ゼロの使い魔 ~小さな物語~   作:MAXコーヒー

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前回までのあらすじ:なんやかんやあった。

欝要素はありません。


19話 泡沫の儚

 

 

―――ハンの廃墟、下層部

 

 

 ギュスターヴたちが上層部へ向かって歩いている時を同じくして、エルクらもナルセスの案内の元、階層を下って下層部まで降りてきていた。

 

「ふぅ……結構降りてきましたが、ギュスたちは何処まで落ちたんでしょうか……」

「……分からん。一応ここがハンの廃墟の最下層だが、ここにいないとなると入れ違いになった可能性も考えられる……。もう少し探してみて見つからない時は、一度上に戻ることも考慮するべきだろうな……」

 

 今まで数多のディガーがハンの廃墟に探索に訪れたが、この下層部より先に道を発見できた者はいなかった。故にナルセスは隈無く探した上で探し人が見つからないとなると、既に上に戻っているかもしれないと言う。

 しかし、下層部にもまだ探していない場所もあるので、ナルセスは二人に捜索を続けるよう言い渡す。そうして三人が歩きだそうとした時、エルクが何かに気づく。

 

「あれは……ちょっと待ってくれ二人共」

「どうした、エルク?」

「あそこを見てくれ。あそこの壁だけ……少し周りと違くないか?」

 

 エルクはそう言い、壁の一点を指差す。そこには少し分かりづらいが、よく見れば周りの壁とは違う色の長方形に縁どられた箇所があった。

 

「これは……扉か……!」

 

 ナルセスは埃を被って壁の色と同化していた問題の箇所に近づき、その部分を軽く払ってみるとそれが何であるか理解できた。既に錆び付き、ボロボロの状態になっていたが、それは重厚な扉であった。今まで廃墟を探索してきた先駆者たちが発見できなかった扉の存在にナルセスは驚くが、下層部まで探しても二人が見つからなかった理由がハッキリ見えてもいた。

 おそらくこの先に二人はいるのだろうとアタリをつけたナルセスは扉を開けようとするが、その扉は長年放置されていた影響からなのか、固く閉ざされていてナルセスの力ではビクともしなかった。

 

「……完全に錆び付いてしまっているようだな……。タイラー、任せてもいいか?」

「分かりました。では、ナルセスさんはエルクと一緒に下がってて下さい」

 

 タイラーはそうナルセスに言い、彼をエルクと共に後ろまで下がらせる。

 そしてタイラーは半身になって右足を半歩下げ、後ろ足に力を込めると―――

 

「―――ウオォォォォォ!!」

 

 雄叫びを上げて扉に突っ込んでいった。

 凄まじい迫力で体当たりを食らった扉はその衝撃に耐えることができず、真ん中から『くの字』になり、埃を舞い上がらせてブチ破られる。

 

「……さぁ、行こうか」

「タイラー……アンタ、トンでもない馬鹿力だな……」

 

 エルクは目の前の無残な姿になり、数秒前まで扉であった物体に目を向けながらそう言う。

 タイラーの体格からかなりの力があると予想していたエルクだったが、実際はそれを大きく上回っていた。

 

「よくやった、タイラー。さて……先に進むぞ」

 

 壊れた扉のあった場所を通り、ナルセスは二人に先を促す。

 足を進めるナルセスの後に続き、エルクとタイラーもさらなる地下への道に足を踏み入れる。

 

(待ってろ兄者……今行くからな……!)

 

 

 

 

 

―――ハンの廃墟、最深部

 

 

 

 

 一方その頃ギュスターヴたちは―――

 

 

「……大分歩いたけど、中々皆と合流できないね……」

「そうだな……。だけど、これだけ上まで登ってきたんだ。きっともうすぐ皆と合流できるはずさ」

 

 エルクら三人が最深部へ足を踏み入れたとは露知らず、ひたすら地上を目指して歩き続けていた。

 しかし、歩けど一向に見えない仲間の姿と途方もなく長く感じる道程に流石のギュスターヴも体力的にも精神的にも疲れが見え始めていた。そしてそれは当然コ-デリアとパックにとっても同じことであり、特にコーデリアは肩で息をするほど疲れが蓄積していた。

 

「………コーディー、そろそろここらで一度休憩しよう。あまり無理に歩いても、いざという時に動けないんじゃ困るからさ」

「うん…そうだね……」

 

 ギュスターヴは振り向き、見るからに疲労しているコーデリアの様子を見かねて優しくそう言い、ギュスターヴからその言葉を受けたコーデリアは少々辛そうな声で応える。

 少し開けた空間に腰を下ろした二人は『ふぅ』と軽く息を吐き、壁に背を預けて体を休める。

 懐からハンカチを出して汗を拭くコーデリアを視界の隅に置いたギュスターヴは、片方だけ膝を曲げ、その上に肘を掛けて一人考えに耽っていた。モンスターと出くわす事自体はあったが、それでもパックのおかげで回数も数も片手で数えられるほどのものだった。それはいい、無駄な戦闘なら避けるに越したことはないのだから。しかし、ギュスターヴの思うところは別にあった。

 自分たちが今居る場所……通路とでも呼べばいいのか、そこは妙に明るいのだ。

 陽の光があるわけでもないのに、まるで昼間のように光が満ちているのだ。その光を発している物は通路の壁の上部に等間隔に設置されており、常に空間を明るく照らしている。それだけならそこまで深くは考えなかったのであろうが、奇妙なことに通路自体もしっかりとした足場になっているのだ。これは先程まで歩いていた地下どころか、落ちてくる前までの場所でも見られなかった光景であった。

 ギュスターヴはパックの光以外に視界が確保できることや平らな足場があることは有難いと思っていたが、それが自分の理解できる物ではないので不安も抱いていた。

 このような状況は、あの朽ちかけたドラゴンがいた場所を出た時から続いており、混乱するばかりであった。

 しかし、いくら考えを巡らせても答えなど出るはずもなく、その考えを一旦打ち切り、とにかく体を休めることに専念する。

 そうして少しの間そのままでいると、ふとコーデリアが思い出したようにギュスターヴに語りかけてくる。

 

