第一層迷宮区前のトールバーナという街に幾つかのパーティーが集っていた。
もちろん、その中にもソロで活躍している者もいる。ここに集まっているのは紛れもなく現時点でトッププレイヤーと呼べる者達が集まっていた。
(俺、スゲェ場違いっぽい)
何の因果かレスカテはその集団の中にいた。
木で造られたかのような劇場のステージの中央にこの場の主催者と、観客席のような岩の椅子に各々自由に座っている。レスカテは一団から少し離れた場所に陣取ってだらけて座っていた。
「はーい! それでは始めさせてもらいまーす!」
パンッと手を叩いてプレイヤー達の意識をこちらに向けさて告げるのは、今回の主催者である。どう見ても美青年で、着ている服装や防具、武器にいたるまで、レスカテとは大違いな程にしっかりしている。
ちなみにレスカテは武器意外は全てが始まったあの日と同じ装備だ。
「今日は俺の呼びかけに応じてくれて、ありがとう! 俺はディアベル。職業は……気持ち的に
そんな美青年――ディアベルが茶化しながらの自己紹介に、周りから笑いながらの野次が入る。ここまでの雰囲気は和やかなものだ。
ちなみに、ソロで適当なダンジョンで狩りをしていたレスカテをこの場に招待したのもディアベルだ。
レスカテ自身は自覚がないが、ダンジョンをソロで狩りをしている時点でそれなりに腕が立つプレイヤーとして認識されたために誘われたのだ。
ディアベルが静粛に、と手で野次を抑えると、スッと真剣な表情になる。
「昨日、俺たちのパーティーが、あの塔の最上階でボスの部屋を発見した」
ディアベルがそう告げた瞬間、広場にいたプレイヤー達がどよめきつつも、顔つきを変えて重苦しい空気に包まれた。再度レスカテは場違いだと思った。
「俺たちはボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームをいつかクリアできるって事を、はじまりの街で待ってる皆に、伝えなきゃいけない! それが! 今この場にいる俺たちの義務なんだ! そうだろ、皆!?」
ディアベルの演説と問いかけにプレイヤー達が戸惑いながらも頷き、次第に拍手と歓声が増えて行った。今のでほとんどのプレイヤー達が今回の第一層のボス攻略にやる気を出し始めている。
レスカテもその光景に笑みを浮かべる。なんだかんだでレスカテ自身もちょっとはやる気がでているのだ。
「OK。それじゃあさっそくだけど、これから攻略会議を始めたいと思う。まずは、六人のパーティーを組んでみてくれ。
ディアベルがそう告げると、プレイヤー達が即座に行動を移してパーティーを組んでいく。そんな中でレスカテは小首を傾げていた。
(パーティーってなんぞ?)
デスゲームとは言え、MMORPGを一カ月していて初めてパーティーの存在を知ったレスカテであった。
レスカテお得意の困った時にはヘルプで、パーティーの説明を受ける。ついでにレイドの説明もされていたため、一緒に理解した。
(え……、こんな事できるんなら一カ月一人で戦ってきた俺って一体……? いやいや、つか俺って他人とどう接していいのかイマイチよくわからんし……こんな身なりだから誰も話しかけてくれねぇし……)
と、一人で戦ってきた
「アンタも一人、なのか?」
しかし、レスカテの背後から声がかかり振り返ると、黒髪の少年と赤いポンチョのようなモノで全身を隠した性別不明の二人が立っていた。
「あ、ああ。まあな」
行き成りの事で少々動揺しながらもレスカテはしっかりと返事する。
「俺たちも元々一人だったんだ。よかったら今回だけ一緒に組まないか? 俺たちはまだ二人だから人数に余裕があるし……」
「わ、わかった。組もう、どうすりゃいいかわかんなかったし」
少年の提案にこれ幸いと乗っかるレスカテ。返事を聞いた少年が自分のメニューを操作すると、レスカテの視界に『パーティーの申請を受理しますか?』という問いかけの下にYes/Noと表示されている。
レスカテは少々ぎこちなくYesを押すと、自分のHPゲージの下に二人分のHPゲージが表示された。それらのHPゲージの隣にそれぞれ『
おそらくはこれらはこの二人の名前で、少年がキリトで、性別不明がアスナなのだろうとレスカテは勝手に推測した。
キリトがレスカテの隣に座り、アスナが更にその隣に着席する。
「よーし、そろそろ組み終わったかな? じゃあ――」
「ちょう待ってんか!?」
ディアベルが頃合いを見て声をかけるが、それを遮る声が聞こえた。
一斉にプレイヤー達が声のした方を見ると独特な髪とちょび髭を生やした男が、身軽そうに観客席をポンポン飛び降りて、ディアベルの隣に立つ。
「ワイはキバオウ言うもんや。ボスと戦う前に、言わせてもらいたいことがある!」
いきなりこの場に出てきたキバオウという男が自己紹介をした後に、キッとプレイヤー達を睨みつける。
「この中に、死んでいった二千人に詫び入れなアカン奴がおるはずや!!」
続いてそう告げたキバオウがプレイヤー達に向けて指を指すと、戸惑ったようなどよめきがおきる。そしてレスカテの隣に座るキリトの表情も険しくなった。
「キバオウさん。君の言う奴らとはつまり、元ベータテスターの事、かな?」
「決まっとるやないか!
