巨獣のセレナーデ   作:セミドレス

13 / 15
 第七章 師弟 前編

 

 Ⅰ

 

 アレクサンダー・ダイナは、その巨体をベッドの上に横たえ、天井を眺めている。

 陽の光に何十年も曝されて色の褪せた、木製の天井である。

 自室の天井だ。

 クラナガン南部地区にあるアパートの一室だった。

 単身者向けの賃貸住宅といえば、この程度であろうという、広くも狭くもない部屋だ。

 ただ、造られてから相当な年月が経っているらしく、旧さと傷みの目立つ部屋だった。

 元は純白であったらしい壁紙が、クリーム色に変色している。

 部屋の一角にある備え付けのキッチンは、ステンレスの部品に薄く錆が浮いている。

 ベランダへと続く引き戸のサッシは、所々ペンキが剥げ、アルミニウムの地金が剥き出しになっている。

 三十年、あるいはそれ以上の年月、湿気やら紫外線やらに痛めつけられているらしい部屋である。

 薄暗かった。

 部屋の中を照らすのは、締め切られたカーテン越しに外から差し込む光だけだ。

 そんな部屋で、アレクサンダーは、ぼんやりと何をするでもなく天井を見つめているのだ。

 黒いトランクスだけを身につけた、半裸姿である。

 乱れた前髪の合間から、額の醜い傷跡が覗いていた。

 目の下に、うっすらと隈が染みついている。

 もう何日も、あまり眠れない状態が続いているらしい。

 肌もどことなく荒れており、体調の悪さが窺えた。

 不意に、はぁぁ、とアレクサンダーが深いため息をついた。

 その時、やけに白い前歯が覗いた。

 インプラント手術で埋め込んだ、セラミック製の義歯である。

 アインハルトに前歯を全てへし折られてから、三週間以上が経っていた。

 昨日、裁判が終わった。

 傷害事件。

 アインハルトとの闘いは、そういうことになった。

 あの夜、天瞳流の剣士達を撃ったことは不問となったが、まだ十歳のアインハルトに大怪我をさせたことに関しては、そうもいかなかった。

 アレクサンダーに言い渡された刑罰は、一年間の社会奉仕である。

 これは、アレクサンダーがしでかした事を考えれば、非常に軽い罰だった。

 数年間の懲役刑、執行猶予はおそらく付かないだろう──

 裁判が始まる前、弁護士からはそう言われていたのだ。

 それが、たった一年間の社会奉仕という判決となった。

 被害者であるはずのアインハルトが、捜査段階から、一貫してアレクサンダーの無罪を主張し続けたからだ。

 あの闘いは尋常の立ち合いであり、関わった者が罰を受けるべき事柄ではない――

 鼻骨と左右の頬骨を潰された顔面を医療用の覆面で覆ったアインハルトは、裁判の席ですらそのように主張したのだ。

 奇妙な構図だった。

 アインハルトもその家族も、法の力でアレクサンダーに復讐しようだとか、示談金をせしめようだとかいう事は、欠片も考えていないらしかった。

 しかし、いくらアインハルトがアレクサンダーの無罪を訴えようとも、私闘の結果として子供が重傷を負っているのだ。

 ミッドチルダの、ひいては次元世界の秩序を司る管理局としては、見過ごすわけにはいかない。

 その結果として、アレクサンダーは一年間の社会奉仕──管理局での就労を義務付けられたのだ。

 近いうちに、局の方からどこそこの部署へ行けという通達が来るらしい。

 アレクサンダーは元局員で、それも高ランクの空戦魔導師だった。

 さすがに紛争地域の前線に送られるという事はないだろうが、それなりに荒っぽい現場へ配属されることだろう。

 それは、嬉しいことではないが、別に構わない。

 アレクサンダーにとっての問題は、前科が付いたという、その一点のみである。

 子供に大怪我をさせた犯罪者というイメージが、これからアレクサンダーにはついてまわる事になる。

 そのような人間が、プロレスというショービジネスの現場に復帰することができるのか。

 そもそも、まっとうな職業に就くことができるのか。

