自業自得だけど悲しみ……
重い扉がゆっくりと、静かに開いていく。
そこからよろめきながら姿を見せたジョーカー。
目の焦点もはっきりと合わずにふらり、ふらりと足を前に出す度に体が揺れる。
何かが聞こえるような気がするが、自分の耳元の血流の音がうるさいほどに大きくなって他の音は搔き消される。
目から脳みそに棒を突っ込まれグチャグチャに混ぜられるような激しい頭痛を覚え吐き気も止まらない。
ついにはバランスを崩しバッタリと前へ倒れこみ————
「よっ、お疲れさん」
ハッキリと耳に届いた馴染み深いその声とともに体を支えられる。
その顔を確認することすら億劫なジョーカーはそれでもぎこちなく微笑み、
「…………ぁ」
と、吐息を漏らした。
そこで彼の意識はフワリと浮き上がり、曖昧な白さに溶けていった。
「ったく……遅いっての。待ちくたびれたぜ」
ジョーカーを受け止めたスカルはそう言って笑う。
走ってきた他のメンバーもジョーカーとスカルを取り囲む。
「良かったぁ……あれからもう何時間も経ってるし、さすがに不安になってきたところだったよ…………」
「スカル、手伝おう。左肩は俺が持つ。お前は右肩だ」
ほっとした様子で胸を撫でおろすノワールとスカルが支えていたジョーカーの肩を自分も一緒に支えるフォックス。
「まっ、我輩はコイツが無事なことなんて最初っから確信してたけどな! なんせ、『殺されても死なない男』だからな!」
「またまた〜、強がっちゃって〜。モナ、ずっと心配そうな顔で行ったり来たりしてたじゃないの」
「ち、違っ! それは別に心配してたとかじゃなくてだな!」
得意げに胸を張ったモナはそうパンサーにからかわれすぐに狼狽える。
その流れにクイーンやノワール達も乗って朗らかな笑い声が溢れる。
その中でも明智だけは皆から離れたまま無言で、気絶したままのジョーカーをじっと見つめていた。
何かを考えこむようにしばらく視線をジョーカーに固定していた彼は小さくため息をついて和気藹々とした光景に背をむける。
そのまま去ろうとする彼は唐突に立ち止まり、何かを葛藤するかのように空を仰ぎ——やがて迷いを振り切るようにして強く拳を握りしめる。
そして明智がいないことにも気づいていないままの全員に、背をむけたまま声を投げかける。
「……おい。ジョーカーも戻ってきたんだ。こんな場所に長居する理由なんてもう無いだろうが」
その声にハッとして全員が慌てて立ち上がる。
「やべ! 確かにそうだな!」
「ああ。俺も急がないと門限に間に合いそうもないな……」
「みんな、早く帰るわよ! スカル! 悪いけどジョーカーを家まで送り届けてもらえる? 私はナビを運ぶから」
「おう、任せろ! ……あー、でもマスターにはなんて言い訳すっかな……この状態のこいつらを見せるのは心配かけんだろうし…………」
「た、確かにそうね……どうしましょう………」
「私の家に泊めるというのはいかがでしょう? 使っていない部屋はたくさんありますし、二人くらいなら楽に泊められますけど……」
「いえ、それはダメでしょう。ナビはまだいいとしても、さすがに年頃の男女が一緒になる訳にはいかないし。そもそもナビの方は前の時みたいに疲れたようだ、っていう言い訳が通じるでしょう」
「それもそうですね。ではナビは普通に家まで送り届けるということで」
「……となると問題はジョーカーね。女子を除くなら残る選択肢はスカルとフォックスになるわけだけど……アンタ達」
「いやいや、無理だって! なんの前触れもなくいきなり野郎のダチ連れて帰って、『コイツ今日泊めるから〜』なんて抜かした日にはお袋に何されっかわかんねぇよ!」
「俺の方も、何の関係もない他校の生徒を寮に連れこむというのはさすがにな……俺自身、特待生ということもあって割と自由にさせてもらっている身分ではあるが、限度というものがある」
「だよね〜……うーん、参ったな〜……」
喧々諤々と皆が議論をはじめるのを黙って聞いていた明智。
ふとそちらを見て何か名案を思いついたようにスカルはポンと手をうつ。
「そうだ! コイツがいんじゃねぇか!」
「………………は?」
言われた当の本人は唖然としてろくに反応を返すことができない。
何かの聞き間違いかと疑い後ろを振り向く。
スカルの視線を辿り明智を見た他の面々は再び議論をはじめる。
「…………いや、それはちょっとどうかと思うけど……さすがにあんだけやりあった昨日の今日で……」
「私も……またいきなり殺しにかかってくるほど見境いがないとは思わないけど、さすがに…………信用しきれない、かな……」
「俺も同感だが……しかし、この男がほぼ理想的な条件を揃えているのもまた事実ではあるな…………」
「ふむ……………………」
「ちょっ、フォックスまで何言い出してんの!?」
「おっ、やっぱお前もそう思うか、フォックス!」
「スカルは黙ってなさい!」
「んだとぉ!?」
チラリ、チラリとこちらを伺いながら騒がしくなるその光景を前にした明智は絶句していた。……果たしてこれで今日何度目になるのだろうか。
「だってよぉ、他に良い案があるわけでもねぇだろ!?」
「そういうレベルの問題じゃない!」
「何だよ! じゃあお前は何か? コイツを責任もって自分のとこに連れて帰るってのか?」
「なっ…………ば、馬鹿言わないでよ! 」
「ほら見ろ! やっぱ無理なんだろ!」
「当たり前でしょうが!! だいたいアンタね、前からそういう——」
「あ! テメ、今それ関係ねェだろ! そんなこと言うならお前だって——」
