ロザリアの首が宙を舞い、そのままゴロゴロと地面を転がる。その表情は死に対する恐怖が克明に浮き出ていた。その事にキリトやシリカ、そしてロザリアの部下達も大きく目を見開いて息を呑む。
ロザリアの部下達も突然の出来事に混乱している間にロザリアがPKされた事に驚いた。ただの脅しか何かだと思っていたのだ。
だが、目の前の獅子の男は躊躇も情けもなく、ただ殺した。
地面に転がったロザリアの首と体が蒼い光を放って砕け散る中、獅子の男はゆっくりと立ち上がり、虫けらでも見るようにロザリアの部下達を眺める。
「てぇンめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
ロザリアの部下が怒声を上げて獅子の男へと突撃をかける。それに続き、他の部下達もそれぞれ怒声や奇声を上げながら、獅子の男へと駆けて行く。その表情はまさに憤怒の表情だが、対して獅子の男は淡々とアイテム欄を開き、直剣を格納して首切りアックスから、柄の長さは自分の身長を優に超えた二メートル、そしての両側に首切りアックスすら凌駕する巨大すぎる刃を持つ大斧が姿を現す。
「オオァアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
獅子の男はロザリアの部下全員の声量にも勝る大きさの咆哮を上げると同時に体から禍々しい真紅のオーラが立ち昇る。
「あれは……!? 行くな、おまえ達!!」
それにいち早く気付いたキリトがロザリアの部下たちに静止をかけさせるが、仲間でもない男の言う事なんて聞く筈もなく、男たちは獅子の男へと向かっていき――
「オォォオオオォォォォォォォォォォォッ!!」
獅子の男の咆哮と同時に全身を使った大斧の目にも留まらぬ速さの一振りで始めに突っ込んだ五人のロザリアの部下が一撃で蒼い光を放って砕け散った。
「え……?」
目の前で起こった一瞬の惨劇に目を見開いたまま、部下達は硬直する。しかし獅子の男は止まらない。そんな呆然としている部下たちに対して鬼は大斧を振りかぶる。しかもその刃には紅い光が灯っている。
「止めろぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
それを見たキリトは背中に背負った片手剣を引き抜き、叫びながら駆ける。その先に待つ惨劇がわかってしまうから。
だから、キリトは走りながらその手に持つ剣に青い光を灯らせる。
獅子の男の情報はある。最近、階層は不定期に出没するPKK――
「
「っ……!?」
獅子の男――鬼が部下達へと振り下ろした大斧にキリトの片手剣が割り込み、互いのソードスキルがぶつかり合い、両者の刃から火花が飛び散る。
見た目的にキリトが力負けしそうなモノだが、意外にも拮抗していた。
(やっぱり、レベル高いな……!)
(憤怒の血誓を使ッテ互角カッ!?)
しかしその拮抗もすぐに終わった。二人はソードスキルを発動して鍔迫り合いしていた。だが、鍔迫り合いに移行してしまった事により、ソードスキルが中断されてしまった。そうなると後は技後硬直が発生するものだ。
本来ならば――
「なにっ……!?」
「邪魔すンナァアァァァァァァァァァァッ!!!!」
しかし、鬼にはユニークスキルである憤怒の血誓がある。これの効果の一つ、技後硬直の無効化により、タイムラグ無しで即座に次の攻撃に入り、大斧の長い柄で動きの止まっているキリトの腹を思いっきり吹き飛ばす。
(チィッ……!! なんだ、スキル後の硬直が無かった。あのオーラの効果か何かか? でも――)
キリトが吹き飛ばされた事で、未だに近くにいたロザリアの部下へと鬼がソードスキルを発動させた大斧で叩き伏せていた。また一人、蒼い光となって砕け散る。
「考えてる暇はない!! 逃げろ、おまえ等!!」
再びキリトが鬼へと攻撃を仕掛ける。鬼は近くにいた部下へと攻撃を仕掛けようとしていたところを横合いから攻撃された事により、ソードスキルをわざと解除して上体を傾けてキリトの斬撃を避ける。
(やっぱり!)