 不安を超えた、恐怖に近い感情が、アレクサンダーの中にある。

 その恐怖と共に、申し訳ないという思いもある。

 所属している中央プロレスと、ミッドチルダのプロレス業界に対してだ。

 アレクサンダーが起こした事件がメディアで大きく取り上げられたという話は、まだ聞いていない。

 しかし、何かのきっかけで、プロレスラーが子供相手に傷害事件を起こしたと社会に広まれば、会社と業界のイメージダウンは避けられない。

 それ以外にも、会社には多くの迷惑をかけた。

 それで、申し訳ないと思う。

 師匠であり、タッグパートナーでもあるカール・ダンクに対してもだ。

 せっかく二人で巻いたタッグ王座のベルトは、一度も防衛戦をやることなく返上することになった。

 どうしてこうなったのか。

 誰かのせいにするなら、姿形を偽って闘いを挑んできたアインハルトが悪いと言えなくもない。

 しかし、アレクサンダーはアインハルトを恨むことができなかった。

 庇ってくれたことに対して恩を感じてもいるし、アインハルトが深い事情を抱えて自分に闘いを挑んだような気がするからでもある。

 まだ十歳の少女が、覇王流という戦闘システムを、あれほど高いレベルで身につけていたのだ。

 はっきり言えば、異常な子供である。

 アインハルトは、どれほど過酷な鍛錬を自らに課してきたのか──

 そして、どのような理由から、そのような道を歩んでいるのか──

 具体的なことは何もわからない。

 ただ、アインハルトが、なにか過酷な運命の中にいるような気がするのだ。かつての自分と同じように。

 それで、アレクサンダーはアインハルトを恨むことができないのだ。

 アレクサンダーは、また深いため息をついた。

 寝不足の頭でものを考えることに、軽い疲れを覚えたのだ。

 壁に掛けてある時計に目を向ける。

 午前九時七分。

 まだ、一日は始まったばかりだ。

 アレクサンダーは、むくりと上半身をベッドの上で起こした。

 同時に、部屋の隅で充電器に繋がれていた携帯通信端末が、電子音を発した。

 ベッドを降り、通信端末を手に取るアレクサンダー。

 会社からの電話だった。

 アレクサンダーは、緊張した面持ちで通話ボタンを押した。

 

「はい、ダイナです。はい、大丈夫です。はい……わかりました」

 

 短いやりとりを終えたアレクサンダーは、通信端末をベッドの上に放り投げた。

 今日の昼、事務所に顔を出せ──

 そういう内容だった。

 アレクサンダーは、祈るように天井を見上げた。

 

 Ⅱ

 

 中央プロレスの事務所は、クラナガン市街地に立つ高層ビルの中にある。

 背広組と呼ばれる社員が詰める、そこそこの広さを持ったオフィスだ。

 机がずらりと並び、壁際にはスチール製の書類棚がいくつも設置されている。

 部屋の数ヶ所に掲げられたホワイトボードには、今後の予定や最近の売り上げに関するデータがびっしりと書き込まれていた。

 ティーシャツやらタオルやらといった、ファン向けグッズのサンプルが入った段ボール箱が、いくつか床に転がっている。

 忙しく、人手が不足している職場であるらしい。

 その一画に、衝立(ついたて)によって周囲から仕切られた空間があった。

 空間の中心には、小ぶりな木製のテーブルがあり、それを挟むようにクッションの厚いソファーが置かれていた。

 簡易な応接間である。

 ダークグレーの地味なスーツに身を包んだアレクサンダーは、指先が震えるほどの緊張に包まれながら、その応接間に足を踏み入れた。

 中には、二人の人間がいた。

 一人は、体つきがゴツい、スキンヘッドの中年男性だ。黒いズボンを穿き、ティーシャツの上から革のジャケットを羽織っていた。

 もう一人は、背が高く、黒髪を膝に届きそうなほど長く伸ばした女だった。真っ白な道着と袴に身を包んでいた。

 カール・ダンクとミカヤ・シェベルである。

 カールはソファーにどっしりと座り、ミカヤは応接間の隅に、杖を持って立っていた。

 

