巨獣のセレナーデ   作:セミドレス

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 第五章 過去 後編

 

 Ⅵ

 

 アレクサンダーがセプテムに拾われてから、七年が過ぎた。

 空戦魔導師となったアレクサンダーは、セプテムの下で執務官補佐の任に就き、オルセアの紛争地帯を転々としていた。

 仕事はもっぱら、近接航空支援だ。

 戦場の上空に居座り、セプテムが指揮する攻撃部隊からの要請に従って、塹壕だの砲兵陣地だのを爆撃するのだ。

 出撃するたびに、魔力量に物を言わせた強力な射砲撃で武装勢力が用意した防衛網を台無しにしてやった。

 悪くない仕事だった。

 武装勢力にはロクな航空戦力が存在しないため、アレクサンダーが矢面に立つことは、ほとんどなかった。

 一方的に砂漠に蔓延るならず者たちを痛めつけることができたのだ。

 敵を撃つたびに、アレクサンダーの胸には昏い悦びが走った。

 なにせ、アレクサンダーの魔力弾に追い散らされる兵士一人一人が、あの採掘場でアレクサンダーを支配していた連中と同じ存在なのだから。

 こんな日々が、永遠に続けばいい──

 そんなことさえ思いながら、戦場での生活を続けていたある日の事だった。

 休暇を取ってオルセアを離れると、セプテムが言い出したのは。

 

 Ⅶ

 

 物の少ない、シンプルなつくりの部屋だった。

 二段ベッドと、テーブルと、クローゼットが一つずつ。

 五メートル四方の空間に、その三種類の家具が設置されている。

 他には、壁に備えつけの固定電話があり、パイプ椅子が二脚と、洒落たデザインのトランクケースが一つ、無造作に床に転がっているくらいだ。

 第一管理世界ミッドチルダ。

 その首都クラナガンの市街地にある安宿のツインルームである。

 開け放たれた窓から、白い朝陽が差し込んでいた。

 この簡素な部屋に、騒々しいやりとりが響いている。

 アレクサンダーとセプテムの声である。

 

「ほらセプテム、髪を乾かしてあげるからこっち来て。

 意見陳述会は今日だよ、小綺麗にしとかなきゃ。

 ていうかさ、もう三十歳になる女の人が風呂嫌いってどうなの?

 三日間もシャワーすら浴びないなんて気持ち悪くなかった?

 野営じゃないんだよ? 僕らずっとこのホテルにいたんだよ?」

「うるさいぞ、アレク。舌の回りばかり速くなりやがって……」

「はいはい、悪うござんした」

 