キリトは既に鬼に技後硬直が無いかもしれないという仮説を立てていたためにソードスキルを使った攻撃は行っていない。そのために鬼の一撃に即座に対応できた。それと同時にキリトの仮説が確証へと変わった。
(こりゃ、ソードスキルは使えないな。全部避けるしかないか? なら――)
キリトは鬼の一撃をバックステップで避けてポケットからアイテムを取り出した。それは転移結晶と呼ばれる結晶型のアイテムよりも二回り程大きい結晶の塊だ。
それの名前はコリドーと呼ばれる物だ。あらかじめ行きたい場所へ行っておき、コリドーにその位置を記憶させる。そして離れた位置でコリドーを使うとその場所に転送されるワープゲートを形成する。更に転移結晶とは違い、使用者だけでなく、周りにいるプレイヤーもワープゲートを潜る事が可能なために、主にボス部屋の前で位置を記憶させて再度準備を整えた後に使い、消耗なくボスの眼前まで行く――というのが使用例だ。
所謂、転移結晶の上位互換と言える代物だ。そのせいで一つ買うのにかなりの額を支払う事になるのだが。
「シリカ! これを使っ――ぐぃっ!?」
「え!? わぁっ!?」
そんな高価なコリドーをシリカへと投げつける。シリカはおっかなびっくりそれを受け止めた。コリドーを投げたキリの隙に攻撃を仕掛ける鬼。その攻撃を、投げた直後で避ける事が出来なかったキリトは片手剣で防いだが完全に防げた訳ではなく、ダメージを負った。しかし、それは微々たるものだった。
「転移――」
そんな戦いのさなか、ロザリアの部下の一人が転移結晶を取り出して逃げようとした。それに気付いた鬼はロザリアの部下へと向かおうとするがその前にキリトが立ちはだかる。目的を邪魔するキリトに鬼は歯ぎしりするが、キリトに構わず無理矢理部下の下へと向かおうとした。
だが、キリトを突破しても間に合わないと判断したのか、鬼は暴挙に出た。
大斧をめいっぱい振りかぶって転移しようとしている部下へと投げつけた。キリトも予想外過ぎる行動に呆然とした表情で鬼を見つめる。もちろん、斧を投げるなんていうスキルはこのSAOには存在しない。故にダメージらしいダメージを与える事はできない。だが、大斧の圧倒的な質量と重量が猛スピードでぶつかったためにノックバックが発動して吹き飛んだ。
鬼はこれを狙ったのだ。ノックバックしたおかげで部下は転移結晶を取りこぼした。
だが、これで鬼は手持ちの武器を無くしてしまった。取り出すにはアイテム欄を弄らなければならない。そんな暇をキリトが与えないだろう。
「シリカ! コリドーを使え!」
「は、はい! コリドー・オープン!」
キリトが鬼を牽制しながら叫ぶ。シリカは慌ててコリドーを使用し、目の前に白みがかった光が出現した。
「そいつは黒鉄宮の牢屋に繋がってる! 死にたくなかったらさっさと飛び込め!!」
キリトは鬼に連続で攻撃を仕掛けてはいるが、手ぶらになった鬼は身軽になり、キリトの攻撃を丁寧に捌いて避けていく。
そして、キリトの訴えに残った部下達三人はやはり死にたくはないのか、コリドーが作り出したワープゲートへと一目散に走っていく。
「キィィィィリィィィィィィトォオォォォォォォォオオォォォォォォッ!!!!」
その光景を見た鬼は絶叫に似た咆哮でキリトの名を叫ぶ。それと同時に体に纏うオーラが一層濃いモノになる。憤怒の血誓の効果が上がった証拠だ。
筋力値と敏捷値が更に上昇する代わりに、減少していくHPも増える。だが、今の鬼にはそんな事は関係ない。
溢れ出る憤怒が理性を引き剥がしたからだ。
鬼は更に強化された敏捷値で道を塞いでいるキリトへと一瞬で肉薄した。
(速っ……!?)
