ゼロの使い魔 ~小さな物語~   作:MAXコーヒー

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右手を負傷したギュスターヴは……?

なんとなくDEENの『夢であるように』が聴きたくなったので聴きながら書いてました。


20話 明けの明星

 

 

―――ヴェスティアの街、イーストン診療所

 

 

「それじゃ先生、お世話になりました」

「あぁ。これから大変だろうが、あまり無理をしてまた入院するんじゃないぞ」

「ハハ、そうならないように出来るだけ善処しますよ」

 

 ギュスターヴがイーストン診療所に入院してから一ヶ月半。

 退院を控えたギュスターヴは診療所の玄関先で世話になったイーストン院長に挨拶をしていた。

 傷の具合から診て少なくとも満足に動けるようになるまで三ヶ月はかかると踏んでいたイーストン院長だったが、予想に反して完治とまではいかなくとも動けるようになるまでで一ヶ月、そして退院出来るほど完全に復調したのに要した期間が半月と、人体の生命力に感心すればいいのかギュスターヴの常人離れした回復力に呆れればいいのかとても複雑な顔をしていた。

 だが、体の方は予想以上の早さで完治していても、一ヶ月前の宣告通り右手だけはそうはならなかった。

 

「……すまないな、ギュスターヴ君。私も最善を尽くしたが、結局右手だけは治してやれなかった……」

 

 イーストン院長は、薄手の白い手袋を着けたギュスターヴの右手に目を向けてそう言う。

 固定されていたギプス自体は取れたが、彼の右手には何も知らない者が見れば顔を顰めて背けるほどの生々しい傷痕が残されており、それを隠すために手袋を着けていた。

 この先戻ることがないであろう右手の握力……ギュスターヴは右手に視線を移して目を閉じる。

 

「……なっちまったモンはしょうがないですよ。いつまでもウダウダしてたって先に進めません」

「だが……」

 

 申し訳なさそうに言葉に出そうとするイーストン院長だったが、それを聞いていたギュスターヴは右手を軽く握り、院長の胸に『トン』と手の甲を当てる。

 

 

「―――先生、同じことを何度も言うと風邪をひきますよ? それにアン時も言ったじゃないですか、『逆境には慣れてる』って」

 

 

 高く昇った陽光に照らされたギュスターヴの眼には右手にハンデを負った卑屈さなど微塵も感じさせない…力強く色褪せない輝きが宿っていた。

 それは、目標を定め覚悟を決めた男の顔だった。

 

「……そうか…そうだったな。しかし、しばらくは経過を診るために通院してもらうぞ。目を離すと君はすぐに無茶をするからな」

「えぇ、分かってますよ。体もまだ本調子じゃないし、しばらくは軽い運動だけにしておきますよ」

「……君の場合は軽い運動にならないから言っているんだがね。やっぱりまだ入院しておくかね……?」

「いや…それはもう勘弁してくれませんか……? 一日中ベッドの上なんて生活、これ以上続けたら退屈でおかしくなっちゃいますって……」

 

 イーストン院長はギュスターヴと言葉を交わし、口元を僅かに緩ませる。

 普通なら塞ぎ込んでもおかしくない精神的な苦痛を強いられたにも関わらず、こうして何事もなかったかのように笑っていられる。

 

「…それじゃあ皆も待ってると思いますので、俺はそろそろ行きます」

「うむ。…くどいようだが、これから三ヶ月は週に一回必ず顔を見せなさい。忘れるんじゃないぞ?」

「…ったく、これじゃあ間違いなく先生は風邪をこじらせて早死にしちまいますよ」

 

 ギュスターヴは最後に院長に念を押すように言われると、笑いながら冗談っぽく言葉にして診療所を後にする。

 手を振って見送るイーストン院長は目を細めて『フッ』と笑みを零す。

 

(あの青年なら、腐ることなくこの逆境をバネにして大きく羽ばたいていけるだろう……)

 

 診療所から遠ざかっていくギュスターヴの背中を見詰めていた院長は心の中でそう独りごちる。

 そしてギュスターヴの背中が見えなくなるまで前に目を向けていた院長は、踵を返して診療所の中に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月半前―――

 

 