 アレクサンダーが、風呂から上がったばかりのセプテムをパイプ椅子に座らせ、後ろからドライヤーで髪を乾かしているのだ。

 アレクサンダーは白いスラックスを穿き、長袖のシャツを着ていた。あとはネクタイを締め、ジャケットを身につければ、航空魔導師隊の制服姿となる状態である。

 肩に掛かるくらいまで伸ばした金髪を後ろでまとめ、白い額を出していた。

 対するセプテムは、黒い短パンに、同じく黒のタンクトップという、非常にラフな格好をしていた。

 陽に焼けた黒い肌には、相変わらずシミやそばかすが多く浮かんでいる。

 七年前と変わらず、蓬髪を伸ばしっ放しにしていた。

 そのボサボサの髪に、アレクサンダーがドライヤーをあてているのだ。

 痛みの激しいセプテムの髪を乾かしながら、アレクサンダーは溜め息をついた。

 このセプテムという女の私生活は、とことん()()()なのだ。

 自分が他人からどう見られるかという事に、まったく関心がない。

 興味があるのは、戦場に出ることだけ──そういう社会不適合な人格の持ち主なのだ。

 初めて出会った時は、いつか殺してやろうとまで思ったが、実際には張り合うことが馬鹿馬鹿しくなるような女だったのだ。

 なぜこんな人間が時空管理局という治安維持組織に就労し、しかも執務官という高い地位を得られたのか……

 これは、アレクサンダーにとって最大の謎だった。

 なんにせよ、セプテムはアレクサンダーの直接の上司である。みっともない姿でウロウロされるのは、非常に恥ずかしい。特に今日は。

 公開意見陳述会──時空管理局ミッドチルダ地上部隊の運用方針に関する大規模公開議会が、今日、九月十二日の午後二時から、このクラナガンにある地上本部で行われる。

 それを傍聴するために、アレクサンダーとセプテムはオルセアを離れ、ミッドチルダを訪れているのだ。

 今回の陳述会最大の争点と言われる新型魔導兵器、防衛砲台アインへリアル。

 これに、セプテムが強い興味を持ったからだ。

 アレクサンダーとしては、なぜセプテムが魔力砲台なぞを気にするのかわからないが、執務官に行くぞと言われれば、ついていくしかないのが執務官補佐なのである。

 とはいえ、管理局関係者だけでなく、財界、政界、宗教界の要人までもが集まる場所へ、普段の薄汚いセプテムを出すわけにもいかない。

 それで、アレクサンダーはセプテムの身だしなみを整えてやっているのだ。

 ヨレヨレの埃っぽい制服を着たボサボサ頭のすっぴんアラサー女なぞと一緒に人前を歩くなんて、絶対にゴメンだ──

 そんなことを思いながらセプテムの髪を乾かし終えたアレクサンダーは、次に、櫛を通し始めた。

 ホテルにアメニティとして用意されていた、安っぽいプラスチック製の櫛だ。

 櫛を動かすたび、脱けたり千切れたりしたセプテムの髪が、毛玉となって櫛の歯に絡み付いてくる。

 小気味よいほどボロボロの髪だった。

 

「はい、終わり」

 

 なんとかセプテムの髪をとかし終えたアレクサンダーが、ぽん、とセプテムの頭頂部に掌を置きながら言った。

 

「朝ご飯はどうする? ホテルのルームサービス? それとも、外のお店に行く?

 僕としては、お洒落なカフェでサンドイッチ囓るとかやってみたいんだけど。せっかく都会に来てるんだし」

「ルームサービスでいい」

「……そっか。じゃあ、フロントに電話するね」

 

 アレクサンダーは、セプテムの言葉に再び溜め息をつくと、固定電話の方へと向かった。

 ホテルのフロントと何の変哲もないやりとりをしながら、窓の外に目を向ける。

 青い、平和な空が広がっていた。

 同じ青空でも、オルセアを覆う灼熱の空とは大違いだ。

 そう思いながら、アレクサンダーは目を細めた。

 この時、アレクサンダーはまだ知らなかった。

 ミッドチルダの空が、この日の夜に汚されるということを。

 狂気の科学者ジェイル・スカリエッティによる、時空管理局への武装蜂起。

 管理局史上最悪のテロリズムが発生するのは、アレクサンダーがセプテムの髪を整え終わってから十時間後の事だった。

 

 Ⅷ

 

 街が、轟々と燃えている。

 燃え盛る炎と、そこから吐き出される黒い煙が、夜空と溶け合っている。

 午後八時──

 スカリエッティの軍勢による管理局とミッドチルダへの攻撃が始まってから、既に二時間近くが経過していた。

 戦場と化したクラナガンの街道を、人の背丈ほどもあるカプセル型の機械が、三十機ほどの隊列を組んで侵攻している。

 スカリエッティが開発した自律機動兵器、ガジェットドローンの群れである。

 ガジェットは、住民が避難し無人となったオフィス街を、我が物顔で進んでいる。

 その群れに、上空から現れた影が、凄い勢いで突っ込んだ。

 影──それは、セプテムだった。

 セプテムは、全身を縛るように覆う、黒い衣を身につけていた。

 両手で、一本の杖を握っている。

 その杖の先端から、淡紅色に輝く魔力刃が伸びていた。

 身の丈をはるかに超える、長大な魔力刃だ。

 セプテムはその巨大な刃を振り回し、次々とガジェットを斬り裂いていく。

 三十あまりのガジェットが、十秒かそこらで全て破壊されてしまった。

 鉄塊となったガジェットがあげる炎が、セプテムの顔を照らす。

 そこには、喜悦の表情が浮かんでいた。

 

「楽しんでるね、セプテム」

 

