ゼロの使い魔 ~小さな物語~   作:MAXコーヒー

22 / 22
ギュスターヴ13才の春。
“明星の団”に一つの依頼が舞い込む。

お久しぶりです、ちょっと色々やることがあったので遅くなりました。
それはそうとロックマンXシリーズはやっぱり面白いですね。(X2が一番好き)


21話 樹海へ

 

 

―――ヴェスティアの街

 

 

 “明星の団(アストラル)”が結成されて半年、冬ももう終わりに差し掛かろうとする涼しげな風が心地のいい初春のある日のことだった。

 右手が使えなくなったギュスターヴであったが、そのハンデを乗り越えるように今日も左手で剣を振って鍛錬に勤しんでいた。

 

「ふぅ……。兄者、そろそろ休憩にしないか?」

「ああ、そうだな。そうするか」

 

 現在ギュスターヴたちが住んでいる借家の裏で鍛錬をしていたギュスターヴとエルクは、稽古用にと拵えた木剣を蕾が開き始めた木に立てかけて一息つく。

 ギュスターヴが木に背中を預けて座って休んでいると、飲み水を持ったエルクが近づいてきて彼に言葉を掛ける。

 

「大分左手だけでも剣を振れるようになってきたな。兄者は元々力はある方だから、こっちの手が痛くなるくらいだ」

「お前が毎日付き合ってくれてるおかげだよ。最初は右手とは感覚が違うから戸惑うことが多かったけど、今なら前と同じように…いや、前以上に戦えそうだ」

 

 ギュスターヴはそう言って左手を軽く握り込む。

 元々利き手ではない左手だったが、以前まで右手を使って行っていた作業を意識的に左手で行って細かい動きを覚え込ませ、それと同じように毎日繰り返される血の滲むような努力の成果なのか、今では右手と同じかそれ以上の動きが出来るまでになっていた。

 こんなことくらいじゃ兄者はへこたれない。

 そう思ったエルクはギュスターヴの言葉に笑みを作り、木製のコップに注いだ水を手渡す。

 

「ほら、兄者」

「お、悪いな。…ところで、俺もかなり左手でも戦えるようになっただろうから、そろそろ本格的に次の探索行に行こうと思うんだ。家賃も払わなきゃいけないし、ナルセスさんへの借金もあるしな」

「そうだな。最初はお使いのようなモノばかりで本格的な探索行に出られるのはいつになるかと思ったが、この分なら問題はないだろう」

 

 そう言った二人は頷き、稽古を切り上げるために地面に降ろしていた腰を上げる。

 

「じゃあ俺は木剣を片付けてくるから、お前はパックを起こしてきてくれるか?」

「ああ、ついでに兄者の剣と諸々の準備をしておくから片付けたらそのまま待っていてくれ」

「分かった、それじゃ準備は頼むな」

 

 三本の木剣を担いだギュスターヴはエルクにそう言って借家にくっついた形の小さな倉庫に向かい、エルクは窓辺で日向ぼっこをしながらイビキをかいて昼寝をしているパックを起こしに行く。

 やがて準備を終えた三人は仲間たちがいるであろう酒場へと向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒場に着いたギュスターヴたちは小気味のいい音を鳴らす扉を開けて店内へと入る。

 店内を見回すと奥のテーブルに目的の人物たちが座っているのが目に入るが、何処か様子がおかしかった。なにやら誰かと話しているようでタイラーとナルセスがそれを聞き、コーデリアがそわそわしたように二人と話している誰かと入口とを交互にキョロキョロと見ていた。

 ギュスターヴとエルクは何があったんだろうとお互いの顔を見て首を傾げると、とりあえずコーデリアたちが座っているテーブルに向かって歩き出す。

 ギュスターヴたちが店の奥からでも見える位置まで来ると、彼らが酒場に来たのに気づいたコーデリアは席を立って駆け寄ってくる。

 

「ギュス! ちょうど良かった、こっちに来て!」

「コーディー、そんなに慌ててどうしたんだよ?」

「いいから早く!!」

 

