巨獣のセレナーデ   作:セミドレス

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 第二章 剣士 前編

 

 Ⅰ

 

 それにしても、大きな男だ。

 ミカヤ・シェベルは、目の前で胡座(あぐら)をかいている男を見下ろしながら、そう思った。

 アレクサンダー・ダイナ。

 それが男の名だ。

 とにかく、体が大きい。

 腰を下ろしているので正確なところはわからないが、身長は二メートルぐらいありそうだ。

 派手なピンク色のポロシャツを着ているのだが、その胸や腕の生地が、筋肉によってパンパンに引き伸ばされている。体重は百キロどころではないだろう。

 この大きな男、アレクサンダーがこの場所──天瞳流第四道場に現れたのは、ミカヤを()()()()()()──つまりは闘って倒すためらしい。

 つい先ほど、自分でそう口にしたのだ。

 およそ三ヶ月前、ミカヤは中央プロレスというプロレス団体に道場破りをしかけ、若手を一人、斬り伏せている。

 アレクサンダーはその中央プロレスの人間で、ミカヤに報復するために、この道場を訪れたというのだ。

 ミカヤは中央プロレスの道場での闘いを思い出す。

 自分と相手が、ほぼ同時に一撃を繰り出し合っただけの、短い闘いだった。

 ミカヤはその闘いに勝利したものの、鼻を蹴り潰された。

 鋭い飛び蹴りだった。

 ミカヤに負けた若手は、決して弱い男ではなかったはずだ。

 しかし、その若手もアレクサンダーに言わせれば『ひょろひょろの下っ端』らしい。

 面白い。

 ならば、このアレクサンダーはどれほど強いのか。

 試したい。

 ミカヤはその形の良い唇にに刃のような笑みを浮かべながら言った。

 

「ダイナさん、私との立ち合いをご所望ということですね?」

「え、いや、えっと……今から?」

「はい」

「……どうしよっかなぁー」

 

 アレクサンダーが嫌そうに顔をしかめた。

 目が宙を泳いでいる。

 焦っているのだ。

 この場には天瞳流第四道場に所属する七人の師範と師範代が勢ぞろいしている。

 師範格の合同稽古をしている時に、アレクサンダーは見学と称して現れたのだ。

 そして、たまたま見学に来ていたミカヤの友人を相手に口を滑らせて、天瞳流に対する宣戦布告とも言える言葉を口にしてしまったのだ。

 もともと、ミカヤとアレクサンダーは、合同稽古が終わった後に会うことになっていた。

 おそらく、アレクサンダーは一対一の情況で立ち合いを要求するつもりだったのだろう。

 それが、失言によってミカヤ以外の師範格の怒りまで買ってしまったために、動揺しているらしかった。

 

「あー、いいかな、ミカヤちゃん」

 

 アレクサンダーが口を開いた。

 ミカヤとは初対面であるにも関わらず、ファーストネームにちゃん付けだ。

 随分とフランクな性格らしい。

 

「確かに僕は君とやってこいって言われてるんだけど、流石に今からここでってのは無理だよ」

 

 そう言いながら、ぬう、と山のような肉体を立ち上がらせるアレクサンダー。

 作り笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

「別にミカヤちゃんを怖がってるわけじゃないよ?

 けど、ここって外からは見えない場所でしょ?

 それでそっちは七人……いや、八人もいるわけでさ、袋叩きにされたら嫌じゃん?

 あっ、ここの人がそんなことするって思ってるわけじゃないよ?

 けど万が一ってこともあるし……ね、わかるでしょ?」

 

 そんなことを早口に言いながら、アレクサンダーは後退(あとずさ)りして稽古場の出口の前に立った。

 ミカヤ達がそれらしい動きを見せれば、すぐに逃げ出すつもりなのだろう。

 大男が冷や汗を流しながらビクつく光景には、滑稽なものがあった。

 

「では、外の庭で立ち合うというのはどうでしょう?」

 

 ミカヤはそう提案した。

 逃げられるのはつまらない。

 そう思いながら、提案の意図を説明する。

 

「この道場は、それなりに人通りのある道沿いにあります。門を開ければ、庭が街道からよく見える状態になるので、あなたが心配するようなことは起きませんよ」

 

 ミカヤの言葉に、アレクサンダーは数秒ほど思案した後、頷いた。

 