関西弁で話すキバオウが、ディアベルの質問に答えた後、集まっているプレイヤー達に向けて演説を始めた。
レスカテはここでも頭を傾げる事となる。
(べーたとか、べーたてすたーって何?)
当然、オンラインゲーム初心者のレスカテは、その言葉に聞き覚えがない。
正式にはβ版と呼ばれるモノで、二種類存在する。
一般開放されたオープンβと呼ばれるモノと、開発者関係や公募でユーザーを規定数集めて行うモノをクローズドβと呼ぶ。
ソードアート・オンラインは後者のようだ。β版は正式にリリースされたモノよりもいち早くプレイする事ができるため、参加する者も多い。世界初のVRMMORPGであるソードアート・オンラインなら尚更だ。
だがしかし、β版には避けることができない事象がある。それはバグだ。やはり正式発表前という事もあり、バグが多いのだ。
それでも他の誰よりもいち早くプレイできるという事もあり、正式前に色々と情報を集めることができる。
キバオウはその情報と知識を持って、初めてこのゲームをした人たちを導いてやれば、二千人もの人が死なずに済んだんじゃないか? そう言いたいのだ。
しかし、レスカテは根本的なところを知らないため、何も考察する事ができない。まさにキバオウの言う初心者なのに、だ。
ヘルプを開いてもベータの事がわからないため、隣で険しい顔をしているキリトの肩を叩く。
「なんだ?」
「べーたてすたー……ってなんだ?」
レスカテの言葉を聞いて厳しい顔をしていたキリトが一変、何とも言えないような微妙な表情になる。
「マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
レスカテの真面目な表情を見たからか、キリトはため息をついて説明を始めた。
その間にもキバオウの演説は続いている。
「そいつらに土下座さして、貯めこんだ金やアイテムを吐きだしてもらわな。パーティーメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」
説明をしていたキリトがキバオウの演説を聞いて顔を
自分の演説と正当性に自信があるのか、堂々と腕組みして舞台の上に立っている。
(でも、何か違うと思うんだよな。だいたい命を預けられないし預けたくないって、ならこれに参加すんなよっつー話だ)
レスカテはキバオウを冷めた目で見てから溜息をついた。
「ちょっと良いかしら?」
「なんや?」
この会場に居る中で珍しい女性が立ち上がり、ズカズカと舞台の方へと歩いていく。
セミロングの茶髪だが知的そうにきっちりと毛先を揃えている。切れ長の目をしており小鼻も小さく美少女と呼べる程だが、への字に口をまげているために少々気難しそうな印象を受け、近づき難い雰囲気を醸し出している。だが、彼女の装備がディアベルと同じくらい立派な装備を身に纏っていて、背中には理知的とは程遠い斧を背負っている。
女性プレイヤー比率がかなり少ないこのソードアート・オンラインでは物凄く珍しい。それが美人だと尚更だ。例え近づき難くても男なら興味が出てしまうのは致し方ない事なのだ。だからそんな彼女が行動を起こした事で他のプレイヤー達の視線が一気に集中した。
人の目に晒される事に慣れているのか、堂々とした足取りで舞台へとたどり着いた。
「貴方の言い分はわかった。で、相容れないって言うのなら今回の攻略から外れてくれませんか?」
彼女が腕を組みながら言い放った言葉は拒絶だった。
「は?」
「正直、これは私ではなくてディアベルが決める事だって言うのはのはわかってる。でも、貴方の言い分通りにベータテスター達から装備やアイテムを剥ぎ取ったなら今回の作戦は大幅な戦力ダウンになり、成功する確率が下がります。それでは本末転倒ではないのですか?」
彼女の言葉が意外だったのか素っ頓狂な声を上げてしまうキバオウ。隣のディアベルも目を見開いている。
「なんでや!? まさかおまえもベータテスターなんか!? せやから庇護するような事を――」
「庇護というよりは効率の問題ですよ。この場にベータテスターが何人いるか知りませんが、いる事は間違いないでしょう。ですが、その戦力を奪って貴方と賛同する方だけでこの階層のボスを倒せるのですか?」
「っ……それは……」
