巨獣のセレナーデ   作:セミドレス

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 強襲編
 序章


 

 Ⅰ

 

 耳の裏を見せろ? 突然どうしたのさ?

 右耳の裏に、大きな傷が見えた?

 あれ? 話したことなかったっけ?

 僕の右耳ね、千切れちゃったことがあるんだ。

 上手にくっついたし、整形手術もやったから、表側には傷が残ってないけどね。

 え? なんでそんな怪我をしたのかって?

 恥ずかしい話だけど、ちょっとした喧嘩……いや、言い争いかな?

 とにかく、小競り合いの結果として千切れちゃったの。

 あれは何年前になるかな。

 確か、JS事件があった年だから──

 

 Ⅱ

 

 新暦七十五年の暮れ、新年まであと一週間かそこらという冬の夜。

 十四歳だった僕は、三ヶ月前に転職して勤め始めた会社の上司二人と一緒に、首都クラナガンにある居酒屋にいた。

 上司は二人とも、プロレスラーだった。

 僕はその頃、中央プロレス──正式には、ミッドチルダ次元中央プロレスリング株式会社──というプロレス団体の練習生をやっていたんだ。

 練習生というのは、団体の下っ端だね。

 プロレスラーになりたい人間が、道場で体を鍛えてもらいながら、団体の雑用をやって安い給料を貰うって仕事。僕を入れて六人くらいだったかな、当時の中央プロレスにいた練習生の数は。

 その練習生の中で一番の新入りだった僕は、お酒を飲みに行くという上司二人に、鞄持ちとして居酒屋に連れてこられていたんだ。

 その居酒屋は、繁華街の表路地から三本も四本も奥に入った所にあるお店だった。

 中にあるのは、五人掛けのカウンターと、四人掛けのテーブルが一つ。

 店主のお爺ちゃんが一人で回してる、小さなお店だった。

 上司二人は、ここでしか飲めない珍しいお酒が目当てだったみたい。カゴシマノショーチューとか言ってたかな。

 二人とも、魚のすり身を揚げた料理をつまみに、美味そうにやってた。

 僕は二人が座るテーブルの横に、()()()の姿勢で突っ立って控えていた。

 店の中にいたお客さんは、僕らの他に三人。

 カウンターの一方の端にカップルっぽい若い男女がいて、その反対側に、一人酒をやってる若い女性がいた。

 裸の電球が、古い店内とそこにいる七人を、ぼんやりと照らしていた。

 

「ビリーさん、プロレスですよ、後ろの人たち」

 

 ふと、そんな声が聞こえた。

 カウンターに座るカップルの女の子の方が、連れの男に囁いたんだ。

 上司は二人ともベテランの大物レスラーだったから、顔を知っている人間はどこにいても不思議じゃなかった。

 暇をしていた僕は、二人の会話に聞き耳を立てた。

 

「ふうん……」

「薄いですね、反応」

 

 女の子の連れの、ビリーさんと呼ばれた男が気のない返事をした。

 その反応が期待していたものと違ったのか、女の子は少し不満そうだった。

 

「だって、プロレスだろ? 興味ねえよ、あんな芝居」

 

 ビリーさんが言った。歯に衣着せぬ言葉だった。

 僕はそれを聞いて、寂しく思った。

 プロレスは芝居。

 それは紛れもない事実だ。

 基本的に、プロレスの試合は、結果や、そこに至る過程を事前に取り決めてから行われる。

 競技ではなく芝居だというのは、間違いない。

 だけど、プロレスラーはその芝居のために過酷なトレーニングをこなし、真剣に体を鍛えているのだ。

 それなのに、芝居だから興味が無いと言われるのは、寂しかった。

 

「ちょ、聞こえますって」

 

 女の子が焦ったように言った。

 ビリーさんの発言に対し、僕たちが怒ると思ったのかな。

 別に僕たちは事実を言われて腹を立てたりしないし、芝居に興味を持てないという嗜好にケチをつけたりもしないのに。

 事実、ビリーさんの言葉が聞こえていたであろう二人の上司も、特に変わった様子を見せていなかった。

 ビリーさんが再び口を開くまでは。

 

「別に怖がることねえよ、八百長やってる奴らなんて。台本なきゃ闘えねぇ役者なんだから。それもデカイだけで薬漬けのな」

 

 ビリーさんはそう言った。

 それも、僕たちに聞こえるように、わざと大きな声でだ。

 僕の心に怒りが生まれた。

 プロレスラーは確かに役者だが、決して弱い存在ではない。

 強い、特殊な肉体を持って生まれた者が、入門した人間のほとんどが夜逃げしていなくなるような過酷な訓練に耐え抜いて、やっとのことでリングに立ち、プロレスラーを名乗れる。