「うん、いいね。そうしよう」

 

 そう言うが早いか、アレクサンダーは稽古場の引き戸を開けて、逃げるように稽古場の外に出てしまった。

 よほど道場の中にいたくなかったらしい。

 その動きを見送った後、ミカヤは後ろに立つ師範の一人に向き直った。

 小柄な初老の男性──この道場で最年長の師範だ。

 

「師範、よろしいでしょうか?」

 

 ミカヤがそう尋ねると、老師範は穏やかに微笑みながら言った。

 

「ええ、もちろん構いませんよ。天瞳流が逃げるわけにもいけませんしね。立ち合い人は……せっかくですから全員で見物させてもらいましょうか、すぐに終わるでしょうし」

「ありがとうございます」

 

 事後承諾の言葉を老師範から得たミカヤは、弾むような足取りで道場の庭へと向かった。

 

 Ⅱ

 

 ミカヤが他の師範たちと共に庭に出た時には、道場の正門が大きく開け放たれた状態になっていた。

 その開いた門を背負うようにアレクサンダーが立っている。

 ミカヤはその正面に、五メートル程度の距離を置いて立った。

 その左手には愛用の居合刀、晴嵐(セイラン)が握られ、その身には魔力装甲嵐鎧(ランガイ)を纏っている。

 既に臨戦態勢だ。

 対するアレクサンダーはポロシャツにスラックスという、稽古を見学していた時と同じ恰好で、肩から革製のバッグを下げている。

 戦う服装ではない。

 

「そのままで?」

「ちょっと着替えていい?」

 

 ミカヤの問いにアレクサンダーが質問で返す。

 それにミカヤが頷くと、アレクサンダーは服を脱ぎ始めた。

 ポロシャツを脱ぎ、スラックスを脱ぎ、革靴を脱ぎ、濃いグレーの靴下を脱いだ。

 脱いだものは全て、きちんと畳んでから足下に置いたバッグに詰め込んでいく。

 アレクサンダーは半裸になった。

 身につけているのは、スラックスの下に穿いていた黒いショートタイツと、額を隠すように着けているヘアバンドだけだ。

 その姿を見た天瞳流の師範たちが、ほぅ、とため息をついた。

 雄大な肉体だった。

 アレクサンダーが大量の筋肉を抱えていることは服越しにもわかっていたが、直に見ると、予想を上回る量感があった。

 腕も脚も、丸太のように太い。

 ガッシリとした腹回りは、酒樽の量感がある。

 そして、その腹が影に覆われるほどに、大胸筋が分厚く前にせり出している。

 とにかく大きい。おそろしく大きな肉体だ。

 体重は百三十五キロ……いや、百四十キロくらいあるだろう。

 おまけに、体のどこにも平面がないように見える。

 身体中の肉が、ぼこん、ぼこんと、煉瓦を埋め込んだように隆起しているのだ。

 束になった筋肉のうねりが、一目で見てとれる。

 しかし、ボディビルダーのような肉体かと言えば、まるで違う。

 筋肉と皮膚の間に、柔らかそうな脂肪が挟まっているからだ。

 アスリートの肉体としては、やや厚い脂肪の層が存在するのだ。

 食べて、鍛えて、寝る。

 それだけを、何も考えずに好きなだけやれば、このような肉体が生まれるのではないか。

 毎日毎日、好きな物を好きなだけ食って、やりたいトレーニングをぶっ倒れるまでやって、一度床についたら自然に目が覚めるまで眠り続ける。

 そういうふうにして、この肉体は造られたのではないか──

 アレクサンダーの巨体は、見る者にそんな感想を抱かせた。

 ミカヤや師範たちの驚きの視線に気付いたアレクサンダーが、ふふん、と得意気に笑った。

 そしてミカヤに向かって口を開く。

 

「ミカヤちゃん、ルールはどうしようか?」

「ルール?」

 

 アレクサンダーの言葉にミカヤが怪訝な表情を見せる。

 

「そ、ルール。一応、決めとかない?

 ミカヤちゃんも、いきなり目玉を擦られたりしたら嫌でしょ?