「来たか、アレク。調子は、かなり悪そうだな」 

 

 カールが、ソファーに座ったまま言った。

 その声音や、アレクサンダーを見るドングリ眼に、心配するような色が含まれていた。

 

「おはようございます、カールさん。どうも、ノイローゼ気味で……」

 

 アレクサンダーは、自嘲するようにそう言いながら、チラリとミカヤに視線を向けた。

 

「やぁ、アレクちゃん」

 

 ミカヤは片手をあげながら微笑した。

 親しげな態度の中に、どことなくアレクサンダーのことを気遣っているような雰囲気があった。

 それに対し、アレクサンダーは軽く頭を下げて返した。

 なぜ、ミカヤがここにいるのか──

 気にはなったが、尋ねなかった。

 アレクサンダーは、カールの正面、テーブルを挟んで反対側のソファーに腰をおろした。百四十キロの体重に、クッションが深々と沈み込んだ。

 カールが、一冊のファイルをパサリとテーブルに置いた。

 

「これは?」

「見てみろ」

「はい」

 

 カールの言葉に頷きながら、アレクサンダーはファイルを開いた。

 

『若手レスラー、恐怖の腕折り関節技(サブミッション)

 

 そんな見出しが、目に飛び込んできた。

 雑誌のページを切り取ったものに見えた。

 

「これ……」

 

 読み進めていくうちに、アレクサンダーが震える声を漏らした。

 ファイルに綴じられた記事には、ミカヤの道場破りに端を発する中央プロレスと天瞳流との抗争の詳細が、ほぼ正確に記されていた。

 当然ながら、抗争の中心に立っていたアレクサンダーについては、アインハルトとの一件も含め、かなり詳しく解説されている。

 アレクサンダーは、強い吐き気と目眩に襲われた。

 自分の犯罪が、世間に対し、広く知らしめられたのだ。

 終わった──

 そう思った。

 

「三日後に発売される週刊誌に、この記事が掲載される予定だ。まぁ、昨日の判決を受けて、内容に多少の変化はあるかもしれんがな」

 

 カールがそんなことを言ったが、記事を見つめ続けるアレクサンダーは、その内容をほとんど聞き取れなかった。

 ただ、真っ青な顔をあげ、カールに尋ねた。

 

「僕……クビ、ですか……」

 

 自分は、会社どころか業界からも追放されるのだろう──

 何人もの人間を後遺症が残るように潰していることや、子供に大怪我をさせたことが世間にばれたのだ。

 そのような人間を放置していると、会社にも業界にも、大変なマイナスイメージが付いてしまうだろうからだ。

 アレクサンダーは、血が滲むほど強く唇を噛んだ。

 だというのにカールは、

 

「クビ? お前はなにを言っているんだ?」

 

 と、奇天烈なものを見るような眼差しをアレクサンダーに向けた。

 

「だって、僕がやってきたこと、こんなに詳しくすっぱ抜かれちゃったら……」

 

 アレクサンダーは、俯きながら、不明瞭な口調で言った。

 それに、カールが頭のてっぺんをぼりぼりと掻きながら応えた。

 

「馬鹿、すっぱ抜かれたんじゃねぇよ、その記事は会社(うち)が書かせたんだよ」

「え……?」

 

 ぽかんと口を開けるアレクサンダーに対して、カールは苦笑しながら説明を始めた。

 

