ソードアート・オンライン 嘆きの鬼   作:騎志丸

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追憶:第一層攻略戦

 作戦会議から翌日。レスカテ達、攻略組は予定通り午前十時に集合して迷宮区を目指して街を出発していた。ディアベルを先頭にし、それを他のパーティーが追従している。

 その中でレスカテは森の中を自分のパーティーと一緒に攻略組一行の最後尾をのんびり歩いていた。

「んっん~!」

 モンスターも先頭にいる人たちが速攻で片づけてしまうため、戦う事もなく森の風景を楽しみながらあくびと筋を伸ばす。

「なんだ。寝不足か?」

「いや、楽しみ過ぎてずっとガイドブック読んでたら陽が昇ってた」

「馬鹿だろ、おまえ。そして子供か」

 キリトが呆れながら溜息をつく。その斜め後ろでアスナが何の反応もせずに黙々と歩いている。

「良いだろ? いつもは寝飽きてんだから少しくらい起きていたってよ」

「何だよ寝飽きって……」

「まあ、それはともかくとして、昨日はお二人さんでお楽しみでしたねぇ」

 ケケケとニマニマ笑いながらキリトの肩をポンポンと叩く。

「いや、何の話かわからないんだけど……」

「まま、そうごまかすなって。昨日の夜、広場の噴水で……」

 そこまで言うと黙々と歩いていたアスナがピクリと肩を震わす。そのまま腰に差してある細剣の柄に手をかけた。

「いやぁ、なかなかなモンでしたよ。声、かけづら――」

 続きを言おうとしたレスカテの鼻先を勢いよく何かが通過する。キリトは気付いたのかアスナの方を見て苦笑いしていた。

 アスナの手には抜き身の細剣が握られていた。

「ちょ!? 危ねぇんだけど!?」

「私、そういうの嫌いなの」

 アスナはそれだけ言うと細剣を納刀し、スタスタと先へ歩いていく。

 当然ながら、ソードアート・オンラインにも犯罪は存在する。

 基本的に街の中――安全圏内でなら他者を傷つけることはできないが、フィールドやダンジョンと言った安全圏外では本来のゲームならばPK(プレイヤーキル)も可能だろう。だが、そうする事でプレイヤーを示すグリーンのカーソルが犯罪者を示すオレンジへと変わる。このオレンジに変わる事で色々とデメリットがある。

 その状態で街に入ろうものなら街を守るガーディアンと呼ばれる超強力なNPC(ノンプレイヤーキャラ)が襲い掛かってくるのだ。まあ、戦おうものなら確実に殺されるだろう。

 当然、アスナはそれをわかっているために当てるつもりはもともと無かった。だが去り際の目が語っている。

 

 二度は無い、と。

 

「ま、おまえの自業自得だな」

「あ、やっぱり?」

 キリトがからかわれずに済んだのが嬉しいのか笑顔を浮かべながらレスカテの肩を叩く。レスカテは溜息をついてがっくり肩を落とした。

 それから少しして二人は差が開いたアスナに追いつくために少々早歩きで追いかける。

「で、俺たちの役目はわかってるな」

「ああ。ルインコボルト・センチネルの相手だろ?」

 アスナに追いついた二人は先ほどのやりとりがなかったかのようにパーティー内で作戦会議を始める。その光景にそっとアスナがため息をついた。

「ああ。俺が奴らのポールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、即座にスイッチしてくれ」

「りょーかい」

「……スイッチって?」

 レスカテは昨日聞いた専門用語に頷きながら気のない返事をするが、アスナがわからないと言った風に聞き返す。

「あ、俺のお仲間」

「……なんでこのパーティーは経験無い奴ばっかりなんだ……?」

 レスカテが自分の仲間に笑い、キリトはもう一度説明しないといけない事に嘆き、天を仰いだ。

 ちなみにスイッチとは、MMORPGならではの基礎戦術の事だ。スキルというのは必ず技後硬直と言うものが存在する。それを補うようにもう一人のプレイヤーが攻撃する事で敵を引き付ける。ボス戦等では、それを何度も繰り返す事でより安全に立ち回る事も出来る。その様がまるでスイッチした(切り替えた)ように言われるところからきているのだ。