彼女の反論に言葉が出ないのか、ただ口をパクパクさせているだけだ。
「これは自分の命を懸けた戦いです。自分が命を預けられないと判断したのなら、預けなくて構いません。その決断は誰も責める事はできません。ですが、それがわかっていて今回の作戦に参加した理由は自分の考えをこの場で語る事ですか? ですがそれは愚かな事です。結果的にこの場のほとんどの人の戦意が衰えてしまった。これはディアベルが述べたように失敗してはならない戦いです。正直うんざりなんですよ、空気を読まない方って」
反論できない事を良い事に彼女の言葉と言うナイフがキバオウの心を傷つけていく。観て聴いていたレスカテは少々キバオウがかわいそうに思えていたが、よく考えると自分もほとんど同じことを考えていた事に気づき、口出しせずにそのまま傍観を続けた。
「ですから――」
「その辺りにしておけ、スクーレ」
まだ何かを言おうとした彼女――スクーレをディアベルが少々険しい表情で止める。
「なんでしょうか?」
「確かに君の言い分もわかる。だが、これは君の言う通り命を懸けた戦いだ。人数は一人でも多いに越したことはない」
「ですが、彼一人がいなくとも何も変わりはしないのでは?」
と、完全にキバオウ当人をのけ者にして二人で討論を始めた。もう周りのプレイヤー達は何が何だかわからないと言った風に微妙な雰囲気に包まれている。そのおかげか、キバオウが下げに下げた場の空気もいつの間にか霧散していた。
「そもそも君は先ほど言っていただろ? 決めるのは俺だ」
「……確かに」
ディアベルがそう告げたところでスクーレが渋々引き下がる。とりあえずの口論が終わったところで、プレイヤー達もそっとため息をついた。
「前の君はもっと付き合いやすかったんだがな」
「流石に今の姿であのキャラを
どうやらディアベルとスクーレは知り合いのようだ。互いに微笑み合って肩をすくめる。美男美女ががやると、どんな仕草でも絵になるものだ。
美男子と言い難い容姿をしているレスカテにとって少々羨ましくある。
「ちょ!? ワイを置いて勝手に話進めんなや!!」
「まだいたのですか」
二人だけの世界に割って入るようにキバオウが再び介入するが、さっそくスクーレによる辛辣な言葉が浴びせられた。
(確かに空気読まないなぁ、キバオウって奴は)
レスカテは苦笑いする。余裕を取り戻したキリトも同じような引き攣った笑みを浮かべている。ちなみにキリトの隣に座っているアスナはほとんど微動だにしていない。まったく興味がないようだ。
「ふぅ、発言良いか?」
ここで更に介入者が現れる。褐色の肌に筋肉質の巨漢、スキンヘッドに顎鬚とかなり厳つい風体をしている。その背中には一対の刃を持つ斧を背負っている。
その彼がいい加減うんざりと言いたげな表情で、ゆっくりと石階段を降りて舞台へと近づいていく。その際、スクーレが初めて無表情を崩し、巨漢を見た時に恍惚とした表情を見せた。それに気づいたレスカテは頬を引き攣らせた。
「俺の名前はエギルだ。個人的にはさっさと攻略会議を進めたいと思っているんでな。早々に終わらせてもらう」
舞台へと立った巨漢――エギルは即座にそう言い放ち、腰に下げているポーチから小さな本を取り出した。ディアベルはこの場はエギルに任せるつもりか、口出ししようとしない。そしてスクーレはずっとエギルをガン見したままだ。
「キバオウさん、アンタの言い分はもういい。誰彼構わず、一度はそう思っている筈だからだ。だが、このガイドブック、アンタも持っているだろう。道具屋で無料配布されているからな」
キバオウの前に立ったエギルはずいっと手に持つ小さな本――ガイドブックをキバオウに見せつける。
「持ろたで。それがなんや?」
「配布していたのは、元ベータ―テスター達だ」
苛立ってきたキバオウがキツ目に言い返すが、エギルは全く動じずに淡々と事実を告げた。その告白に周りのプレイヤー達にもどよめきが走る。
それにはレスカテも驚いた。もちろんガイドブックはレスカテも持っている。そのガイドブックのおかげでアニールブレードと言う現時点で高性能の片手剣を手にする事が出来た。
まあ、その情報はやはり他の片手剣使いも知っている訳で、軽く争奪戦のようなモノになってしまった事を思い出して、レスカテは自らの腰に差してあるアニールブレードの柄を撫でながら苦笑いした。
