Ⅰ
かち、かち、という音が、夜の雑踏に響いている。
それなりの広さを持った道を、それなりの数の人間が往き来している。
その人の流れの合間から、かち、かち、という音が、一定のリズムで刻まれているのだ。
音の発生源は、一人の少女だった。
少女が杖をついて歩いている音である。
背が高く、黒髪を膝に届きそうなくらい長く伸ばした少女だった。
ミカヤ・シェベルだ。
ミカヤは、一人で歩いていた。
中央プロレスの興業が終わった後、ミカヤはノーヴェ・ナカジマと分かれたのだ。
その事情が、どのような事情かは、ミカヤは聞かされていない。
しかし、ただならぬ事情であるらしかった。
ミカヤに背を向けた時、ノーヴェがやけに辛そうな顔をしていたからだ。
いつか、教えてもらいたいものだ──
そんなことを考えながら、周囲の人間よりもかなり遅いペースで、ミカヤは歩を進めていた。
ほどなくして、ミカヤは一棟の建物の前で立ち止まった。
四階建てのオフィスビルだ。メインエントランスの隣に、地下へと続く階段がある。
その階段の壁に、
BAR OLD PLUM
と、看板が出ている。
この店に、アレクサンダー・ダイナがいるはずだった。
どうしたものかと、階段の前でミカヤは動けなくなってしまった。
『アレクに聞きたいことや、言いたいことがあったら、行ってみな』
そう、カール・ダンクに言われて、ここまで来たミカヤだが、よくよく考えてみれば、アレクサンダーに言うべき事など特にないのだ。
確かにミカヤは、アレクサンダーによって、絶対に治らない形で膝を破壊された。
しかし、その事に関してアレクサンダーを恨むべきではないと、ミカヤは考えている。
尋常の勝負の結果だったからだ。
もちろん、アレクサンダーに対して思うところがないわけではない。
しかし、それは忘れるべきものだと思っている。
ミカヤの側から、ルールの無い闘いをしようと言い出したのだ。
それで、搦め手に動きを封じられ、関節技で折られたら、文句を言うのか。
言えるわけがない。
そんなみっともない事は、絶対にできない。
では、なぜ自分はここへ来てしまったのか──
ミカヤは考えた。数秒で答えは出た。
自分の選手生命を奪った男の顔と肉体を、もう一度きちんと見ておきたい。
そういう想いを自分が持っていることに、ミカヤは気づいた。
かち、かち、と音を立てながら、ミカヤは階段を降りた。
Ⅱ
薄暗い店だった。
壁に備えられる、旧式のランプを模した照明が、洒落た雰囲気の店内をぼんやりと照らしている。
テーブルはなく、十人くらいは楽に座れそうなカウンターだけがあった。
古めかしい木製のカウンターだ。半分ほどが、客で埋まっている。
その一番奥に、アレクサンダーはいた。他の客と比べると、際だって体が大きいので、一目でわかった。
アレクサンダーは、ダメージ加工が施されたジーンズを穿き、ティーシャツの上に黒いジャケットを羽織っていた。
額を、ジャケットと同じ黒のヘアバンドで隠している。
傍らに、松葉杖が立てかけられていた。
ミカヤは静かに進み、アレクサンダーの隣に腰をおろした。
「やぁ、アレクちゃん」
「あれ、ミカヤちゃん? どうしてここに?」
アレクサンダーが、キョトンとした顔でミカヤの顔を見つめた。
既に、それなりの量のアルコールが入っているらしく、頬が赤い。
その赤い顔を見ながら、ミカヤは答えた。
「アレクちゃんとこの、スキンヘッドの方……確か、カール・ダンク選手だったかな? あの人から、ここにアレクちゃんがいると教えてもらってね」
「そっか、カールさんが……」
アレクサンダーは納得したように頷くと、
「何か頼みなよ。驕りでいいからさ」
と、気怠げな声で言った。
その手元には、空になったビールジョッキと、ソーセージが盛られた鋳鉄の器がある。