 やっちゃいけないこと、先に決めとこうよ」

 

 アレクサンダーは、そんなことを言い出した。

 ミカヤは失望を覚えた。

 なんと甘っちょろいことを言い出すのだこの男は。

 負ければ五体満足で帰ることはできない。

 道場破りとはそういうものだ。

 少なくとも、ミカヤはそう覚悟を決めて中央プロレスの道場に乗り込んだ。

 当然のことだ。

 道場破りを受ける側からすれば、その闘いには組織の、そこに属する者全員の名誉がかかっているのだから。

 それなのに、この大男ときたら。

 ミカヤは呆れながら返事をした。

 

「私からは何も要求しません」

「え? いいの? 僕、危険なこととか汚いことするかもよ?

 例えば受け身を取れないよう壁に向かって投げたりとか、あそこの花壇の土を拾って目潰しに使ったりとか」

 

 その程度か。

 ミカヤはそう思いながら返した。

 

「構いません」

「そう……ミカヤちゃん、こう言ってますけど、いいんですか?」

 

 アレクサンダーが、今度はミカヤの後方、道場の入口付近に並ぶ他の師範たちや赤毛の少女に向けて大声で言った。

 老師範が、全員の意思を代弁するように微笑みを返す。

 それを見たアレクサンダーが呟いた。

 

「いいんだ。じゃあ、始めよっか」

 

 Ⅲ

 

 ミカヤが抜刀居合の構えをとった。

 重心を軽く落とし、居合刀の鞘を左手で、柄を右手で握っている。

 アレクサンダーが間合いに入った瞬間、一太刀で勝負を決める。

 そんな気迫が見てとれた。

 対するアレクサンダーは、上体を前傾させ、左右の掌を緩く前に出している。

 クラウチングスタイル──組み技のための構えである。

 その巨体を覆うように、薄く光の粒が漂っていた。魔力による防護フィールドを展開しているからだ。

 双方、その状態で静止したまま動きを見せない。

 十秒が経ち、十五秒が経った。

 ミカヤは鋭い目でまっすぐにアレクサンダーを見据えている。

 アレクサンダーは口元に不敵な笑みを浮かべてミカヤを眺めている。

 高い位置にある太陽が、二人をジリジリと照らす。

 二十秒が経とうとした時、アレクサンダーが動いた。

 つぅ、と左に動いたのだ。

 ベタ足で、ゆっくりとだ。

 そのままミカヤを中心に、時計回りに(まわ)り始めた。

 それを追いかけるように、ミカヤもその場で体の向きを変えてアレクサンダーを正面に捉え続ける。

 

「ミカヤちゃん、天才なんだって?」

 

 アレクサンダーが動きながらミカヤに声をかけた。

 

「十六歳の若さで師範代って、天瞳流史上初だそうじゃない」

「それが何か?」

 

 ミカヤが短く応じた。

 するとアレクサンダーが笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「いやね、僕も同じなんだ。

 十四歳の時にプロレスラーとしてデビューしたんだけど、そんな歳でリングに上がったの、ウチじゃ僕が初めてでさ。

 いまだに業界最年少だよ。凄いでしょ?

 あ、そうそう、さっきから言おうと思ってたんだけど、僕とミカヤちゃん同い年だよ。僕も十六歳。

 敬語とか使わなくてもいいんじゃないかな」

「へぇ」

 

 ミカヤが驚いたような声を上げた。

 口元に、微かな笑みが浮かんでいた。

 

「年上だと思っていたよ。体が大きいからね」

 

 ミカヤが、砕けた調子で言い、

 

「じゃあ、これからはダイナちゃんと呼ばせてもらおうかな?」

 

 と、からかうようにそう付け足した。

 どうやらこれがミカヤの素の口調──性格であるらしい。

 

「はは、いいね、それ。けど、どうせならもっとフレンドリーに、アレクって呼んでよ」

「積極的だね。アレクちゃん、これでいいかな?」

「うん。ミカヤちゃんみたいな美人にそう呼ばれると、ドキドキしちゃう」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

 

 そんなやりとりを、笑みを浮かべながら交わした。

 この間も、アレクサンダーはミカヤを中心に廻り続け、ミカヤはその場で回ってアレクサンダーを追い続けていた。

 二人の距離が、僅かに縮んでいた。

 アレクサンダーは螺旋を描きながら、ゆっくりとミカヤに接近していたのだ。

 

「そういえばさ、ミカヤちゃんの師範代昇格って、やっぱりウチの道場に来たことが関係してるの?」

 