 ギュスターヴがイーストン診療所に入院してから早一週間が経っていた。

 治療後の経過は順調で、ヴェスティアでは一番の名医と言われるイーストン院長の腕も然ることながら、ギュスターヴの相棒であるパックの協力もあって少しずつ回復していった。

 しかし、順調に回復の兆しを見せるギュスターヴであったが、一つだけ問題があった……。

 

「―――ギュスターヴさ~ん、お体の具合はいかがですか~?」

 

 ギュスターヴが寝泊りしている病室の扉を開けて看護婦が入ってくる。

 その手にはお盆に乗った病院食と思しき料理が掴まれていた。

 看護婦がギュスターヴが寝ているベッドに目を向ける。だが……

 

「…ギュスターヴさん……?」

 

 その病室で寝ているはずのギュスターヴの姿は何処にも無かった……。

 

 

 

 暖かな日差しが気持ちいい昼下がりのイーストン診療所の屋上、そこでは包帯に身を包まれたギュスターヴが息を切らせて『左手』に持った木の棒を一人黙々と振っていた。

 じっとりと浮かぶ汗が包帯に染み込み、吊り布に吊られた右腕が剣を振る度に揺れ動き、羽織った上着が地面に落ちても一心不乱に剣を振り続ける。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

 体の傷口から僅かに血が滲み、ギュスターヴは一度剣を振る左腕の動きを止める。

 しかし動きを止めたのはほんの数秒のことであり、休憩をしている暇も惜しいというように再び左手で握った剣を空に向かって振り上げる。

 だが、ギュスターヴが再開しようとした時、ギュスターヴが病室にいないことを知った看護婦が屋上まで探しに来て、看護婦に見つかったギュスターヴは即座に病室まで引き摺られるように戻された。

 

 

 

「―――まったく、このバカモンが!! 何度言わせるんだ、安静にしていなければ治るモンも治らん!! だいたいどうやってベッドから出た!?」

 

 ギュスターヴが病室から抜け出して体を動かしていたことを聞いたイーストン院長は、彼が無理をしたことを心配して叱りつける。

 実はギュスターヴが病室から抜け出して体を動かすのはこれが初めてのことではなく、看護婦の隙を見て何度も抜け出してはああして手頃な長さの木の棒を剣代わりにして体を動かしていたのだった。

 何度無理をするなと言っても聞かないギュスターヴにイーストン院長は心配を通り越して呆れさえ混じり始めていた。

 そして院長からお叱りの言葉を頂戴したギュスターヴは若干反省したような顔を向けてこう言う。

 

「…すいません……。ずっとベッドで寝てたから少し体を動かしたかったんですよ……」

 

 あくまで退屈を紛らわすために体を動かしていたと言うが、それは間違いなく彼の本心ではなかった。

 イーストン院長にもそれが分かってはいた。

 ギュスターヴはまだ『剣士として生きる道』を諦めていない。

 院長も応援をしてやりたいのは山々だったが、医師として患者の無茶を認めるわけにはいかなかった。

 

「ギュスターヴ君……君にも分かってるだろう……。君はもう……」

「…分かってますよ、もうしません」

 

 ギュスターヴの言葉に院長は眉間に皺を寄せて深く溜め息を吐き、病室を出ようとする。

 

「…いいかね、大人しくしてるんだぞ?」

「分かってますって」

 

 一人病室に残されたギュスターヴは院長が病室から出たのを見届けると、ベッドに横になって天井を見上げる。

 

「………」

 

 院長の言うことは理解出来る、安静にしていなければいつまで経っても体は治らない。

 だが、心が逸ってジッとしていられないのだ。

 院長には大人しくしていろと言われたが、それでも自分の心に嘘はつけない。

 

「……57…58…59…60…!」

 

 気がつけば、ギュスターヴはベッドの上で腹筋を始めていた。

 滴る汗がベッドに落ちて幾つも染みを作り、運動による息遣いが病室に小さく響く。

 そしてあと少しで100回に届こうかというところで……

 

「―――ギュスターヴさ~ん、包帯の交換ですよ~」

 

 先程のように看護婦が病室に入ってくる。

 

「………」

「………」

 