バーテンが、ミカヤ達の前に来ていた。
「マティーニを」
「僕はビールのおかわりをお願いします」
そう、注文した。
それから、沈黙があった。
ミカヤもアレクサンダーも、口を開かない。
折った者と折られた者。互いに、わだかまりを隠しきれなくなったのだ。
ミカヤの目の前で、バーテンが大きめのグラスにジンとベルモットを注ぎ、混ぜ合わせた。
そして、それをカクテルグラスに移し、オリーブの実を一つ沈めた。
次に、ジョッキを用意すると、ビールをたっぷりと注いだ。
それらがカウンターに置かれた。
まだ、ミカヤとアレクサンダーは言葉を発しなかった。
アレクサンダーが、ぐいっとビールを飲んだ。
ジョッキの中身が半分になった。
さらに、手元の器にあったソーセージを次々と口に放り込み、ビールで流し込んだ。
器もジョッキも、空になった。
「驚いたよ……」
ようやく、アレクサンダーが、ぽつりと呟いた。
「ミカヤちゃんが、あの子と一緒にプロレスを見に来るなんてさ」
「一度、見ておこうと思ってね。アレクちゃんが、普段どんなことをしてるのかを」
「そっか。でも、今日の、あんなアクシデントは見られたくなかったな」
「そうかい? 私は、あれでよかったと思うよ」
「そう?」
「ああ。アレクちゃんの本気を見ることができたからね」
ミカヤがそう言うと、アレクサンダーの目つきが、どこか
そして、一呼吸分の間を置いたあと、
「僕はいつでも、本気でやってるよ」
と、低い声で言った。
その声を聞いたミカヤは、怒らせてしまっただろうかと思った。
そして、自分の手が微かに震えていることに気がついた。
私は、怖がっているのだな──
そう、ミカヤは思った。
アレクサンダーに味合わされた苦痛と絶望が、まだミカヤの中には鮮明に残っている。
それで、アレクサンダーから僅かな敵意を向けられただけで、体が震えてしまったのだ。
ミカヤは小さく息をつくと、震えを隠すようにグラスを口に運んだ。
辛口の、度数の高いカクテルに、喉がカッと熱くなった。
ミカヤは、下を向いたまま、呟くように言った。
「それでも、私の脚を折った男が、キャプテン・ミッドチルダだなんて、我慢ならないよ……」
「そっか……」
アレクサンダーも、呟くように返した。
そして、ミカヤから視線を外し、
「すみません、ブランデーとバニラアイスお願いします」
と、バーテンに注文してから、
「まぁ、言いたいことは、わかるよ……」
と、再びミカヤに対して言った。
「確かに僕らは、リングの上じゃ、本気で闘ってない。本気で闘いを演じてるだけさ」
「…………」
「でも、それの何がいけないのさ。お客さん達は、全部わかった上で、楽しんでくれてるんだよ!?」
何かに耐えられなくなったように、アレクサンダーが語勢を強めた。
拗ねた子供のような態度だった。
そんなアレクサンダーに、ミカヤは思わず問いかけた。
「アレクちゃん、君は……」
「なに?」
「君は、なぜプロレスラーになったんだい?」
ミカヤがそう問うと、アレクサンダーは宙に目を泳がせながら答えた。
「そりゃあ、いろいろさ」
どこか、弱々しい口調だった。
妙に気になる態度だった。
「いろいろじゃ、わかないよ」
「長い話になるからさ……」
「ちょうどいいじゃないか。明日からしばらく試合には出られないんだから、遅くなっても構わないだろう?」
ミカヤがそう言ったのと同時に、アレクサンダーの手元に、可愛らしくデコレートされたアイスクリームが載った皿と、生のブランデーが注がれたグラスが運ばれてきた。
「わかったよ、じゃあ、どこから話そうか……」
そう言って、ブランデーを一口含んでから、考えをまとめるように顎へ手をやるアレクサンダー。
数秒後、ミカヤの瞳を覗き込みながら、アレクサンダーは口を開いた。
