レオとの電話を終えて、リビングに戻ってきた達也は、早速深雪の拘束に遭うのだった。もちろん、身体を縛られたり、ましてや全身を氷漬けにされた訳ではない。深雪は達也にソファに腰を下ろして待っていてくださいと言い、キッチンへと向かい、ずっと淹れるタイミングを待っていたのだろう、湯気がたっているコーヒーを二つ、盆に乗せて持ってきて、当然のように達也の隣に座っただけだ。
しかし、深雪が醸し出す雰囲気はそんな穏やかなものではなく、レオとの話はどんな内容だったのか話してほしいというプレッシャーをかけて、腕を絡ませてきただけだ。達也を見つめる目も、『お兄様が隠し事などしませんよね?』と語っていた。
…という威圧の拘束を受け、達也は思う所もあるが、まずは深雪を安心させようとこの状況を甘んじて受け入れるのだった。(妹に甘いともいえる。)
しかし、そのためにはまだ足りない物があった。
「深雪、話の前に少し時間をくれないか?」
「…分かりました、深雪は大丈夫ですよ。」
「ありがとう…。 水波、自分の飲み物を用意してきてくれないか?」
「「え?」」
達也としては、水波にも話しておかなければいけないから、そのために言った言葉だが、深雪としては、二人の空間に水波が入ってくるのは、少し抵抗があった。それに水波も突然話しかけられ、内心はかなり動揺していた。
しかし、達也は深雪の婚約者と決まった人だ。
水波は、あまり気乗りはしなかったが、達也を無視する事は出来る立場でもないため、お辞儀をしてからキッチンで深雪達と同じ、コーヒーを淹れて、リビングに設けられたソファに座る。
水波が腰を下ろしたのを確認して、達也は深雪の淹れたコーヒーを半分ほど飲んでから、話を切りだした。
「実はさっきの電話は、レオからだった。」
「西城君からですか? 一体お兄様にどのような御用だったのでしょう?」
深雪もレオから電話があったと聞き、驚くと共に、安堵で胸を撫で下ろす。
今までレオから一度もこの家に電話がかかってきた事はなかったため、純粋に驚き、達也と同様に何か大事な用でもあったのかと考える。
それと同時に、電話の相手がレオだったと、達也の口から聞かされ、安堵した。
深雪は、電話の相手がもしや女性…、一番可能性がある響子さんではないかと思っていた。既に達也の婚約者となったが、もし達也が、気が変わって婚約を解消し、他の女性と結婚ともなれば、自分は立ち直れないと、今はまだ抱かなくていいショックを感じていた。しかし、達也があっさりと告げた事でその心配はいらないと分かり、無意識に構えていた気持ちも消え、心から達也を愛する眼差しへと変わる。
そのお蔭で、リビングに張りつめていた重い空気は嘘のように消えていた。
空気が和やかになるのを待っていたのかは分からないが、達也が話を切りだす。
「明日、街に出掛けて遊ばないかと誘われた。レオにしては、照れていたぞ?」
「ふふふ…、それは当然かもしれませんね。お兄様を遊びに誘おうと思うだけで、普通は気後れしますから。
照れている西城君を見てみたかったです。」
達也は深雪の言い草に少し疑問を覚える。
達也も年頃なので、遊びに行く事は別に可笑しくはない。
FLTの研究所に行ったり、独立魔装大隊の訓練に参加したりと何気に普通の高校生とは思えない忙しいスケジュールをこなしているため、遊びに出かけるという感覚が薄いだけだ。
しかし、その忙しさと高校生とは思えない外見が災いして、今まで誘いたくても、達也には合わないのでは?という思考が働いて、遊びに誘われる事がなかっただけである。
それを知っている深雪は、少し事実を口にしたのだった。
この事は、達也には秘密。
外見が実年齢より10歳ほど年上にみられる達也は、意外にもその事に多少のショックを受けるからだ。
「では、明日の準備をして、今日は早く寝なければいけませんね。何を着ていこうかしら…。」
「いや、今回は男だけで遊ぶことになったらしい。悪いが、深雪と水波は留守番になる。
俺が留守にしている間、深雪を頼む、水波。」
「は、はい…。承りました、達也様。」
二人だけの空間を作り出していた中で、空気のように溶け込んでいた水波は突然声を掛けられ、少し動揺したが、すぐにメイドとしての自覚を思い出し、達也の命令に答える。
深雪も表面上は微笑んで、達也の明日の外出を認めた。
しかしやはり、一緒に休日を過ごしたいという気持ちもあった。何より、事件が解決したのは、昨日の深夜だ。落ち着いて疲れを取ってほしいと思っていたため、引き留めておきたい。
でもそれを口にせず、外出を認めたのは、達也の顔がほんの少しだけ楽しそうにしているのが、理解できたからだ。おそらくそれを見分けられるのは、深雪だけだろう。
だから、達也がレオたちと遊ぶことを楽しみにしている、まるで年頃の子供のような表情に、深雪は自分の想いを押し殺し、むしろ楽しんできてほしいと思ったのだった。
それに、深雪は達也の決定を拒むことはない。
「わかりました、お兄様。明日は西城君達と楽しんできてくださいね。」
笑顔と共に、達也にそう告げたのだった。
★★★
「…ハァ~、疲れた…。」
帰ってきて早々、溜息と共に疲労感を感じさせる表情で帰宅してきたのは、今回の箱根テロ事件で、首謀者の捕獲任務のために金沢から東京へ来ていた十師族、一条家の次期当主、一条将輝だ。
その日本の魔法師達の上に君臨する十師族である彼がなぜこんなに疲労しきっているのか…。
もちろん、テロ事件での疲労から来たのではない。
今日は、同じ十師族である、七草家の令嬢、七草真由美に会いに行っていたのだ。
金沢からわざわざ妹が遊びに来るという事で、観光名所を案内しろという兄にとってはむちゃくちゃなお願いをかなえるために、アドバイスをもらおうと七草家に出向いていた。
しかし、真由美になぜかいいように遊ばれただけでなく、途中から参戦してきた双子の妹たち、香澄と泉美が値踏みするような視線で見てきた後、姉と同様にデートのシュミレーションゲームに割り込んできた。
今まで異性にちやほやされてきてはいたが、逆に遊ばれることはなかったため、勝手がわからず、振り回された反動で、疲労を感じていたのだった。
「…しかしこれで茜の要望にもこたえられるし、良かったんじゃないか…?