 そんな声が、上空からセプテムに投げかけられた。

 見上げると、アレクサンダーが空中からゆっくりと降下してくるところだった。

 セプテムが支援を必要とする時に備え、上空で待機していたのだ。

 アレクサンダーは、グレーを基調としたバリアジャケットを身につけていた。管理局航空魔導師隊で標準仕様とされているものだ。

 右手に砲戦魔導師用のゴツイ杖を握り、腰の後ろに大振りなナイフを収めた鞘を装備している。

 

「この辺には、もう敵がいないね。どうする? どこかの部隊のお手伝いに行く?」

 

 セプテムの隣に降り立ったアレクサンダーは、そうセプテムに尋ねた。

 つい今しがたもガジェットと交戦していたセプテムだが、実は、正規の手続きを踏んで戦闘に参加していたわけではなかった。

 管理局の部隊が展開していない区域を飛び回っては、目についたガジェットの群れに攻撃を仕掛ける。そういう事を、この一時間、ずっと続けているのだ。

 

「馬鹿なことを言うな。アレク、新しい相手を探すぞ。他所様に遠慮しながら戦うのは、好きじゃない」

「そう言うと思った」

 

 ため息をつきながら、アレクサンダーはセプテムの顔を見た。

 その陽に焼けた顔には、どこか締まりのない笑みが浮かんでいる。

 恍惚の表情だ。

 頬が上気し、双眸に濡れたような光が宿っている。

 敵を撃つ、あるいは斬り裂くことに、快感を覚える女なのだ。

 おそらく、性器から滲み出た分泌液によって、セプテムのショーツは既にぐっしょりと湿っていることだろう。

 倒錯した性癖を持つセプテムにとって、無数の敵が存在する現在のクラナガンは、乱交パーティーの会場にも等しい空間なのだ。

 こりゃあ、今日は寝かせてもらえそうにないなぁ──

 アレクサンダーがそんな事を思った時、その頬を、微小な魔力がさざ波のように撫でた。

 それなりに規模の大きな魔法が、近くで発動しようとしているのだ。

 

「おもしろい」

 

 セプテムが、唇の両端を吊り上げながら呟いた。

 どうやら、これから発動しようとしている魔法が、敵によるものだと決めつけているらしい。

 アレクサンダーとセプテムは空へと飛び上がり、魔法の気配のする方向に視線を向けた。

 八百メートルほど離れた地点に、紫色の光を放つ環状魔法陣が発生していた。

 間を置かず、その光の中から、二人の人物が現れた。

 一人は、さらりとした栗色の髪を背中を覆うほどまで伸ばした、十代半ばに見える少女だった。

 楚々とした美しい顔立ちをしているが、どことなく表情が乏しく、温かみに欠ける印象を受けた。

 身長は百六十センチをいくらか上回るくらいだろう。

 青を基調とした、体にぴったりと密着するボディースーツを身につけている。

 体のラインが、はっきりと見てとれた。全身の肉が、蠱惑的な起伏と曲面を形作っている。

 両手に、刀身が何らかのエネルギーで形成された光剣を携えていた。

 近接戦闘型の戦士であるらしい。

 もう一人は、髪をショートカットにしていた。やや不揃いで跳ねが目立つ、大味な髪型だ。

 顔立ちは光剣の少女とよく似ており、非常に整っている。

 身長も同程度であるが、体型には大きな違いがあった。

 胸や尻に、女性的な膨らみが存在しないのだ。

 では、男のように角張った体つきかというと、それもまた違う。

 中性的──

 そうとしか表現できない、ほっそりとした体つきだった。

 光剣を持つ少女の、双子の兄か弟という風にも見えるし、姉妹であるようにも見えた。

 この人物は、武器らしき物を何も所持していなかった。

 何を仕掛けてくるか、わからないところがある。

 戦闘機人No.12、瞬殺の双剣士、ディード

 戦闘機人No.8、閃光の術士、オットー

 アレクサンダーとセプテムには知りようもないが、それが彼らの名だった。

 ディードとオットーは、無機質な瞳でアレクサンダーとセプテムを見上げている。

 細い、鉄の棒のような視線だった。

 明確な、しかし無感情な敵意が感じられた。

 

