恋愛描写なんか必要ね~んだよ!(小並感)
―――ハンの廃墟、最深部
「……ぅ…ん……」
ポタ…ポタ…と規則正しく滴り落ちる水滴の音が耳に届き、眠っていた意識を醒ましたコーデリアは重く感じた瞼をゆっくりと開ける。
目を覚ましたコーデリアの視界に最初に写りこんできたのは、暗闇の中で明るく燃える焚き火であった。
何故気を失っていたのか。徐々に鮮明になっていく意識を少しずつ覚ましていくコーデリアはキョロキョロと辺りを見回してみる。
辺りには湿ったような、澱んだような空気と、そして空気と同じように埃と湿気に塗れた岩壁があった。
「……確か私…崩れた床から落ちて、それから―――」
そこまで口にして思い出す。
暗闇の落とし穴に落ちたのは自分だけではなかったことに。
「ギュス……!!」
コーデリアは自分が落ちかけた時に、その手を取ってくれたギュスターヴも一緒になって落ちたことを思い出した。自分がこうして無事でいるのだから彼もまた無事でいると思ったが、ギュスターヴの姿は近くには無かった。
焚き火という小さくではあるが確かな明かりのあることにコーデリアは安心感を抱いていたが、それでも暗闇の空間にたった一人という状況に一抹の不安も同時に抱いていた。
「……何処にいるの、ギュス……?」
人の持つ暗闇に対する本能的な恐怖心からコーデリアは身を縮こまらせ、その華奢な身体を両手で抱えるようにして小さくギュスターヴの名を呼ぶ。
だが、ギュスターヴからの返事は無く、彼女の声だけが空間に木霊する。それが余計に彼女の心に波を立たせて不安を煽る。
ここは何処なのか? 何故ギュスターヴはいないのか? コーデリアは不安と恐怖でどうにかなってしまいそうな感情を必死に押さえつけて涙を堪える。
震えだしそうな肩を抱いて膝を丸めていると、奥の方から物音が聞こえてくる。
「……!!」
コツコツと何かが歩いてくる音だった。コーデリアは咄嗟にその音がした方向に目を向ける。
「ひょっとしたらモンスターかもしれない」、そんな考えが頭の中を過ぎり、その姿勢のままコーデリアは固まってしまう。
「身構えなければこの身が危ない」、まだ上手く働かない頭でそう思ったコーデリアだったが、身体はその考えに反して動いてくれなかった。
一歩また一歩と近づいてくる足音に身を強ばらせたコーデリアは固く目を閉じる。
そしてその足音が彼女のいる空間まで入ってきた時、
「―――目が覚めたのか、コーディー。よかった……」
彼女と一緒に暗闇に落ちたギュスターヴの安心したような声が聞こえてきた。
コーデリアはギュスターヴの声が聞こえたと同時に目を開き、安堵から涙を流す。
ギュスターヴはコーデリアのその様子に心細かったのだろうと思い、安心させてやろうとコーデリアの隣まで歩く。
「…ごめんよ、コーディー。一人にさせちゃって心細かったよな……」
「……ぅ…ふ……ギュス―――!!」
優しく声を掛けるギュスターヴの言葉を聞いたコーデリアは、不安を払うかのように彼の体に抱きつく。
いつものギュスターヴならこのような時は何も言わずに頭を撫でてそのままにしておいたのであろうが、この時はそうではなかった。
何やら顔を赤くしてコーデリアの方から顔を逸らして明後日の方向に向いていた。
コーデリアはギュスターヴの反応をキョトンとしたように涙の残っている瞳で見ていた。
何をそんなに顔を逸らす必要があるのか、とコーデリアは思っていたが、ギュスターヴがゴニョゴニョと口を開く。
「あの…その…コーディー……み、見てないから……」
「え?」
『見てないから』とはどういう意味なのだろう? そう疑問に思ったコーデリアはギュスターヴが視線を外している方向とは反対の自分の身体を見てみる。
そこには見覚えのある黒い色の上着と、それ以外は『一糸纏わぬ姿の自分』…………。
よくよく見ると、ギュスターヴの格好には何か足りないものがあった。
彼の今の格好は白のシャツと紺色のズボンだけであり、彼が着ていた黒の上着がなかった。先程までは気づかなかったが、意識を失っていた自分に掛けられて現在自分が羽織っていたのは……彼の上着だったのだった。
そしてコーデリアは気が動転していたとは言え、自分が彼の上着を羽織っていただけの状態であったことに気づく。
そのことに気づいたコーデリアは羞恥心から顔を真っ赤に紅潮させて、
「キ……ッ!! キャァァァァァ――――――!!!」
「ぶべらっ!!!」
手を振り上げたと同時に悲鳴を上げてギュスターヴの頬に平手を叩き込み、仄暗い空間に小気味のいい音を響かせたのであった……。