 アレクサンダーが尋ねた。

 ミカヤは頷きながら応じた。

 

「ああ、もちろんそうさ。実はね、あれが最終試験だったんだ」

「へぇ、そうだったの」

「怒ったかい?」

「まさか」

「悪いことをしたと思っているよ」

「別にいいよ」

「そうかい」

「うん」

 

 それっきり、二人は黙った。

 最初は五メートルあった二人の間の距離が、三メートルくらいまで縮んでいた。

 二人の間の空気が、息苦しいものに変質していた。

 しかし二人は動きそのものに変化はない。

 アレクサンダーが廻りながら近づく。

 ミカヤが回りながらそれを追う。

 廻りながら近づく。

 回りながら追う。

 近づく。

 追う。

 

「ひゃあっ!」

 

 突然、アレクサンダーが悲鳴を上げながら後方に飛び退いた。

 ミカヤの刀、晴嵐が抜かれていた。

 アレクサンダーがミカヤの抜刀居合の間合いに一瞬だけ足を踏み入れ、その直後、後ろに跳んだのだ。

 

「危ない危ない」

「上手に避けたね、アレクちゃん」

「練習、見てたからね」

「ずるいなぁ」

 

 軽口を叩きあう二人。

 ミカヤが、音も無く晴嵐を鞘に納めた。

 と、その時、アレクサンダーが額に巻いていたヘアバンドが、真ん中から千切れ、はらりと地面に落ちた。

 

「む……」

 

 ミカヤが小さく息を飲んだ。

 今までヘアバンドに隠されていたアレクサンダーの額が露わになったからだ。

 そこには、巨大な傷痕があったのだ。

 醜い傷痕だった。

 額の八割近くを、ボコボコとうねる、引き攣れた肉芽状の組織が覆っている。

 まるで、樹の幹にピンク色の塗料をぶちまけたかのようだ。

 そして、その肉の樹皮の中心から、どす黒い赤色の筋が、ガラスに入ったヒビのように幾重も走っていた。

 グロテスクな、間近で見れば吐き気を催すような傷痕である。

 どのようにすれば、これほどおぞましい傷を負うのか、想像もつかない。

 

「あー」

 

 傷を曝かれたアレクサンダーが、子供のような声を出した。

 

「気持ち悪いから、隠してたのに……」

 

 そう言って、いじけたように唇を尖らせるアレクサンダー。

 対するミカヤが、慰めるように口を開く。

 

「私は気にしないよ?」

「嘘ばっかり」

「嘘じゃないよ。どうでもいいことだからね」

「そっか、闘ってるんだもんね」

 

 アレクサンダーが口の端に笑みを浮かべ、再びクラウチングスタイルに構えた。

 ミカヤとアレクサンダーとの距離は、およそ四メートル。

 位置関係は最初と逆だ。

 ミカヤが門を背負い、アレクサンダーが道場に背を向けていた。

 その状態から、アレクサンダーが後ろに一歩退いた。

 ミカヤが、それに合わせるように一歩前に出た。

 アレクサンダーがまた退く。

 ミカヤが同じだけ前に出る。

 と、その瞬間、アレクサンダーがミカヤに背を向けて駆け出した。

 ミカヤは、その場から動かなかった。

 アレクサンダーは、すぐに立ち止まった。

 

「あれ!?」

 

 ミカヤに振り返りながら、アレクサンダーが驚いたような声を上げた。

 

「ミカヤちゃん、追いかけてこないの?」

「まさか。その手には乗らないよ」

 

 そう言っておきながら、直後、ミカヤはアレクサンダーに向かって踏み込んでいた。

 呼吸を読んだ、絶妙なタイミングの取り方だった。アレクサンダーは不意を突かれたよなものだ。

 踏み込みそのものも、疾い。

 一瞬で、二人の距離が縮まった。

 抜刀。

 金属光が煌めく。

 

「うわぁ!?」

 

 悲鳴をあげながらも、アレクサンダーは紙一重でその一閃を避けていた。だが同時に、姿勢を崩してもいた。

 

「ずるい!」

 

 アレクサンダーがそんなことを叫ぶが、構わずにミカヤは突きを放った。

 地面を転がるようにしてアレクサンダーがそれを避ける。

 しかし、避けて転がった先は道場の入り口付近、見物していた師範たちの足下だ。

 もう退けない、逃げ場がない。

 ミカヤが必殺の一撃を繰り出すため、晴嵐を一旦鞘に納めた。

 その時、尻餅をついた状態のアレクサンダーが、バサリと、ミカヤに向けて何かを振るった。

 なんだ!?

