暗い暗い森の中。少女と少年は、歌いながら笑い合う。
お願いを叶えてもらう為の、大事な儀式。またみんなにあえますように、あそべますように。
甘い香りと、鉄錆の香りの満ちた中。幼い両手を赤く染め、嬉しそうに完成した生贄を掲げて。
黒き森の女神は、ただただそれを、微笑みながら見守るだけ。
『貴方と一緒に居たいんだもん』
――1999年小学生卓より、SAN0になった小学生探索者、朝賀悠紀
探偵事務局には様々な依頼が持ち込まれる。そして結果も様々だ。解決するもの、しないもの。よい結果のもの、悪いもの。悲嘆にくれ、肩を落とす人も少なくない。
己の無力と遣る瀬無さに何度も辞めようかと思うのだが。「ありがとう」その言葉をもらうたび、次も幸せな結果を運べるようにと思うのだ。
『幸せにするよ』
――現代ドイツCPより、衛生兵と呼ばれるようになった医学生、村正響子
平安の中、名を知らしめていた清明邸も主の不在と共に朽ち、今は神社として祀られている。その一角に不思議な桜の樹がある。
いつからか桜が薄紫の花をつける頃、龍笛の音と共に童が現れるという。懐かしむように、遠い誰かを待つように、今も春を待っているのだとか。
「嗚呼、久しいのう…人の子。」
『きっと、たぶん』
――平安卓より、龍笛の付喪神。折られて桜の樹の依代となった、龍藤
悍ましい気配に、吐き気を催す程の悪臭。青黒い液体を滴らせ、大口を開ける。なす術も無く呆然とそれを見上げてーーー
布団を跳ね上げるように目を覚ます。隣で寝る妻の顔を見て、安堵の息を吐きそうになって飲み込んだ。
そうだあれは、夢でも嘘でもなく、いつか必ず訪れる未来であったと思い出した。
『嘘、だったりして』
――比叡山卓より、時の魔犬の王に見つかった武芸者、宮津義国
コンピュータに支配された世界で、運というのはどうしようもない部分だ。そのどうしようもない部分を煮詰めた能力が、俺だ。どうしようもなく不運。ほら、今日も。見上げれば鉄骨。これは避けれない。
「嗚呼、いっそ。」
目を開ける。新たな体。
「この俺はきっとついてる。」
溜息を飲み込んだ。
『息の根を止めて』
――クトゥノイア卓より、小指落とされたり頭落とされたりする不運な子、ツバキ-R-3
生命の隣には死が待っている。医者を目指す身として、そう感じていたし、死は神の決めた命の期限だと思っていた。はずだった。
「四の五の言わずにとっとと引き上げられろ!バカ局長!」
軽く見えて仲間想いな上司の死を、仲間の死を、齎す神など糞食らえ。掴んだ手を、死んでも離すまいと力を込めた。
『神様なんていない』
――現代ドイツCPより、女子を捨てすぎと言われた医学生事務局職員、村正響子
「ねえ、ソフィア。例の男爵の話を知っていて?」
サロンで度々聞かれる話。
「ええ。痛ましい事ですわ」
「本当に。…それとあの噂は?ほら、化け物を操っていただとか」
「まあ、本当ですの?」
素知らぬ顔で、相槌を打つ。噂は噂。それでいい。綺麗に笑うのが仕事と、真相を知る身は口を噤む。
『本当、だったり。』
――1890年代イギリス卓より、貴族お嬢様、ソフィア・ヴィリアーズ
目を開ければ、煌びやかな飾り付けに美味しそうな料理の数々。嗚呼、帰ってきた。ほっとすると同時に、少年の父親の安否が気になった。
確認するために、事務局の女性に電話を貸して欲しいと告げる60秒前。
ドアがノックされる50秒前。
少年が、泣きながら父親の腕に抱かれるまで、あとーー…
『四十五秒以内の逢瀬』
――1955年ドイツクリスマス卓より、考古学助教授、ミヒャエル・ハイリッヒ
ヨシュアは1週間に一度、同じ夢を見る、小説家の卵の彼と、飲んだくれの女医。陽気な記者。その彼らが一瞬の内に黒い靄に飲まれ、泥に変わる。そんな夢。
けれど、彼らの記憶は無い。知らない彼らが死んでいく。生まれる疑問と怖気を抱え、今日も夢を見る。今度は彼らを救いたい。そう思いながら。
『君以上、僕未満』
――1920年アーカム卓より、6ヶ月間の記憶障害を抱えた宿屋店主、ヨシュア・マーティン
油で汚れた手を翳す。その指にはまるで指輪の様に引っ掛けた、愛車の鍵。
春に体験した不思議な事件で、自分から渡された物だ。投げ渡した自分は、それでいいと笑っていた。忘れていた事を思い出させて、受け入れさせて。
存外自お節介だったなと、笑った顔はきっとあの時の自分によく似ているのだろう。