うん、そう思っておこう。」
そう言いながら、頭の中で、『あいつに借りを作らずに済んだ。』という考えがよぎる。
無論、”あいつ”というのは、恋敵の司波達也の事だ。
いや、恋敵というよりは、一方的な横恋慕だが、まだ婚約しているだけで、隙はまだある!!と考えている将輝にしては、恋敵がじっくり来るのだった。(今は…、である)
だから恋敵である達也に、『これ以上負けたくない、今度こそいい所を見せて、司波さんを振り向かせてやる!!』と意気込む。
プルルルルルルルルル………
そんな野心に駆られていた将輝の耳に、電話のベルが聞こえてきた。
すでに日は落ちているが、夕食前でもあるし、時間的には問題はないが、この別荘は、長い間空けていたから、電話をかけてくるような相手はいない。訝しく思いながらも、電話の相手が深雪だったら…と淡い期待をした。
先ほどの達也への野心から、深雪への恋煩いへと変えて…。
その思いが通じたのか…、電話の相手がまさに、将輝が一目惚れし、求婚をしているあの、『俺の女神……』である深雪からだった。
ドキッ……!!
心臓が跳ね、動揺しているのは、自分でもわかっていた。
電話の相手の名が『司波』と表示されている。
こんなに嬉しいことはない!!
一体何の用事なのでしょう?…と口調も変えて、赤くなった顔も魔法で、普段通りの顔色に調整し、電話に出る。
「…はい、一条です。 司波さん…ですか?」
「……俺だが?」
「!! なんだ!!司波か!!?」
「…そんなに興奮することはないだろう。…深雪でなくて悪かったな。」
『当たり前だ!! 司波さんと話しさせろ!!』…と言いそうになったところを寸止めに成功する将輝。確かに、『司波』と表示されていたが、名前は固定されていなかった。司波さんだけでなく、司波達也の可能性もあったのだ。それを淡い期待を持って電話を取った自分が思い込みをしてしまったのだ。
気に入らないやつだが、あいつが不愉快に感じてしまうのは、避けたい。
あいつに何かすれば、それが愛しい司波さんに不快感や俺に対する印象ダウンにつながるからな!!
危なかったぜ…!
「いや…、俺の方こそ悪かった…。
で、俺に何の用だ?」
もっとも、友好的な態度はとらないが。
「明日空いてるか?」
「?なんだ急に。」
「…明日、遊びに出かけようという話になってな。せっかく一条が来ているのだし、街に繰り出すらしい。」
「ああ…、そうか…。」
ここで将輝が脳裏で考えたのが、『司波さんも来るのかな…♡』である。
司波さんがどんな服を着てやってくるのか…。など想像し始める。
「……一条?」
妄想で現実を離脱していたことに気付き、すぐに意識を戻す。
「聞こえている。いつものメンバーか?」
「…レオが楽しみにしていたぞ?」
(西城の事は今はいいんだよ…!! 司波さんはどうなんだ!!)
将輝としては、深雪が行くかどうかが大事だった。しかし、達也が行くというなら、深雪も当然ついていくだろうと考えなおした。
それに、行くに決まっている。
電話の向こうから、愛しい司波さんの必死に押し殺しているかわいらしい笑い声が聞こえてきたからだ。
しかも、『お兄様、楽しそうですね』…なんて話している。
絶対に司波さんも行く!!
なら、答えは決まっているじゃないかっ!!
「いいぞ、明日は空いている。」
「じゃ、明日9時に、○○駅の時計台下で。」
「ああ、分かった。9時に、○○駅の時計台だな!!」
「ああ…。遅れてくるなよ。」
ブチ……
言う事は言ったという感じで、用件を告げた達也は、電話を切る。
電話が切れたあと、将輝は前にも味わったこの感覚に、苛立ちが募る。
「だから、土地勘のない奴に冷たすぎるだろ~~~!!!」
…と誰もいない別荘で、叫ぶのだった…。
★★★
「お兄様、うまくいきましたね。」
「ああ…、明日が楽しみだな。」
電話を終え、任務が終わり、深雪と達也は顔を見合わせ、微笑みあうのだった。
ほほほ~~~~~!!!
将輝の思い込みすごいな~~!! でも、深雪も思い込みしていたな~~!!
さて、明日、待ち合わせに現れた将輝の表情が面白いだろうな~~!!