「ねぇ、ギュス。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…いい?」

「ん? あぁ、構わないよ。なんだい?」

「えっとね、ナルセスさんやタイラーさんが言ってた『剣聖』ってなにかなって思って。二人がギュスの名前を聞いた途端にそう言ってたのが気になってたんだけど、中々聞く機会がなかったから」

 

 コーデリアはギュスターヴの二つ名である『剣聖』の意味が分からなかったので、ギュスターヴにそう尋ねる。コーデリアは噂というものをあまり耳にしたことがなかった。彼女の生まれ育った場所はゲルマニア地方でも特に人の往来が少ない閑散とした田舎の村であった。さらに駆け出しのヴィジランツということも手伝ってか噂よりも自身の力の向上の方が大切であり、あまり噂というものに固執することがなかった。

 

「それか……。そうだなぁ……どう話せばいいか―――」

「そういえばコーディーは知らないんだっけか。よろしい、このパック様が教えてあげよう!」

 

 ギュスターヴがどう説明したものかと頬を掻いていると、彼の腰のポーチからパックがひょっこり頭を出して勝手に喋り始めてしまった。

 

「あれは今から一月くらい前、オレとギュスがある街に立ち寄った時のことだったなぁ……―――」

 

 そうしてパックは一月前にカローナの街で起こった事件をコーデリアに聞かせていた。

 最初は目を輝かせて話に夢中になっていたコーデリアだったが、そろそろ話も終わりに差し掛かろうというところで次第に不機嫌な顔になり始めた。

 何故急にそんな顔になるのかギュスターヴは分からずにいると、コーデリアは彼に向き直って唐突にこんなことを口にしだした。

 

「……ギュスって案外手が早いんだね……」

「え…? コ、コーディー……?」

「……いいんだけどね…ギュスがどうしようが私には関係無いし!」

 

 コーデリアの少し怒りを含んだような意味深な言葉にギュスターヴは疑問符を浮かべ、何か機嫌を損ねるようなことをしてしまったのかと頭の中で考えを巡らせる。しかし、いくら考えても原因が分からない彼女のむくれ様にギュスターヴはますます頭を悩ませてしまう。

 そして、何故こんなに自分が怒るのか理由が分からないのはコーデリアも同じだった。

 パックの口から『キュルケ』という貴族の少女の名前が出て、その少女を悪漢の手から助けたというところまでは良かった。だが、別れ際に頬にキスをされたという話を聞いた途端、コーデリアは自分の胸に何かムカムカするものが急に芽生えていた。普段ならこんな話を聞いただけなら野次馬の如く続きをせっついたのだろうが、この時に限ってはそれ以上聞きたくないという思いが頭の中に渦巻いていた。何故こんな態度を取ってしまうのかという自分の言動に対する戸惑いと、当てつけのように当たってしまったギュスターヴに対する申し訳なさとが同居し、彼女の胸中は内心穏やかではなかった。ギュスターヴと他の女が仲良くしていることを聞くと、知らず知らずに嫌な気持ちになる……コーデリアはこんな感情を抱いたのは初めてのことだった。

 そして、コーデリアの機嫌を直そうと悪戦苦闘するギュスターヴと、ツーンと顔を逸らして目すら合わせようとしないコーデリアの姿という、第三者が見たら思わず生暖かい視線を送るであろう構図が出来上がっていた。

 その二人の様子をニヤニヤとした顔で見ていたパックは、仕方ないなぁという感じで仲裁に入る。

 

「まぁまぁ、そんな怒るなってコーディー。確かにギュスは手は早いけど、決してやましい気持ちで手を出すわけじゃないから。むしろ…やましい気持ちで手を出したのはコーd―――ぐぇ!!」

 

 そこまで口にしたパックだったが、突然何者かに体を強く握られその先の言葉を中断させられる。犯人は誰かと口から泡でも吹きそうな顔で振り返ったパックの目に映ったのは、これまで見たことがないほど必死な形相で睨むギュスターヴの顔であった。

 

「…パック……。それ以上言ったら―――このまま握り潰す……!」

「……ぁい…スミマセン……」

 

 急に慌てたようにパックを取り押さえるギュスターヴの行動にコーデリアは驚き、パックを彼の手から解放してやり、いきなりどうしたのかと問う。

 

「きゅ、急にどうしたのギュス!?」

「いや…その…なんでもないんだ。…そうだよな、パック……?」

 

 ギュスターヴのドスの効いた声にパックは無言で頭を上下させ、

 

(調子に乗りすぎた……)

 

 あのまま喋っていたらマジで握り潰されていたであろう相棒の眼光に若干青ざめていた。

 

「そろそろ行こう。あまり長居してもいられない」

「う、うん…そうだね……」

 

 ギュスターヴの言葉に一応相槌を打つコーデリアだったが、その目には少々の怯えの色を含んでいた。コーデリアに自分の想いを知られたくない為の行動だったのに、憐れにもそれが裏目に出て彼女を怖がらせてしまったギュスターヴであった。

 

 そうしてギュスターヴたちはその場を後にして歩き出す。

 最初に歩いていた地底湖からの道に比べて現在歩いている通路はかなり歩きやすかった。いや、逆に歩きやすすぎるのだ。それも先に進めば進むほど改善されていった。最早それは廃墟としての様相ではなく、しっかりとした建物と呼べるものにまで変わっていた。その不自然な変わりようにギュスターヴは気味の悪さすら感じ、一刻も早くここから出たいと思っていた。

 そんなことを考えながらそのまま歩いていると、先程のような扉が視界に入ってきた。

 警戒心だけは欠かすことなくギュスターヴが扉に近づくと、同じように扉がひとりでに開く。同じような光景を一度見たからそこまで驚きはしなかったが、やはり不気味ではあった。

 そのままでいるわけにもいかないので中に入ってみると、そこは幾つかのくすんだ色の柱のようなモノが規則的に置かれた部屋だった。

 若干の暗さはあるものの、それでも明かり自体はあるらしくギュスターヴは部屋の中を見回してみる。すると、彼の視界に書類が散らばった机が目に入る。

 

「あれは……?」

 