「このガイドブックが道具屋に並ぶまで、全てが始まったあの日からそう経っていない。なのにこれほど完成度の高いガイドブックをどうやって作ることができたのか? 簡単だ、知っていた。それなら合点がいく。つまり早い段階で皆は情報を仕入れることができた、と言う訳だ。だが、それでも沢山のプレイヤーが死んだ。だから俺たちは、その失敗を踏まえてどうボスに挑むべきなのか? それがこの場で論議されるモノだと、俺は思っていたんだがな」
そう言い放ったエギルはディアベル、スクーレ、最後にキバオウを冷めた目で見つめた。それにディアベルとスクーレは即座に頭を下げる事で答えた。キバオウは居心地が悪くなったのか、顔を背けて舌打ちして一段目の席に乱暴に座り、その隣に少し間を空けてエギルが着席した。
「んんっ、話が色々脱線してすまない。さぁ、再開しようか」
ディアベルが咳払いをしてガイドブックを取り出す。
「ボスの情報だが、実は例のガイドブックの最新版が配布された」
(ボス戦のガイドブックか、すげぇな)
ディアベルが持つガイドブックの正体に会場内にどよめきが走る。先ほどのキバオウも例外ではない。
「それによると、ボスの名前は
ガイドブックに書いてある事を音読するディアベル。未だ誰もボス部屋に辿り着けていなかった状況下でこれだけのボスの情報があるという事は、やはりエギルの推察は当たっているという事だろう。
(俺も後で貰いに行かなきゃな)
ディアベルの説明を聞きながら自分が持っているガイドブックを取り出して一ページめくる。中に一番最初に書かれているのは『大丈夫、アルゴの攻略本だよ』という文字。おそらくはアルゴというプレイヤーが作成した物なのだろう。
「現在、六人パーティーを組んでもらっているが、この場にいるのは二七人だ。三パーティーがボスを攻撃し、人数があぶれて限界数に達していないパーティーと、もう一組みのパーティーは取り巻きの相手をしてもらう。この取り巻きを掃除、または抑えておくという仕事はとても重要だ。なんせ、ボスに集中しているところを背後から攻撃されるからだ」
「それなら先程のお詫び、という事で私たちのパーティーが取り巻きの相手をしましょう」
ディアベルの説明に即座に手を上げたのはスクーレだ。その周りにいる男たちも異論は無いのかディアベルを見て頷いている。
「よし、もう一つのあぶれてしまったパーティーだが――」
「俺たちだ」
キリトが手を上げる。キリトの周りにレスカテとアスナの三人がいる事で数が合致する。それを見たディアベルは頷く。
「うん、任せたぞ。最後に、アイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り。経験値はモンスターを倒したパーティーのもの。アイテムはゲットした人の物とする。異論は無いかな?」
ディアベルの説明にプレイヤー達は互いに顔を見合わせ、相談を開始するが異論は全く出てこない。要はディアベルの出した提案は早い者勝ちだからだ。アイテムや経験値に目を取られて突出してしまうパーティーも出るかもしれないが、恨みっこなしというのは後々妙な
「無いようだな。なら、明日は朝十時に出発する。では、解散!!」
パンッとディアベルが手を叩いた事で作戦会議は終了した。プレイヤー達が立ち上がりそれぞれの行動を取る。
パーティー内での連携を考える者達、リーダーのディアベルに話しかける者達、その場をさっさと離れる者達と様々だ。
「さて、会議も終わったし、親睦でも深めるために飯でも――っておいおいおい!?」
立ち上がったレスカテがキリトとアスナに話しかけたが、同じく立ち上がったアスナはさっさとその場を後にしてしまう。
「なんだありゃ?」
「アイツも俺もソロだから気持ちはわからないでもないけどな」
無愛想なアスナの態度に腕を組んで眉を潜めるレスカテだが、キリトはポリポリと頬を掻きながら答えた。
(つっても、俺もわからんでもないんだけどな)
レスカテは現実での自分の態度に苦笑いして、まるで自分を見ているような錯覚にとらわれた。生きている実感がなく、誰に話しかけられてもほとんど反応を示さない自分。次々とレスカテに話しかけていく人は少なくなっていき、最終的にレスカテに話しかけてきたのは『先生』ただ一人だった。