キリトですら目で捉えきれない程の速さで近づいた鬼は、素手のままスキルが発動して拳が紅く輝く。それを見たキリトは慌てて避けようとするが、ここで避けたら一気に逃げているロザリアの部下達への接近を許してしまう。
(避けたらダメだ。今のコイツの速さじゃ、追いつけない。大体、互角だろうし。なら――)
キリトはそう結論し、刀身に青い光を纏わせる。鬼には技後硬直が存在しない事は百も承知だ。だが、ロザリアの部下さえこの場から離脱すれば、鬼は戦う意味を無くして戦闘が終わるだろう。だから、時間を稼ぐためにここでソードスキルを使ったのだ。
「アアアァァァアアァァァァアァァァァァァァッ!!!!」
「おおぉぉおぉぉぉっ!!」
鬼の体術ソードスキルであるグラップチェストをキリトは真っ向から片手剣ソードスキルのダストフェイサーを使用して斬りかかる。
グラップチェストは簡単に言えばただの右ストレート、ダストフェイサーは切っ先で地面を削りながら接近して一気に斬り上げるというソードスキルだ。
それが真っ向からぶつかり合うが結果は見えていた。方や片手剣、方や素手。どちらが有利かは明白である。鬼の右ストレートは合わせるように出されたダストフェイサーによって迎撃され、右腕の肘から下が綺麗に斬り裂かれて宙を舞った。
その間にロザリアの部下三人はコリドーを潜り終えていて、コリドーは消滅しようとしていた。
「……何故だ? 何故邪魔をする、黒の剣士?」
標的がいなくなった事で憤怒の血誓を解除し、肘から先の無い右腕を押さえてキリトを睨みつける鬼。
「確かにアイツ等はやっちゃいけない事をしてる。だからって、おまえがアイツ等を殺して良い理由にはならないぜ」
「……綺麗ごとを……」
キリトの返事を聞いて吐き捨てるように小さく呟く。しかし、キリトの性格をよく理解している鬼は言っても聞かないのは理解していた。
だから、鬼はキリトの横を黙って通り過ぎた。その際、両者は視線のみを交わす。
そのまま通り過ぎると、コリドーを使ったシリカへと視線が移る。その時、シリカが目に見えて動揺してキョロキョロと視線を動かして目の合ったキリトに助けを求める。
だが、キリトは鬼が手を出さないと確信していた。最前線で得た情報で、鬼はオレンジ――特に人を殺すレッドと呼ばれるプレイヤーに対してのみ襲い掛かると聞いているし、何より戦って気付いたのだが、戦い方が探し人によく似ているため、もしかしたらという思いもある。
鬼は震えるシリカを一瞥しただけで通り過ぎ、地面に突き刺さっている大斧を左手で引き抜き、肩に担いだ。そしてそのまま何も言わずにその場を去ろうとする。もう用は無いと言わんばかりに。
「待て!」
去りゆく背中にキリトが大声を張り上げて鬼を止めようとするが、鬼はフラフラした足取りで止まる気配ははない。
「一つだけ聞きたい」
キリトの言葉も聞き入れずにそのまま遠ざかっていく。だが――
「おまえは、レスカテなのか?」
「っ……」
キリトの一言に目を見開いた。そして思わず立ち止まってしまう。
「知らんな、そんな名前は……」
だがそれも一瞬の事で、それだけ答えると振り返る事もせずに再び歩き出す。
これ以上、その名前に反応して動揺しているのがばれてはならないから、だから鬼は何も返事をせずにこの場を去った。
(やっぱり、鬼はおまえなのか? レスカテ……)
キリトは自分で言って悲しくなるが、数少ない友かもしれない後姿を見て切なくなる。本当は今すぐ後を追って真実が知りたい。だが、この場にはシリカがいるために迂闊には追いかけられない。
もし、鬼が思っている人物と別人で、かつ情報より凶暴で暴力的な人物だったなら、シリカを巻き込むのは危険だ。だから今は深追いするべきではない。