 ギュスターヴはその机に近づき、書類の一枚を手に取ってみる。しかし、目を通してみたものの、どうやら古代文明の時代に使われていたらしい文字だったらしくギュスターヴには読むことが出来なかった。読めないのでは仕方なしに視線を少し逸らすと、書類の山の隣にひと振りの短剣が置かれているのが目に入った。不思議とその短剣が気になったギュスターヴは短剣を手に取ってみる。手に取ってよく見てみると、その短剣は少々古びてはいるが錆も無い上に薄らと淡い輝きを纏っていた。一目見た時から普通の短剣ではない予感はしていたが、どうやらその直感は正しかったようだった。一人短剣に視線を向けたままのギュスターヴに気づいたコーデリアは徐ろに近づき、

 

「どうしたの、ギュス?」

 

そう問いかける。

コーデリアからそう言葉を掛けられたギュスターヴは振り返り、喜びを滲ませたような声で応える。

 

「コーディー…この短剣……クヴェルだ」

「え!? これがクヴェル!?」

「あぁ、確証は無いけど間違いないと思う。それも多分……未解明の系統のクヴェルだ」

「やったね、ギュス! 初仕事でクヴェルを見つけるなんてすごいことだよ!」

 

 コーデリアはまるで我が事のようにギュスターヴの初探索の成功を喜び、満面の笑顔を向けてくれていた。ギュスターヴはその顔を直視することが出来ず、曖昧に笑って一言だけ礼の言葉を言う。

 

「ハハ、ありがとうコーディー。けど、クヴェルを見つけられたといってもここから出られないんじゃ意味が無いからね。奥に同じような扉があるみたいだからそっちに行ってみよう」

「そうだね、こうなったら何が何でもここから出ないとね」

 

 そう言い、二人はその部屋を後にする。

 だが、短剣があった机の上に山になった書類のような紙の束があったことにコーデリアは気づかなかった。より正確に言えばコーデリアも気づいてはいたが、明らかに見たことのない文字で書かれていたので気にも止めていなかった。

 その書類は時の流れによって劣化や損傷こそあったが、文字自体は所々に残されていた。

 ギュスターヴは首を傾げるだけだったが、その書類の文章を一部抜粋するとこのような文字が認められた。

 

 

『第■次"D検体(オールド・ディープ)"起動経■中間■告書』と……。

 

 

 この内容と同じように、彼らは気づかない方が良かったのか、それともその逆だったほうが良かったのか……くすんだ柱だと思われたモノの中には、液体に浸かった人の身体に極めて酷似したモノだけが静かに浮かんでいた……。

 

 

 

 

 

 短剣を発見した部屋を離れてまたしばらく歩き続けたギュスターヴたちは、徐々にだが明かりが薄くなってきていることに気づいた。

 

「パック、コーディー。ひょっとしたらもう少しで皆と合流できるかもしれないぞ」

「うん。さっきから明かりが薄くなってきてるってことは、廃墟に戻ってきてるってことだもんね」

「ってことは、またオレの出番が回って来るってことだな」

 

 これが何を意味するか即座に理解した三人は、顔を綻ばせて口々にそう言う。

 光のある場所から離れて暗闇に向かうことを嬉しく思うというのもおかしな話だが、それ以上に仲間たちと合流出来るという希望にも似た思いが暗闇への恐怖心を凌駕していた。自然と軽くなる足取りに身を任せて歩き続けると、先程までは明かりの方が勝っていた暗闇が少しずつ濃くなっていく。

 だが、一行が暗闇の中へ入ろうとした時、

 

「ちょっと待った! この先になんか居るぞ二人共!」

 

 パックの制止にギュスターヴとコーデリアは進む足を止め、咄嗟に後ろに下がって武器に手を掛ける。警戒する彼らの前に少しずつ暗闇の中からその姿を現したのは……

 

「な…なんだ、こいつは……!?」

 

 その全長は2メイル以上もあるだろうか、大岩であろうと軽々と持ち上げられるであろう膂力がありそうな腕を備え、人のように二足で直立している…まるで幽鬼の如き印象を与えられる顔面の三分の二を巨大な眼に占められた単眼の化物だった。今まで見たことがない不気味な怪物の存在にギュスターヴたちの間に緊張が走る。

 しかし、対峙しているにも関わらず動きを見せない怪物に様子のおかしさを感じ取ったギュスターヴたちは、怪訝に思いながらも武器を握る手の力を僅かに緩める。

 だが―――

 

「!!」

 

 その瞬間を狙っていたのか定かではないが、前方の単眼の化物は突如猛スピードでギュスターヴに向かって襲いかかってきた。不意を突かれたギュスターヴは咄嗟に剣を構えて防御の体勢をとる。そして目の前にまで迫った単眼の化物はその拳を振り上げ、ギュスターヴの体を叩き潰しかねないほどの圧力で拳を振り抜いた。

 

「グッ! …ウァッ!!」

 

 化物の拳を剣で防御することは出来た。だが、ギュスターヴはその衝撃を殺しきることが出来ずにその場から吹っ飛ばされてしまう。剣を手放すことはなかったが、勢いよく弾かれたギュスターヴは壁に強く体を打ちつけ、ヨロヨロと立ち上がった際に額から一筋血を流す。

 

「ぅ…ぐ……!」

「ギュス!! ……っこのぉ!!」

 

 額から血を流して小さく呻くギュスターヴを見たコーデリアは果敢にも化物に向かって槍を突き出すが、化物はその巨躯に似つかわしくない俊敏な動きで躱し、コーデリアの懐に肉薄する。

 

「くっ!」

 

 だが、コーデリアもやられているだけではなくその体勢から体を捻って反転させ、突き出した穂先とは真逆に位置する石突きで懐に入ってきた化物の頭部をカウンター気味に強打させる。その衝撃に化物はよろめいて体勢を崩すが、それもほんの一瞬のことであり、大型の猛獣にも負けないほどの咆哮を上げながら、下げていた拳を地面に這わせて丸太の如き豪腕を唸らせる。反転した体勢のままのコーデリアはその動きに反応することが出来ず、来るであろう痛みと衝撃に備えて体を硬直させる。

 

「―――コーディー、今すぐ下がれ!!!!」

 

 しかし、コーデリアが直撃を覚悟したと同時にギュスターヴが彼女と化物との間に割って入り、突き上げられた拳を真上から斬り落とす勢いで剣を振り下ろす。

 だが、

 

「なっ!?」

 