 ギュスターヴがコーデリアに何があったか聞くや否や、腕を引っ張られてナルセスたちのところに連れて行かれる。

 そうしてギュスターヴがコーデリアに引っ張られてテーブルまで歩くと、それに気づいたナルセスとタイラーが彼に声を掛ける。

 

「やっと来たか、ギュス」

「俺たちに客だ。なんでも“明星の団”に依頼を頼みたいらしい」

「依頼ですって?」

 

 この半年間ギュスターヴたち"明星の団"は小さな探索や仕事をしてきたが、依頼を頼まれるなど初めてのことだった。

 タイラーからそう聞かされたギュスターヴは依頼者と思わしき人物に向き直る。

 向き直ったギュスターヴの視線の先に映ったのは、背中の中程まで伸びた少々深い赤紫の髪を持つ二十代中頃と言った女性だった。

 

「貴女が“明星の団”に依頼を頼みたいという方ですか? 俺は“明星の団”の団長を任されているギュスターヴと言います。それで、依頼の内容と貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 ギュスターヴは丁寧な口調で女性に話しかけ、依頼者の名前と依頼がどう言ったものであるのかを尋ねる。その言葉を聞いた女性はチラと一度ギュスターヴに視線を送り、テーブルの上に置いてあった酒瓶を手に取って掛けていた椅子から立ち上がる。立ち上がった女性はそのままフラフラとした足取りでギュスターヴの目の前まで歩み寄り、彼の顔に手を添えて覗き込むようにマジマジと凝視し出す。

 

「え…あの……?」

 

 突然の女性の行動に困惑したギュスターヴは歯切れの悪い言葉を出すことしかできず、少しの間なされるがままにされていた。そしてギュスターヴを十分に観察したのだろうか、女性は彼の顔から手を離し、ようやくその口を開く。

 

「すまなかったね、ボーヤ…。あぁ、ギュスターヴって呼んであげたほうがいいかい? 私は『ミラ』。アンタの言う通り、“明星の団”に依頼があるってのは私だよ。人伝てにアンタたちのことを聞いてね。あの噂に名高い『剣聖』のギュスターヴが探索団を結成したってさ」

「そ…そうですか……」

 

 『ミラ』と名乗った女性は若干の酒臭さが漂う息を吐きながらギュスターヴにそう告げる。ミラは片手に持った酒瓶に口を付け、喉を鳴らすように中身を煽ると話しを続ける。

 

「それにしても…最初は『剣聖』なんて呼ばれてるくらいだからどんな屈強な大男が来るかと思ってたら、まさかこんなカワイイボーヤだったとは予想もしてなかったよ」

「……依頼だかなんだか知らんが、要件があるならさっさと話したらどうだ?」

 

 どうやらミラはギュスターヴのことを噂程度なら耳に挟んでいたようで、口元に薄く笑みを浮かべてそう口にする。しかしミラの言葉にギュスターヴに対する嘲笑を感じ取ったのか、エルクがイラついたように言葉にする。

 エルクからの言葉を聞いたミラは軽く微笑み、彼を子供をあやすような口調で宥める。

 

「そうトンガるんじゃないよ、別にその子をバカにしてるわけじゃないんだ。ちょっと意外だっただけだよ。…それに、名前負けしないくらいには実力はあるみたいだしね」

 

 そう言ったミラは吸い込まれそうな瞳をギュスターヴに向ける。彼女は先程ギュスターヴの瞳の奥を覗き込んだ時に、琴線に触れる何かを感じ取ったようだった。

 

「あの、それで依頼というのは……?」

「ああ、悪かったね。アンタたちに頼みたい依頼ってのは……ある男を探して欲しいってことなんだ」

「人探し…ですか……?」

 

 脱線した話題を元に戻すべくギュスターヴはミラに本題の依頼について聞き、一瞬表情が曇ったミラの口から出てきた依頼の内容は『人探し』というものであった。

 しかしモンスターの討伐やお宝の探索ならまだしも、人の捜索というのもギュスターヴたちへの依頼には何処か場違いのように思えた。

 