 急に病室に入ってきた看護婦を見たギュスターヴは腹筋をする動作を『ピタッ』と止めて固まり、看護婦は看護婦でまた体を動かしていたギュスターヴを見て何を言うでもなく黙ってしまう。

 一瞬だけ両者の間に沈黙が流れ、やがて病室の外に踵を返した看護婦はイーストン院長を呼ぶようにギュスターヴの行動を告げ口する。

 

「先生ー、ギュスターヴさんがまた言う事を聞かずに運動してまーす」

「うわー、すいませんすいません! もうしませんから許して下さーい!!」

 

 このように入院してからのギュスターヴは、毎日のように院長や看護婦の言う事を聞かずに問題のある行動を起こしていたのだった。

 

 

 

 そしてそれからさらに一週間が過ぎ、パックとエルクがギュスターヴの見舞いから帰る時のこと。

 

「―――で、どうだったギュスは?」

「どうもこうも、院長の話じゃ相変わらずだとさ」

 

 イーストン院長に話を聞いたエルクはパックに相変わらずのギュスターヴの様子を話し、渋い顔を作る。

 

「院長や看護婦の目を盗んで体を動かしているらしい。そのせいでしょっちゅう傷口が開くからいつまでも治らないってボヤいてたな……」

「ったく、何やってんだあのバカ……」

 

 それを聞いたパックはエルクの肩の上で眉間に皺を寄せてそう言う。

 しかし、パックもエルクもギュスターヴがそのような行動を取ることに思うところがない訳ではなかった。

 

「…兄者が諦めるよう説得してくれと院長に頼まれたが、無理だろうな……」

「ああ、一度言い出したら絶対自分の言葉を曲げないようなバカだ……。あいつは諦めねぇよ……」

「……なら、兄者のために俺たちが出来ることは一つだけだな」

「だな……。ここらであいつに一つ貸しを作っておくのも悪くないな」

 

 パックとエルクはそう言って笑い合い、今歩いていた道を引き返して診療所へと歩き出す。

 

 仲間が転んだなら損得なんて関係なく支えてやる。

 無理だろうが無茶だろうが無謀だろうが、そんなのは他人が決めた尺度の問題だ。

 俺たちみたいな無頼者は、後先考えられるほど賢い生き方は出来ないのさ。

 そんな生き方が出来てるなら、今頃人生変わってるさ。

 その日その時その一瞬を後悔しないように精一杯生きる。

 夢を追いかけるってのはそういうことさ……。

 

 

 

 そしてその日の晩、夕食を食べ終えたギュスターヴはまたもや看護婦の目を盗んでベッドの上で鍛錬に勤しんでいた。

 今では愛用の品と化している木の棒の両端に重りを括りつけて左腕に負荷を掛けていた時だった。

 

「入るぞ、ギュスターヴ君」

 

 珍しく院長が夜に病室を訪ねてきたのだった。

 それに焦ったギュスターヴは大慌てで木の棒を隠そうとするが、院長が入ってきた瞬間にバッチリその目に映っていたので無駄なことだった。

 最早今更なことだが、まずいところを見られたとギュスターヴは苦笑いになって目を逸らし、院長はこめかみを指で抑えて溜め息を吐く。

 そして院長は病室に備え付けられた椅子を手元に手繰り寄せて座り、ギュスターヴに言葉を掛ける。

 

「……なぁ、ギュスターヴ君。君は何故そこまでして頑なに無理ばかりするんだ? なにも剣士になることを諦めたら死ぬというわけではないだろう……」

「………」

 

 院長も本気で心配してくれているのだろう、必要に迫られるように体を動かすギュスターヴに優しく諭すように言う。

 それを聞くギュスターヴは何も言わず、ただ黙って院長の言葉に耳を傾けていた。

 

「昼間のことなんだがね、君の仲間が頼み事があると言って私を訪ねてきたよ。彼らがなんて言ったと思う? 驚くことに『あいつの好きにやらせてやってくれ』と言ったのさ。私は散々反対したよ、ギュスターヴ君を殺す気かって……。仮にこのまま君が退院して剣を持ち続けたとしても、右手は間違いなくそのままだ。利き手の使えない剣士が戦いの場で無事でいられる保証なんて何処にもない。なのに何故、君はそこまで剣士であることに固執するんだ……?」

 