「これはまた上物が出てきたな。噂の戦闘機人か?」

「油断しちゃダメだよ。たった二人で僕らを潰しに来てるんだから」

 

 喜びを隠そうともしないセプテムに、アレクサンダーは注意をうながした。

 空戦AAA、空戦AAA+

 それぞれ、アレクサンダーとセプテムが管理局から受けている、魔導師としての格付けだ。

 管理局の魔導師の上位数パーセントに位置する、エース級の魔導師という評価である。

 並の相手に遅れをとることは、まずないと言える。

 しかし、今、アレクサンダーとセプテムが対峙している相手は、管理局に正面から戦争をふっかけた連中の一員なのだ。

 並以上の存在であることは間違いない。

 アレクサンダーは、右手に持った杖を構え、その先をディードとオットーに向けた。

 ディードは双剣を体の前で交差させるように構え、オットーは両手をダラリと垂らしたまま佇んでいる。

 セプテムは、アレクサンダーの隣で杖から魔力刃を伸ばし、興奮から呼吸を震わせていた。

 現在、互いの距離は、八百メートル強。

 遠距離型のアレクサンダーにとっては、得意な間合いである。

 その間合いのまま、誰も動かない。

 静寂があった。

 その静寂の中で、アレクサンダーは、これからどう戦うかをシミュレートしている。

 自分の相手はオットーであろう。そう、アレクサンダーは考えている。

 双剣を構えるディードは、明らかに前衛型だ。

 ならば、オットーが後方からの支援を担当するのであろう。

 至極単純な予想だが、相手の情報が少なすぎるため、これ以上に確度の高い予想はできない。

 もちろん、いかにも近接戦闘型であるかのように剣を構えるディードの姿が、こちらを騙すためのフェイクである可能性もある。

 そういった諸々の可能性を考慮した上で、ディードを前衛、オットーを後衛と考えて行動する。

 まずは前衛同士、セプテムとディードがぶつかる事になるだろう。

 一対一なら、セプテムが負けるということは、まずありえない。

 なので、アレクサンダーのひとまずの仕事は、オットーにセプテムを攻撃させないことだ。

 オットーは、ディードを片付け終わったセプテムと一緒に、二対一で倒せばよい。

 もちろん、可能ならば、セプテムがディードを落とす前に、アレクサンダー独りの力でオットーを倒してしまってもよい。

 とにかく、敵の分断を最優先に行動する。

 と、アレクサンダーが以上のような思考を走らせた時、状況が動いた。

 

「ゆく……」

 