 攻撃を寸でのところで止めることは出来ても、ギュスターヴの剣は化物の拳に僅かばかりの傷しか与えられなかった。つまり、渾身の斬撃であっても堅牢な骨に遮られ肉を少し斬る程度のダメージしか入らなかったのだ。

 そのことに若干動揺したのか、コーデリアと共に素早く下がったギュスターヴは額から流れる血を地面に一筋滴らせ、愚痴でも零すような口調で言葉にする。

 

「冗談キツイぜ……何食ったらそんな体になるんだよ……!」

「どーすんだギュス! (やっこ)さん、今ので相当お冠みたいだぞ……!」

 

 空中に避難していたパックの言う通り、どうやら化物は自身の体に傷を付けられたことに怒りを感じているらしく、低く唸り声を上げてギュスターヴたちを睨みつけていた。

 

(こいつ…今まで廃墟内で戦ってきたモンスターとは格が違う……。長期戦になれば、こっちが不利か……)

 

 目の前で敵意を剥き出しにしている化物を見てギュスターヴはそう判断する。現状体格差から考えても自分と相手とのスタミナなど比べるべくもなく、特にコーデリアに至っては先の一合だけで疲弊した体力がさらに削られてしまっていた。実質たった二人、しかも消耗した状態でこの化物を相手取るのはリスクが大きいと感じられた。そこでギュスターヴは化物から視線を離さず、コーデリアに向けて言葉を投げる。

 

「コーディー。あいつは今、こっちがどう動くか様子を伺ってる。今の内にパックと一緒に先に進むんだ。さっき少しだけ見えたけど、奥は狭い通路になってる。あいつのガタイならそこまでは追って来れないハズだ」

「で…でも……」

「早く行くんだ、俺が囮になる。……心配いらない、コーディーが安全なところまで行ったら俺もすぐに後を追う。いつまでもこんな奴に構ってられないからな」

 

 ギュスターヴからそう言われたコーデリアは一瞬渋るが、反論を許さないギュスターヴの言葉に圧されて化物を刺激しないように上層への通路へゆっくり向かっていく。コーデリアが動き出したことを音だけで確認したギュスターヴは、剣を正眼に構えて化物に向かって挑発するように叫ぶ。

 

「さぁ来い!! お前の相手は俺だ!!」

 

 だが、ギュスターヴの考えに反して化物の巨大な眼は囮として残ったギュスターヴではなく、ゆっくりと通路へ向かうコーデリアの動きを補足しているように追っていた。緊張からコーデリアの額には薄らと汗が浮かんでいた。その汗が塊になり、一つの雫となって目の中に入りそうになったコーデリアは一度だけ瞬きをする。その瞬間だった、

 

「ッ!!」

 

 化物は両腕を地面に向かって叩きつけると、兎を思わせる跳躍でもってギュスターヴの頭上を飛び越え、上空からコーデリアへと襲いかかった。

 

(くっ!! コーディーを狙ってきやがったか!!)

 

 コーデリアが化物に狙われたことにギュスターヴはすぐに振り返って彼女の下へと全力で駆ける。

 化物の豪腕がコーデリアの目前まで迫ったところで、間一髪ギュスターヴはコーデリアを抱えて飛び退くことに成功する。凄まじい音と共に化物の豪腕が着弾した場所に目を向けると、そこはもうもうと土煙が立ち込め、僅かに見える周囲の地面には亀裂が走っていた。人体に直撃していれば、間違いなく原型を留めていられないであろう威力に、ギュスターヴは冷や汗を流して戦慄していた。

 

(なんて馬鹿力だ…土木作業じゃねぇんだぞ……!)

 

 しかし、一旦距離を取って安心したのも束の間、化物は土煙が晴れるのも待たずにその巨体を活かした凄まじい圧力でギュスターヴたちに突進してきた。決して油断していたわけではなかったが、ギュスターヴもコーデリアも化物の突然の猛攻に反応が遅れてしまう。迎撃が間に合わないと咄嗟に判断したギュスターヴは両手で剣を握り、コーデリアを庇うように化物の前に立ち塞がる。

 

「ゥルルゥォォォォォォォォ!!!」

 

 「たとえ防がれようが関係ない」、そう言わんばかりに化物は咆哮を上げて再度豪腕を唸らせる。まるで視界いっぱいに巨大化したように錯覚するほどの圧力を纏った拳をギュスターヴは真正面から防御する。

 

「ぐぁっ!!」

「キャアッ!!」

 

だが、なんとか防いだものの繰り出された拳の威力に圧倒され、為すすべもなくギュスターヴは後ろにいたコーデリアと共に吹っ飛ばされてしまう。宙を舞うギュスターヴの目の前に壁が映る。ギュスターヴが吹き飛ばされたことにより、このままではコーデリアが壁に激突する形になってしまう。

 

(くっ! なんとかコーディーを守らないと!!)

 

 コーデリアが壁に打ち付けられることを危惧したギュスターヴは彼女をしっかりと抱きかかえて身体を捻り、自身の体を壁の方に向かせる。そして、二人はその体勢のまま壁に強く激突してしまう。

 コーデリアは衝撃によって揺れる頭を振って、朦朧とする意識を必死に振り払う。

 

「コーディー……大丈夫か……?」

「!! ギュス!?」

 

 コーデリアは息も絶え絶えのギュスターヴの声に視線を下に向け、彼の姿を確認した瞬間唖然となる。ギュスターヴは口から血を流し、壁に激突した際に瓦礫が刺さったのか脇腹からも血を流していた。

 

「ゲホッ! ゴホッ!」

「ギュス、なんで私を庇ったのよ!? イヤだよ、ギュス!! 死んじゃイヤだ!!」

「オイ、ジッとしてろ! 動いたら傷が開くぞ!!」

 

 何処か内蔵も痛めたのかギュスターヴは血を吐き出し、体を震わせながら立ち上がる。コーデリアは満身創痍のギュスターヴの状態を見て、涙を流してそう言う。二人が壁に激突したと同時に降りてきたパックも役に立てない悔しさに唇を噛みながら、少しでも傷を塞ごうと鱗粉を撒こうとする。だが、ギュスターヴは痛みと苦しさを堪えて無理やりにでも笑顔を作る。

 

「…大丈夫だ、二人共……。見た目ほど大した傷じゃないから、心配すんな……」

「けど…お前……!」

「ギュス…ごめんね……。私の…私のせいで……!」

「何言ってんだ…気にすんなって……。あんな奴にどーこーされるほどヤワじゃねぇよ……」

 

 ギュスターヴの言葉は、誰が聞いても明らかな強がりだった。痺れる手で剣を構えたギュスターヴは威嚇する化物を見据えて、諦めずに眼光を鋭くする。しかし、彼の体調もこの場の状況も最悪に近いものだった。

 

(…とは言ったものの、そう何度も受け切れる威力じゃねぇぞ……。なんとか打開策を……!?)