 院長の言うことももっともだ。

 片手の、ましてや利き手が使えない剣士など魔獣や悪党にとっては単なるカモだ。

 ギュスターヴにもそんなことは百も承知だ。

 だが、彼にとってはたったそれだけの理由で諦める理由にはなり得ない。

 何故なら……

 

「―――これは…約束です……」

「約束……?」

 

 ギュスターヴの言う約束、その真意を分かりかねなかった院長はオウム返しのようにそう口にする。

 

「故郷を出るときに家族と交わした約束なんです。一度は夢を諦めた俺と、新しい夢を見つけた俺を信じてくれた家族との…絶対に途中で投げ出せない約束なんです……」

「………」

 

 まるで懐かしむような、しかしその言葉に確固たる決意を伴ったギュスターヴの言葉に今度は院長が黙って耳を傾ける。

 そしてギュスターヴはギプスが嵌められて見えないが、右手を握るような動作をして院長を真っ直ぐに見据えて言葉にする。

 

 

「―――俺にとっちゃ夢を諦めたまま生きるなんて、死んだのと同じです。右手が使えなかろうが、誰に無謀だと言われようが、そこに1%でも可能性があるなら迷わず俺の全部を賭けます」

 

 

 『死んで生きられるか』。

 ギュスターヴの放った言葉には、真に迫る何かが宿っていた。

 ギュスターヴにとって夢とは約束であり、希望であり、そして彼の生き様そのものであった……。

 彼のその気迫の込もった目に本気であると感じた院長は負けたというように息を吐き、真剣な表情でギュスターヴを見据えて口にする。

 

「…後悔しないな? 君の進む道はこれ以上ないほど辛く険しい茨の道だぞ……? 正直医者としてはとてもではないが認められんが、これ以上言っても君は絶対に諦めないだろう……」

「辛いことなんて今更ですよ。俺は逆境には慣れてますから」

「…まったく……。まぁいい、君のことは私が全力でサポートしてやろう。右手もなんとかならないか探してもみる。……但し、体を動かすのは私たち診療所のスタッフがいる時だけだ。それが飲めないなら、入院中はベッドに縛り付けてでも安静にしていてもらうぞ」

「わ、分かりました……。面倒をかけます、先生……」

 

 溜め息を吐くイーストン院長だったが、その目にはギュスターヴに対する尊敬にも似た念を抱いていた。

 イーストン院長はギュスターヴの過酷だったに違いない人生を想う。

 院長に許可をもらったギュスターヴも自然と笑みを零して、これからのことに想いを馳せる。

 後悔なんかしない、辛いのには慣れてるし、それに俺はタフなんだ。

 胸に秘めた信念を貫く男は、決して曲がることの無い『鋼の心』になる……。

 

 そしてギュスターヴが退院するまでの約一ヶ月の間、目を光らせていたイーストン院長や看護婦の協力もあって、彼はこれ以降無理をすることなくリハビリを続け、無事に退院することが出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診療所から退院したギュスターヴは仲間が待っているであろう酒場へと向かう。

 この一ヶ月半、ずっと診療所の中で生活していたギュスターヴにとって外に出られたということはそれだけで開放的であって、思わず駆け回りたくなる衝動を抑える。

 そこらで井戸端会議を開いているご婦人方、物騒なナリで闊歩する同業者と思わしき男たち、無邪気に駆け回る子供たち、たったの一ヶ月半入院していただけなのに全てが新鮮に見える。

 やがて目的の酒場が見えたことでギュスターヴは一度立ち止まり、深く深呼吸をして溜めた息を大きく吐き出す。

 そして酒場の前に立ってゆっくりと扉を開けると、そこには遺跡の探索を共にした五人がいた。

 

「兄者! やっと退院してきたか!」

「ったく、バカは死ななきゃ治らないって言うけど、お前の場合は死なないから一生バカのままだな」

「ああ、心配かけたなエルク。あとパック、お前にだけは言われたくないって何度言えば分かんだ?」

 

 ギュスターヴが酒場に入ってきたことに気づいたエルクとパックは、いの一番に駆け寄って彼にそう言葉を掛ける。

 エルクは本当に嬉しそうな顔を作り、パックはしばらくぶりの定位置である腰のポーチに入って軽口を叩く。

 二人と話していると、180サント近くもあるタイラーがギュスターヴに近寄ってきて、その顔に見合わない優しげな口調で声を掛ける。

 