 昨日、レスカテが聞いたことを再びキリトがアスナに説明し、レスカテも復習気分で黙って聞いていた。

 森を抜け、迷宮区に入り、マッピングされた地図通りに進んでいき、出てくるモンスターを全員で蹴散らしながら突き進むと、鋼鉄製の重そうな扉が見えてきた。

「……いよいよだな」

「……ああ」

 先程のようなふざけた雰囲気は既になく、この場の全員から重苦しい程の緊張感を放っている。

 ディアベルが扉の前に立ち止まり、皆へと振り向いて地面に自らの剣を突き刺す。

「聞いてくれ、皆。俺から言う事はたった一つだ。」

 扉の両隣にある松明だけが光源なため、ディアベルもより一層緊張しているように見える。

「勝とうぜ!!」

 だが、ディアベルは笑ってそう言い放った。周りのプレイヤー達も、真剣な表情でそれに頷く。

「それじゃ、行くぞ!」

 ディアベルは扉に手を翳して、力を込めて押すとゆっくりと金属製の重い音を発して扉が開いていく。

 部屋の中は真っ暗だ。ほとんど何も見えない。だが、部屋の一番奥から二つの紅い光が浮かび上がる。

 それを見たディアベルは盾を構えてゆっくりと部屋へと入っていき、他のプレイヤー達もそれぞれの得物と盾を構えて追従していく。

 全てのパーティーが部屋に入り終えると同時に、部屋が極彩色の光に包まれて一気に明るくなる。そしてプレイヤー達の眼前に赤い巨体のモンスターが踊り出てきた。その手には骨をモチーフにした斧と鉄製の円盾を持っている。

 そのモンスターが咆哮すると同時に、頭上に『ILLFang(イルファング) the() Kobold(コボルド) Lord(ロード)』と表示された。つまり、この階層のボスであり、今回の討伐目標だ。

 ボスの咆哮に応えるかのように青い光に包まれて、複数の『RuIn(ルイン) Kobold(コボルド) Semtinel(センチネル)』が出現(ポップ)した。

 取り巻き――センチネル達が先陣を切り、プレイヤー達へと猛烈な勢いで突撃していく。

「攻撃、開始ッ!!」

 ディアベルも自らの剣をボス達へと指しながら指示を出し、プレイヤー達は雄叫びをあげて同じく突撃してく。

 レスカテ達もその中に加わり、センチネル達へと駆けて行く。

「レスカテ!」

「わかってんよ! でもなぁ……」

 作戦ではキリトが武器を跳ね除ける事になっていたが、思いのほか突出し過ぎて焦っていたレスカテだったが、取り巻きの攻撃を鋼鉄の盾で防いで払いのける。

「俺でもやってやれん事はねぇんだぜ!」

弾き防御(パリィ)!?」

 体勢を崩したセンチネルの胴体に一閃、通り過ぎ様に首元を斬り払う。その後ろにアスナが控えており、そのセンチネルがレスカテを追いかけようと振り向いているところに細剣のソードスキル、リニアーが直撃してセンチネルのHPを削り切る。

「やるぅ」

「真面目にやりなさい」

「へいへーい」

 いつの間にかアスナの側にいたレスカテがヒュウと口笛を鳴らすが、逆にアスナに説教をされた。

(知識とか、ほとんど知らない初心者だと思ったけど。なかなかやるじゃないか、二人とも)

 そんな二人を後ろから見ていたキリトが心の中で賛辞を贈る。そして自分の背後に近づいていたセンチネルを索敵スキルで把握していたキリトは振り向き様にソードスキルを発動させて武器を跳ね除ける。

 技後硬直に入ったキリトの横をアスナが通り過ぎ、細剣のソードスキル、フォースタブという四連続刺突がセンチネルを葬り去った。

(速いな、剣先が見えない)

 行動の速さ、そして剣筋の速さを賞賛するキリト。その背後で二人に攻撃がいかないようにレスカテが引き付けている。

 だが、そんなレスカテの背後に他のセンチネルが襲い掛かる。奇襲に気付いたレスカテは顔を険しくするが反応する事ができない。

 だが、奇襲してきたセンチネルの横っ面を巨大な斧が突き刺さり、そのまま床へと叩きつけられた。

「危なかったですね」

 ブンッと勢いよく斧を一振りして肩に担ぐのは、外見と武器がそぐわないスクーレだ。

「助かったぜ」

「お互い様ですよ」

 レスカテは元々対峙していたセンチネルを切り伏せて、背中越しに礼を言う。

「あっちも順調のようだしな」

「はい。やっと一段目ですね」

 その頃、攻略組本隊は三つのパーティーを更に細分化して六つの小隊を作り、スイッチと攪乱(かくらん)を行いながらボスを翻弄していた。

「んじゃ、このまま押し切りますか!」

「御武運を」

 二人は互いにニヤリと笑い、それぞれ反対側へと駆けだした。

 

