重い空気が蔓延る部屋で、ついに十門親方が口を開く。
「実はここ最近江戸の至る所で窃盗が相ついているのだ。被害も多く、下手人達は捕まっていない。狙われるのは、商人や呉服店、酒店、宿屋といった金回りのいい場所で頻繁に起きている。
根こそぎ店や屋敷にある金目の物全てを盗み出されており、我々は一刻も早い解決を求められている。
そのためにも吉田の手を借りたいのだ。」
威圧感を感じる身体つきの十門親分だが、今はもっと大きく見え、物凄いプレッシャーを感じる。幹比古は喉が渇き、その乾きを誤魔化すために唾を呑み込んで潤し、負けじと伸びきっている背中に更に力を入れ、これ以上ないほどの垂直の正座をするのだった。それでも額から流れ落ちる冷や汗が幹比古の頬を伝って落ちていく。
幹比古はどう答えを返そうか迷っていた。
ここですぐに「はい、僕にできる事ならお手伝いします。」というべきか…。
しかしそれは今は違う気がした。なら断るのか?いやそれも違う。…というよりここに連れてこられた以上、逃げられない選択だと思うようになっていた。
十門親分は頼みがあると言っていたが、自分が協力する事は既に彼の中では決定事項なのだ。その証拠に先程からプレッシャーがひしひしと感じるし、服部先輩達も退路を断ちきっているかのように縁側の襖の前に並んで座っており、唯一の入り口をふさいでいた。
もちろん今の話を聞いてみると、人として協力したいというのはある。ただし、一般人として、だ。
十門親分は言った。被害のあった中に宿屋もあると。
なら、宿屋を営んでいるミツの家も狙われるかもしれない。そう思うと、協力するなら情報提供までが限界だと思った。彼女から離れれば、いざという時に護れない。今は特に魔法が使えないから、なおさらだ。精霊魔法が使えれば、視覚同調で離れていても見守れるし、事前に侵入されるような場所や彼女の身に何かあれば発動するトラップも配置する事が出来る。こういう時は古式魔法があれば便利だと幹比古は苦笑する。今そんな事を考えても意味はないと思い直して。
それと幹比古は引っかかる事があった。十門親分が所々で言葉を濁している印象を受けたからだ。何か隠さないといけない事があると言わんばかりの言葉遣いだ。だが、幹比古はこれが十門親分が敷いた最後の決意表明なのだと。この先の事を聞けば、後戻りはできない、聞いてしまったなら最後まで協力しないといけない。危ない目にもあうだろう。そのための最後の確認だと思った。
「どうだ、協力してくれるか?」
「まぁお前は俺達みたいに役人ではないから、強制ではないぜ?」
「あくまでお願いしているだけだ」
服部たちが未だに口を開かない幹比古に問い掛ける。そんな中、幹比古はレオの顔を見る。レオも幹比古の顔を見ていて、幹比古の結論を待っていた。後頭部に両手を組んだ状態で気楽な体勢でいるが、幹比古を見る表情には薄い笑みが浮かんでいた。そして目は生き生きしていた。それを見た幹比古は、レオも既に了承済みで、レオ自身も力を入れているんだと悟った。何やら今から起きるトラブルに生き生きしているいつもの様子が目に浮かんだ幹比古は、自分もその波にいつもみたいに乗るのも悪くないと思った。
(何を深く考えていたんだろう。この流れっていつもの事じゃないか…!)
レオの姿とまだこの夢の世界では再会できていない友人の姿を脳裏に思い描き、幹比古も笑みがこぼれる。突然笑みをこぼした幹比古に若干服部が訝しく思い、眉を顰めたが、すぐに幹比古の表情が引き締まったので、特に注意する事は止めた。
十門親分の目を直接見た幹比古は、意志が固まった事を告げる表情を見せ、十門親分の問いに答える。
「僕もぜひ協力させていただきます。だから…、まだ隠している事を教えてもらってもいいですか?」
確かにトラブル遭遇して、意気揚々と参戦しているよね、レオも。幹比古も。