「無事に退院出来たようでなによりだな、ギュス。右手は大丈夫か?」

「ありがとうございます、タイラーさん。右手はまだ爪が生えてきてないので指先に力が入りませんけど、先生のおかげで痛みは大分無くなりましたよ」

「そうか。だが、無理はするなよ? 探索先で出会ったのも何かの縁だ。俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ」

 

 まだ本調子ではないギュスターヴの体を気遣ってタイラーはそう言う。

 素直にその心遣いが嬉しいと感じたギュスターヴは笑って礼の言葉を述べる。

 

「ハハ、ありがとうございます。でも、あんまり誰かに迷惑をかけるわけにもいきませんからその気持ちだけで十分ですよ」

「……フン。右手に後遺症を負ったというから塞ぎ込むと思っていたが、どうやら持ち直したようだな」

 

 ギュスターヴがタイラーと言葉を交わしていると、先程まで椅子に座っていたナルセスが横に立ってそう言葉を掛けてくる。

 相も変わらず憎まれ口は健在のようだが、どうやら彼なりに心配はしていたようでギュスターヴも口元を緩めてそれに応える。

 

「その節はご面倒をかけました、ナルセスさん。ナルセスさんが診療所の手配や秘薬の代金を肩代わりしてくれたと聞きました。本当にありがとうございました」

「フン……。仮にも私の案内で死なれては寝覚めが悪かっただけだ、別にお前のためではない。それと当たり前だが、入院費や秘薬の代金はキッチリと返してもらうぞ」

 

 後から聞いた話だったが、治療のための秘薬や入院に掛かった費用は誰が負担してくれたのかイーストン院長に聞いたところ、驚くことにナルセスが全額払ってくれていたのだった。

 ギュスターヴはそのことに深く感謝し、恩義に報いなくては失礼に当たると考えていた。

 

「それについてなんですが、今は手持ちが無いので『これ』を担保にしてもらうことは出来ませんか?」

「……下らん物だったら担保になどなら……!?」

 

 ギュスターヴがそう言って懐から取り出したのは布に包まれた小さな棒状のモノだった。

 ナルセスはそれを手に取って包んでいた布を取ると、その中にあったのはギュスターヴが廃墟の探索で見つけた最大の成果である短剣のクヴェルだった。

 そのことに若干ナルセスは狼狽し、ギュスターヴの方に視線を移して向き直る。

 

「…これを何処で手に入れたんだ?」

「遺跡で落ちた先にあったのを見つけたんですよ。俺もまさか本当にクヴェルが見つかるなんて思いもしてなかったから驚きましたよ」

「……そうか。まぁ、これなら担保としては十分だ。お前はまだ新米だから、利息は勘弁しておいてやる。その代わり分割でいいから毎月しっかりと返しに来い。全額支払い終えるまでこのクヴェルは私が預かっておいてやる。返して欲しければ一日でも早く返済することだな」

 

 ナルセスのその言葉にギュスターヴはホッと胸を撫で下ろしていた。

 だが、ナルセスは言わなかったが、ギュスターヴが担保にと出してきたクヴェルと今回ナルセスが肩代わりした治療費の代金を考えれば、どちらが金額的に価値があるか火を見るより明らかだった。普通ならクヴェルを担保としてではなく、そのままクヴェルで代金を帳消しにしてそれまでということもあっただろう。

 それを言わず、ナルセスは全額返済すればクヴェルを返すという条件で担保にすることを飲んだのだった。

 なんだかんだ言っても、ギュスターヴに目をかけて心配してくれていたナルセスであった。

 そうして各々と言葉を交わしていると、俯いたコーデリアが申し訳なさそうな顔でギュスターヴの方に歩いてくる。

 

「コーディー、久しぶりだな」

「う…うん……。退院おめでとう、ギュス……」

 

 実はコーデリアはギュスターヴが目を覚ました日に見舞いに行ってから一度も顔を見せてはいなかった。厳密には見舞いに行ってはいたのだが、行くのは大抵ギュスターヴが眠っている時間帯であり、彼の顔を少し見ると逃げるように退散してしまっていたために彼女が来ていたことをギュスターヴは気づいていなかったのであった。