 

 ギュスターヴはこの状況をどうにかするために必死に頭を回転させようとするが、またもや機先を制したのは化物の方であった。この化物相手をするには、経験不足のコーデリアでは荷が勝ちすぎる相手だった。故にギュスターヴが常に気を配っておかなければならず、後手に回ってしまうのもやむを得なかった。突っ込んでくる化物の攻撃を正面から受けることは今の状態では出来ないと踏んだギュスターヴは、コーデリアを抱えて横っ飛びの体勢になる。だが、その様子を見ていた化物は握りこんでいた拳を解いて、手を何かを引っ掻くような形にする。相手が何をしようとギュスターヴは取る行動は一つだけだと、その体勢のまま振り抜かれた攻撃を回避する。

 そう…回避したはずだった―――

 

「っ!! ぐぁぁぁっ!!」

 

 ギュスターヴは左足に突如走った熱を持ったような鋭い痛みに叫び声を上げる。その痛みにギュスターヴは左足に目を向ける。そこにあったのは、ふくらはぎに付けられた四つの深い切り傷だった。

 

(完全に躱したはずだ…! なのに、なんで……!?)

 

 ギュスターヴはそう疑問に思い、今度は攻撃を仕掛けた化物の手に目を向ける。そしてそこにあったものにギュスターヴは驚愕から目を見開く。なんと目の前の化物の手の先、指の先端にある『爪』が鋭利な刃物の如く伸びていたのだ。しかもその爪は伸縮自在らしく、伸ばした爪を引っ込めた化物は再び拳を握り込む。ギュスターヴは左足の傷は間違いなくあの爪によって付けられたものだと判断し、自分たちが先程までいた地面を見てみる。そこにはギュスターヴの左足の傷とは比べ物にならないほど深く抉られた爪痕が残されており、拳の威力と同様にゾッとさせられていた。

 

(くそっ! まさか爪が伸び縮みするとはな……。馬鹿力に加えて、あんな隠し玉まで用意してるたぁ芸達者なヤローだ……)

 

 『ゼェゼェ』と荒く呼吸をしてギュスターヴが相手を分析していると、弱った相手に止めを刺そうと化物が拳をいからせて殺到する。

 

「くっ!!」

「!! ギュス!?」

 

 コーデリアを抱えていてはこれ以上躱しきれないと判断したギュスターヴは剣を鞘に収め、化物から遠ざけるようにコーデリアを突き飛ばし、彼女とは逆方向に…化物に向かって足を踏み出す。まさか前に出てくるとは予想していなかった化物はその行動に驚いたのか一瞬大きな目玉を『ギョロ』と動かすが、目の前に出てきたギュスターヴを殴り殺すべく、巨岩を粉砕する威力を誇る拳を一切の躊躇もなく突き出す。その瞬間の交錯を見ていたコーデリアは化物の拳に潰されるギュスターヴが脳裏に過ぎり、思わず目を塞いで声にならない叫び声を上げる。

 しかし、ギュスターヴの狙いはまさにそこにあった。化物が攻撃を仕掛ける一瞬、獲物に止めを刺すために全神経を集中するその一瞬を狙っていたのだった。

 

 

 

「―――『斬鉄剣』……!」

 

 

 

 化物の拳がギュスターヴの顔に触れるほど接近したその刹那、ギュスターヴは鞘に納めていた剣を瞬発的に走らせ、化物が突き出した腕を中程から切断するために斬りつけた。

 如何に堅牢な肉体を持とうが、この一撃なら斬り裂く自信があった。そしてギュスターヴが剣を振り抜き、化物の腕からは血飛沫が舞い上がった。

 

 だが―――

 

(ダメだ…! 浅いっ……!!)

 

 ギュスターヴの『斬鉄剣』は化物の腕を切り落とせなかった。体に重いダメージを負いすぎたために踏み込みが甘くなってしまったのだ。その上脇腹の傷が痛み、剣の振りも不十分だった。

 

(まずい……!!)

 

 一瞬のチャンスに賭けたギュスターヴは、自身の持つ手札の中で一発逆転の可能性が最も高い『切り札』を切ったが、それは同時に失敗した時の危険も最も高いということでもあった。

 『一撃必倒』……決まれば絶大な効果を発揮するが、外せば一転自分が窮地に陥る……正しく背水の陣を体現した言葉である。

 『斬鉄剣』を放った後のギュスターヴは無防備に近い状態となる。一撃に全神経を費やすのだから当然だ。完全に体勢を崩したギュスターヴは急いで防御に徹しようとするが、ギュスターヴがそう思ったときにはもう手遅れだった。

 剣を構えかけたギュスターヴの目に映ったのは、斬りつけられた腕とは逆の腕にある鋭利な爪が伸びた手だった。化物は不気味に淡い光を反射する凶刃を振りかざすと―――

 

 ―――その勢いのままギュスターヴの体に三つの大きな爪痕を刻み込んだ。

 

「―――か……っは……!」

 

 化物の凶刃の餌食になったギュスターヴは斬りつけられた衝撃によって5メイルほど転がり、出血から周りには血溜りが出来、『ピクピク』と体を痙攣させて動かなくなった。

 

「……イ…イヤァァァァァァァ!!!」

 

 ギュスターヴが動かなくなったことに動揺し、コーデリアは悲鳴を上げる。

 我も忘れてギュスターヴの下へ駆け寄る。

 

「ギュス!! 死なないで、ギュス!! お願いだから返事して!!」

「ぅ……コ…コー…ディー……」

「!! ギュス!!」

 