 

 

 

 数多のセンチネルをキリト達のパーティーとスクーレのパーティーが葬り去った頃、とうとうボスのHPが最後の一段をレッドゾーンに至った。

ボスが一際大きな咆哮を発し、その手に持つ斧と盾を後方へと放り投げる。ボスの遥か背後で斧が地面に突き刺さり、盾がカランと金属音を響かせて落下した。

「情報通りみたいやな」

 その光景がガイドブックに書いてあった通りだとわかり、キバオウを始めとした複数のプレイヤーが余裕そうにニヤリと笑った。

「下がれ! 俺が出る!」

 ここに来て何故かディアベルが駆け出し、レイド全員の前に出る。

(っ!? ここはパーティー全員で包囲するのがセオリーの筈……)

(ディアベル、貴方まさか!?)

 ディアベルの行動に疑問を持ったのかキリトとスクーレが共に動きを止めてディアベルを凝視する。その間にもアスナやレスカテ、スクーレのパーティーメンバーがセンチネルを蹴散らしていた。

 そんな凝視していたキリトとスクーレがディアベルの目が合う。ディアベルは意味深な笑みを浮かべるだけでキリトにはわからなかった。だが、スクーレは彼が何をしようとしているのかわかってしまった。

(貴方の考えはわかります。ですが、これはデスゲームなんですよ!?)

 だからこそ何が起こるかわからないためにスクーレはディアベルの元へと駆けだした。だが、ディアベルはボスの目の前に立ち、ソードスキルを発動させたのか刀身金色に光り出す。

 それに対峙すかのようにボスが腰に装備していた得物を引き抜き、構える。

(あれは……!?)

 キリトはその得物を見て、目を見開く。それは当然。その得物の名はノダチであり刀のカテゴリーに入る武器である。だがしかし、ガイドブックに書かれていたのはタルワールと言う曲刀であった。

 つまり、これは情報通りではなく、β版から正式版へと移行した時に修正されたモノと考えていいだろう。

 当然の如く、武器が違うのだから繰り出されるソードスキルも違ってくる。

「ダメだ!!」

 ディアベルがボスへとソードスキルを放ちながら突撃するのを見てキリトが叫び声を上げた。

「全力で、後ろに跳べ!!」

 キリトがそう言い放った瞬間、ボスが部屋にある数本ある柱の一本へと壁蹴りジャンプの要領でアクロバティックに素早く移動を始め、天井近くまで跳躍した。

 それに目を見開いたディアベルだったが、如何せん既にソードスキルを発動してしまったがために止める事はできずにむなしく空を斬るだけに終わった。

 上空から一気に降下した勢いでボスがディアベルを襲撃する。

「ディアベル!!」

 そこに技後硬直で動けないディアベルの前にスクーレが斧を盾にして躍り出た。

 だがしかし、それで完全に防げる訳もなく、二人一緒にボスの一撃で吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。二人のHPはギリギリグリーンゾーンだったからか、イエローゾーンを突破してレッドゾーンにまで一気に削られる。

 倒れこんだ二人へとボスが見た目にそぐわぬ俊敏な動きで近づき、トドメを刺そうとノダチを振りかぶる。 

(ダメだ、()られる!?)

 紅く光る刀身を恐怖で歪めた表情で睨みつけながらスクーレは漠然とそう思った。一瞬の出来事、誰も反応できなかったし、誰も動くことすらできなかった。紅い凶刃が二人へと襲い掛かるのをただ見てるだけしかできなかった。

 ただ一人を除いては……。

 二人の横を素早い何かが横を通り過ぎ、ガギンッという音を響かせて凶刃が鋼鉄の盾に阻まれた。

 並の人間に比べて明らかに細い線を持ち、長い前髪の隙間から目つきの悪い双眸がボスを睨みつけて脚を力強く踏ん張らせている。

 

 レスカテだ。

 