「よく考えてみろ、アレク。天瞳流といやぁ、ミッドにある剣術流派の中じゃ、そこそこ規模が大きい」

「はい」

「そんな流派の師範クラスを何人も倒してる男がいる。こりゃ、プロレスにとっちゃ美味しい人材だぜ」

「美味しい、ですか?」

「ああ、美味しい。わかるだろう? 誰も、その男の強さに疑いを持たねえだろうからな」

「…………」

 

 カールの言葉に、アレクサンダーは押し黙った。

 言っていることはわかるのだ。

 プロレスが持つ、ショーという属性──

 プロレスの試合は、勝ち負けを競うものではない。

 プロレスの試合とは、打ち合わせしておいた内容に沿って、闘いを演じるものである。

 真剣勝負(セメント)ではないのだ。

 故に、プロレスに向けられる視線には、常にある疑問が含まれることになる。

 プロレスラーは、本当に強いのか?

 そういう疑問である。

 もし、プロレスラーの中に、誰もがその強さを認める人間がいれば、その疑問に容易く答えられる。

 それをカールは、美味しいと表現したのだ。

 そして、その美味しい人材であるアレクサンダーを、会社は手放さないと言いたいのだろう。

 しかし、アレクサンダーは、それを信じることができなかった。

 なぜなら──

 

「いくら僕が凄いと思われても、子供相手に傷害事件起こしてるんですよ? 印象、最悪ですよ?」

「大丈夫だよ。この記事を読んで、お前を悪人だと思う奴は滅多にいねぇさ。そういう風に書かせたからな」

 

 カールの言葉を受け、アレクサンダーは、もう一度、記事に目を通した。

 確かに、最初の道場破り以外の天瞳流との闘いは、正当防衛に近いものであったという風に書かれている。

 アインハルトに大怪我を負わせた件についても、アインハルトが姿を偽っていたために発生した、避けるのが非常に難しい過失だったとされている。

 確かに、カールが言うとおり、この記事はアレクサンダーを糾弾するものではない。

 むしろ、擁護するために書かれたものだ。

 この記事そのものは、アレクサンダーというプロレスラーのブランドに、致命傷を与えるものではないかもしれない。

 しかし、そのことを認識してなお、アレクサンダーの表情は晴れなかった。

 

「これが雑誌に載ったら、天瞳流がなにか言ってくるんじゃないですか?」

 

 アレクサンダーは、不安の滲む声で言った。

 アレクサンダーは天瞳流との闘いの中で、不意打ちや騙し討ちに何度も頼っている。

 そのことを指摘されると、週刊誌でいくら擁護されていても、アレクサンダーのことを卑劣な男だと考える人間が多く現れるだろう。

 そうなれば、アレクサンダーの所属を許すことが、中央プロレスにダメージを与えるのではないか──

 この不安には、カールではなくミカヤが答えた。

 それまで応接間の隅に黙って立っていたミカヤが、

 

「自分たちが負けたのは、アレクちゃんが正々堂々と闘わなかったからだ……なんてみっともないことを言う人間、天瞳流にはいないよ」

 

 と、笑いながら言ったのだ。

 しかし、アレクサンダーは、疑いの籠もった視線をミカヤに向けるのみだった。

 精神状態がネガティブな方へ傾き過ぎて、自分に有利な情報を信じられなくなっているらしい。

 ミカヤは、苦笑しながらアレクサンダーの傍らへと歩み寄った。

 そして、アレクサンダーが持つファイルを覗き込みながら、

 

「アレクちゃん、ページの左下を見てみなよ」

 

 と言った。

 そこには『文責 ミカヤ・シェベル』の文字があり、記事のいくつかの部分を指定する注釈が添えてあった。

 アレクサンダーは驚愕した。

 なにせ、アレクサンダーに対する擁護の内容を、天瞳流側の人間であるミカヤが保証しているのだ。

 アレクサンダーは、弾かれたようにミカヤの顔を見上げた。

 

「ミカヤちゃん、これって!?」

 

 ミカヤは、得意気な表情をしていた。

 アレクサンダーは、わけがわからなかった。

 数呼吸分の間の後、

 