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~それから十数分~
「―――それで、落ちた先が地底湖になってたおかげで大きな怪我もしないで助かったんだ」
コーデリアに背を向けながらギュスターヴは真剣な表情で彼女が気を失っていた間のことと、ここが何処なのかということを大まかに説明していた……だが、その頬には見事に赤くなった紅葉を貼り付けていたので少々締まらなかった。
ギュスターヴはコーデリアが目覚める先程まで、モンスターの有無や仲間と合流する経路を探すために一人で周囲の哨戒をしていた。
時間にして十分も歩いていなかったであろうが、ギュスターヴは一人残してきたコーデリアのことが気に掛かり、付近には危険なモンスターの姿も見えなかったので彼女のいる場所に引き返すことにしたのだった。
何故自分が上着一枚だけ掛けられて、あとは何も着ていなかったのかコーデリアがギュスターヴに聞いたところ、「気を失ったまま濡れた服を着せていては体調を悪くしてしまう」と言うような答えが返ってきた。善意からの行動に対しては感謝していたコーデリアだったが、それでも少しだけショックだった。ギュスターヴは見てないと言っていたが、それもどうだか怪しいものだった。そんなことを思いながらコーデリアは焚き火の側で乾かされていた服を着ていた。
そうして着替え終わったコーデリアは、ギュスターヴからの話を聞いた後に気まずそうな顔になる。自分の不注意で自分だけが危険に晒されるならそれはまだ納得できたかもしれなかったが、彼女の中にはギュスターヴを巻き込んでしまったという思いがあった。
そのことに胸を痛めてコーデリアはポツリと一言だけ言葉にする。
「…ごめんね……ギュス……」
コーデリアからの突然の謝罪の言葉にギュスターヴは苦笑いになる。
そして張られた頬を掻きながら口にする。
「はは……このくらいどってことないよ。そりゃ目が覚めたら裸だったなんて、女の子だったら誰でもそうもなるさ。コーディーが謝るんだったら、こっちこそ謝らなきゃならないよ」
そう軽く笑いながら言うギュスターヴだったが、コーデリアが言っていたことはそのことではなく、そうなった発端に対してであった。
「そのこともそうなんだけど……そうじゃなくてね、私がもっと注意してれば…ギュスまで巻き込むこともなかった……ううん…そもそも、こんなところに落ちることもなかったはずなのに、私を助けようとしたばっかりに、ギュスに迷惑を掛けちゃって…本当にごめんね……」
俯いて泣きそうな声でそう言うコーデリア。
本来はヴィジランツとして自分が守らなければならないのに、その守らなければならないディガーに守られてしまった……。コーデリアはそれだけでも悔しくて堪らないのに、そのディガーに介抱までされてしまったことが情けなくて崩れ落ちそうになる。
コーデリアからそんな言葉を聞いたギュスターヴは俯いているコーデリアの前まで足を運んで、彼女と同じ位置まで顔を持ってくる。
「そんなこと気にしなくていいんだよ、俺はコーディーを助けたいと思ったから助けたんだ。仲間を見捨てるような真似は、俺は絶対にしたくないからな。だから、迷惑だなんて思っちゃいないさ」
ギュスターヴは「仲間を助けるのは当然だ」とコーデリアに言う。
ギュスターヴの言葉を聞いたコーデリアは、涙を貯めていた瞳でゆっくりと顔を上げる。顔を上げたコーデリアの前に明るく笑うギュスターヴが映った。
コーデリアはその言葉と笑顔を見た瞬間、胸の中にあったモヤモヤがスーッと晴れていくのが分かった。ギュスターヴの言葉で、心が軽くなったような気持ちになっていた。
理由は分からないが、コーデリアは自分の顔がほんのり赤くなっていることに気づいた。ギュスターヴの声を聞いていると、心が安らぐように感じていた。
不思議と高鳴る胸の鼓動からコーデリアはギュスターヴの名を呼ぶ。
「ギュス……」
「な、なんだい、コーディー?」
ギュスターヴは先程までコーデリアを励ますことに夢中で気づかなかったが、よくよく考えてみれば二人の距離は非常に近かったのだ。涙に濡れた瞳、やや朱色を帯びた頬、微かに震える唇、ギュスターヴにとってこの時のコーデリアの姿はとても魅力的に見えていた。
若い男女が他に頼れる者のいない空間や状況にある場合に、恐怖心から来る興奮状態を共有することにより、恐怖が違う感情に置き換えられて恋愛感情に発展する現象を『吊り橋効果』と呼ぶ。