「実はね、僕は昔、奴隷だったのさ」
そんな、冗談のようなことを、真面目な顔で言ったのだ。
Ⅲ
糞のような世界だった。
秩序と、食い物が、無い。
変わりに、地下資源と武器が豊富にあった。
地方世界オルセア。
稀少金属をその下に隠した砂の海が、延々と広がる世界である。
武装勢力が資源の採掘が可能な地域ごとに乱立し、激しく争い合っている世界だ。
アレクサンダーは、そんな世界で生まれた。
いや、正確には、物心ついた時にはオルセアにいたと言う方が正しい。
アレクサンダーは、自分がいつどこで産まれたのかを知らない。それを知っているであろう親の顔も知らない。
そもそも、自分の名前すら知らなかった。
記憶を辿ると、ガキとか、チビとか呼ばれながら、オルセアで炭鉱夫のようなことをして過ごしていた日々に行き着くというだけだ。
六歳か、七歳くらいの頃の記憶だろうか。
痩せた、薄汚い子供だった。
大きな怪我の痕こそ見当たらないものの、体中に細かな擦り傷や打撲の跡があった。
この頃のアレクサンダーは、何十人もの大人に混じって、鉱石の採掘作業を行っていたのだ。
もっとも、採掘をやっていたと言っても、雇われてやっていたわけではない。
武装勢力の支配下における強制労働だ。
採掘場には、銃を手にした見張りの兵士が常にいた。
手を抜いた仕事をすれば、殴られる。逃げ出そうとすれば、殺される。
そういう環境だった。
労働者達は、家畜以下の扱いを受けていた。
眠る場所は、ブロック状に固めた土の塊を積み上げて作ったボロ小屋だった。
さして広くもない小屋に、すし詰めになって眠る。
床なんてものは、当然ない。
むき出しの地面に、直接横になって眠った。
飯は、一日に一度だけだ。
茹でただけの豆が、いくつかのバケツに入って届けられる。
そのバケツに群がって、豆を、直接手で掬って食らった。
身につけている服は、着たきり雀だ。
着替えなど持っているわけもなく、洗濯も滅多にできない。水が貴重だったからだ。
それで、肉体労働をやっているのだから、酷い臭いがする。
糞同然だ。
労働者達は、糞のような生活を送っていたのだ。
そして、アレクサンダーは、その中で一番の糞だった。
子供だからだ。
子供は、役に立たない。
そして、弱い。
だから、アレクサンダーは、虐げられた。
強い者が幅を利かせ、弱い者が虐げられる。
そんな野蛮な原則は、糞のように暮らす労働者達の中でも、きちんと成立していた。
糞は糞なりに、良い糞になりたがるものなのだ。
そして、良い糞とは反対側の、一番悪い糞が、アレクサンダーだったのだ。
アレクサンダーが眠るのは、ボロ小屋の中でも特に隙間風が酷い場所だった。
飯は、皆が手を付けた後の残りカスを食った。
身につけているのは、服ではなくボロ布だった。
また、アレクサンダーは、大人達から能動的に虐げられてもいた。
何かの腹いせに殴られたり蹴られたりすることが、頻繁にあった。
夜間、こっそりと人目につかない場所へ連れ出され、力づくで慰み者にされることもよくあった。
それどころか、皆が見ている前で、おおっぴらに
アレクサンダーは、最悪の糞だった。
ただ、アレクサンダーにとって幸せなことがあったとすれば、そんな扱いを受けることが当たり前になっていたということだろうか。
他の生活を知らないアレクサンダーは、己の現状に疑問を持つということがなかった。
こういうものなのだろう──
幼いなりに、そう納得してしまっていたのだ。
それで、無駄に悩まずにすんだのだ。
空腹は辛かったかもしれない。
殴られれば痛かったろう。
しかし、それで終わりだ。
いきり勃ったペニスで尻の穴を穿り返されても、痛いと思うだけで屈辱は感じない。
大勢の前で、喉の奥まで突っ込まれても、苦しいと思うだけで羞恥はない。