『忘れられた指輪』
――現代日本、何処までも一般人だったバイク整備士、敷浪葵
俺はボストンの裏路地で、手ぐせの悪いガキだった。それが何の因果か、いつの間にか探偵になってるなんざおかしな話だが、案外今の生活は悪くないと思っていた。そう、あの日、事務所扉がノックされる、その時まで。
「お客さんですか?どうぞ、話を聞きましょう」
この依頼が、日常を消す始まりだった。
『不幸の始まり』
――1920年ボストンより、なかなか不運な駆け出し探偵、セス・ハワード
「逃がすか!」
満身創痍、傷だらけであちこち痛い。けれど、逃げる相手を追いかける。だって、どうにも我慢がならなかった。
優しい彼の体を勝手に使っている事、その上無用に人を殺している事、仲間を傷つけている事。飛び込む先の水の冷たさを感じつつ、船上の相手に手を伸ばす。
もうこれ以上、
『見逃すつもりはないけれど』
――現代アーカムより、ダイビングが趣味だったけどこの後ショゴスを直視して発狂して回避失敗してロストした、ノア・マーティン
私がこの3日間で経験した事は、人生全てを凝縮した所で追いつかない濃度を誇っていた。
事故に巻き込まれ死にかけて、辿り付いた街でマフィアやヤクザと結託して化け物と対峙。B級映画じゃないが本当の話。そして今やヤクザの弁護士。
「さて、これにておさらばだ。」
そうかつての平和に別れを告げた。
『別れてください』
――現代日本より、ロアナプラみたいな街でヤクザの弁護士になった、敷浪雪
嘗て行き損ねた根の国の滸で、垣間見た物。思い出せば震える手。けれど未だ体は動き、刃は握れる。故にかつての主より課された命は力を持つ。
主を守れ。
ただその一言が己を動かす。
「いつか、貴方の肩に戻る時は、褒めてくださいますか、我が君。」
覚えてくださる間に戻れば怒られるかと、烏が笑った。
『忘れてなかったら、』
――平安卓より、主と共に翔けた烏の式神、羽鐘
前を走る人の背すら消えそうなブリザード。膝下まで覆う雪は、後ろにできた轍をあっという間に消していく。まるで、人の踏み入った痕跡を消し去る様なそれに追い立てられるように、私達は逃げる。
その消された足跡に反するように、戻ってくる日常を噛みしめる為に。
ーーとある医学生の日記より
『消えた足跡』
――現代ドイツCPより、成長する衛生兵こと、村正響子
あの人たちは、優しい。いつだって自分の身を顧みず助ける事を優先する。だから、いつか置いて行かれてしまうような気がして、私はそれだけが心配だった。
だからだろうか。ぼやける視界に駆け寄る影に、口から溢れた血で言葉にならない、逃げてを叫んだのは。
優しい彼らに、生きて欲しいと私は願う。
『どこにもいかないで』
――現代ドイツCPより、クライマックスでHP-2までいったけど、NPCが医学応急C出して生還した医学生、村正響子
階段から、殺人鬼が迫ってくる。無理難題を押し付けて、高圧的。仕掛けた罠で憤っているのか
「ぶっ殺してやらあ!」
と物騒な声が響く。その足が最上階の段を踏む。
その瞬間。
待ってましたとばかりに、アルコールの撒かれたその場所へ、マッチを投げ入れた。
「それはこっちの台詞や!」
『こっちの台詞です』
――1999年小学生卓より、卓中ホームアローンした小学生、敷浪炎
顔はまあ可愛いけど、キツイ性格でちょっと浮いてる。そんな彼女が、英語を教えてあげよかなんて言うもんだから
「お前なんかに教えてもらいたないわ」
なんて、冷たく返した。踵を返したその背が、少し小さくなったのに、胸の奥がツキ、と痛んだけれど、悔しい所為だと決めつけて、彼女に背を向けた。
『名前を教えて』
――1999年小学生卓より、同年代女子が天敵な生意気小学生、敷浪炎
静かな悲しみが満ちる中で一人、掌を見る。指には、引き金を引いた感覚が未だ残っていた。そしてその向こうの、笑った顔も、言葉も、声も。まだ鮮明に蘇る。
ごめんなさい、と漏れそうになる言葉を飲み込んで、濡れる目元を拭った。
まだやるべき事も守るべき人もいる。引き金を躊躇っている暇など無い。
『腹を括れ』
――現代ドイツCPより、味方に電気銃を撃たざる得ない状況になった医学生、村正響子
灼熱の空間が途切れる。その先の記憶は無い。気付けばベッドの上。
あの時何があったのか詳しく思い出そうとすると、背筋が震える。ただ解るのは、触れてはいけない何かに触れたという事。