 そしてコーデリアは、ギュスターヴが右手が使えなくなったという話を聞いてから、そのことに負い目を感じて彼と顔を合わすことが怖くなってしまっていた。

 自分のせいだということは重々承知している、彼に非難される覚悟も出来ている。

 だが、他の誰から嫌われようが、ギュスターヴから嫌われることだけは胸が締め付けられ、涙が出そうなほどに苦しく感じていた。

 そのまま暗い顔をしたコーデリアをギュスターヴはどうしたのかと見ていると、コーデリアは覚悟を決めたように口を真一文字に結んで深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんなさい!! 私…ギュスを守るなんて言っておきながら、逆にギュスに守られてばっかりで……その上私のせいで怪我までさせちゃって……こんなんじゃ、護衛者(ヴィジランツ)失格だよね……」

 

 コーデリアが下げた頭からは雫が床に零れ落ち、泣いているであろうことがすぐに分かった。

 そして、コーデリアは震える声で言葉を続ける。

 

「…ギュスがもう顔も見たくないって言うなら、二度とギュスの前に現れないし…私に出来ることならなんだってする……。許してもらえるなんて思ってないけど、それだけは言っておきたかったの……。…本当に、ごめんなさい!!」

 

 大声で謝るコーデリアの様子にギュスターヴは左手で頭を掻き、ゆっくり彼女の肩に右手を置く。

 コーデリアは突然置かれた手にビクッと身を強ばらせ、恐る恐ると顔を上げる。

 そこにあったのは……

 

 

「―――あの時も言っただろ、コーディー。 そんなこと気にしなくていいんだよ」

 

 

 地下に落ちた時に向けられ、そして掛けられた暖かな笑顔と優しい言葉だった……。

 

「…ギュス……」

「これは俺が自分で行動した結果に負った傷だ。だから、君は悪くないよ」

「でも……」

「……確かに君は経験不足だったかもしれない。けど、そんなのは俺も一緒だ。これまでなんとかなってたから、探索行を心の何処かで甘く見てたのかもしれない……。それがこの結果だったってだけの話だ。だけどさ、俺たちはこうして生きてる。それで十分じゃないか、何事も命あっての物種だ」

 

 ギュスターヴは手袋を着けた右手をヒラヒラ振り、笑いながらそう言う。

 それでも納得のいかないコーデリアは尚も何かを言おうとするが、

 

「だけど、ギュス……」

「それに納得が出来ないんだったらさ、これから強くなればいいじゃないか」

 

 これから強くなればいい。

 ギュスターヴはそうコーデリアに言う。

 

「俺も一から出直すつもりで強くなるからさ、コーディーも俺と一緒に頑張っていけばいいじゃないか」

「え……? いいの……? 私が…一緒に居ても……」

「ああ、それに…その…仲間は多い方がいいだろ?」

 

 優しくそう言うギュスターヴであったが、その顔は若干赤く、手袋をした右手で頬を掻いていた。

 そのことにコーデリアは涙をポロポロと流し、嗚咽の混じった声で謝罪の言葉ではなく礼の言葉を口にする。

 

「あ…ありがとう…ギュス。ありがとう……」

「コ、コーディー……!?」

 

 涙を流すコーデリアの様子にギュスターヴはアタフタとし、どうにか泣き止ませようとする。

 そしてコーデリアは想う。

 ギュスに逢ってからというものの、涙腺が緩んでしまってしょうがない。だけど、この(ひと)に流させられる涙ならと思うと悪い気もしない……。

 これもまた青春の1ページなのだろう。

 そうしてギュスターヴとコーデリアが話していると、後ろからパックが近づいてきて騒ぎ立てる。

 

「よ~っし、小難しい話はここまでにしてパーチーにしようぜ!! なんたって今日はギュスの退院祝いなんだからな!! そのために酒場を貸切にしたんだからよ~!!」

 

 こういう時場を盛り上げてくる奴がいると助かる。

 ギュスターヴはそう思ってコーデリアをテーブルの方に連れて行く。

 そして五人と一匹がテーブルに着き、乾杯の音頭をパックが取る。

 