だが、今の二人の感情がそれに当てはまるかどうかは不明であった。
大きく高鳴る鼓動にギュスターヴもコーデリアも、その音が目の前の人に聞こえているのではないかと思い、二人はまったく同じタイミングで互いの顔を見る。
そして同じタイミングで見たので当然二人の視線は交錯し、それに焦った二人は目が合った瞬間に視線を外す。恥ずかし気に明後日の方向に視線を泳がしていたギュスターヴとコーデリアの間に沈黙が流れる。だが、その静寂は決して居心地の悪いものではなく、こんな状況にあるのに不思議と心地良いと感じる…静かで、安らぐような時間の流れであった。
「出来ることなら、いつまでもこうしていたい……」。
ギュスターヴはコーデリアとの二人きりの時間がいつまでも続いて欲しいと思っていたが、現実的に考えてそんなことが許されるはずがないと理解出来ていた。
名残惜しいが、「そろそろ行こう」とコーデリアに伝えるべくギュスターヴは振り返る。
しかし、振り返った彼の視界に映ったのはコーデリアではなく、
「……あの…お邪魔だったかね……?」
実に気まずそうな顔で浮遊している光る飛行物体、彼の相棒であるパックの姿であった。
唐突に出現したパックにギュスターヴもコーデリアも驚き、
「パ、パック! お、お前どうしてここに!?」
と、ギュスターヴは少々焦ったように吃った声でそう問いかける。
ギュスターヴからの問いかけに軽く咳払いをしつつパックは答える。
「ん…まぁ、ナルセスに言われてさ……ギュスとコーディーの助けになるから、せめてオレだけでも先に合流しろって。いや~、こっちも大変だったんだぜ? 穴の途中には崩落した横道があったりしてさ、『もしかしたら下まで落ちずにそこに入ったのか?』って思ってそれを一個一個調べ回ったり大忙しよ。―――と・こ・ろ・が・だ……心配して追いかけてみれば、当の二人は青春丸出しの空間作っちゃってるんですから……ねぇ?」ラブコメカッツーノ
「ちょ、ちょっと! なに言ってるのよ、パック!?」
「そ、そうだ! お、俺とコーディーは別にそんなんじゃ……!」
ニヤついたパックの言葉にギュスターヴとコーデリアは顔を赤くして必死に否定しようとするが、否定する様まで息がピッタリで余計にパックの表情をニヤつかせる結果となってしまった。
「まぁ、二人共無事だったからいいか! 続きはお天道様の下に出られたらゆっくりとしてくれい」
『だ、だからぁ!!』
パックと合流することが出来たギュスターヴは、先程まであったコーデリアとずっと二人だけでいたいという思いを霧散させていた。いや、少しは残念に思っていたが、やはり仲間というものは不思議だとも思っていた。ギュスターヴはコーデリアの手前そんな態度をおくびにも出さなかったが、それでも「自分とコーデリアだけで、土地感もない見知らぬ場所を無事に出られるか」と言う不安はあった。しかし、ただ一人パックと合流出来ただけでも本当に心強く感じていた。
こんな奈落の底まで来てくれたパックに、そして、パックを寄越してくれたナルセスらに、口には出さないがギュスターヴは深く感謝していた。
それからギュスターヴとコーデリアは、パックからナルセスたちも自分たちと合流するために動いてくれていることを聞き、自分たちも行動に移そうと歩き出していた。
明かりの一切無いアリの巣のように幾重にも張り巡らされた道の数々。そこは足場が不安定な整地されていない坑道のような印象であった。
最悪片手が塞がったまま戦うことも覚悟していたので、松明を使わずともパックがいるおかげで光源としてはやや淡いものの、視界が確保できるのは本当にありがたいとギュスターヴは思っていた。
「パック、道案内は任せろって言ったけど、本当に大丈夫なんだろうな?」
「何よギュスちゃん、このパック様の言うことを疑っちゃってるわけ? 大丈夫だって、こっちからはモンスターの気配はしないし、道も上に繋がってるみたいだから」ピスキーノサッチノウリョクナメンナヨ
合流するために歩くといっても、行き当たりばったりに歩いていては確実に迷うことになるとギュスターヴは思ったので、小さい範囲ではあるものの察知能力のあるパックに先導を頼むことにしていた。
疑っている訳ではないが、色々と前科があるパックに少々不安が残るギュスターヴは念を押す意味で一応の確認を取るが、パックは頭から電波のようなものを飛ばしながら「心配いらない」と言う。
(…コイツに任せて本当に大丈夫かな……?)