「ミカヤちゃん、これさ、ヤバいんじゃないの?」

 

 と、言うのがやっとだった。

 

「ヤバいって、なにがだい? アレクちゃん」

「だってこれ、裏切りじゃん。天瞳流ってさ、僕にしつこく付きまとうくらいには体面を気にする団体なわけだしさ……

 ミカヤちゃん、なにか危ないことされちゃうんじゃないの?」

 

 首をかしげるミカヤに、アレクサンダーはそう尋ねた。

 するとミカヤは、肩をすくめながら答えた。

 

「大丈夫だよ。天瞳流は、今、それどころじゃないからね」

「どういうこと?」

「今、天瞳流は割れそうになってるのさ。アレクちゃんのせいでね」

「割れる? それに僕のせいって?」

「アレクちゃんが、何人も師範格の人間を倒しちゃっただろう? それで、天瞳流の在り方に対する疑問が内部で膨らんでね。自流派を興して独立しようと動く人間が、何人も出てきてるのさ」

 

 ミカヤは複雑な表情をしていた。困っているようにも、楽しんでいるようにも見える表情だ。

 天瞳流の指導方針、あるいは技術的な方向性に疑問を持ち、門下生を引き抜いて天瞳流から離れようとする人間が複数現れた──

 そういうことであるらしい。

 

「なあ、アレク……」

 

 カールが、ゆっくりとアレクサンダーに声をかけた。

 

「聞いた通り、天瞳流のことは気にしなくていい」

 

 アレクサンダーはミカヤから視線を外し、カールと目を合わせた。

 

「大丈夫だよ。会社(うち)は、お前を手放したりはしねぇさ」

 

 カールの唇に、思いのほか優しい笑みをつくっていた。

 

「身長二メートル、体重百四十キロ。まだ十六のガキだってのに、お前はこれほどの体格を持ってる。天才だよ。身長や、筋肉が付きやすい骨格ってのは、努力じゃ手に入らねぇ。それを持ってるお前を手放すほど、中央プロレスは馬鹿な団体じゃねぇよ」

「カールさん……」

「一年間、管理局で適当に過ごしたら、必ず帰ってこい」

「はい……ありがとうございます」

 

 アレクサンダーは立ち上がり、カールに頭を下げた。

 その顔に、安堵の表情が浮かんでいた。

 そこへ、傍らに立っていたミカヤが口を挟んだ。

 

「安心できたようだね、アレクちゃん」

「うん。ミカヤちゃんの文責のおかげでもあるよ。ありがとう」

「それはよかった。なら、その代わりってわけでもないんだけど、一つ、頼みがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「うん。聞くだけなら、いくらでも聞くよ」

 

 アレクサンダーがそう答えると、突然、ミカヤは床に両膝をついた。

 そして、両手を前に出し、さらには額までも床につけた。

 土下座である。

 その姿勢のまま、言った。

 

「アレクサンダーさん、私をあなたの弟子にしてください」

「へ?」

 

 アレクサンダーは、ぽかんと口を開けた。

 ミカヤが何を言っているのか、すぐには理解できなかったのだ。

 そのまま、二つか三つ、呼吸ができるくらいの時間が過ぎてから、

 

「えぇええええええぇっ!?」

 

 と、叫んだ。

 

「ちょっと待ってよ、ミカヤちゃん!? とりあえず顔をあげて!」

 

 ミカヤは立ち上がり、血のように紅い二つの瞳で、アレクサンダーを真っ直ぐに見つめた。

 その真っ直ぐさに気圧されそうになりながら、アレクサンダーは、

 

「なんで?」

 

 と、短く尋ねた。

 ミカヤはそれに対し、淀みなく答えた。

 

「もう一度、武術家として上を目指そうと思ってね。そのためには、アレクちゃんに弟子入りするのが一番だと思ったんだ。アレクちゃん、ビリー選手にセメントを仕掛けられた時、膝を蹴り潰されても勝っちゃったでしょ? ああいうことが出来るようになりたいんだ」