何も考えずに生きることができたのだ。
これは、ある意味で救いだったかもしれない。
アレクサンダーは、ただの動く糞だった。
そんなアレクサンダーに、ある日、革命的な出来事が起こった。
時空管理局。
そんな名前の組織が突然やって来て、アレクサンダー達を支配していた武装勢力をやっつけてしまったのだ。
アレクサンダー達は強制労働から解放され、他所の世界の慈善団体が運営している難民キャンプに保護された。
大人達は支配からの解放を喜んでいたが、アレクサンダーは何が起きているのか理解できなかった。
ただ、眠る場所も、食事も、身につける服も、アレクサンダーからすれば信じられないほど良い物が与えられた。
それからしばらくは、治療を受けたり、検査を受けたりして過ごした。
教育、という程のものではないが、キャンプで働いている人間と色々な話をして、採掘場の外の世界のことも、多少は知った。
快適な日々だった。
飯を、腹いっぱい食える。
清潔な洋服を与えられた。
夜は、毛布を被って眠ることができる。
最高の生活だった。
しかし、そんな生活を手に入れたというのに、アレクサンダーの胸の中には、もやもやと澱んだ何かが沈殿していた。
日ごとに容積を増すそれが何かはわからなかったが、あまり良い物でないということは理解していた。
そのまま、解放から一ヶ月が過ぎた頃だろうか。
一人の人物が、アレクサンダーを訪ねてきた。
Ⅳ
背の高い女だった。
身長が、百八十センチ近くある。
蓬髪だった。
赤みがかった、ピンク色に近い金髪が、ボサボサと背中に流れていた。
肌が、黒々と陽に焼けている。
何かの制服らしい、黒を基調としたジャケットとスカートを身につけていた。
その制服の黒は、擦れたような、どこかぼんやりとした黒だった。
長いこと洗濯をしていないため、黒い生地に埃が絡みついて、そうなってしまっているらしい。
みすぼらしい──そんな印象さえ受けるような外見である。
年齢は二十代前半といったところだろうか。
顔立ちそのものは整っている。
だが、日光を浴びる時間の長い生活をしているのか、頬や額に大量のシミが浮いている。美しいと思われることは、めったにないであろう顔だ。
その顔に、女はむっつりと怒ったような表情を貼り付けていた。
「この子供が?」
現れた女は、その場にいたキャンプのスタッフに確認してから、アレクサンダーを正面から見下ろした。
ジロリと、品定めするような視線だった。
「時空管理局執務官、セプテム・シークだ」
女──セプテムは、男のような口調で自己紹介をした。
簡潔なものの言い方だった。
「はぁ」
状況を把握しきれないアレクサンダーが生返事をすると、セプテムは一瞬だけ、ムッとした表情を見せた。
しかし、その表情を直ぐに引っ込めて、仏頂面で言葉を続けた。
「検査結果によると、お前には魔法の才能がある」
「魔法……?」
「そうだ。その才能を、私の下で使ってみないか?」
「…………」
アレクサンダーは沈黙した。
セプテムが何を言っているのか、まったくわからなかったからだ。
無言でセプテムの顔を見上げた。
セプテムは、押し潰すような目でアレクサンダーを見下ろしていた。
そのまま、短くない時間が過ぎた。
睨み合う間に、アレクサンダーの胸に溜まっていた、もやもやと澱んだ何かが、急速に質量を増し始めた。
アレクサンダーは、気持ちの悪いそれを、吐き出したかった。
しかし、その方法がわからない。
と、不意に、セプテムがしゃがみ込み、アレクサンダーに顔を寄せてきた。
紫色の瞳が、アレクサンダーの内側を覗き込んだ。
「お前、怒っているのか?」
セプテムが、口の端に笑みを浮かべながら尋ねてきた。
その問は、刃物のようにアレクサンダーの中に滑り込んできた。
怒り?