「んじゃ、あんまゴチャゴチャしたことは無しにして今日は無礼講で行こうと思いま~す! そんじゃぁギュスの退院を祝して……カンパーーーーイ!!!」

 

 その言葉を合図にして全員は木製のジョッキを高く上げて打ち鳴らす。

 

 

 

 そして、ギュスターヴの退院祝いという名目の飲み会は日が落ちるまで続き、気がつけば『星明かり』が夜を照らす時刻までになっていた。

 会計を済ませたギュスターヴたちは酒場を出て、月夜の道を歩いていた。

 その中で意外にも酒に弱かったエルクは完全に酔い潰れて苦笑いのタイラーに背負われ、酒瓶を片手に何事かムニャムニャと言っていた。

 しばらく歩いていると、ふとタイラーが思い出したようにギュスターヴに声を掛ける。

 

「そういえばギュス。お前はこれからどうするんだ? さっきの話じゃ、しばらくはヴェスティアにいると思ったが」

「えぇ。イーストン先生にも経過を診るために診療所に通えって言われてますから、しばらくはヴェスティアを中心に活動しようと思ってます」

 

 それを聞いたタイラーはそうかと一度頷き、ある提案をギュスターヴに持ちかける。

 

「ならギュス、その活動に俺も加わってもいいか? 正直俺も組むパーティーを探してヴェスティアに来たんだが、どこも人手は足りてるみたいだったんでな。もちろんお前たちさえ良ければだが」

「本当ですか!? 勿論良いに決まってます、こっちからお願いしたいくらいですよ!! よろしくお願いします、タイラーさん!!」

 

 思いがけなかったタイラーの加入をギュスターヴは心から嬉しく思い、コーデリアも笑顔になってそれを喜ぶ。

 そしてパックも同様に喜んで頷くが、そこで少し大胆な発言をする。

 

「おーおー、これでオレとギュスとエルクとコーディー、それにタイラーの五人パーティーになったわけだ。だ・け・ど……ここに頼りになるメイジのディガーが居てくれれば言うこと無しだよな~?」

「……なんだその目は? 私にも加われと言うのか? 生憎だが、私もそこまで暇じゃない。他を当たれ」

 

 パックの視線に若干の鬱陶しさを感じたナルセスは突き放すように言うが、ふと周りを見るとそこにはパックと同じような目で見てくるギュスターヴとコーデリアとタイラーの姿があった。

 

「…お前たちまでなんだ……? 私でなくてはならない理由などないだろうが……」

 

 場の雰囲気に流されまいと言うナルセスであったが、大の男が三人の人間に囲まれるように見つめられるというのも他人が見れば不気味な光景に写ったかもしれなかった。

 そこでギュスターヴは一言ナルセスに言う。

 

「ナルセスさん、エルクたちから聞きませんでしたか? 『次の探索先も案内お願いします』って。それに、誰でもいいってわけじゃありませんよ、俺はナルセスさんだから頼むんです」

 

 ギュスターヴの発したその一言が決め手になった。

 

「……チッ! 仕方ないな。但し私が加わるのは手が空いている時だけだ。それ以外は勝手にしろ」

「ありがとうございます、ナルセスさん!」

 

 なんだかんだ言いつつ、やはり新米には甘くて面倒見のいいナルセスだった。

 そうして喜んでいると、パックがギュスターヴに言葉を掛ける。

 

「なぁ、ギュス。折角こうしてパーティー組んだんだしさ、他の奴らがやってるみたいにオレたちもパーティーの名前を付けようぜ。どうせなら派手なやつをさ」

「いいねそれ! ね、ギュスが決めてよ。私たちのパーティーのリーダーなんだから」

「お、俺がリーダー!? そういうのは年長者のナルセスさんかタイラーさんの方がいいんじゃ……」

 

 自分がリーダーなんて思っていなかったギュスターヴはコーデリアの言葉にとんでもないというが、話を振ったナルセスとタイラーは口を揃えてこう言う。

 

「私は保育園の引率者などごめんだからな、そういう面倒な立場は引き受けん」

「俺はお前のパーティーに参加する立場の人間だからな。それにギュスはエルクたちからの信頼も厚いし責任感もある、そういうのを考えればお前が一番の適任者だ」

 