「失礼ですが、そう言った内容の依頼でしたら俺たちよりも国の捜索隊に依頼したほうがよろしいんじゃないでしょうか? 俺たちに頼むよりも国の捜索隊なら捜査も確実でしょうし……」

 

 視線を下に落として暗い顔をするミラにギュスターヴはそう言う。

 ギュスターヴたち“明星の団”は捜索隊ではなく、あくまでお宝の探索を生業とする探索団だ。捜索隊には捜索隊の、探索団には探索団のそれぞれが得意とする領分がある。わざわざ自分たちを頼ってきたのに申し訳ないと思ったが、人の捜索などどう行えばいいのか見当もつかなかったギュスターヴは国の捜索隊に依頼するよう勧める。

 その言葉を聞いたミラは自虐気味に笑って口を開く。

 

「…とっくに国の捜索隊に依頼はしたさ。けど、あいつら場所を聞いた途端手の平返して依頼を突っぱねやがったのさ……」

「と言うと…その場所に問題があるということですね。それでその場所というのは……?」

 

 国の抱える捜索隊でも難色を示す場所。ギュスターヴは依頼を受けるにしろ受けないにしろ、一応話だけでも聞こうと件の場所を尋ねる。

 ギュスターヴからそう問われたミラは伏せていた視線をギュスターヴの方に戻してその場所の名を口にする。

 

「…その場所ってのは……“モルビエの樹海”だよ」

 

 ―――“モルビエの樹海”。

 

 その地名を聞いた途端、その場にいた"明星の団"の全員は目を見開き、眉を寄せて険しい表情になる。

 

「……モルビエの樹海か。その探し人というのも、随分と厄介な所に足を踏み入れたようだな……」

「そうですね……。確かにあの場所なら、国の捜索隊が渋るのも頷けますね……」

 

 顎に手を添えたナルセスはモルビエの樹海という場所に対して厄介極まりないと口を開く。そしてそれに続く形でタイラーも国が搜索に出なかったことに納得が行ったと言う。

 

 “モルビエの樹海”…そこは推定30リーグという範囲に渡って多種多様な樹木や植物が大海原の如く繁茂している広大な大森林だ。

 その広大な面積故に樹海の調査は遅々として進まず、これまで調査を繰り返してきたが調査が済んでいる範囲はおよそ10リーグ…つまり樹海の全体で言えば三分の一程度しか調査が出来ていないのだった。その理由は様々であるが、最も大きな要因が二つある。まず一つは樹海自体の広さだ。先述したが30リーグという広さは見知らぬ土地なら平地でも歩くだけでかなりの時間を費やすだろう。それが木々に視界を遮られただけで調査は劇的に変わってしまうのだ。原生する動植物の調査、安全確保のための周囲の警戒、地理の把握、そして食料や体力の限界、そう言ったものが積み重なるだけで時間はすぐに過ぎて気づけば引き返さなければならない状況になってしまうのだ。そして二つが未知の敵の存在だ。実は一つ目よりもこれが調査を難航させている原因だと言われている。樹海の調査が進んでいる中層までは調査隊を脅かす魔獣や亜人は確認されていないが、それよりも奥に位置する深層には得体の知れないナニカが巣食っているらしい。何故そのナニカがいるのが分かるかと言うと、深層へ派遣された調査隊の中でたった一人だけ重傷を負いつつも生きて帰ってきた生存者がいたのだ。その生存者はそのすぐ後に息を引き取ったらしいが、瞼に焼き付いた恐怖に身を震わせて一言だけ言い遺した。

 

 ―――あそこには化物がいる……。

 

 それ以来モルビエの樹海には化物が巣食うとされ、樹海には、特に深層へは誰であれ絶対に近づかないようになったのだった。

 しかし、ここでギュスターヴは疑問に思う。どうして誰も近づかないような場所なのに、そこに探し人がいると分かるのかということだ。

 ミラ言う探し人についてある程度の予測がたったギュスターヴはミラに確認を取る。

 

「ミラさん。貴女の言う探し人というのは、ひょっとしてディガーだったのでは?」

「……そうさ、よく分かったね。アンタの言う通り、そいつはディガーさ」

 