 鋼鉄の盾を持つ左手を翳し、右手首で左手首を押さえつける形で剣を持ったまま両手で盾を支える事に成功していた。

「グゥルゥウゥァアァァァァ……!!!!」

 まるで獣のような唸り声を発して、その細い身体のどこにそんな力があるのかボスの凶刃を払いのけた。レスカテも盾で受け止めたからと言って無事ではない。もともと削れていたHPが更に四割程削れてレッドゾーンへと突入していた。

 だが、受け止めれたのは細い見た目に意外性を求めて敏捷値よりも筋力値にステータスを割り振っていたためだ。

「借りは返したぜ」

 レスカテはチラリとスクーレを流し見ながらそうニヤリと笑うと、ボスの腹を斬りつけて部屋の奥へと走り出した。

「助かった……のか……?」

「……そのよう、ですね」

 ボスも部屋の奥へと柱を使ったアクロバティックな動きでレスカテを追いかける。その背中をスクーレとディアベルは呆然と眺めていた。

「大丈夫か!?」

 そこへキリトと複数人のプレイヤー達が二人の元へと駆けつけた。

「とりあえず回復を」

 キリトがポーションを二人分差し出し、スクーレが受け取る。

「彼の回復は私がしておきます。貴方達は彼の援護に向かってください」

 そう告げたスクーレの視線の先にはたった一人でボスの相手をしているレスカテの姿。

「ああ。わかった」

 キリトが力強く頷いてボスへと走っていく。それを見たアスナもキリトに併走した。それに習って数名のプレイヤーも追いかけていく。

 

 

(後、一撃貰えば俺は死ぬ)

 ボスの斬撃をサイドステップで避けながらレスカテは漠然とそう思った。ボスをディアベルとスクーレから引き離すために注意を惹きつけて孤軍奮闘していた。

 一人で戦っているために技後硬直のあるソードスキルは使えないが所詮は時間稼ぎのため、レスカテ自身も使うつもりは毛頭ない。

(そう思うと体が震えそうだ。俺は今、恐怖を……死の恐怖を感じてる)

 レスカテは震えそうになる体を必死に抑えつけ、ボスがノダチを振り切った隙に一撃を与えて間合いをとる。

(病室のベッドの上で、動かない体に絶望して、ただただ時が過ぎるのを待つだけだった)

 ボスがノダチを薙ぎ払うように真一文字に斬りかかったのを、レスカテは獣のように四つん這いになって体勢を低くして避ける。

(死ぬのも怖くなかった、生きる目的もなかった。そんな俺が死の恐怖を感じてる……)

 恐怖を感じている事に笑みを浮かべながらそのままクラウチングスタートの如く、ボスへと勢いよく斬りかかる。それをボスはバックステップで避けると同時に振り切ったノダチを流れるような動きで振り上げ、そのままレスカテへと叩きつけた。

(それは今、俺が生きたいと思ってるからだ!)

 その一撃を咄嗟に横に飛び退き、ノダチの刀身――峰の部分のため刃が無い場所――へと飛び乗る。

「俺は今、ここに生きている!!」

 レスカテは心の底から叫びながらノダチの刀身を駆け上り、ジャンプ越しにボスの右目を斬り裂いた。そうプログラムされているのかはわからないが、痛みに悶えるかのように斬られた右目を左手で押さえつけ、ノダチを無差別に振り回しながら咆哮する。まるで生きているかのような反応だ。

 だが、それほどダメージを与えれてはいない。反応は確かに大げさのような気がするが、それでもHPゲージはそれほど削れているようには見えない。

「やっぱ一人じゃダメか。でもここには――」

 未だ暴れ続けているボスの背中にキリトのソードスキルが炸裂する。前かがみしていたところに背後からの強烈な一撃を与えたからか、前方へとノックバックが発動した。

 それに続けてアスナ、エギル、キバオウ等の複数人のプレイヤー達が次々と攻撃を加えていく。

「仲間がいんじゃん」

 その光景にレスカテは嬉しそうに笑う。

「隊列を立て直す!! センチネルは殲滅した! キリト君、君は奴のスキルについて知っているな?」

「あ、ああ」

 キリトは一瞬、顔を顰めたが、もう遅いと判断したのか吹っ切ったように力強く頷いた。

「よし! 奴の行動パターンについてはキリト君が指示を出してくれ! これからは全てのパーティーを持ってボスを討伐する! 勝つぞ、皆!!」

 回復を終えたディアベルが剣先をボスへと向けて、この場にいる皆へと鼓舞を叩く。それに応えるかのように全てのプレイヤー達が一斉に雄叫びを上げてボスへと突撃していく。

 キリトはボスが使うスキルの概要を皆に伝え、それを基にしたタイミングでエギルが斧のソードスキルでボスのソードスキルで相殺し、その隙をついてキリトとアスナを始め、スクーレやキバオウ等のプレイヤー達が次々と攻撃を仕掛けていく。