そうか、
この胸に沈殿する、良くない物の正体は、怒りだったのか。
すとんと、アレクサンダーの中で引っかかっていたものが、腹の底に落ちた。
アレクサンダーは、セプテムに対し頷いた。
「何に対してだ?」
また、セプテムが尋ねてきた。
「お前達を武力で支配していた連中か? お前を殴ったり犯したりした連中か? それとも、この私か?」
「全部だ……」
アレクサンダーは答えた。
「
いつの間にか、腹の中が、熱く煮えたぎっていた。
怒り──アレクサンダーにようやく気付かれたその感情は、今まで溜め込んだ力を解放するかのように、荒れ狂っていた。
目に映る全てが憎かった。
アレクサンダーは、すぐにでも叫びをあげ、暴れだしたかった。
それをしなかったのは、自分を覗き込むセプテムの瞳に、不思議な拘束力があったからだ。
セプテムが、唇の両端を吊り上げながら言った。
「そうか。じゃあ、自分で仕返しをしたいか?」
そう問われたアレクサンダーは、無言で頷いた。
すると、キャンプから、外に広がる砂漠へと連れ出された。
灼熱の陽光が降り注ぐ、あらゆる生命を拒絶するかのような荒野である。
そこで、一本の杖を渡された。
魔導の杖──ストレージ・デバイスだった。
射撃魔法の撃ち方を、口頭で説明された。
言われた通りにやってみると、岩を砕くような魔力弾を、簡単に放つことができた。
『検査結果によると、お前には魔法の才能がある』
先ほどセプテムが言ったのは、こういうことだったのか。
アレクサンダーはそう思った。
それから、射撃魔法の練習をやらされた。
短時間の内に、自分の魔法の精度が確かなものになっていくのがわかった。
嬉しかった。
力を手に入れたと思ったからだ。
これで
腹の中に溜まっていた怒りが、ギラギラとした欲望に変わっていた。
そのまま、十分ほどが経過したあたりで、セプテムに練習を止められた。
「何をやってもいい。私に、傷をつけてみろ」
セプテムは、不満そうな顔をするアレクサンダーの傍らに立つと、そう言った。
言われたアレクサンダーは、躊躇うことなく魔力弾を撃ち込んだ。
二メートルも離れていない、至近距離からの射撃である。
にも関わらず、魔力弾はセプテムへと届く寸前、弾けるように散ってしまった。
黒い制服を着たセプテムの周りに、燐光が漂っていた。魔力による防御フィールドだ。
それによって、アレクサンダーの攻撃は防がれてしまったのである。
十発ほど撃ってみたが、結果は同じだった。
身に宿す魔力量が、違い過ぎるのだ。
糞、とアレクサンダーは思った。
力を渡されて喜んだ直後に、その力がちっぽけな物だと示されたのだ。
馬鹿にされているような気がした。
悔しがりながら、セプテムを睨みつけた。
セプテムのざんばらな髪が、風に揺れていた。
それを見て、アレクサンダーは一つの思いつきをした。
防御フィールドを展開していても、魔力弾が当たれば、多少の衝撃は通るのではないか?