 そう、ボソリと呟いたセプテムが、敵に向かって真っ直ぐに加速したのだ。

 それに呼応するようにディードが飛翔し、セプテムに向かって、やはり真っ直ぐに突き進む。

 間を置かず、アレクサンダーは、オットーを狙って射撃魔法を発動した。

 杖の先に、七つの環状魔法陣が展開し、そこから魔力弾が次々と放たれる。

 フォトンバレット・アヴェンジャー。

 アレクサンダーが最も得意とする魔法だ。

 付加作用のない直進型魔力弾を連射するだけの、シンプルな射撃魔法である。

 ただ、その連射速度が凄まじい。

 一分間におよそ四千発──毎秒六十発以上の魔力弾を放つことができる魔法なのだ。

 一〜二秒のバースト射撃でも、装甲車を鉄のミンチに変え、トーチカを沈黙させることができる攻撃である。

 それで、オットーを狙った。

 オットーは、滑るような動きでアレクサンダーの射撃を交わし、立ち並ぶビルの影に姿を隠した。

 これでは、直接オットーを狙うことができない。

 アレクサンダーの脳裡に、二つの選択肢が浮かんだ。

 ディードに狙いを変え、セプテムを援護するか。

 それとも、ビルの裏へ逃げたオットーを抑えるか。

 逡巡は一瞬だった。

 狙いは、変えない。

 アレクサンダーは無造作に杖を構えると、どこを狙うでもなく一発の魔力弾を射出した。

 その弾は空中で炸裂し、ギラギラと光る粒子を周囲にばらまいた。

 アレクサンダーが撃ったのは、チャフ・フレア弾である。

 レーダーやサーチャー(探査光球)を撹乱する作用のある粒子を、周囲にばらまいたのだ。

 これで、ビルの影にいるオットーは、サーチャーを介してアレクサンダーやセプテムの位置を確認できない。

 当然、誘導弾などを使って、隠れたままこちらに攻撃を加えることもできない。

 アレクサンダーは、セプテムとディードに視線を向けた。

 激しく剣戟が繰り広げられているが、押しているのはセプテムの方だ。

 技術は互角に近いようだが、セプテムの方がより強い膂力を持っているために、そうなっているらしかった。

 そのことを確認したアレクサンダーは、オットーを追ってビルの反対側に回り込もうとした。

 その時、緑色の光が閃いた。

 ビルの壁面の一部が爆発し、そこから、一筋の熱線が奔ったのだ。

 レイストーム。

 オットーによる攻撃だった。

 狙いは、アレクサンダーではない。

 熱線は、ディードと戦っていたセプテムを狙撃した。

 正確には、ディードの強引な蹴りによって弾き飛ばされたセプテムに向かっていた。

 馬鹿な!?

 アレクサンダーは、驚愕した。

 なぜ、サーチャーが使用不可能な状況で、ビルを貫通しての狙撃などということができるのか──

 そんな思いに囚われ、動きを止めたアレクサンダーを他所に、状況は激変していく。

 セプテムは咄嗟に魔力障壁を展開し、オットーの狙撃を防いでいた。

 だが、それによって体勢を大きく崩してもいた。

 そして、セプテムの前にいるディードは、このような隙を見逃すほど甘い相手ではない。

 一気に間合いを詰め、光剣を振るった。

 

「づぁああ!?」

 

 セプテムが、短く悲鳴を上げた。

 真っ赤な血飛沫があがった。

 左腕が、ディードによって切り落とされたのだ。

 肘から先が、自由落下を始める。

 

「やったな……」

 

 血飛沫を目眩ましにして強引に距離をとったセプテムが、ギリギリと歯を食いしばりながら呻いた。

 その顔に浮かんでいるのは、苦悶の表情ではない。

 唇が捲れあがった、手負いの獣の相だった。

 

「かぁああああああああっ!」

 

 セプテムは叫んだ。

 叫びながら、巨大な魔力刃を発する杖を片手で振りかぶり、ディードへと斬りかかった。

 ディードは、セプテムの力任せな斬擊を捌きながら、下方へと逃げた。

 そのまま、二人はもつれ合うように剣を交わしながら、一棟のビルの窓へと突っ込んだ。

 次の瞬間、二人が入り込んだビルが、光の檻に囲まれた。

 プリズナーボクス。

 オットーが作り出した、捕縛結界だった。

 重症のセプテムが、アレクサンダーから完全に分断された形となった。

 

 Ⅸ

 