だが、それでも不安を拭いきれないギュスターヴは後頭部に大きな汗を浮かべて、なんとも言えない微妙な顔になる。
そうして歩きだそうとしていると、
「ぶえ!?」
「パック!?」
唐突に前方に見えていたパックに上から何かが降ってくる。
ギュスターヴとコーデリアはパックを助けるために急いで駆け寄る。
「この……!!」
そしてギュスターヴはパックの上に落ちてきた何かを思い切り蹴飛ばす。
ギュスターヴによってその何かから解放されたパックは小さな体に掛かっていた圧迫によって『ケホケホ』と咳き込む。
「大丈夫、パック!?」
「な…なんとか……」
パックの様子を心配したコーデリアはパックを手の平に乗せて背中を摩り、ギュスターヴは相棒に襲いかかった犯人を倒すべく、蹴飛ばした方向に剣を抜いて歩いていく。
しかし、その犯人を特定した途端、剣を握っていた手の力を緩める。
「あれは…『ハオチー』か……」
―――ハオチーとは、洞窟や坑道などの暗い天井に生息するイモムシ型のモンスターである。
桃色と水色に彩られた30サントほどのイモムシのような外見ということで気味の悪さはあるが、ハオチー自体の戦闘力は皆無に等しく、下を通りかかった人に落ちてくるだけで、少し心臓に悪いだけの無害なモンスターである。
貴族の間では人気は少ないが、ハオチーの体には豊富な栄養価が詰まっていて、ゲテモノ好きの
「くっそー……オレの頭にダメージを負わすとは、けしからん奴だ……。この『妖刀ザックリ丸』で天誅を……―――って、ハオチーじゃん。なんだよ~、わざわざオレたちに食べられにきたんか~?」
「た、食べるって……無理無理!! 私ハオチーだけは昔からダメなの!!」
パックはフラつく頭でザックリ丸を構えて凶悪な笑みを作ってハオチーの方を見るが、ハオチーの姿を確認した途端涎を垂らしながら『ほっこり』とした顔になる。
パックの言った「食べる」という発言を聞いたコーデリアは、顔を青くして涙目になってこれ以上ないというほど全力で拒絶する。
「ギュ、ギュスからもなんとか言って! ハオチーを食べるのも食べてるところを見るのも私絶対にイヤなの!!」
「あ、あぁ……。パック、お前がハオチーを食べたいのは分かるけど、今は先を急ごう。こっから出た後でもハオチーは食えるだろ?」
「ん~…まぁ、そりゃそうか。残念だけど、お前を食うのは諦めるよ。悪いなぁ、お前も俺たちに食われたくて落っこちてきたんだろうに」クニニカエルンダナ、オマエニモカゾクガイルンダロウ?