そういう思いつきだ。
そして、少しでも衝撃が通るなら、その衝撃がダメージになる部分を狙えば良いのではないか、とも思った。
少しの衝撃がダメージになる部分──つまり、人体の穴だ。
アレクサンダーは、すぐにそれを実行した。
セプテムの目玉を狙って魔力弾を撃った。
鼻を狙って撃った。
口を狙って撃った。
股間を狙って撃った。
しかし、セプテムは身じろぎもしなかった。
それだけアレクサンダーが未熟であり、セプテムの魔力量が大きいということであった。
アレクサンダーは唇を噛んだ。
それを見たセプテムが、アレクサンダーに近付き、右手を伸ばしてきた。
首を掴まれた。
凄い力だった。
そのまま、片腕の力だけで、アレクサンダーは宙に吊られた。
「技に頼るのもいいだろう。心意気一つで前に進めることもあるだろう」
セプテムは、アレクサンダーを宙吊りにしたまま、そんなことを言い出した。
アレクサンダーは、その言葉を半分も聞いてはいなかった。
自分の首を締め上げる右手を外そうと、必死だったからだ。
しかし、叩こうが捻ろうが、セプテムの右手はビクともしなかった。
腕力が違い過ぎるのだ。
ジタバタと宙で藻掻くアレクサンダーに向かって、セプテムは言葉を続けた。
「だが、そういった物を使い果たした後、残るのは単純な力だけだ。結局、強さとは力だ」
強さを決定付けるのは、技術ではない。
人格でもない。
力の強い者が、強い。
それが、セプテムの哲学であるらしかった。
「そして、お前には、それがある。自分ではわかりようもないだろうが、お前の中には、人並み外れた魔力が眠っている」
セプテムはさらにそう付け加えると、ドサリとアレクサンダーを地面に投げ捨てた。
そして、仰向けに倒れたアレクサンダーの胸を、どん、と右足で踏みつけた。
その状態のまま、また、アレクサンダーに顔を寄せ、紫色の瞳で覗き込んできた。
「お前、私の下に来ないか?」
そう尋ねられたアレクサンダーは、黙ったまま頷いた。
いつか強くなって、この女もぶっ殺してやる──
そういう思いが、踏みにじられた胸の中にはあった。
結局、アレクサンダーはその日の内にキャンプを出て、管理局の前線基地へ移った。
そこで、セプテムがどのような人間かを知った。
時空管理局執務官──管理局の中で、かなり高い権限を持つ役職である。
そして、セプテムはその権限を用いて、あるいは規則の隙間をくぐることで、オルセア各地に展開する管理局部隊の縄張りを無視し好き勝手に暴れまわっている人間だったのだ。
戦闘狂──
そんな性を、生まれ持った女であるらしかった。
Ⅴ
「で、僕を拾ったこのセプテムだけど、普段は無口で無愛想でズボラなくせに、戦場で暴れた後は股をグッショリ濡らす変態でさぁ。
そんなんだから、当然すごく強くて、シゴキを受ける立場になっちゃった僕は大変だったよ。
まぁ、そのおかげで、魔法も闘いもかなり上手になれたんだけどさ」
「あ、ああ……」
ミカヤは、軽い口調で自分の生い立ちを語るアレクサンダーに、ぎこちない返事を返した。
酷く、現実味の薄い内容だった。
しかし、アレクサンダーに嘘をついている様子はなかった。
話をする間はずっと、アイスクリームをチマチマと食べながら、時折ブランデーを口に含んでいた。
その仕草に、不自然なところは一切なかったのだ。
今、語られた事は真実なのだろうと、ミカヤは思った。
アレクサンダーは、常人からかけ離れた感性の持ち主だ。
これぐらいの過去があっても、納得できないことではない。
「それでアレクちゃん、管理局に拾われた君が、なぜ今はプロレスラーをやっているんだい?」
ミカヤは尋ねた。
今聞いた話の中に、プロレスラーという職業へ通じる要素は欠片もなかったからだ。
アレクサンダーは、グラスに残っていたブランデーを一息に飲み干してから答えた。
「あの事件のせいだよ」
「あの事件?」
「ジェイル・スカリエッティ事件」
新暦史上最大最悪のテロリズム事件の通称を、アレクサンダーは吐き出すように口にした。
ほんの一瞬だが、気怠げだったアレクサンダーの双眸に、昏い炎が宿ったようだった。
Q.オルセアの設定ってこんな感じだっけ?
A.SSXでも紛争が続いていることが断片的に語られてるだけですね。この作品では現実のコンゴと中東をミックスした感じに描いてみました。
書き溜めのストックがなくなりました。次の投稿まで多少の間が開くと思います。
感想・指摘は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。