巨獣のセレナーデ   作:セミドレス

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 第三章 ストライカー 前編

 

 Ⅰ

 

 ナマジマ家五女、ノーヴェ・ナカジマは戦闘機人である。

 戦闘機人──クローン技術によって生産された素体をベースに、骨格や一部器官の機械化を施して完成する生体兵器だ。

 ノーヴェは、兵器として生を受けたのだ。

 その目的は、次元世界の治安維持を担う組織、時空管理局に対抗する戦力となることだった。

 JS事件──ノーヴェを作製した狂気の科学者、ジェイル・スカリエッティが二年前に起こした大規模テロリズム。

 ノーヴェはその戦いに主戦力の一つとして投入され、管理局の魔導師達との戦闘の末、敗北し、逮捕された。

 そして一年ほど隔離施設で更生プログラムを受講した後、姉妹である数人の戦闘機人と共に、時空管理局陸士108部隊の隊長であるゲンヤ・ナカジマに養子として引き取られたのだ。

 ゲンヤは気さくで優しい男だった。

 元は敵であったノーヴェ達を、元からいた二人の娘と分け隔てることなく扱った。

 それだけでなく、自分の持つ人脈を使い、ノーヴェ達を様々な人物に引き合わせた。

 そのおかげで、ノーヴェにも、数は少ないが友人と呼べる存在ができた。

 その数少ない友人の一人が、つい先ほど、脚を折られた。

 ミカヤ・シェベル。

 剣術に情熱と努力を注いできた少女だ。

 ミカヤの膝は関節技によって、完全に、修復不可能な形で破壊された。

 剣術家としてのミカヤが殺されたようなものだ。

 その下手人が、ノーヴェの目の前に座っている。

 馬鹿みたいに体がでかい男──アレクサンダー・ダイナ──プロレスラー。

 ノーヴェはプロレスというのがどのような()()()かは知らないが、とにかくこのでかいのはプロの()()()らしい。

 その男を、ノーヴェは今、金色に灼ける瞳で射抜かんばかりに睨みつけている。

 

 Ⅱ

 

「あー、とりあえず座ったら? そこに立ってると、他の人の邪魔になるし……」

 

 アレクサンダーは、自分を睨み続ける目の前の少女に対して、おずおずと言った。

 少女──ノーヴェは、苛立った様子で舌打ちした後、テーブルを挟んでアレクサンダーの正面に座った。

 そして剣呑な視線をアレクサンダーにぶつけ続ける。

 アレクサンダーがその太い指で、困ったように頬を掻いた。

 昼下がりの混み合ったファミリーレストラン。

 天瞳流の道場でひと暴れしたアレクサンダーが休憩している所に、ノーヴェが現れたのだ。

 アレクサンダーの正面に座ったノーヴェは、無言で敵意の視線を放ち続けている。

 その状態が三十秒ほど続いた時、アレクサンダーが耐えられなくなったように口を開いた。

 

「あのさ、言いたいことがあるなら言ってよ、聞いてあげるからさ。

 そんなに睨みつけられても、僕、わかんないよ」

 

 そんなことを、額の傷痕を隠すため着けているヘアバンドを弄りながら言った。

 だがノーヴェは黙したままアレクサンダーを威圧するだけだ。

 アレクサンダーはため息をつきながらテーブルの端に設置されたボタンを押した。

 店員を呼び出すボタンだ。

 すぐに若いウェイトレスがやってきた。

 

「とりあえず飲み物でも頼みなよ、お店に悪いでしょ? 奢りでいいからさ」

 

 そう言いながらアレクサンダーはドリンクメニューをノーヴェに向けた。

 

「コーヒー」

 

 ノーヴェは短く言った。

 言う間も、変わらずアレクサンダーを睨み続けていた。

 その状態は、店員が立ち去り、コーヒーが届いても続いた。

 手元に置かれたたカップから湯気が立たなくなった頃、ようやくノーヴェは言葉を発した。

 

「……あそこまでやること、なかったろ」

 

 絞り出すようにそう言った。

 その声は震えていた。

 それにアレクサンダーが応じる。

 

「あそこまでやる必要があったんだよ」

「なんでだよ」

「宣伝さ」

 

 ノーヴェの問いに、アレクサンダーが短く答えた。

 そしてさらに続ける。

 

「僕、話したでしょ。ミカヤちゃんが、前にウチの練習生を斬っちゃったって。

 そういうのほっとくと……いや、そういうことがあったというだけで、僕らのダメージは大きいんだよ。

 わかるでしょ? プロレスは……ああいうことをやってるんだから」

 

 最後は、顔を歪ませ、苦いものを呑み込むような口調で言った。

 

「どういうことだよ?」

 

 ノーヴェが顔をしかめながら尋ねた。

 その目に、初めて敵意以外の色──疑念が浮かんでいた。

 今しがたアレクサンダーが見せた苦しげな様子に対し抱いた疑念だ。

 

「ああいうことって言われても、私はプロレスなんて、名前しか知らないんだよ」

 

 ノーヴェはそう言った。

 

「そっか……」

 

 アレクサンダーが、渇いた笑みを浮かべた。

 ミッドチルダにおけるプロレスの人気は、はっきり言って、大したことがないのだ。

 地上波でプロレスの試合がテレビ中継されていた時代もあったらしいが、それはアレクサンダーが生まれる前のことだ。

 現在のミッドチルダの若者で、現役レスラーの名前を五人以上知っているのは、何十人かに一人といったところだろう。

 そんな具合なのだから、プロレスが何かということすら知らない人間も、決して珍しくはないのかもしれない。

 アレクサンダーはそういった思考を走らせた後、説明を始めた。

 

「団体所属のプロ格闘家がアマチュアに負けた場合、団体にも傷がつくってのは、なんとなくわかるでしょ?