 その光景を見ながら、皆が来た事でポーションによるHP回復をおこなっていたレスカテも、回復が終わると同時に瓶を投げ捨てて皆の元へと楽しそうに笑いながら駆けて行く。背後で投げた瓶が蒼い光になって砕け散っていた。

 

 

 気が付けば、どれくらいの時間戦っていたのだろう。だが、必ず終わりと言うものはあるものだ。

「そぉらっ!!」

 レスカテがキリトやエギルがそうしたように自らのソードスキルでボスのソードスキルを弾き飛ばす。そんなレスカテの脇をアスナが通り過ぎてボスの腹に斬撃を加えた後にアスナがソードスキルを発動、フォースタブを繰り出してボスをノックバックさせる。

「行け! キリト!」

「おおぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 更にキリトがアスナの横を通り過ぎてボスの胴体目がけてソードスキル――ホリゾンタルを発動し、システムアシストとキリト自身の技術でブーストされた一撃が、ボスの脇腹から肩にかけて斜めに斬り裂いた。

 直後、ボスが蒼い光に包まれて一気に砕け散った。青い光の残滓が部屋中に飛び散り、その破片をプレイヤー達が一身に浴びる。

 そして頭上に『Congratulation!!』と表示された。

「……俺たちの勝利だ!!」

 未だ放心状態のプレイヤー達の中でディアベルが最初に我に返り、剣を天に掲げながら声を張り上げた。

 それを聞いたプレイヤー達が次々に歓声を上げ、ディアベルと同じく剣を天に掲げる者、ガッツポーズを取る者、近くの人と抱き合って喜びを分かち合う者、気が抜けて地面にへたり込む者、皆それぞれな行動を取っているが、共通する事は皆が笑顔だという事だ。

「お疲れさん」

 そんな光景を少し離れた場所で眺めていたレスカテに背後から声がかかる。レスカテが声の方へと振り返るとキリトとアスナがいた。

 ただし、二人ともボスと戦う前とは装備が違っている。

 キリトは前の装備の上に漆黒のコートを羽織っているだけだが、アスナは身に纏っていたポンチョが戦闘途中で壊れてしまったため、素顔を晒している。紅いベストとミニスカートに白いシャツ、側頭部から後頭部にかけて髪が編みこまれていて腰にまで行き届いた長い茶髪、凛とした顔立ちの一つ一つのパーツが彼女を美少女だと認識させられる。

「えーっと、お疲れ……?」

「あぁ、こういうMMOとかじゃ、皆で何かをやり終えた時とかの挨拶みたいなもんだよ」

 キリトの説明になるほど、とレスカテは頷いて二人に向き合う。

「んじゃま、お疲れさん!」

 レスカテは二人の肩を叩いてニッと笑う。二人もそれにつられて笑いあう。この場に重苦しい緊張感はすでになく、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気がこの場を支配していた。

「おまえ、ベータ―テスターやったんやな」

 

 この声を聞くまでは。

 

 キリトが苦虫を噛み砕いたかのような表情を浮かべながら振り返る。そこには腕組みして仁王立ちしているキバオウがいた。

(またおまえか)

 レスカテは内心、溜息をつきながら頭をガジガシと掻く。他のプレイヤーもその事実に表情を落としながらこちらを伺っている。

「おまえ、なんであの時までボスのスキルを隠しとったんや? それでディアベルはんが死んだらどないするつもりやったんや!?」

 キバオウがキリトへと近づき、胸倉を掴もうとしたのをレスカテがその手首を掴んで止める。キリトもその事に少し驚いている。

「なんでテメェはそう突っかかるかねぇ? 空気読めよ、マジで」

「なんや、なんでこないな奴助けんねや? あれか、おまえも――」

 止めたレスカテに対してキバオウはメンチを切ながらレスカテへと近づいてくる。レスカテは冷ややかに睨みつける。

「アンタはキリトの説明を聞いてなかったのか? β版は曲刀のタルワール、今回のは刀のノダチ。正直キリトが居なけりゃ誰もそんなこと知らないで戦って、全滅してた可能性もある。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないと思うんだがな?」