そんな過去を思い出してレスカテはフッと勢いよく息を吐き出してキリトの肩を叩く。
「んじゃ、俺たちだけで飯行こうぜ? 俺、わかってると思うけど集団戦初めてだから色々と聞いておきたいし」
「そういやMMMORPG初心者だったっけか。わかったよ」
「ありがたい」
二人は笑いながらその場を後にする。しかし、そんな二人を――正確にはキリトをディアベルは険しい表情で睨みつけていた。
食事を取りながら色々と教えて貰ったレスカテはホクホク顔をしながら街を散策していた。ちなみにキリトとは別行動を取っている。
レスカテ達の役割は取り巻きを掃除する事。それはつまり自分たちが普段している事とそう変わらないから打ち合わせは必要ないとのこと。それでもレスカテが集団戦の事を教えて貰ったのは『もしも』の事があった時のためだ。
レスカテは今日一日は街の外に出る気はない。明日は大事なボス攻略戦なのだから、外に出て今所持するポーション等の消費系アイテムをあまり使いたくないからだ。
だからこそ、レスカテは装備の新調をしていた。それは食事時にキリトにも言われたからだ。
「武器は良いけど防具と盾ってはじまりの街で買えるのばっかりじゃないか。ボスに行くんだからもうちょっと良いのを装備しないと心もとないぜ」
というありがたいアドバイスだ。そのアドバイスに則ってこの街の防具屋や武器屋を巡り、道具屋でディアベルの言っていた新しいガイドブックを手に入れて、宿屋の自分の部屋でガイドブックを読みふける。
ペラッと一ページをめくると、見慣れた『大丈夫、アルゴの攻略本だよ』の文字。それを見てフッと笑って内容を吟味する。内容はディアベルが告げていたモノに加えてボスの行動パターンから、要注意攻撃等々、初心者にとってありがたい事が書き連ねてある。
「ん? なんだ?」
しかし最後の一文がレスカテの目を惹いた。最後にはこう書かれている。
『この情報はベータテスト時点のモノなので変更されている場合がある』
この一文を見てレスカテは頷く。
(確かに、キリトもベータテスト版と正式版とじゃ差異があるのは当たり前だと言ってたしな。つまり、今回はガイドブックをあてにし過ぎてはならないって事か。気を付けておこう。さてと……)
レスカテは寝転がっていたベッドから立ち上がり、ガイドブックをポーチの中に仕舞う。そして部屋着にしている初期装備から、今日買い付けた新しい装備へと着替える。
といっても見た目がそれほど変わったようには見えない。変わったところとは色と盾が木製から鋼鉄製に変わったぐらいだろう。白いTシャツから群青色のTシャツに、他の部位も似たようなものだ。だが、それでも自らのステータスの数値が変動しているのはメニュー画面を見て確認している。
「さて、さっさと晩飯食いに行くか。キリトも誘おうかねぇ」
キリトも今日はこの街から出ないと言っていたことを思い出して部屋を出る。木造の廊下を進んでいき、レトロさを感じさせる宿屋から出て、キリトを探すために街を彷徨う。
二十分程、街を彷徨ったレスカテだったが、見覚えのある黒髪の美少年の姿を見つけることができた。が、既に先客がいたようで広場の隅っこにある噴水の縁に腰かけているキリトとアスナの姿が見えた。しかも二人ともちびちびとパンを食しているのがわかる。
しかも少々良い雰囲気だ。
(アスナってのが名前通りの性別ならこれは邪魔したらダメだな、うんうん)
その光景をニヤニヤした表情で薄ら笑いながらレスカテは踵を返す。そして次の瞬間には自分の容姿のせいでそういう青春染みた事はないだろうなと、内心涙しながら明日のために腹ごしらえをしようと再び街を彷徨う。
「明日は決戦、か」
そう呟いて気を引き締め直し、自分の上空に広がる夜空を眺める。
「明日で俺は死ぬかもしれない。なら、この夜空を見るのも見納めに――って何しんみりしてんだかな」
ガリガリと頭を掻いて弱気になった事を苦笑いしながらなかった事にした。
「必ず勝つ。なんせまだまだ生き足りないからな」
そしてニヤリと笑い、他のプレイヤー達が行きかう街をゆっくりと練り歩く。腹ごしらえをいて明日を生き残るために。
明日、二七人の命を懸けた、希望を掴み取るための戦いが始まる。