 そういう存在なのだ。

 世界で最も強い肉体を持つ人種は、プロレスラーだ。

 だから、殴り合いだろうと取っ組み合いだろうと、肉体的な暴力のぶつけ合いなら、プロレスラーはどんな土俵にも立てるんだ。

 僕は振り向いて、カウンターに座るビリーさんの背中を睨んだ。

 それと同時に、がたり、という大きな音がした。

 上司の一人が立ち上がったのだ。

 カール・ダンク。

 僕より二十七歳年上で、この時四十一歳。

 身長百八十五センチ、体重百十二キロ。

 厚い筋肉の鎧を着込んだベテランレスラーが、スキンヘッドのてっぺんまで真っ赤にしながら、ぎょろりとした眼玉をビリーに向けていた。

 だいぶ、お酒が回っているように見えた。

 

「おい……」

「なんだ、やるのかい? レスラーさんよ」

 

 カールさんに応じるようにビリーさんも立ち上がり、両の拳を頭の高さに構えた。

 カールさんほどじゃないけど、ビリーさんも大きな体を持っていた。

 身長は百八十センチ台前半、体重は八十五キロ前後に見えた。

 その構えられた拳には、分厚い拳ダコがあった。

 硬い物を殴る鍛錬を、毎日毎日、何年も続けないと、ああいう拳にはならない。

 ビリーさんが打撃系の格闘技のトレーニングに、相当な年数、真剣に取り組んでいることを、その拳は語っていた。

 

「お客さん、暴れるなら外でやってくださいよ」

 

 一触即発といった空気を漂わせる二人に、店主のお爺ちゃんが迷惑そうに言った。

 

「表に出ろよ、木偶の坊」

「駄目だ。カール、座れ」

 

 ビリーの挑発に対して、カールさんよりも早く、もう一人の上司が応えた。

 ジ・アンダーフューラー。

 縮れた黒いロングヘアーがトレードマークの、中央プロレスの看板レスラーだ。

 カールさんよりもさらに一回り、いや二回り大きな体を持つ巨人。

 普段は生真面目な感じの人なんだけど、リングの上では暗黒邪術で復活した古代の魔王なんていう冗談みたいな設定(ギミック)を演じている。

 

「止めんでください、アンダーフューラー」

「駄目だ」

「しかし」

「俺の言うことが聞けないのか。座れ」

「……はい」

 

 フューラーさんに凄まれて、カールさんは渋々といった様子で席に着いた。

 それをビリーさんが嘲った。

 

「喧嘩を売られた時も、芝居でやり過ごすのかい? 情けないな、プロレスラーってのは」

 

 そんな嘲笑に対し、かたり、という小さな音と共に、今度はフューラーさんが立ち上がった。

 長い黒髪を揺らしながら、ビリーさんの前に立ち、見下ろした。

 フューラーさんの身長は二百九センチ、体重は百三十五キロ。

 左の頬に、刺し貫かれたようなでっかい傷痕がある。

 ビリーさんの連れの女の子は、その威容に怯えて椅子から転げ落ちそうなくらい身を引いていた。

 

「凄い拳だな」

 

 構えられたままのビリーさんの拳に目を向けながら、フューラーさんが言った。

 

「そんな拳でぶん殴られたら、死んじまうかもしれないな」

「試してみるかい?」

「やめておくよ。俺はプロだからな。銭にならないファイトや、ぶっ殺されるかもしれない喧嘩はやらないんだ」

 

 ビリーさんの挑発に、フューラーさんは肩を竦めながら答えた。

 穏便に場を収めようとする、敵意や悪意といったものを含まない言葉だった。

 だが、その言葉の何かが、ビリーさんは気に入らなかったらしい。

 

「ハッ! 舐められる事を気にしない格闘家が、プロなものかよ」

 

 怒った声でビリーさんがフューラーさんに突っかかる。

 だけどフューラーさんは、ビリーさんの怒気をどこ吹く風といった様子で受け流しながら答えた。

 

「挑発しても無駄だよ。俺たちは、ストリートファイトはやらない」

 

 そして視線をビリーさんから外し、店主に声をかけた。

 

「親父、会計を頼む。すまないな、雰囲気を悪くしちまって。カール、出るぞ」

「おい、逃げるのかよ!」

「お兄さんが言った通り、俺たちは、台本がないと闘わないのさ」

 

 支払いを終え店の出口に向かうフューラーさん。その後にカールさんが続く。

 二人の後を追おうとした僕は、ビリーさんがカウンターに向き直りながら毒突くのを聞いた。

 