コーデリアの必死の懇願にギュスターヴは頷き、ギュスターヴの言葉を聞いたパックも渋々ながら了承し、ハオチーを野に帰す。
のそのそと身体をくねらせながら這っていくハオチーの姿を、コーデリアは戦々恐々と見ていた。そしてコーデリアとは対照的に、ギュスターヴとパックは惜しいものを逃したというような残念そうな顔で見送る。
実はギュスターヴは……パック同様にハオチーを口にすることに対してまったく抵抗がなかった。彼は懐が寂しく保存食も尽きていた時分は野草を採って食べたり、兎や野鳥などの獣を捕まえて食べたりと中々にワイルドな食生活を送っていたのだった。特にハオチーはそこらの獣や野草とは違い、貴重な栄養源であり、焼いて食べると外のカリカリ感と中のトロトロ感でとても美味しくいただける絶品という評価であった。
しかし、そんなことはコーデリアは露知らず、ハオチーの姿が見えなくなったことに深く息を漏らす。
「はぁ~~……こんなところでハオチー見るなんて思わなかったわ……」
「情けないのぉ、そんなんでヴィジランツなんてやってけるのかね? さっきやりあってたゾンビに比べれば、ハオチーなんてカワイイモンじゃないの?」
「だ…だってぇ……あのうねうねした動きとか…イモムシみたいな外見とか…とにかくダメなんだもん……」
コーデリアはゾンビに立ち向かっていった時の気丈な振る舞いは何処かに行ってしまい、半ベソをかきながらそう言う。コーデリアの様子を見ていたギュスターヴは不謹慎だが、「そんなところも可愛いな」と思ってしまい、つい見蕩れてしまう。
「まぁ、人には一つや二つ苦手なものはあるモンだからな。少しずつ克服していけば問題ないさ。さぁ、先を急ごう」
「う…うん……」
ギュスターヴはあまり時間を無駄に出来ないと思って先を二人に促すが、コーデリアはなにやらモジモジと煮え切らない様子であった。
それに疑問符を浮かべたギュスターヴであったが、とりあえず先に進もうと歩き出す。しかし、歩きだそうとした時、後ろから誰かに自分の手を握られる。突然右手を包み込まれたことにギュスターヴは心臓が跳ね上がる思いで振り返り、誰が手を握っているのか確認する。
すると……そこには顔を真っ赤にして俯くコーデリアがいた。
「コ、コーディー……!?」
「ご、ごめんね…あのね…えっと……す、少しの間だけ…こうしてても…いい……?」
「あ…あぁ……す、少しだけなら…構わないよ……」
ハオチーの出現によって、「恐怖心が刺激されて、より不安になってしまったのだろう」とギュスターヴは思い、少しの間だけ手を繋いでいることを了承する。だが、当の彼もコーデリアと同じように顔を真っ赤にして俯いてしまい、それ以上の会話は続かなかった。コーデリアの手は槍の訓練によって出来たマメが潰れたのだろうか、所々が硬くなっていた。だが、それでも手の平は柔らかく、ほんのり暖かかった。思えば、ギュスターヴは妹以外の異性とこうして手を繋いで歩くことなど初めてのことだったかもしれなかった。もう何度目になるか分からない鼓動の高鳴り…相棒の照らす淡い光だけが頼りの暗がりの道に、二人の足音だけが響く空間。今も必死になって探してくれているであろう仲間たちには悪いが、ギュスターヴは今、とても幸せな気持ちに包まれていた……。
(…コーディーには悪いけど、ハオチーにちょっと感謝しなきゃな……)
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それからしばらくギュスターヴたちは歩き続け、少しづつではあるが地上へ向かっていた。
少々疑わしかったが、パックの察知能力のおかげで最初のハオチー以外のモンスターとは出会わず、順調に歩を進めていた。そして、コーデリアと繋いでいた手も本当に少しの間で離してしまい、ギュスターヴは彼女の温もりの残る自身の手を名残惜しそうに見ていた。
しかし、そのまま歩いていると、岩壁の続いた道に相応しくない金属製の扉が見えた。
「なんだこれ? な~んか妙に物々しい感じだけど……」
パックは扉に近づき、コンコンと軽く叩いていみる。だが、特に何か罠があるわけでもなかった。
「…このまま手をこまねいていてもどうしようもないな。入ってみよう。」
ギュスターヴはパックとコーデリアにそう提案し、二人もそれに同意して頷く。
そして扉に近づいて、いざ開けようとした瞬間、
「うぉ!?」
『プシュ』という音と共に、手を触れてもいないのに扉がひとりでに開き出す。
それには扉に手を触れようとしていたギュスターヴも驚き、素っ頓狂な声を上げてしまう。
勝手に扉が開いたことに驚いたのは彼だけではなく、隣にいたコーデリアとパックも同様であった。魔法で誰かが操作していたのならともかく、それはまるで扉自体がギュスターヴが近づいたことを認識して開いたような印象であった。
勝手に開く奇妙な扉に警戒心を抱き、コーデリアとパックに目配せをしてギュスターヴは扉の中に入っていく。
そこに広がっていたのは、先程の道にあったような暗闇ではなく、蛍のように淡く光るいくつもの虫の光によって照らし出された荘厳な雰囲気の空間であった。
「……これは……?」
「どうしたの、ギュス?」
「い、いや…なんでもない……」
ギュスターヴの後から入ってきたコーデリアは立ち止まって虚空を見つめる彼にそう聞くが、なんでもないとしか言わなかった。
(なんだ、今のは……? ここには初めて来たはずなのに、なんで今、一瞬…懐かしいなんて……)
既視感の残る風景に、ギュスターヴは誰に言うでもなく、そう独りごちる。
「本当に大丈夫なの、ギュス……?」
「あぁ…大丈夫だよ。ちょっとボーっとしてただけさ…。さ、行こう……」
心配するコーデリアの言葉に、ギュスターヴはそう言うが、コーデリアには少し顔色が悪いようにも見えた。そんなコーデリアの心配を他所に、ギュスターヴは足を進める。
三人が金属製の足場を少し進むと、前方の仄暗い空間に何か大きなものが三人の目に映る。
「何が起こるか分かったものじゃない」と警戒を怠らずにと近づいてみると、そこにいたのは―――
「―――な、なんだ…これ……!?」
―――何本もの柱ほどの太さの杭で磔にされ、下半身を完全に失い、背骨が剥き出しになった朽ちかけたドラゴンのようなものだった……。
その異様な存在感に、ギュスターヴもコーデリアもパックも、皆言葉を出すことも忘れて朽ちかけたドラゴンを凝視していた。
少しの間三人はそのまま固まっていたが、一番最初にパックが「ハッ」としたように我に返り、恐る恐るとゆっくり朽ちかけたドラゴンに近づいていく。
コーデリアはパックの行動をハラハラした様子で見守っていたが、彼女が心配していたようなことは何も起こらなかった。
一通り朽ちかけたドラゴンを見終わったパックは、その異形から背を向けて危険は無いと言う。
「大丈夫。コイツ図体はデカイけど、死んでるみたいだ」レーダーハンノウナシ!