「いや、そういうことも確かにあったけど……」

 

 アレクサンダーは、困り果てた声を出した。

 確かにアレクサンダーは、プロレスの試合中に、突然、真剣勝負(セメント)を仕掛けられ、膝に重大なダメージを受けながらも勝利したことがある。

 しかし、その勝利は何らかの技術体系に裏打ちされたものではなく、身体能力とその場その場でのアドリブが上手くいった結果だった。

 膝がまともに動かない状態で他人を打ち負かす方法論など、アレクサンダーは持っていない。当然、教えることもできない。

 そもそも、剣士がプロレスラーから何かを学ぼうとすること自体が、チグハグな行いに思えるし、自分の膝を折った相手に弟子入りしようというのも、理解に苦しむ発想である。

 だというのに、ミカヤは杖を片手に真剣な表情で頼み込んでくるのだ。

 

「頼むよ。脚を折られた私は、普通の技術をいくら身につけたところで、現役復帰なんて無理なんだ。だけど、アレクちゃんから闘いを学べば、何かが変わる気がするんだ」

「そう言われても、僕、そういう経験あんまりないし…… それに、これから一年、管理局で働かなきゃいけないんだよ?」

「アレクちゃんの都合がつく限りでいいんだ。頼むよ!」

 

 必死なミカヤをどうすればいいのかわからず、アレクサンダーは、視線でカールに助けを求めた。

 しかし、

 

「お前の好きにしろ」

 

 と、素っ気なく返されてしまった。

 おそらく、ミカヤは文責を引き受ける代わりに、アレクサンダーへの弟子入りの直訴を黙認するよう、中央プロレスと交渉していたのだろう。

 アレクサンダーは頭を抱えた。

 そして、十数秒ほど思考を走らせた後、言った。

 

「わかったよ、ミカヤちゃんには借りができちゃったし……」

「本当かい!?」

 

 ミカヤが、ぱあぁ、と表情を明るくした。

 思わずドキリとしてしまうような、良い顔だった。

 そんなミカヤに、アレクサンダーは言った。

 

「けど、僕が知ってるのはプロレス式のシゴキだけだよ?

 それでも構わないっていうなら、ミカヤちゃんのトレーナーを引き受けてあげる」

「もちろんさ! ありがとう、アレクちゃん!」

 

 ミカヤは大げさに喜びながら、アレクサンダーの手を握った。

 ミカヤの体温は、子供のように高かった。

 手のひらの皮が、見かけに寄らず厚く堅いことに気づき、アレクサンダーは驚いた。

 その驚きを誤魔化すように、アレクサンダーはおどけた調子でミカヤに尋ねる。

 

「それじゃあミカヤちゃん、せっかくだし、弟子入りに際しての抱負をどうぞ」

「そんなの決まってるじゃないか」

 

 唇に刃のような笑みを浮かべながら、ミカヤは答えた。

 

「アレクちゃんを斬れるようになる、だよ」

 

 悪びれた様子を一切見せず、ミカヤは言い切った。

 冗談であるようには聞こえなかった。

 そういえば、こういう()()()女だったなぁ、ミカヤちゃんは──

 天瞳流で初めて相対した時、ミカヤがいかに厄介な相手だったかを、アレクサンダーは思い出していた。

 それでも、ミカヤのあつい手のひらを、嫌だと思うことができなかった。

 プロレスラー()剣士(弟子)──

 この日に誕生する、二つの奇妙な師弟関係の、片割れであった。

 




 昨日のViVid Strike!、なんかいろいろ凄かったですね〜
 ヴィヴィオが本当にかっこよくて痺れました。
 そしてリンネさんのメンタルの拗れがいよいよレッドゾーンな感じでハラハラ。
 ほんと、次回が気になる展開です。

 感想・指摘は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。