 ミカヤは反射的にバックステップを踏んでそれを避けた。

 

「動くな!」

 

 アレクサンダーが周囲に向けて叫んだ。

 立ち上がったアレクサンダーが、右手から何かをぶら下げるように持っていて、そのぶら下がる何かの下端を右足で踏んでいた。

 アレクサンダーがぶら下げている物、それは──

 

「師範!?」 

 

 ミカヤは叫んだ。

 アレクサンダーは、老師範の右足首を掴んでぶら下げ、その後頭部を踏んで顔を地面に押しつけていたのだ。

 意識を失った老師範の首が、ここまで曲がるのかというほど深く曲がっている。

 追い詰められたアレクサンダーは、近くに立っていた老師範の足を掴み、タオルか何かのように振り回してミカヤを追い払ったのだ。

 

「ほら皆さん、向こうの壁まで下がって。

 このお爺ちゃんの首、後ちょっとで折れちゃうよ? 急いで急いで。

 あ、ミカヤちゃんはそのままでいいよ」

 

 アレクサンダーは周りの師範たちに、そんなことを言っている。

 老師範を、ミカヤや他の師範に対する人質として利用しようとしているのだ。

 威圧感の欠片もない軽い口調であったが、逆にそれが、タガが外れているような印象を与え、脅しとして有効に働いていた。

 その言葉に従って後退る師範たちから射殺さんばかりの視線を向けられているが、アレクサンダーはどこ吹く風といった様子だ。

 ミカヤは驚愕した。こんなことがあるのかと。

 まず、老師範がいくら小柄とはいえ、五十キロ程度は体重があるはずだ。

 それを片腕の力だけで、ああも軽々と振り回すことができるのだから、恐るべき膂力である。

 そして次に、それを実行し、その上でさらに人質にできる精神性だ。

 老人を躊躇いなく痛めつけることなど、普通の人間にはできない。

 さらに師範格が揃うこの場で老師範相手にそれを行ったのだ。切り抜けられなかった場合、ただでは済まない。

 それをこうも鮮やかにやってのけ、さらに平然としているのだ。

 なんという男だろうか。

 

「ずるいよアレクちゃん、負けそうになったからって人質を取るなんて」

 

 そんな恨み言を口にしながら、ミカヤはゆっくりと後ろに下がり、アレクサンダーから離れた。

 

「ずるくないよ。僕、言ったじゃん、先にルール決めとかないと、汚い手を使うって。

 それなのに、ミカヤちゃん、僕のことちょっと馬鹿にした目で見てさ。

 このお爺ちゃんも、同じような目でニヤニヤしてたし」

 

 拗ねたような声でそう言いながら、アレクサンダーが老師範の後頭部に、どん、とその巨大な足による踏み下ろしを加えた。

 めじ、と老師範の頭蓋骨が軋む音が聞こえた。

 一度では終わらない。

 アレクサンダーは何度も何度も踏み下ろしを加える。

 庭の隅に移動した師範たちから怒声が上がったが、アレクサンダーは気にした様子もない。

 

 地面にめり込んだ老師範の顔の下から、のろりと赤い血が這い出してきた時になって、ようやくアレクサンダーはその動きを止めて、老師範の後頭部から足をどかした。

 ミカヤは抜刀居合の構えで、じっとそれを見ていた。

 

「ミカヤちゃん、怒らないの?」

 

 アレクサンダーが不思議そうに言った。

 ミカヤが応えた。

 

「怒らないよ。考えてみれば、アレクちゃんの言うとおりだからね」

「そっか」

「うん」

「じゃあ、続きを始めようか」

 

 アレクサンダーが意識の無い老師範を持ち上げ、盾のように自分の前にぶら下げながら言った。

 相対するミカヤは、にぃ、と笑みを浮かべていた。

 




 Q.アレクサンダーはなんでバリアジャケットを使わないんですか?
 A.半裸になって筋肉を見せびらかしたいからです。

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