「何がプロレスだ。見かけ倒しの雑魚が」

 

 癪に障る言葉。

 気付くと僕は、ビリーさんの背後に立ち、その肩を叩いていた。

 

「なんだよ?」

 

 振り向いたビリーさんが不機嫌に言った。

 僕はプロレスを雑魚と呼んだビリーさんが許せなかった。

 だってあの頃の僕は、ビリーさんが馬鹿にするプロレスをやるために、毎日毎日、鬼のようなシゴキに耐えてたんだもの。

 そりゃあ、頭にくるよ。

 だから僕は、ビリーさんを見据えながら、冷たい声で言った。

 

「君がプロレスを舐めてるの、気に入らないな」

 

 言いながら、ビリーさんを観察していた。

 年齢は二十代前半か。

 肩幅がある。皮下脂肪は少ない。

 細面で、目つきが鋭い。

 真っ黒な髪を短く刈り込み、側頭部にギザギザの剃り込みを入れている。

 骨と筋肉だけでできた、飢えた獣を思わせる、強そうな男だった。

 だけど、見た目のゴツさ、体の大きさなら僕の方が勝っていた。

 当時の僕の身長は百九十五センチ、体重は百十キロくらい。ビリーさんよりも大きな体を持っていた。

 一種の天才だった。

 十四歳という年齢を考えれば、異常と言ってもいい、怪物的な体格だ。

 この時、僕とビリーさんとの距離は、少し体を傾ければ抱きつけるほどに近かった。

 ()()始めたら、打撃屋(ストライカー)であるビリーさんよりも、中央プロレスで組み技屋(グラップラー)としての訓練を積んでいた僕の方が、圧倒的に有利な状況だった。

 表に出て馬鹿正直に正面から殴りあえばどうなるかわからないけど、今、この場で仕掛けてしまえば──

 

「へっ、やる気かよ」

 

 ビリーさんが口元に攻撃的な笑みを浮かべながら、嬉しそうに言った。

 僕の物騒な思考は、表情に漏れていたのだろうか。

 

「どうだろうね」

 

 僕は短く返して、ビリーさんと睨み合った。

 危ない状態だった。互いに、自分の意思では引き下がれない気分ができあがっていた。

 視界の端で、ビリーさんの連れの女の子が、怯えた顔で椅子から立ち上がろうとしていた。

 かた、と音を立てて女の子が腰を浮かせた時。

 

「何をしている! 手を出すな、早く来い!」

 

 店の外から、カールさんの怒鳴り声が飛んできた

 その絶妙なタイミングに、僕もビリーさんも動き損ねた。

 この時点で僕はもう()()ことはできなくなっていた。

 下っ端の練習生が、ベテランレスラーの言葉に逆らうことなど許されないからだ。

 しかし、ビリーさんは違った。

 まだ僕のことを、ぶっ潰したいって目で見ていた。

 だけど付き合ってあげるわけにはいかない。

 僕は目の前のビリーさんを無視して、大きな声でカールさんに返事をした。

 

「すぐに行きます! この人には何もしません、この人には」

 

 僕の言葉を聞いて、ビリーさんの目に失望が浮かんだ。

 面白そうな玩具を拾ったと思ったら、それはもう壊れてたって感じかな。

 せっかちな人だ。

 プロレスを馬鹿にした君を、僕は許しちゃいないのに。

 ゆっくりと右腕を動かし、僕は自分の右耳をつまんだ。

 力を込めて、勢いよく振り下ろす。

 びちっ、という音がした。

 ビリーさんの連れの女の子が、甲高い悲鳴をあげながら、床に尻餅をついた。

 目の前のビリーさんの目が見開かれた。その顔に驚き、次いで恐れが浮かんだ。

 僕は右耳があった場所に熱さを感じ、震えながら、にぃ、と笑った。

 

「何してんだ馬鹿!」

 

 僕が笑ったのと同時に、店の外にいたカールさんが怒鳴りながら駆け足で戻ってきた。 

 

「自分の耳を毟りとる奴があるか!」

 

 カールさんは、大声でそう言いながら、僕の頬を張った。

 凄い力だった。

 僕は堪えきれず、吹き飛ぶように倒れた。

 カールさんはリングに上がるだけでなく、若手を鍛えるトレーナーのような事もやっていたので、僕は何度も殴られた事があった。だけど、この時の張り手ほど強烈に打たれた事はなかった。

 

「すいません」

「馬鹿野郎!」

 

 張り飛ばされた僕は、すぐに起き上がって謝ったけど、また頬を張られてしまった。二度目の張り手は少し手加減されていたので倒れたりはしなかった。

 