「そ、それでも誰も知らんかったらコイツがホンマの事言ってるとは限らへんやろ!?」

「そりゃつまり、本当の事を言ってる可能性もある訳だ」

 レスカテの言い分にキバオウは食って掛かる。だが、レスカテの反論に言葉が詰まった。

「そんでも――」

「キバオウさん」

 まだ何かを言おうとしたキバオウの言葉を遮り、この状況を見かねたのかディアベルがキバオウとレスカテの間に割って入る。

 ディアベルは申し訳なさそうな思いつめた表情をしていたが、少しして意を決したように真剣な顔に変わった。

「キバオウさん。俺も……俺もベータテスターなんだ」

 ディアベルが衝撃の事実を告げると、他のプレイヤー達が騒然となった。当然である。この中にレスカテやアスナのようなMMORPG初心者程ではないが、ソードアート・オンライン自体の初心者はこの中に必ずいる。それがキバオウのおかげでその初心者達にベータテスターの悪印象を少しでも植え付けられていたのだ。

 初心者の中には裏切られたと思う人も少なからず存在するだろう。

「う、ウソや……」

「事実だ」

 その中にはキバオウも含まれており、愕然と、そして絶望したような表情を浮かべて皆が来た第一層の迷宮区の方へと逃げ出した。

「良いのか?」

「……ああ、ここにいる全員の命の恩人である君一人に、背負わせる訳にはいかない。彼の事は任せてくれ」

 今まで黙っていたキリトが口を開き、ディアベルは話してしまっていっそすがすがしいと言わんばかりに良い顔で笑みを浮かべていた。

「それに、君にも助けられた。誘ってよかったよ、レスカテさん」

「いや、俺はそこの女に借りを返しただけだって。柄にも無ぇ」

 真正面から礼を言われた事に、レスカテはポリポリと掻きながら照れる。それをキリトがニマニマと気持ち悪い笑みを浮かべていたためにレスカテはダメージを与えない程度に頭を叩いた。でないと、プレイヤーを現すグリーンのカーソルがオレンジ――犯罪者に変わり、その状態で街に入ろうものなら街の入り口にいるガーディアンと呼ばれる警備キャラにひどい目にあわされる事は間違いない。

「そうか。……それで君たちはこれからどうするつもりだ?」

 ディアベルは優しい笑みを浮かべながらキリト、アスナ、レスカテを眺めながら問う。

「俺はもう少ししたらギルドを結成するつもりだ。……もしよかったら、一緒にどうだ?」

 この誘いはキリトはともかくレスカテやアスナ等の初心者にとっては飛びつきたい程の好条件だ。ギルドマスターはベータテスターだから情報を持っているし、この戦闘でわかる通り、カリスマ性と指揮能力がある。それはとても心強い筈だ。

「いや、俺はやめておく」

 だが、考える素振りもなく、レスカテは断った。そんなレスカテにキリトとアスナの頬が引き攣る。

「まあ、君は何となくそう言う気がしていたよ。とりあえず訳を聞いて良いかい?」

「場違いだと思ったから。初心者な俺が居ても足手まといだろうしな」

(そんな君に助けられたんだがな……)

 カラカラと笑って言ってのけるレスカテに、今の言葉を聞いたディアベルは心の中でそう呟いていたりする。

 正直、ディアベルとしてはこれからの攻略にこの三人の存在はかかせないと思っていた。自分を含めたこのレイドの中で明らかに抜きんでた戦闘能力を持っていると判断したからだ。