 ギュスターヴの予想はどうやら当たっていたようで、彼の言葉にミラは頷いてそう言う。

 そしてミラは酒瓶を傾けて残っていた中身を飲み干すと、テーブルの上に置いていた左手の薬指に目を向けて懐かしむように語りだす。

 

「…そいつの名前はジェイクってんだ。とんでもないバカだったけど、優しくて私のことを本当に大切にしてくれてたんだ。アイツが結婚しようって言ってくれた時は本当に嬉しかったよ……。人生で一番浮かれてたかもしれなかったね……。なのに…あのバカ……行くなって止めた私を振り切って…三ヶ月前にモルビエの樹海に探索に行ったきり、帰ってきやしない……」

 

 初めは気丈に、しかし話すにつれてミラの言葉は途切れ途切れになっていく。将来を誓い合った男が無事でいるのか、不安に圧し潰されてしまいそうな瞳からは涙が零れ、ミラは固く口を結んで漏れ出しそうな嗚咽を抑える。

 

「急にこんな話持ちかけて、アンタたちには悪いとは思ってる……。けど…もう他に頼れるやつがいないんだ……! お願いだ、どうか引き受けてほしい……!」

 

 深く頭を下げたミラは必死に懇願するようにそう言う。

 引き受けてやりたいのはギュスターヴも山々だったが、二つ返事で引き受けるにはモルビエの樹海という場所は危険過ぎるとも思っていた。

 そうしてギュスターヴがミラの依頼と仲間の安全とを天秤にかけて頭を悩ませていると、いつも間にか腰のポーチから出てきていたパックが目の前に浮かんでいた。

 

「パック?」

「オイ、ギュス。お前が何を悩んでるかなんてすぐに分かるけどよ、オレたちの心配してるなんて言ったら怒るぞ? オレだけじゃねぇ…そいつらもだ」

 

 ニシシと笑うパックの言葉にギュスターヴは後ろを振り向くと、そこにはパックと同じように笑う仲間の姿があった。

 

「パックの言う通りだぞ、ギュス。決めるのはお前だが、俺たちに遠慮することはない」

「そうだよ、私だっていつまでも心配されるほど弱くなんてないんだから」

「丁度張りのない仕事ばかりだったから腕が鈍って退屈してたところだ。兄者にとっても力を試すいい機会じゃないのか?」

「人の手が入っていないということは、それだけお宝が眠っている可能性があるということだ。ひょっとしたらクヴェルも見つかるかもしれん」

 

 一人悩んでいたギュスターヴとは対照的に、仲間たちはそう言って後押しする。

 

「ほ~らな、お前はいっつも小難しく考えすぎなんだよ。リーダーならもっとドーンと構えてりゃいいんだよ!」

「…ったく」

 

 肩の上に乗ってバシバシと叩くパックの言葉を聞いたギュスターヴは口元を僅かに上げて呟くように言う。

 そして今のやり取りを見て軽く呆気に取られた様子のミラに向き直ったギュスターヴは彼女に告げる。

 

「ミラさん、この依頼お受けしましょう。ただし、危険手当ってことで報酬は弾んでもらいますからそのつもりでお願いしますよ」

 

 微笑んだギュスターヴから依頼の快諾を聞いたミラは涙を拭って頷く。

 

「ああ、感謝するよ…私の貯金叩いてでも必ず払う! だから、ジェイクのこと…よろしく頼んだよ。それと、アンタたちも絶対に無事に戻ってきておくれ……」

「えぇ、任せてください」

 

 そうして、“明星の団”は依頼人ミラの探し人を捜索しに未開の原生林“モルビエの樹海”へ赴く。

 これから死ぬかもしれない場所に行くというのに、“明星の団”の面々はミラの前でおくびにも出さない。

 恩着せがましいのは、“明星の団(おれたち)”の流儀じゃない。

 損な性分だと言われようが、ジッと待ってるだけじゃ場面は変えられない。

 幸せになろうとしてる人がいるってのに、見て見ぬふりなんて出来ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――モルビエの樹海

 

 