「手前の勝手で体を損なうんじゃない!」

 

 そう言いながら、額を殴られた。

 正拳じゃなくて拳の側面の柔らかい部分で打たれたから、額が割れるようなことはなかった。それでも視界がぐらぐらするような衝撃だった。

 

「はーい、そこまで」

 

 殴られた僕がまた謝ろうとした時、すぐ横から制止の声がかかった。

 流血現場にふさわしくない、優しげな声だった。

 カウンターで一人酒をやってた女性客だ。

 栗色の長髪をサイドポニーにまとめた、二十歳くらいに見える、可愛い感じのお姉さんだった。

 白いブラウスの上に羽織った桜色のカーディガンが、柔らかな顔立ちにとても似合っていた。

 

「お説教もいいけど、その前に手当てをしましょう」

 

 お姉さんはそう言いながら手を差し出した。

 その手には、おしぼりと、その上に置かれた僕の右耳があった。

 カールさんに張り飛ばされた時に落としていたんだ。

 

「すいません」

 

 僕はそう言いながら、おしぼりごと血塗れの耳を受け取った。

 それから、傷口から溢れた血がシャツの胸をじっとりと濡らしていることに気付いて、千切れた右耳の根元をおしぼりで押さえた。

 

「すみません、ありがとうございます」

「いえ、気にしないでください」

 

 カールさんがお姉さんにぺこりと頭を下げた。

 お姉さんはカールさんに返事をしてから、店主のお爺ちゃんの方に向き直った。

 

「おじさん、ビニール袋と氷ありますか」

「あ、ああ……あるよ。いま出すよ」

 

 カウンターで固まっていたお爺ちゃんは、お姉さんに声をかけられると、びくりと身を震わせてから動き出した。

 お姉さんがお爺ちゃんからビニール袋と金属製の容器に入った氷を受け取る。

 

「病院まで、冷やしておいたほうがいいよ」

 

 お姉さんがビニール袋に氷を放り込みながら言った。

 結構な流血を目にしたのに、特に動じた様子を見せていなかった。医療関係の仕事に就いていたのかもしれない。

 

「はい」

「ありがとうございます」

 

 氷の詰まった袋を差し出すお姉さん。僕はお礼を言ってそれを受け取り、右耳を放り込んだ。

 そして、ふと気になって、お姉さんの顔を見つめた。

 

「ん?」

 

 可愛いらしく首を傾げるお姉さん。

 僕はその顔に、見覚えがあったのだ。

 どこかでお会いしたことがありませんか?

 僕はそう尋ねようとしたのだけれど、その前にカールさんから肩を引っ張られた。

 

「ここは俺が片付けとくから、お前は病院行ってこい」

「はい。皆さんご迷惑をおかけしました」

 

 僕はお爺ちゃんとカールさんに頭を下げ、できるだけカッコいい顔でお姉さんに微笑んでから、お店を出た。

 お店を出た時、入り口にいたフューラーさんから、

 

「おっかない奴だな、お前は。見習いなんてすっ飛ばしたデビューをしてもいいかもな」

 

 と、言われた。

 嫌味や皮肉ではなく、本気で関心してそう言ったように見える表情だった。

 

 Ⅲ

 

 ──右耳が千切れた経緯はこんな感じかな。

 自分でも、どうかしてたと思う。あの頃は精神的に余裕がなかったんだ。

 痛くなかったかって?

 うん、痛かった。

 やった直後はアドレナリンだかなんだかが回ってたから平気だったけど、しばらくすると痛み始めてね。痛すぎて上唇の右半分が痙攣してたのを覚えてる。

 でも一番嫌だったのは、病院で耳を縫いつけた後だね。

 静脈がうまく繋がらなかったらしくって、お医者さんが『鬱血を防ぐために吸血ヒルを耳に棲まわせましょう』とか言い出したんだよ。頭おかしいよね。

 ほんとまいったよ。僕、虫は大嫌いだからさ。

 でも、ちゃんと我慢したよ。二週間。最悪だった。ノイローゼになるかと思った。

 え? 耳をもいだことを後悔してるかって?

 してないよ。

 耳がなくなることより、プロレスが舐められることの方が嫌だからね。

 




 Q.オリキャラばっかじゃん……
 A.この序章はオリキャラの紹介みたいなものです。

 Q.活躍する原作キャラは?
 A.次回から戦闘機人(2Pカラー)とおっぱい剣士(和風)が登場して活躍します。

 前々から少しずつ書いていたリリカルなのはのSSがあったので、Vivid Strike!の放送開始に合わせて投稿してみました。
 多少の書き溜めがあるので、話が一区切りするところまでは連続して投稿できると思います。
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