「無理に誘っても仕方ないか。心強かったんだが」

「ハハッ、世事はよせよ」

「……君たちはどうする?」

 ディアベルはレスカテから視線を外し、キリトとアスナへと向き直る。それに対してキリトは少し言いづらそうにして――

「俺も辞めておく。ソロで通そうと思っているから」

「私は少し考えさせて下さい」

「そうか。まだ何人か誘う予定だ。返事を聞きたいから二層の初めの街で待っていてくれないか?」

「はい」

 それぞれの答えを出し、ディアベルがこの場を去る。どうやら目当てのプレイヤーの元へと向かったようだ。

 そしてこの場でレイドが解散される。ディアベルは他にも何名か誘っているのを見届け、キリト達のパーティーは解放された二層へと足を踏み入れた。

 ほとんど一層と変わらない長閑な、それでいて中世西欧あたりの田舎街といった風な街並み、遠くには風車小屋のような物まで見える。

「それじゃあ今回はここまで、だな」

「あぁ、元々そういう話だったな」

 街の広場まで来たところで、キリトが話を切り出した。今回は元々ソロ同士があぶれて組んだパーティーだ。目的が終わったのならば解散するべきだろう。

「お疲れ様。……またな」

「ここでも使うのか……お疲れさん。また会おうぜ」

「お疲れ様。それじゃあね」

 お疲れ様の汎用性にレスカテは驚きつつ、、パーティーを解散してそれぞれが別々の方向へとを歩き出した。

 三人に不安は無い。おそらく再び出会う、そんな予感を三人はなんとなく感じ取っていた。

 

 

「君はどうするんだ? スクーレ」

 未だ一層のボス部屋に残っていたスクーレにディアベルが声をかける。他のプレイヤーは揃って解放された二層へと足を踏み入れたようだ。

「……いえ、私もやめておきます。少し、興味が出てきましたので」

 ディアベルの勧誘に首を横に振って答え、二層の方へと目を向ける。二人しかいないのに、そこだけが緊張にまみれた重苦しい空気が漂っている。

「レスカテ、か」

「はい。知識や経験も無いのに、いざという時に動ける度胸と行動力、そして……」

「戦闘能力、か。一時(いっとき)とは言え、たった一人でボスを抑え込んだ」

「しかも、かすり傷一つ負わずに」

 二人が声を出してレスカテが行った異常な偉業を言い合って確認し、その度に二人とも苦笑いを浮かべていく。

「彼は場違いだと言っていたが……」

「知らぬは本人だけ、という事でしょう。明らかに彼は後の攻略に必要な存在だと、私は思っています」

「それは同感だ」

「なので私は彼の後を追ってみます。……個人的にも興味がありますし」

「ほっほーう」

 スクーレの後半の言葉を聞いて、ディアベルがニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた事で先程の重苦しい空気が完全に霧散する。

「……なんですか?」

「彼に惚れたかい?」

「いえ、それはありえません。それに私の好みは知っている筈でしょう?」

 まるで親戚のおじさんがずっと会ってなかった甥に恋愛事を聞いてくるような鬱陶しさを感じたスクーレがディアベルを睨みつけた。

 そんな睨みに臆することなくディアベルがニヤニヤ笑い続ける。

「知ってる知ってる。ハゲマッチョのガチムチの巨漢が君の好みだろう? というかそれってこのデスゲームが始まる前の君のアバターそのものじゃないか」

「ええ、私の男性に対する理想像です。逞しくて野性的で、しかしそれでいて包容力がある……て何言わせるんですか!?」

「勝手に自分で言ったんだろう?」

 うー、と理知的な美少女が頬を膨らませて怒るというギャップにディアベルは頬を緩める。実際、そういう行動は絶対とらないだろうというようなクールな容姿をしているのだ。ディアベルは改めて心の中で唱える。ギャップ萌って良いものだ、と。

「んんっ! とにかく、私は彼を追いますので、ギルドには入りません」

「ハッハッハッハ! そうか、頑張って彼との距離を縮めてくれたまえ」

「縮めません!」

 ディアベルがからかい混じりに笑いながらスクーレの肩をポンポン叩く。それにスクーレがうがー! と吠えながらディアベルの手を払いのけた。

「……では、二層のボス攻略で会いましょう、ディアベル」

「彼はもう攻略には参加しないんじゃなかったか?」

「そうかもしれません。ですが、とりあえず説得はしてみようと思います。それで知識、経験、そして装備を整えさせようかと」

「本格的だね」

「やるからには本気ですよ。なんせ命がかかっていますからね。それではお先に失礼します」

 スクーレはディアベルに背を向け、二層の方へとゆっくり歩いていく。

(さて、俺はこっちだな。キバオウさんのフォローをしないと)

 逆にディアベルは一層に向けて歩き出す。

 

 

 こうして第一層がデスゲームが開始されて約一カ月後にクリアされた。

 しかし、残り九九層が残っている。だが、着実に前進した事に変わりはない。後にはじまりの街に残っている者達に一層がクリアされた事が伝えられると、その日は歓喜に包まれたと言う。




やっちまった感が半端ない……。

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