「い、いいから早く戻っておいでよ、パック……」
「ん~……? なんだよコーディ~、ひょっとして恐いのかな~? だ~いじょうぶだって、いざとなったら隣にいる『王子様』が守ってくれっから」ムッツリオウジダケドナ
「な……っ!? こ、恐くなんてないわよ!! そ、それに…ギュスとはそんなんじゃないって……ギュ、ギュスからもなんとか言って―――……ギュス?」
赤くなってパックの言葉に反論するコーデリアは、ギュスターヴからもパックに何か言うよう口にするが、隣にいる彼からは何の反応もなかった。
不審に思ったコーデリアは横に視線を移すと、ギュスターヴは呆然と何かに取り憑かれたように朽ちかけたドラゴンを見上げていた。
「ギュス……? ねぇ、ギュス!!」
「!! わ、悪い、コーディー……。どうしたんだ……?」
「ギュス…ホントに大丈夫なの……? やっぱり、何処か悪いんじゃ……」
「ど、何処も悪くないよ。ホラ、この通り!」
コーデリアはギュスターヴが体調を崩してしまったのではないのかと心配になりそう聞くが、ギュスターヴは肩を回して何処も悪くないと言う。
だが、先程の扉を潜った後からの彼の様子は何処かおかしく、正直心配するなと言う方が無理な状態に見えていたのであった。
「……それより、早くここを出よう。出来るだけ早く皆と合流しないといけない」
「う…うん……」
「行くぞパック! お前も早く降りて来い!」
「アイアイサー」
そうして三人は淡い光に彩られた空間を後にするべく歩を進める。
コーデリアとパックがその部屋から出た時、ギュスターヴだけが『ピタッ』と歩みを止めて振り返る。その視線の先には先程まで目の前にいた朽ちかけたドラゴンが映っていた。
何処かで見たような既視感に囚われ、自分が知るはずのない、何一つ覚えのないはずの言葉を『ポツリ』と口にする。
「……アジーン……?」
やはり口にしてみてもまったく分からない言葉にギュスターヴは首を数度振って、コーデリアとパックの元へと歩き出す。
彼らが去った後に残ったのは、淡い光を発して飛び回る幾多の虫と…異様な巨躯を磔にされた朽ちかけたドラゴンだけであった……。
―――当人たちは何も知らずに、運命は交錯していく……。回り始めた歯車は、音を立ててその動きを加速させていく……。時計の針は少しずつ、その時を刻んでいく……。
どうも皆さん、MAXコーヒーです。
今回初めて主人公の内面の恋愛描写に挑戦してみましたが、いや~難しい……。
こう……「甘酸っぱい」というような表現を目指してみたんですが、うまくできてるか不安です。
「もっとここはこうしろよ」とか「そんなんじゃ甘いよ」とか「コーディーは俺の嫁」とかそういう意見や助言、それに感想などがありましたら私に教えちくり~(懇願)
さて今回、コーデリアとギュスターヴは落ちた先でラブコメしてましたが、幼少期にて夢の中で出会ったドラゴンと現実で遭遇しました。
これから先どうなるのか……それはこれから語っていくことにしましょう。
ではまた次のお話で。