 ヴェスティアより五日ほど南西の方角に歩いた場所にある樹木や植物が群生する樹海の入口、そこに“明星の団”の六人は来ていた。

 真昼間とあって木々の間から差し込む木漏れ日のおかげで薄暗さはないが、日が落ちれば視界の確保も難しくなるだろうと思い、早速ギュスターヴたちは樹海の中へと足を踏み入れる。

 

「一応樹海の地図はあるけど、途中までしか書かれてないのがな~……」

「文句を言ってても始まらないだろ。とにかくまずは人の痕跡を見つけよう。三ヶ月も前とは言え、人の手が入ってないなら何かしらが残ってるかもしれない」

 

 付近の街で情報屋から入手した樹海の地図と睨めっこするパックにギュスターヴはそう言う。ギュスターヴからの言葉を聞いた一同はその意見に反対することなく頷いて彼の後に続く。

 道中は特に危害を及ぼす敵は居らず、一行の足は順調に進んでいた。どうやらこの森には水源が湧いているらしく、チラホラといくつかの小さな滝や澄み切った水場が出来ていた。

 ギュスターヴたちは木々の間を通って多少は整地された道を歩いていると、小さくはあるが開けた場所に出る。

 そこには焚き火をしていたのか、ボロボロになった炭と人が居たのであろう痕跡が見つかった。

 

「ふむ…どうやらジェイクという男は確かにこの森に来ていたようだな」

「道も間違ってないみたいですね。みんな、このまま進もう」

 

 炭に目を向けてジェイクがここにいたと予測を立てたナルセスはそう言い、ギュスターヴも地図の通りに進もうと一同に促す。

 

 それから二・三時間くらいは歩いただろうか。

 薬草や珍しい植物を見つけることはあったが、人の姿もお宝もないまま目に優しい自然に囲まれた道を進んでいた。地図の通りならおそらく中層に入っているであろうと思い、ギュスターヴは後ろを振り返って仲間に話しかける。

 

「みんな、多分もう中層に入ってはいるだろうから一度休憩を取ろう」

「そうだな、その方がいいかもしれないな。よし、なら俺は少し辺りを見てくる」

「待て、タイラー。俺も一緒に行こう」

「気をつけてね、二人共」

 

 このペースなら地図に載っていない最深部に辿り着くのはそう時間がかからないだろうとギュスターヴは休憩を取ることを全員に提案し、その言葉に頷いたタイラーは万が一付近に危険がないか

確かめるために哨戒に出ると言った。タイラーの言葉を聞いていたエルクはもしもの為に自分も一緒に行くと言い、大木の向こうに歩いていく二人にコーデリアは手を挙げて見送る。

 それから5分ほど経っただろうか。

 まだ日も落ちていないので木々の間をから照らしこむ木漏れ日が丁度いい具合に四人に降り注ぎ、こんな状況でなければまどろんでしまいそうであった。

 そうして倒木に腰掛けて休んでいると、

 

 

『―――ウワアアアアアア!!!』

 

 

 樹海に誰かの叫び声のようなものが響き渡った。その絶叫と言ってもいい音量が耳に届いたギュスターヴたちは立ち上がって警戒態勢を取る。

 

「な、なに今の!?」

「今の声は……まさか、エルクとタイラーさんに何かあったのか!?」

 

 唐突に聞こえてきた絶叫は何処か聞き覚えがあり、その声に反応したギュスターヴはエルクとタイラーの発したものだと判断した。ギュスターヴたちは二人の安否を確かめるべく、二人が向かった方向に駆け出そうとするが、腰のポーチから顔を出したパックがそれに待ったを掛ける。

 

「ちょい待ち! 何か来るぞ! それも団体だ!!」

 

 前方に指を差して言うパックの言葉に三人は立ち止まり、その方向を凝視する。

 やがてパックの言う通り何か“大きな黒い波”が迫ってくるのが見えた。三人はそれぞれ武器に手をかけて真っ向から対峙しようとする……。

 

「!? ウ…ウワアアアアアア!!!」

 