 あっさりと自分に投げられたリーダーというポジションにギュスターヴは一瞬困惑したが、信用してもらった上で任されたのならばそれに応えなければならないと覚悟を決める。

 

「……分かりました。俺がリーダーを引き受けます」

 

 そう言ったギュスターヴにコーデリアとタイラーは拍手を送り、パックは彼の肩の上に移動する。

 

「頼りにしてるよ、ギュス」

「大丈夫だ、俺たちもしっかりサポートする」

「それじゃあリーダー業の初仕事だ。カッチョイイ名前を付けてくれよ」

「…って言われても、そんな急に浮かんでこないっての。ん~…どうすっかな……」

 

 そうして少しの間ギュスターヴは頭を抱えて案を浮かべるが、中々しっくり来るものが見つからずに唸るばかりだった。

 いくつも出てきてはボツになることを頭の中で繰り返し、やがて煮詰まったギュスターヴは夜空に向けて顔を振り上げる。

 上空に顔を向けたギュスターヴの目に映ったのは、星々が煌き眩い輝きを放つ満天の夜空だった。

 

「……綺麗な『星空』だなぁ……」

「そうだね、ヴェスティアは特別綺麗な星空で有名なんだよ」

 

 そこでギュスターヴは『ハッ』とする。

 たった今、ピッタリな名前が浮かんだのだ。

 

「……決まったよ、俺たちの団の名前」

「ホントに? 聞かせて聞かせて」

「ダッサイやつだったらやり直しだからな~」

 

 コーデリアパックがそう言うと、ギュスターヴは一拍の呼吸を置いてその名を口にする。

 

 

 

「―――『明星の団(アストラル)』……それが俺たちの団の名前だ」

 

 

 

 ギュスターヴの発表した団の名を聞いた全員は、一瞬の静寂の後その名に満足したように頷き合う。

 

「アストラルか……。確か意味は星といった類のものだったか」

「いい名前じゃないか、ギュス。これは俺たちも名前負けしないように気を引き締めないといけないな」

「まーギュスが付けたにしては悪くないな」

「アストラル…アストラルか……。すっごくいい名前だよ、ギュス!」

「ハハ、気に入ってもらえたようで良かったよ」

 

 そうして、これより『明星の団(アストラル)』の一員を名乗ることになるメンバーは星空を見上げて歩き出す。

 ギュスターヴは新たな門出を迎えた仲間たちと、これからに思いを馳せてイーストン院長と最後に交わした言葉を思い返す。

 

 

 ―――分かった、君がそこまで言うならもう止めはせん。

 だが、ギュスターヴ君…私とも一つだけ約束しなさい。

 この先どんなに苦しい場面があっても、必ず生きて帰ってきなさい。

 生きて帰って来さえすれば、私が必ず治してやる。

 

 だから、夢を諦めない限り……何があっても生き延びろ。

 

 

 ―――えぇ…必ず諦めずに生き延びてやりますよ。

 

 

 

 俺を救け出してくれた時の仲間の声。瞼の裏に焼き付くかつて約束した家族の面影。心配して俺を叱りつけてくれたイーストン先生の眼。

 いろんなものが俺の背中を押してくれるんだ、前に進めって……。

 夜空に輝く星々が「頑張れよ」って俺を見送ってくれる……。

 

 

 

 ―――重傷を負って生き延びたギュスターヴは、仲間と共に前に進むことを決心する。

 彼らの行く末は分からない。だが、星の輝きだけはいつまでも彼らを照らしてくれていた……。

 

 




どうもMAXコーヒーです。

さて、早速ですが今回のおさらいに行きましょう。
今回右手にハンデを負ったギュスターヴでしたが、家族との約束を果たすために諦めずに立ち上がりました。私はこういうベタベタのアツイ展開が大好きです。という訳で批判は受け付けません(断言)
ちなみに地下で見つけてナルセスに担保として渡したクヴェルは、実際にサガフロンティア2で出てきた『クリス・アカラベス』というクヴェルそのものです。
今回付けた『明星の団』の名前は実は前々から決めていたものだったので、出すことが出来て物凄くウキウキしています。

ではまた次のお話で。
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