というより召使い。

 その両手で、長刀『楼観剣』を持ち、立っている。

 

「リョウは……」

「ううん、周りにいないよ」

 

 すでに吹雪は晴れているが、しかしリョウは見当たらないし雪はいまだに降りやまない。

 それもそうだろう。今は……否。此処(・・)は真冬なのだから。

 

「みょん、マジ?」

「ええ……半分不本意ですが、本気です」

 

 真面目な彼女にしては珍しいなと思うが、幽々子の願いであればそれもまた自明の理。

 故に、引くことはないということもまた然り。

 となればと、チルノはその手に氷の剣を再び創り出す。

 

「大ちゃん、一緒に戦って?」

「もちろん!」

「あたいだけじゃまだ、きっと……みょんに勝てないから」

 

 妖夢は相対する氷精を見て複雑な表情を浮かべた。

 かつての彼女ならばそう言っただろうか? 根拠のない自信は彼女の持ち味ではあった。

 しかして、今は違う。

 

「成長、ですか……」

 

 幻想郷の怪異たちには縁遠い話ではあるのだが、それは確かな成長なのだろう。

 あの無鉄砲さを気に入っていた魔理沙などはどう思っているのか、などと物思いにふける。

 さりとて、成長とは常になにかを捨て何かを得るものなのだ。それに……。

 

「一番大事なとこは、変わってないでしょうし……」

 

 息を吐き、ただの一刀を両手で持ち切っ先をチルノに向ける。

 

「推して参る……!」

「難しい言葉はわかんないよ、みょん!」

 

 二人が同時に、地を蹴り跳び出す。

 

 

 

 少し時間は遡り吹雪に巻き込まれた時、リョウは大妖精を押してチルノの方へ。

 二人で頷き合い、白き暴風に巻き込まれ視界が真っ白に染まる。

 奇襲を警戒して素早く両手足に“気”を集中させて戦闘態勢に入るも―――腹部に衝撃。

 

「がっ!?」

 

 そのまま吹き飛んだリョウだが、途中で体勢を整える。

 真っ白な空間から弾きだされ、雪が降り積もる森の中、背後に巨木が迫るのに気付いて両足をそちらに向けて、木に対して横向きに着地。

 木がミシィ、と音を立てるので素早く足に力を入れて跳んで着地。背後で木から雪がドサッと落ちる音が聞こえた。

 

「いて」

 

 腹部を軽く撫でて、息をつく。

 

「……なんでお前なんだよ」

 

 シャツのネクタイを緩めて、訝しげな表情で雪の上に立つ少女を見やる。

 目付きを鋭く尖らせて、“敵”を直視。

 その足の紅が濃く、力強く輝いていく。

 

「咲夜ぁ……」

 

 人呼んで、完璧で瀟洒な手品師、十六夜咲夜。

 視線の先に立つ少女は、その手にナイフを一本持ち、軽く投げ空中で回転させ、手に納める。

 静かに呼吸をすると白い息が吐き出された。

 

「……マフラーするぐらいならミニスカートやめたらどうだ?」

「あら、せっかくのサービスを無下にするなんて」

「俺のためだとは思わなかった」

「レミリア様のためだけど、従者のミニスカートに欲情する主様なんて困るわぁ」

「そんな光景見たいことねぇけどな変態従者」

 

 そう言いながら、肩を回せばゴリゴリと音が鳴る。

 

「あらずいぶん凝ってるのね、私が揉んであげましょうか?」

「結構だ、手加減知らずのゴリラメイド」

「……じゃあ小悪魔がご所望?」

「そりゃ嬉しいけど“間違い”が怖いんで」

 

 ついでにパチュリーも怖い、と苦笑して一歩踏み出す。

 

「なんでレティさんについたんだよ、紅魔館だって被害こうむってるんだろ……お前の個人的な協力だとしてもレミリアさんが黙認するたぁな」

「レミリア様も察してるのよ。異変の顛末なんて“いつもそう”でしょ?」

「まぁ違いない。不変だな」

 

 そう言いながら、遠くから聞こえる音に顔をしかめる。

 

「で、結局なんでレティさんの側に?」

「日給が紅魔館よりよかったのよ。有給も取ったらおいしいのなんの」

「お前金に困ってないだろ」

 

 ついでに、俺と違って。と付け加えておく。

 

「それと、私個人的にやりあいたかったのよね」

 

 ナイフで手遊びをしつつ、笑う。

 

「アナタと、ね」

「そりゃ魅力的だな、色気の欠片もねぇ物騒なお誘いじゃなきゃぁ」

 

 わざとらしく肩を竦めると、咲夜はクスリと笑った。

 

「このあともあるし能力も使えないでしょ? 手加減してあげましょうか……」

「いいや、女に気ぃ使わせるもんでもねぇだろ」

 

 八重歯を出して楽しそうに笑う。

 

「本気で動いて楽しませてやらぁ」

「時代錯誤な発想ね。それにこのあとレティとするかもしれないのに、いいの?」

「結構だ。ここで負ける方がナンセンスだろ。リードされるのも嫌いじゃないが……こと今回に至っては、俺にさせてほしいね」

 

 咲夜がナイフを一本、リョウに向かって投擲。

 

「まぁ主役として負けるわけにいかわないわよね?」

 

 ナイフを気を纏う手で掴むと、雪の上に放り投げた。

 楽しそうに笑みを浮かべる。口を開いて八重歯を出し獣のように深く真っ白な息を吐く。

 

「そう、野蛮で粗悪で凶暴で、そんな貴方だからこそやりがいがあるのよ」

 

 独り言のように、咲夜は呟いたが、声は聞こえていない。

 その紺碧の双眸を輝かせながら、彼は力強い声で吠える。

 

「いつだって、オレの主役はただ一人―――チルノだ!」

 

 

 




あとがき

今回は戦闘までの前フリ
原作主人公組が敵というパターンでございました

リョウの本性というか内面というか、そこらもまた後々に判明していく予定
ちょっと下品な気がするのは主人公のせい、だいたいコイツが悪い
久々の戦闘、頑張るぞい

それでは次回もお楽しみいただければー

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