 血溜りに沈むギュスターヴを抱き起こすと、コーデリアは大声で声を掛ける。その声に薄れかけた意識を覚ましたギュスターヴは小さな声でコーデリアの名を呼ぶ。虫の息の状態のギュスターヴだったが、どうやらまだ命の火は消えてはいないようだった。

 

「お…俺はもう動けない……。このままじゃ…二人共殺される……。俺を置いて…パックと逃げろ……」

「何言ってやがんだ!! お前を見捨てろってのか!?」

「そうよ!! そんなこと出来るわけないじゃない!!」

 

 ギュスターヴは最早動けない自分は諦めて二人だけで逃げろと言う。だが、そんなことは出来るはずないとコーデリアは強く拒絶する。

 今もゆっくり自分たちの方へ歩いてくる化物を睨みながら、コーデリアは槍を持って真っ直ぐに対峙する。

 

「やめろ…コーディー…俺を置いて逃げるんだ……」

「…ギュス……」

 

 なおもギュスターヴは自分のことは諦めろとコーデリアに言うが、彼女の瞳は諦めとは無縁の色に彩られていた。

 

(床が崩れて落ちた時も…この化物と戦ってる時も…ギュスは何度も私を守ってくれた……。今度は、私がギュスを守る番!!)

 

 

 ―――私は、ギュスの護衛者(ヴィジランツ)だから!!

 

 

 絶対にこの人を死なせない…死なせてなるものか!

 コーデリアは震える身体と心に鞭を打ち、己の内に潜む恐怖を捩じ伏せ、戦う意思を奮い立たせる。

 勝算など分からない。だが、ここで立たねばギュスターヴが死んでしまう。

 勇気と蛮勇は別物だと言うが、この時のコーデリアは果たしてどちらだったのだろうか。

 ただ一つ言えることは、彼女は心の奥から湧き上がる純粋な想いに突き動かされて戦うことを選んだのだった。

 

「……さぁ、かかって来なさい!! ここからは私が相手になるわ!!」

 

 コーデリアは勇ましく、そして覚悟の込もった振る舞いで化物に宣言する。

 しかし、気迫だけでどうにかなる相手ならギュスターヴが倒されることはなかった。コーデリアにもそれが分かっているからこそ、ギュスターヴと同じように賭けに出ることにしていた。

 

(…大丈夫だよ、ギュス。ギュスは…私が守るから!!)

 

 このまま何の抵抗もしないまま死ぬのも、最後まで抗って死ぬのも、人生が終わるのは同じことだ。

 なら、万に一つのチャンスにこの命を賭ける。

 コーデリアは槍を持つ手に力を込め、全力で化物に向かっていく。

 

(狙うは一点…! チャンスは一度きり…! ギュスが死ぬ気で作った落とし穴(・・・)…絶対無駄にしないよ!!)

 

 コーデリアは足を止めずに、化物の右側を位置取るように突っ込んでいく。

 化物はいつまでも抵抗を続ける羽虫に等しい人間の存在をいい加減鬱陶しく感じ始めたのか、苛立たしげに拳を振りかぶる。しかし、突如その動きが僅かに鈍る。

 

(今だ!!)

 

 化物の動きが鈍った理由、それは先程のギュスターヴの『斬鉄剣』によるダメージのせいだった。斬り裂くことは適わなかったが、その一撃は肉を断ち、骨に食い込み、確かなダメージを与えていた。いくら屈強な体を誇っていようが、無傷で済むハズがない。そう確信していたコーデリアはその隙を見逃さず、自分でも見切れる拳を避け、生物であれば必ず共通して存在する急所に槍を突き立てる。

 

「―――そこぉっ!!」

 

 その急所とは頭部、生物が活動するために必要な司令塔である部位だった。

 巨大な目玉を突き破って頭部を串刺しにされた化物は、数秒の間苦しむようにもがいた後、耳を塞ぎたくなるほど大きな絶叫を上げて崩れ落ちる。

 その様子を見届けたコーデリアは張り詰めていた気が抜けたのか、その場にヘタリ込んでしまった。

 

「コ…コーディー……」

「…ギュス……。えへへ、どうだった? 私だって…やれば出来るんだから」

 

 地面にヘタリ込んだコーデリアは笑顔でそう言うが、かなり無理をして作った笑顔であった。

 

「はっはっは! こりゃギュスは尻に敷かれるかもしんないなぁ~」

「パッ…パック! だからそんなんじゃないって言ってるじゃない! 私も怒るわよ!?」

「いや~、悪い悪い」

「もぉ……!」

 

 大急ぎでギュスターヴの傷を癒していたパックは一部始終を見てからかうように言うが、実際大したものだと思っていた。パックからそのような言葉を投げられたコーデリアは震える足で立ち上がってプリプリと怒るが、若干赤い顔をしていた。

 何はともあれ、大怪我は負ったが、この場を無事に切り抜けられたことにギュスターヴは安堵の息を吐いていた。

 

(あとは皆と合流するだけだな……)

 

 一度目を閉じてそう独りごちるギュスターヴは、ひょこひょこと覚束無い足取りで自分の方に歩いてくるコーデリアの方に目を向けてみる。

 

「―――ッ!?」

「ギュス?」

 

 何気なく向けた視線の先にコーデリアの姿はあった。

 だが、その後ろには今しがたコーデリアが倒したはずの化物が怒りに染まった形相で拳を振りかぶろうとしていた。

 それを視認した瞬間、ギュスターヴは弾かれたようにその場から走り出した。切られた足が、穿たれた脇腹が、大きく抉られた体が悲鳴を上げそうなほどの痛みを訴える。

 しかし、そんなことに構ってなどいられない。

 化物が拳を振りおろそうとした時、コーデリアはギュスターヴのただならぬ顔に後ろを振り返る。振り返った先には、化物の拳がコーデリアの目前にまで迫っていた。反応すら出来ず、拳も、周りの景色もスローモーションのように感じ、何事か叫んでいるパックの声も遠くから聞こえているように感じていた。

 その時、コーデリアは何かに体を突き飛ばされた。

 衝撃を受けた拍子に、右手を突き出した姿勢のギュスターヴが彼女の瞳に映った。

 そして、化物はコーデリアの代わりに飛び込んできたギュスターヴの右手を目掛けてその拳を振り下ろし、

 

 

 

 ―――グシャッ!!!