 そこからは、早かった。

 セプテムと分断されたアレクサンダーは、オットーの牽制射撃によって足止めされ、セプテムを助けにいけないまま、空中で数分間を浪費した。

 そして、その数分が過ぎた時、捕縛結界の中からディードが戻ってきた。

 糞──

 アレクサンダーは毒づいた。

 セプテムが仕留められたことを悟ったからだ。

 二対一。

 戦いは一方的なものとなった。

 二分、持たなかった。

 もとよりアレクサンダーは、火力支援を専門とする魔導師であり、直接戦闘は得意ではなかった。

 ディードの剣閃に追い詰められ、オットーが放つ熱線の直撃を受けた。

 アレクサンダーは、半ば墜落するような形で、高層ビルの窓へと突っ込んだ。

 会議室らしき部屋に転がりこんだアレクサンダーは、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。

 ただ、焦点の定まらない眼を虚空に向け、口をダラリと開けたまま、不規則な呼吸だけを繰り返している。

 その手に杖はなく、ガラスにまみれた体からはバリアジャケットが消失していた。

 体中に傷を負い、血を滲ませていた。

 そんなアレクサンダーの傍らに、トドメを刺すために追ってきたらしいディードが降り立った。

 ゆっくりと光剣を持ち上げるディード。

 その刃が、いよいよ振り下ろされるかというタイミングで、静止した。

 そのまま、数秒が過ぎた。

 どういうわけか、ディードは何もせずに刃を納めた。

 そして、興味がなくなったかのようにアレクサンダーに背を向ける。

 その瞬間、意識を失っていたように見えたアレクサンダーの表情が、一変した。

 呆けたような顔から、すぅ、と温度が消え、作り物染みた不気味な顔になった。

 いつの間にか、腰の鞘から、音も無くナイフを引き抜いていた。

 意識を失ったかのような姿は、油断を誘うための擬態だったのだ。

 凝、とアレクサンダーは眼球だけを動かし、ディードの背を、蛇のような眼で睨んでいる。

 気配を殺し、ディードがビルから飛び立つ瞬間に、不意打ちで首を掻ききろうとしているのだ。

 コツ、コツ、とディードが割れた窓へと歩を進める。

 そして、今にも飛び立つかに見えた時、アレクサンダーはがばりと跳ね起き、ディードの背に襲いかかろうとした。

 同時に、アレクサンダーは視界の端に、一つの危険を捉えた。

 アレクサンダーとディードがいるビルとは別のビルの屋上に立ち、持ち上げた右手をこちらに向けているオットーの姿だ。

 しまった──

 そう思ったのと同時に、オットーの掌から熱線が放たれた。

 綺麗に、アレクサンダーの眉間を狙っていた。

 咄嗟にナイフへ魔力を通し、受けた。

 熱線そのものは、それでどうにか防げた。

 だが──

 

「づぁああああああぁ!?」

 

 と、アレクサンダーは悲鳴をあげることになった。

 熱線を受け止めたために融解し、液体となったナイフの刃の一部が、ばしゃりとアレクサンダーの額にかかったのだ。

 

「ぐあううううううう!」

 

 アレクサンダーは獣のような叫びをあげながら、のたうちまわった。

 じゅうじゅうという、自分の額が焼ける音を聞いていた。

 皮膚が炭化していく、嫌な臭いを嗅いでいた。

 そんなアレクサンダーの鳩尾を、どん、と重い衝撃が襲った。

 がはぁ、とアレクサンダーは空気の塊を吐き出し、声にならない悲鳴をあげた。

 ディードが、アレクサンダーの腹を踵で踏みつけたのだ。

 その美しい顔に無機的な表情を張り付かせ、悶え苦しむアレクサンダーを見下ろしていた。

 一拍の間の後、アレクサンダーの腹に突き刺さっていた踵が持ち上がり、頭の上へと移動した。

 ごす、とアレクサンダー顔面が、ディードの右足に凄い力で踏み抜かれた。

 それを最後に、アレクサンダーの意識は闇に沈んだのだった。

 

 Ⅹ

 

「こんな感じに、糞ったれのバケモノ……戦闘機人にぶちのめされちゃってさ。

 目が覚めた時には、一時間くらい経ってたかな。急いでセプテムを探しに行ったんだけど、見つけた時にはもう死んでたよ。

 失血死だね。左腕だけじゃなく、右腕まで斬り落とされてた。でもまぁ、悪くない死に顔だったかな」

「そんなことが……」

 

 あっけらかんとした口調で、自らの凄惨な敗北と上司の死を語ったアレクサンダーに、ミカヤは言葉を失った。

 しかし、アレクサンダーはミカヤの態度を気にした様子もない。

 何杯目かのブランデーを飲み干し、アイスクリームを口に運びながら、言葉を続ける。

 

「あいつらも、わけわかんないんだよね。どういうわけか、僕の額もセプテムの腕も、一通りの応急処置がされてたんだよ。

 人殺しになりたくないなら、テロなんて起こすなって話だよね。ま、機械人形の思考回路が人間と同じわけないんだけどさ。

 とにかく、そんな目にあったもんだから、もう戦場に出るのが嫌になってね。それで、管理局を辞めちゃったの」

 

 そう言うと、アレクサンダーはミカヤから視線を外し、頭に巻いているヘアバンドをするりと撫でた。

 その下にある、醜く巨大な傷を思い出し、ミカヤは震えるように息を吐いた。

 そして、尋ねた。

 