 プロレスの場合、その傷が広がりやすいんだよ。とてもね。

 だから、それをチャラにするために、僕はあれをやったんだ。

 実戦抜刀術を標榜する天瞳流の中で、史上最年少師範代となった天才少女が、同い年の若手プロレスラーに再起不能にされた。

 そういう話が広がるとね、お客さん達が喜んでくれるんだよ。

 プロレスラーもやる時はやるもんだ、ってね」

 

 そう言って肩をすくめるアレクサンダーを前に、ノーヴェが目を見開いた。

 

「なんだよそれ……そんな理由で、あんなことをしたのかよ!」

 

 ノーヴェが立ち上がりながら怒鳴った。金色の目が吊り上がっていた。

 だが、アレクサンダーはその様子を気にした風もなく、子供に言い聞かせるような口調で返す。

 

「いいかい、君は知らないだろうけど、プロレスってのは人気商売なんだ。

 イメージダウンはそのまま客離れにつながるんだよ。

 客が離れると、どうなると思う? 僕らは食いっぱぐれてしまうんだ。

 ウチの会社には、所属レスラーだけでも五十人以上いるんだよ?

 事務や営業の人間を入れれば百人近くになるし、それぞれの家族まで入れればもっとだ。

 その全員に対して、経済的な打撃を与えかねない事を、ミカヤちゃんと天瞳流はやったんだ。

 仕返しに脚を折られるくらい、仕方がないと思わないかい?」

「それは……」

 

 アレクサンダーの言葉に対してノーヴェは口籠もった。

 とても筋の通った話とは言えない。

 道場破りに来たミカヤをリングに立たせた時点で、プロレス側がその結果に文句をつけるのはおかしいのだ。

 だが、やられたからやり返す、という発想はわかりやすく、納得できるものもあった。

 

「ま、そういうこと。他に何か言いたいことある?」

 

 アレクサンダーが尋ねた。

 ノーヴェは不機嫌そうに返す。

 

「……もういい」

「そう。じゃあ僕から一つ聞いていい?」

「なんだよ」

「いや、なんで僕がここにいるってわかったのかなって。後を付けたわけじゃないでしょ?」

 

 ノーヴェの目を見ながらアレクサンダーが尋ねた。

 

「鞄の中を見てみろ」

 

 ノーヴェが、少し言いにくそうに答えた。

 

「鞄?」

 

 アレクサンダーが隣の椅子に置いていたショルダーバッグを手に取った。

 フラップ式の口を開け、中をたしかめる。

 財布、ハンカチ、鍵の束、通信端末。

 それらアレクサンダーの持ち物以外に、一つ見慣れない物が入っていた。

 硬貨サイズの黒い円盤。

 

「これ……発信機? いつの間に?」

「蹴った時だ」

 

 アレクサンダーは天瞳流の道場を出る直前に、ノーヴェの飛び蹴りを受けていた。

 その時、バッグの中に仕込まれたらしい。

 

「すごいね。君、手品師でもやってるの?」

「やってねえよ」

 

 目を丸くするアレクサンダーに、ノーヴェがぶっきらぼうに返した。

 

「ふうん」

 

 呟きながらアレクサンダーは手元のコップを取った。

 コーラが半分ほど入ったコップだ。

 ストローを使ってコーラを吸う。

 それにつられたように、ノーヴェもまだ口を付けていなかったコーヒーを手に取った。

 

「炭酸、抜けちゃってた」

 

 コーラを飲み終えたアレクサンダーが言った。

 そして、まだほとんど減っていないノーヴェのコーヒーカップを見て、

 

「ぬるくなってるでしょ、新しいの頼む?」

 

 そう尋ねた。

 

「いや、いい」

 

 ノーヴェは答えると、残りのコーヒーを一息に飲み干した。

 それを見て、アレクサンダーは椅子から立ち上がった。

 

「じゃ、行こっか」

「……ああ」

 

 Ⅲ

 

 ファミリーレストランの前に立っていたノーヴェは、会計を済ませて出てきたアレクサンダーの顔を見上げた。

 アレクサンダーも、そのころりとした目でノーヴェを見下ろした。

 それなりに交通量の多い街道沿いで、車が通過する音が少しやかましい。

 そんな場所で数秒ほど見つめ合った後、アレクサンダーが口を開いた。

 

「君が僕に対して思う所があるのは、良くわかるよ。

 目の前で友達の脚をぶっ壊されたわけだからね。

 だけど、さっきも言った通り、先に仕掛けてきたのは天瞳流側。

 恨みっこ無しにして欲しいかな。難しいだろうけどさ」

 

 そう言って、アレクサンダーはノーヴェから視線を外し、背を向けて歩き出した。

 もうノーヴェに対して伝えることはないし、これから関わるつもりもないのだろう。

 ノーヴェはその背中を一呼吸分の時間、睨みつけ、

 

「おい、待てよ」

 

 と、低い声で引き止めた。

 アレクサンダーが振り返る。

 これ以上、どんな用があるのか?