 

 

 

 ギュスターヴの右手を地面と拳との間に挟み込んで叩き潰した。

 何かが壊れる音というのはどういったものなのか……それはさしずめ、積み上げてきた物を崩すことに例えられるのだろう……。

 右手を潰されたギュスターヴは、今まで味わったことのない激痛に叫び声すら上げられず、目の前の惨事をまるで他人事のように見ていた。

 やがて、化物がその拳を引き抜くように退けると、そこにあったのは……一つ残らず爪が剥がれ、指は有り得ない方向に折れ曲がり、手の甲が大きく陥没した、手と呼ぶことに疑問すら感じる変わり果てた右手だった。

 息が詰まり、傷口から気力が漏れていく。もう、指一つ動かせないギュスターヴは考えることすら億劫になっていた。化物が再度拳を振り上げ、コーデリアとパックが叫び声を上げる。

 

(……ここまでか…呆気なかったなぁ……)

 

 薄れゆく意識の中で、観念したようにギュスターヴは心の中で呟く。

 その時、

 

 

 

 「―――マグマプロージョン」

 

 

 

 化物の足元から化物だけを包み込む範囲の火柱が立ち昇る。

 朦朧とする眼でギュスターヴが声が聞こえた方に目を向けると、

 

 「……すまんな、遅くなった」

 

 杖を振りかざしたナルセス、自分の方に駆け寄ってくるエルク、そしてエルクに続くように走るタイラーの姿があった。

 ギュスターヴはようやく合流出来た仲間の存在を確認すると、微笑んでゆっくりと目を閉じる。

 深く沈む頭の中で、仲間の必死な声だけが木霊していた。

 ギュスターヴの意識はそこまでで途切れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の隙間から僅かに差し込む陽光がギュスターヴの顔を照らし、ギュスターヴは眩しげに瞼を開く。

 

「……ここは……」

 

 まだ冴えない頭で自分が眠っていたことを察したギュスターヴは起き上がろうと上体を起こし、ベッドから降りようとする。だが、その途端に体に痛みが走り、上体を起こしたままの姿勢で痛みに悶絶していた。よく見ると自分の体には包帯が巻きつけてあった。頭と身体と足には少々息苦しいくらいに包帯が巻かれ、さらに右手に至っては動かせないように完全に固定されていた。仕方なく首から上だけを動かすと、自分が寝ているベッドの他にも寝ている人はいないが幾つかのベッドが見えた。そして微かに鼻に届く薬品の匂いから判断するに、どうやらここは診療所の病室のようだった。

 少しの間そのままボーっとしていると、誰かが扉を開けて入ってきた。ギュスターヴは誰が来たのか確認するためにそちらに視線を向けると、

 

「あ、兄者……!」

 

 果物が入った籠を持ったエルクと彼の肩に乗ったパックが驚いたように立っていた。

 とりあえずどういう状況でここに自分がいるのかを聞こうとエルクに話しかけようとしたところ、

 

「なぁ、エル―――」

「ちょっと待ってろ兄者! すぐに戻る!」

「オレらが戻ってくるまで安静にしてろよ!」

「って、おい、お前ら! ……おーい」

 

 何事かと急いで病室を後にしてしまった。

 エルクとパックの突然の行動に取り残されたギュスターヴは唖然としてしまい、小さく誰を呼ぶでもない声を上げることしか出来なかった。

 

 

 

 場所は変わって診療所の外―――

 

 

 

 そこではコーデリアが一人疲れた顔をして座っていた。

 その目元は赤くなり、泣きはらしていたことがすぐにわかる顔をしていた。

 

(ギュス、大丈夫かな……。もし、このまま目を覚まさなかったら……)

 

 そこまで頭の中で呟くが、そんなことが現実になってしまったらと怖くなってしまい、必死に不吉な考えを否定する。

 また泣き出してしまいそうなコーデリアだったが、診療所の扉が勢いよく開かれ、誰かが自分の方に走ってくるのに気づいた。

 そしてコーデリアが顔を上げると、

 

「おい、コーデリア! 兄者が目を覚ましたぞ!!」

「!! ギュスが!?」

 

 診療所の外で一人膝を抱えていたコーデリアの元に慌てた様子のパックとエルクが駆け寄り、早口にそう言う。それを聞いたコーデリアは顔を上げて二人と共に急いでギュスターヴの病室へと走った。

 そして駆け込んだ先の病室のベッドにいたのは、上半身だけを起こして体中に包帯を巻きつけたギュスターヴの姿だった。二人が病室に入ってきたことに気がついたギュスターヴは扉の方に顔だけを向けて、やや申し訳なさそうに笑って一言だけ口にする。

 

「みんな……。悪い、面倒かけちまったみたいだな……」

「兄じ―――」

「ギュス!!」

 

 ようやく目を覚ました兄貴分に喜びを隠せなかったエルクはすぐにでも駆け寄ろうとしたが、隣にいたコーデリアがそれをかき消す声を上げてギュスターヴのいるベッドへと駆け寄る。

 

「良かった……本当に…良かった……」

「コーディー…心配かけちゃったな……」

 

 布団に顔を埋めて涙を流すコーデリアに、ギュスターヴは安心させるように優しく言葉を掛ける。

 その様子にどうやらもう大丈夫だなとパックとエルクは笑い合い、ギュスターヴの側に歩く。

 

「まったく、兄者は無茶ばかりするな。覚えてないだろうが、三日も目を覚まさなかったんだ。一時はどうなるかと思ったぞ?」

「まぁ心配いらないよ。ナルセスやタイラーも、ここにいるオレたちも皆無事だからさ。コーディーなんてお前が寝てる間も付きっきりだったんだぜ?」

「ギュス、私のせいでこんな怪我しちゃったんだもん……。そのくらい当たり前だよ……」

 

 呆れたような物言いのエルク、全員の無事を告げるパック、目尻に溜まった涙を拭きながら言うコーデリア、本当に皆に怪我が無いようで安心したギュスターヴは少しだけ口元を緩ませ、エルクに一つ頼み事をする。

 