そして、この先もきっとそれに触れていくという確信めいた予感。
途切れた記憶は、生還を喜ぶ顔に影を落とす。
『記憶喪失』
――現代ドイツCPより、生還したら拳銃技能が成長した医学生、村正響子
あれ以来、足繁く通うようになった病室。絶えない花や見舞いの品は、彼らの人柄をよく表しているようだ。色とりどりの物に囲まれた部屋は、夏と言うのに室温も合間って春の様だった。
「……本物の春が来る前に、起きてくださいね」
あんなに酷い友人の顔も、貴方達の姿も、長く見たい物では無いのです。
『君のいない春に眠る』
――現代ドイツCPより、NPC3人を犠牲にして生還してしまった、考古学専攻大学院生、ヨハネス・ハイリッヒ
明るい声が、落ちついた声が、不器用な声が、事務局から消えた。
解っていた。いつか、この日が来る事を。落ちた隕石に、未だ残る遺物。
この先を進むなら、きっと声は消えるのだろう。彼らはそういう人だから。けれど。
「誰も、欠けさせるつもりはありませんから」
例え、己の身と引き換えだとしても。
『覚悟があるか』
――現代ドイツCPより、NPC3人の帰還を目指す医学生、村正響子
世界が渦巻く。身につけた慣れない青い衣が舞い、再び見上げる空はその色と同じ色。
先程いた場所と異なる空気。吐いた溜息に悔しさと云い知れない後悔が滲む。
嗚呼。嗚呼。どうしようもないほどの無力感。身を焦がす程の自身への怒り。
「次こそは」
狂おしいほどの執念が、彼女の双眸に灯った。
『世界が狂う―1』
空の手でドイツへと帰る空の上。見下ろした故郷は、記憶にある姿を変えていた。
赤く濁る大地。四肢の動きを失った仲間。そうさせたのは己等の所為なのだと。
世界の歯車が歪に変わり、少しずつ狂っていくのを、目に焼き付ける様に。
自責の念に身を焼く様に、ただ只管に雲に隠れるまで見下ろしていた。
『世界が狂う―2』
――現代ドイツCPより、平安時代に赴くも任務を失敗した医学生、村正響子
昔から、外も内も祖父に似ていると言われていた。そして此度。調査に同行する事になった時。調査員だった従妹と話をした。
今迄の事、彼等の事。危険と覚悟。渡される祖父の記録。
あの日の祖父と同じ様に、彼等と共に行くならば。
大丈夫と、不安に揺れる従妹の肩を抱いた。祖父は生きて帰ったのだから。
『運命を感じろ!』
――現代ドイツCPより、一時発狂で殺人癖引いた軍人、ランドルフ・V・ケンプファー
黒い靄がかかる度、心の何かが音を立てて削れる気がした。否、きっと気の所為では無いのだろう。
震える手足、逃げ出したい程の底冷え。
けれど、心配そうな、気にかける様な、視線。紙の様になった顔で、笑みを作る。
「動けるのなら、大丈夫の範疇だ」
大丈夫と繰り返すのは、昔からの口癖だった。
『時々、面倒くさいけれど。』
――現代ドイツCPより、POW16から4になった軍人、ランドルフ・V・ケンプファー
崩れる体、動かない四肢。伏した視界から見えるのは、自分の手と庇う様に立つ誰かの足。頭上の声は状況を打開しようと鋭く飛び交う。
本来なら、自分が庇う立場で。若い彼等の危険を、肩代わりする役で。然し、引き金を引く指は、駆ける足は動かない。
祈る他無い己の低落に、震える唇は血の味がした。
『どっちが、』
――現代ドイツCPより、クライマックスで不定までいって動けなくなった軍人、ランドルフ・V・ケンプファー
白いベッド。天井と、どこか泣きそうな、けれど安堵した従妹の顔を見上げる。
今回の調査に同行する折、彼女が念を押すように繰り返した言葉を思い出した。
『皆で生きて帰ってきて』
死を覚悟するあの場で、幾度も脳裏を過った言葉だった。
震える手を、ゆっくりと彼女の頭に乗せる。
「……ただいま」
『キミ専用口説き文句』
――現代ドイツCPより、お荷物に為りながらなんとか生還した軍人、ランドルフ・V・ケンプファー
何時しか長袖しか着なくなった体には、無数の傷痕がある。誇れる傷ではない。けれど、忌むべき傷でもない。
自分を死の縁へ追いやった胸の傷をなぞる。
この傷を負った時の身を焼く程の感情は、片時も忘れたことは無い。
これは覚悟なのだと、彼女は笑う。
その瞳は、死を飲み込んだ光に満ちていた。
『うつくしい古傷』
――現代ドイツCPより、何時でも死ぬ覚悟ができている医学生、村正響子