言いあううちに次第にヒートアップした二人が脱線してもはや単なる口論を始めたところでクイーンが間に入る。
「二人とも! ストップ! 今はそんな話してる場合じゃないでしょ!」
「「だって、コイツが!」」
息ピッタリに声を合わせ、互いに指をつきつけあうスカルとパンサー。そしてまたそのことをきっかけにいがみあいが…………
「や、め、な、さ、い。 わかった?」
「「はい! すいませんでした!」」
…………にこやかに拳を構えながら青筋を立てるクイーンによって始まる前にあっさりと中断させられた。
背筋を伸ばし冷や汗を流す二人を交互に笑顔のまま威圧してクイーンは構えを解く。
「…………さっきも言ったけど私はやっぱり反対よ。いくらなんでもそれはジョーカーのリスクが高すぎる。彼を信じたい気持ちはあるけれど、現実的に考えてもやはり無謀としか……」
「い、いや、けどよ……フォックス、お前からも何か言ってくれよ」
そうスカルにふられたフォックスは一歩前に出て口を開く。
「…………俺も明智は信用しきれない。だが、この手段が現状では最善に近いのではないか。そうも思う」
「……根拠は、なんですか?」
「……まず、今もジョーカーを殺す気があるのなら既にこの場でやっているだろう。ジョーカーは気絶していて、俺達はシャドウとの連戦で相当消耗している。対して、明智の方は俺達と戦っていたダメージも[睡眠]によってある程度回復している。シャドウとも戦っていないから疲弊もしていない。…………つまり、いつでも俺達をやれるというわけだ」
「それは……………………」
「……一理あるわね。でも、それだけじゃリスクに見合ったほどの判断材料にはならないわよ?」
ノワールの問いに客観的な視点から冷静な答えを返すフォックス。
彼は黙りこむノワールに続いてのクイーンの言葉に頷き、また話し始めた。
「まだある。先ほど言ったようにこの中にジョーカーを泊めることができる者はいない。ならば、男で一人暮らしの明智が最も候補として有力だ。誰に気兼ねすることなく、何にはばかるものでもない」
「……なら、マスターに心配をかけてでも、やはり家に帰すべきじゃない? 確かに私達が泊めるのは無理だけど、その選択肢を選ぶくらいなら…………」
「…………俺も考えてはみたのだがな。だが、見ろ。今のジョーカーを」
そう言ってフォックスは肩を支え続けているジョーカーを見やる。
「……かなりまずい。大きな怪我こそ無いものの、生気や体力といった根幹の部分が著しく削られているようだ。今までの経験上、おそらく休めばそのうち回復するとは思うが……問題は、これが
言葉を区切りそう言ったフォックスに怪訝そうな視線をむける他の面々。
そしてクイーンが再び切り出す。
「…………どういう意味?」
「……今までジョーカーはマスターに『怪盗団』の尻尾すら見せず、完璧に立ち回ってきた。自分の秘密を隠しきり、ボロもまったく出さなかった……まあ、ナビの予告状が見つかったことから結局バレてしまったわけだが」
「……そうね。それが?」
続きを促すクイーン。
「同じ軒の下で毎日を過ごしている相手に隠し事をするなど、並大抵のことではない。まして、相手はあの御仁だぞ? 半端な嘘や誤魔化しは通用しない。それがこうもうまくいっていたのは、きっとジョーカー自身の演技力だけではない」
「きっとそれは、ジョーカーが、
フォックスの言うことに困惑する皆。
その反応を予想していたようにフォックスは目を伏せる。
「…………ジョーカーは強い。一人でペルソナを使い分けられるその特異な才能。周囲の評価に惑わされることなく自己を貫くその精神」
「いつだって、ジョーカーは平然と困難を踏み越えてきた。……俺の時も、俺が何度拒絶しようと、この男は諦めることなく俺と心を通じあわせようとしていた」
「ジョーカーは強い。強いんだ。だが、
フォックスは語気を強めて断言する。
「鴨志田という男の時、俺はまだいなかった。故に、そこについてはわからない。しかし少なくとも、先せ…………いや、斑目の時も、金城の時も、ナビの時も、奥村……ノワールのお父上の時も。彼は目に見えた
『……………………!!!!』
その言葉に全員が息を呑む。
「……この男がこうも目に見えて消耗しているのは初めてのことだ。俺達はまだジョーカーと共に戦い、彼の実力を知っているから冷静になれるし、彼が回復することも確信できるが………………」
そこで切られた言葉を誰かが引き継ぐ。
「…………マスターは、そうは思わない」
その言葉に頷くフォックス。
「そうだ。あの御仁は今までジョーカーが元気にしていたからこそ怪盗団の活動には気付かなかったし、気付いた今ではむしろ応援してくれているくらいだ。しかしな。このジョーカーの姿をあの御仁に見せてみろ」
「優しいあの人のことだ。ジョーカーを心配するのは間違いない。そして、ここまでジョーカーが消耗した理由が怪盗団にあることもおのずとわかるだろう」
「…………そうなった時、あの御仁は俺達の、そしてジョーカーの活動を変わらず応援してくれるだろうか? ……危険なことは止めろ、命あっての物種だ————俺はそんなことを言われるような気がしてならない」
「獅童という過去最大の敵に挑む今の俺達に、仲間が欠けるというのは最悪の事態だ。まして、それが俺達のリーダーになったらどうする? 俺達は、いったいどうやって獅童正義を倒す?」
そう言葉を結んだフォックスに答えを返せる者は誰一人としていなかった。
なんとか1日一話ペースは守れた……