「…そっか。なぁエルク、ナルセスさんたちに伝えといてくれないか?」

「伝えるのは構わんが、なんだ?」

「……次の探索先も案内よろしくお願いしますって」

 

 包帯だらけのギュスターヴの口から出てきた言葉に一同は一瞬ポカンとし、そのすぐ後に笑って言葉を掛ける。

 

「ハハハ! いくらなんでもそれはまだ早いだろう」

「そうよ、まずはしっかり体を治さなきゃダメよ」

「そうは言ってもこのままじゃ体が(なま)っちまうよ、なんなら明日からでも剣を振るぞ」

 

 軽口を言うギュスターヴの様子に三人は心配いらないと判断し、安心して笑い合っていた。そうして会話を続けていると、病室の扉が開く。誰かが見舞いに来たのかと目を向けてみれば、そこにいたのは診療所の院長であった。

 

「よぉ~先生、このバカもう体動かしたいってさ。怪我は大したことなさそうだけど、頭が悪いのは治んなかったなぁ」

「……お前にだけは言われたくねぇよ」

「にゃんだとぉ!?」

 

 噛み付こうとするパックとそれを左手で取り押さえるギュスターヴ。二人の戯れあいをエルクとコーデリアは苦笑して見ていたが、院長の顔はそれとは対照的に険しかった。

 

「君たち…すまないが、少しだけ外してくれ……」

 

 

 

 

 

 

 パックたち三人が出て行った病室には、困惑した様子のギュスターヴと神妙な顔つきの院長だけがいた。

 

「深刻な顔してどうしたんですか、先生……?」

「ギュスターヴ君…君が運び込まれてきた三日前、私は仲間の彼らと約束したんだ。君を必ず治すと……」

「えぇ、それで先生はこうして治してくれたじゃないですか……」

「……そうだ」

 

 ギュスターヴのその言葉に、一瞬言葉に詰まった院長は彼の『右手』に目を向けて言い辛そうに言葉に出す。

 

「そのまま回復すれば……多少の不自由はあるかもしれないが、日常生活には差し支えないだろう」

「あの、先生……いったい何を……」

 

 院長はギュスターヴの困惑したような言葉に一瞬視線を伏せ、重々しく口を開く。

 

「ギュスターヴ君…落ち着いて聞いて欲しい。幸い体の方は応急処置が的確だったから、安静にしていれば問題なく治るだろう……だが、右手だけは別だ。最悪のケースは免れたが、恐らく君の右手は今後…剣を振れるだけの握力が戻ることはないだろう……。もう…以前のように剣を振ることはできないんだ……」

「……!!」

 

 院長の発した言葉に、ギュスターヴは信じられないように目を見開く。

 認めたくなかった。だが、ギュスターヴの想いに反して院長は言葉を続ける。

 ポツポツと降り始めた雨音が微かに聞こえる病室に、院長の宣告だけが静かに響く。

 

 

「―――もう…剣士として生きていくことは……諦めた方がいい……」

 

 

「……そう…ですか……」

 

 

 視線を落とし、力無くそう言うギュスターヴの言葉に院長はそれ以上何も言えず、重い沈黙が流れる。

 静寂に支配される病室の中で、激しく降り続く雨の音だけが彼らの耳に届いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――立派な剣が出来上がりましたな。

 

 

 ―――才能があると思ってはいたが、正直予想以上だぞ。

 

 

 ―――私は認めます。あなたの好きになさい。

 

 

 ―――兄さまの隣に立っても恥ずかしくないような『立派なメイジ』に必ずなるから……!

 

 

 

 ―――俺の夢は……世界中の誰にも負けない、メイジだって敵わないような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――『世界一の剣士』さ!

 

 

 

 

 

 

 

 大雨に見舞われる診療所の屋上、そこには包帯に身を包まれた痛々しい姿のギュスターヴが一人佇んでいた。

 約束した…自身の半身と呼ぶべき、たった一人の妹と……。

 認めてくれた…暖かく送り出してくれた家族は……。

 やっと見つけた『夢』だった……だが、それも半ばで潰えてしまうのか?

 ギュスターヴは震える膝を折って顔を伏せ、溢れる激情に抗えずに涙を流す。

 

 

「…ごめん……。ごめんな…ルイズ……」

 

 

 カエルは跳べる……。

 小鳥だって飛べる……。

 なのに、俺は夢を持つことさえ許されないのか……?

 俺がいったい、何をしたって言うんだ……?

 ギュスターヴは、心の奥深くに仕舞い込んでいた闇を見詰める。

 熱心な信仰者ではなかったが、どうやら俺は…始祖ブリミルによっぽど嫌われているらしい……。

 

 

 

 ―――利き手を潰され、傷ついた心を抱えたギュスターヴに、これでもか……と容赦なく冷たい雨が降り注ぎ、喉が枯れんばかりの悲痛な慟哭が響く……。しかしその叫びは…激しい雨音にかき消され、彼の夢と共に…虚空へと吸い込まれていった……。それは文字通り…落ち葉が流れの渦に吸い込まれるようなことだった……。

 

 

 




どうも皆さん、MAXコーヒーですよ。

今回は書きすぎた……なんだよ18000文字って……。
今まで書いた記録を上回っちゃったよ……。
まぁそんなことはどうでもいいので今回のおさらいに行きます。

今回ギュスターヴは初探索でクヴェルを見つけることが出来て、仲間と合流して廃墟を脱出出来ましたが、コーデリアを助けた代償として右手に大きな後遺症が残ってしまいます。
これから先ギュスターヴはどのような道を選ぶのか、それは続きでご覧下さい。

次は今回ちょっぴり出てきた魔法とモンスターを紹介します。

『マグマプロージョン』

ナルセスの持つ魔法の一つ。
火・火・土のトライアングルスペル。
有効範囲自体は広くないが、火力は折り紙つきの局所焼却魔法。
ぶっちゃけるとサガフロ2の『焼殺』です。
それだけ。

『ドヴォークゥ』

古代文明に使われていた警備兼土木作業用のモンスター。
正しくはモンスターではなく、元ネタのドラクォでは『ディク』と呼ばれるものでした。
本編で出てきたギュスターヴの「土木作業」云々はこれから拝借しました。

今回はこんな感じですかね。
ではまた次のお話で~。
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