 そういった表情だった。

 そんなアレクサンダーにノーヴェは言った。

 

「ついて来い」

 

 そしてそのまま歩き始める。

 

「デートのお誘い?」

 

 アレクサンダーが、とぼけた声でノーヴェに尋ねた。

 

「そうだ」

 

 ノーヴェがそう答えると、アレクサンダーは少し驚いた表情を見せながら口を開いた。

 

「ついて行ったら天瞳流の人達が待ち伏せしてて、囲まれるとかじゃないよね?

 いや、君を疑ってるわけじゃないんだよ?

 けどほら、連中に脅されてそういうことするって可能性もあるし……」

 

 そんな事を言った。

 この大男は、天瞳流の道場にいた時から、袋叩きや闇討ちといった汚い手口をかなり警戒している。

 そういう事をされても仕方がないという自覚があるのだろう。

 アレクサンダーの言葉を無視して、ノーヴェは無言で歩を進めた。

 やや戸惑った表情を見せながらも、アレクサンダーはのしのしと後に続いた。

 そのまま十分ほど歩き続け、ある建物の前でノーヴェは立ち止まった。

 クラナガン南区スポーツセンター。

 そう、看板が出ていた。

 

「ここ? 何するの?」

 

 立ち止まったノーヴェに、アレクサンダーが尋ねた。

 

「私と闘え」

 

 ノーヴェは短く答えた。

 己の属する集団に傷をつけられたから、報復にミカヤの脚を折った。

 そのようなアレクサンダーの理屈に、ノーヴェは心のどこかで納得していた。

 それと同時に、こうも思っていた。

 友を傷つけた落とし前はきっちりとつけてもらう。やられたからやり返す。そちらが持ち込んだ理屈なのだから文句は言わせない。

 そう思って、アレクサンダーをここに連れて来たのだ。

 アレクサンダーが天瞳流の道場から立ち去った後、ミカヤが病院へと運ばれる前に、応急処置をノーヴェが行った。

 ミカヤの脚は、酷い有様だった。

 ふくらはぎが正面を、脛が背中側を向いていた。

 右脚の膝から下が、百八十度、裏返っていたのだ。

 膝の周りの肉と骨は捻曲がり、表面はどす黒い紫と赤のマーブル模様となっていた。肌色の部分のない、グロテスクな肉塊だった。

 動脈も静脈も、靭帯も神経も、ことごとく断ち切れているということが一目でわかった。

 ミカヤは強がって笑っていたが、それはやはり、どこかおかしな笑みだった。

 きっとミカヤは、独りになった時に、泣くのだろう。

 それなのに、アレクサンダーを前にして、茶をしばいただけで何もせずに帰っては、ミカヤに合わせる顔がない。

 だからノーヴェは、アレクサンダーと闘おうとしているのだ。

 別に、ミカヤと同じ目に遭わせてやろう、などとはノーヴェも考えていない。

 ただその頬に一発、思いきり拳をぶち込んでやりたいだけだ。

 幸い、相手は常識外れな馬鹿でかい図体の持ち主だ。魔法も、()()()()使えるらしい。戦闘機人である自分が本気で殴っても、死にはしないだろう。

 そんな事を考えているノーヴェに、アレクサンダーが困ったように言った。

 

「闘うって、君、何かやってるの?」

 

 その問いにノーヴェは短く答えた。

 

「ストライクアーツ」

 

 ストライクアーツは、ミッドチルダで盛んに行われている打撃系の格闘技だ。

 その単語に、アレクサンダーが不機嫌そうな態度を見せた。

 

「馬鹿にしてんの? 体格差を考えなよ、闘い以前の問題でしょ。嫌だよ、怪我させて訴えられても困るし」

 

 そう言って背を向けるアレクサンダーに、ノーヴェは言った。

 

「いいのかよ、プロがアマチュアから逃げて。そういう話が広まると、困るんじゃなかったのか?」

 

 アレクサンダーが立ち止まり、振り返った。

 その口元に、薄ら笑いが張り付いていた。

 

「どういう意味かな?」

「さあな、自分で考えろ」

「そっか」

 

 アレクサンダーがノーヴェに顔を寄せ、ささやくように言った。

 

「いいよ、ちょっとだけ相手をしてあげる」

 




 Q.この作品のミッドチルダにおけるプロレス普及度はどれくらい?
 A.2010年くらいの日本と同じくらいだと思ってください。

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