「キリトさん……?」
「あぁ、すまない。シリカにも今回の事は謝らないとな」
そう言ってキリトは今回の件について話し始めた。
先に言ったシルバーフラグスのリーダーが最前線の街で自分たちのギルドメンバーの仇を討ってほしいと呼びかけていて、色々あったキリトは他人事と思えず彼の願いを聞き入れた。
そして情報を仕入れてロザリア率いるタイタンズハンドが三五層にいる事がわかり、ロザリアの目撃情報を追って迷いの森を捜索していたところにシリカと出会った。
そして成り行き上、ロザリアがシリカを狙っている事を知り、シリカを守ると同時にロザリア達をシルバーフラグスのリーダーの望み通り、黒鉄宮の牢獄に入れる事を考えた事。
「だからすまない。君を囮にするような事しちゃって。俺の事、言おうと思ってたんだけど……君に怖がられると思って言えなかった」
ま、鬼のせいで色々と破綻しちまったけど、と少し物悲しげな表情で付け足して、ポリポリと頬を人差し指で掻く。
シリカは目の前で起こった惨劇と真実に頭が真っ白になりそうになりかけて、キリトの独白に首を振る事しかできなかった。
「街まで送るよ」
キリトはそう言って歩き出そうとしたが、シリカに動きは無く、仕方なく振り返るとアワアワしているシリカがキリトの視界に映った。
「どうしたんだ……?」
「あ、足が動かないんです!」
確かによく見るとシリカの足が震えていた。しかしそれは当然だろう。最近までパーティーを組んでいた人物の正体、そしてそれらを狩る者が引き起こした惨劇。一度にあれ程の人数が一気に死ぬ――殺されたところなど見たことがなかったのだから。
緊張が緩まった瞬間、そういう事になっても仕方ないと言えるだろう。
そんな光景にキリトは吹き出しながら笑うと、シリカへと手を差し出した。シリカも少々恥ずかしそう頬を赤く染めながら差し出されたキリトの手をぎゅっと握った。
その事で安心したのか、シリカは強張っていた表情を緩ませて笑顔を見せた。
そしてシリカが拠点にしている三五層の主街区――ブラウリーに到着し、シリカに別れを告げた後、キリトは最前線へと戻っていく。
(もし、鬼がレスカテだったら……。情報が欲しい。アルゴやエギルにも協力して貰うかな)
キリトはこれからどう行動しようか思考する。最前線に戻って攻略しながら友達のレスカテを探す……というのは少しキツイがやれない事はないだろう。
何より、突然行方を晦ました友達が心配なのだ。キリトの数少ない友達のエギルやクラインも心配しているのだ。
これからやる事を決めたキリトは決意した面持ちで転送ゲートをくぐった。
「まさか、言い当てられるとはな」
街に帰らずに通り過ぎて別のフィールドまで来た鬼。今は
犯罪者のマーカーを解除するには己のカルマ値を下げるクエストをクリアしないと
鬼としてはオレンジだとしてもあまり関係ないのだが、情報を集めるのが少々苦になるぐらいだろう。
だが、鬼はオレンジになったとしても率先してグリーンへと戻すためにクエストを受ける。何故なら――
「俺はアイツ等とは違う」
自分が行っているのもただのPKと何も変わらない。だが、その心の在り様は、その覚悟だけは、遊びでやっているPK達とは違うと、鬼はそう思いたいのだ。
「
鬼は自分が自らのキャラにつけた名前が皮肉になっていて自嘲気味に笑う。そもそもそんな意図で名前をつけた覚えもないのだが。
それでも、その程度で鬼を止める事はしない。
やらなければならない――いや、やりたい事があるからだ。
(例え、彼女がそれを望んでいなくても……俺は……)
鬼は――レスカテはただ真っ直ぐに前だけを見て歩き出した。
全てが始まったあの日と、そして彼等と出会ったあの戦いを思い出しながら――
キリトさんマジパネェ