「それで、プロレスに?」

「……まぁ、うん。僕、戦うことしか知らなかったから、管理局以外じゃプロレスぐらいしかやれる仕事なかったし」

 

 ミカヤの問いに対し、アレクサンダーは言い淀み、どこかはっきりしない口調で返した。

 嘘をついているな。

 そう考えながら、ミカヤはアレクサンダーの分厚い体を眺めた。

 他になかったから──

 そんな消極的な理由でプロレスラーになった人間が、二年かそこらでこれほど見事に肉体を鍛えられるわけがない。

 プロレスでなければならない理由があったはずだ。

 誤魔化したということは、語りたくない事情があるのだろう。

 しかし、それでも、この期に及んで隠し立てするのは、ある種の不義理ではないだろうか。

 そう思いながら、ミカヤは少し高い声でアレクサンダーに言った。

 

「他にやれることがなくて始めたプロレスのために、君は命すらかかった闘いをやったのかい?」

 

 十七日前にアレクサンダーが行った、天瞳流への道場破り。

 あれは、命がけというのは大げさにしても、失敗すればただで済まなかったことは間違いない。

 消去法で選んだ仕事のために、そんな危ない橋を渡れるわけがないだろう?

 ミカヤの質問は、言外にそういった皮肉を含んでいる。

 しかし、アレクサンダーはミカヤの皮肉に気づかなかったのか、思いのほか素直な声で答えた。

 

「うん。僕は、プロレスが好きだからね。体を張ってお客さんを沸かせるのが、僕は好きなんだ。

 極まってない関節技で悲鳴をあげてみたり、肉が千切れるような打撃に効いてないフリをしてみたり……

 自分の体で人を楽しませて、声や視線を浴びるのが、好きなんだ。

 そういう、好きでやってる仕事を舐められたらムカつくってのは、わかるでしょ? だから、闘えたんだよ。

 そう……かなり恥ずかしい言い方だけど、僕は、仕事に誇りを持ちたいんだよ。

 僕は、誇りのために、天瞳流に乗り込んで、ミカヤちゃんの脚を折ったんだ」

 

 そんなことを、アレクサンダーは言った。

 肩透かしを食らったような気分になりながらも、そうか、とミカヤは納得した。

 誇り。

 そういうことを、この男も考えるのか。

 アレクサンダーがなぜプロレスラーになったのかはわからないが、自分と闘った理由はわかった。

 誇りのため。

 それならば、よいのではないか。

 アレクサンダーが隠す、プロレスラーになった本当の理由が気にならないといえば、嘘になる。

 だが、自分に挑んだ事には、単なる仕事以上の理由と感情があったのだと、アレクサンダーの口から直接聞けたのだ。

 それだけでも、今日、ここに来た意味があった。

 そう思いながら、ミカヤはアレクサンダーの全身を見つめた。

 この惚れ惚れとするような巨体は、糞以下の立場から、紆余曲折を経て生まれたという。

 アレクサンダーがどう思っているかはわからないが、ミカヤから見れば、凄まじい這い上がりっぷりである。

 誰にでもできることではない。

 才能。

 運。

 そういう、努力ではどうしようもない物にも、頼らなければならない。

 ひょっとしたら、自分にも、それらがあるのだろうか。

 もし、あるなら、アレクサンダーのように這い上がることを目指してみるのも、よいかもしれない。

 這い上がるとは、つまり、武の道をゆくということだ。

 ()()()となった自分が、武道家として上を目指す。

 そんなことを考えた途端、ドクリと、ミカヤの心臓が跳ねた。

 気づくとミカヤは杖を取り、勢いよく立ち上がっていた。

 アレクサンダーが、驚いた顔で尋ねてくる。

 

「ミカヤちゃん、帰るの?」

「あ……うん、そろそろお暇させていただくよ」

「そっか」

「うん。アレクちゃん、今日はありがとう」

「うん。またね、ミカヤちゃん」

 

 ミカヤはアレクサンダーにぺこりと頭を下げると、背を向けて歩き出した。

 そして、かち、かち、と、一歩ずつ階段をのぼり始めた。

 




 Q.なんでディードはトドメを刺さなかったの?
 A.天使だからです。

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