 だが、その黒い波がある程度の距離まで近づいてくると、ギュスターヴたちは途端に顔を引きつらせて青ざめた表情で逆方向へと逃げるように走り出してしまった。

 何故彼らがこのような行動をとったのか……それは今も三人を追いかける形で迫ってくる黒い波の正体に関係があった。

 では、『そもそもその黒い波はなんだったのか?』まずここからになるだろう。

 前方から迫ってきて武器に手をかけた三人は黒い波を凝視した、ここまではまぁ良かった。だが、その後に発覚した黒い波の正体がいけなかった。よくよく見ると、それは波などではなく、大量の虫が集団で折り重なるように走ってきていたのだった。そしてさらにその正体を見極めようとしたのが決まり手だった。

 油ぎったようにテカテカと光を反射する黒い甲殻…一匹一匹の頭から生える二本の細長い触角…嫌悪感を催すような忙しなく地を這う足の動き……、それはエルフとは違うベクトルで人類の天敵とさえ言われる―――

 

 

 ―――ゴキブリの大群であった……。

 

 

 もうエルクもタイラーも知ったこっちゃないと言わんばかりの全力疾走をする三人は脇目もふらずにひたすら走り続ける。とにかくあの黒い悪魔の魔の手から逃げることで頭を埋め尽くされた四人は必死に足を動かして道なき道を突き進んでいく。

 

「イヤァァァァァ!! ハオチーもイヤだけど、ゴキブリはもっとイヤァァァァァ!!!」

「オイ、コーディー! 喋ってる暇あったら足動かせ足!! 捕まったらヤバイ絵面になるぞ!!」

「絶対イヤァァァァァ!!!」

 

 完全に壊れて涙目になったコーデリアにパックはポーチにしがみついてそう言うが、本当に言葉が届いているのか分かりはしなかった。

 今にも落ちそうな状態で風に揺られてしがみつくパックは、次にギュスターヴに声を掛ける。

 

「オイ、ギュス! お前なんとかしろよ!! ハオチーだって平気なお前ならゴキブリくらい大丈夫だろ!!」

「無茶言うんじゃねぇよ!! 一匹二匹ならまだしも、あんな大群に近づきたくねぇよ!! そんなこと言うんならお前がなんとかしろ!!」

「オレだって近づきたくねぇよ!! ナルセス、お前の魔法で一掃とか出来ねーのかよ!?」

「私とて出来るならとっくにそうしている!! だが、あれだけの大群を一度に焼き払うには相応の時間詠唱をする必要がある!! 悠長にそんなことをやっていたら奴らに飲み込まれるだけだろうが!!」

 

 そんな言い争いをしていると、ゴキブリたちに変化が訪れる。追うこと自体はやめていなかったが、少しずつ速度を緩めていた。『追うことを諦めたのか?』と四人が思ったのも束の間、黒い悪魔たちは先程までとは比較にならない速度と範囲で一斉に四人に襲いかかってきた……その羽を広げて飛んでくるという最悪な形で。

 

 

「ギャアアアアアアア!!!」

 

 

 その日、モルビエの樹海に二度目になる絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

「な…なんとか撒いたみたいだな……」

「あ…あぁ……。思わぬ強敵だった……」

 

 命からがらゴキブリの大群から逃げ切ったギュスターヴたちは荒い呼吸で己の無事を確認していた。

 

「二人も大丈夫か……?」

「ワ…ワタシは大丈夫ウピ……。急に追われたからビックリしたウピ……」

「オラもなんともないウピ……。息が整うまでちょっと待って欲しいウピ……」

「そっか…、よかった……」

 

 どうやら二人も無事に逃げられたようで、ギュスターヴはホッと胸を撫で下ろす。

 ………だが、ちょっと待って欲しい。

 

(……あれ? コーディーとナルセスさんってこんな喋り方だったっけ? そもそも『ウピ』って…そんな語尾は初めて聞いたような……)

 

 ゴキブリに追われたことにより若干麻痺した思考でその考えに至ったギュスターヴは、自然な会話なのに不自然さしか残らないコーデリア(仮)とナルセス(仮)に向かってバッと振り返る。

 そこにいたのは―――

 

「イ、イキナリどうしたウピ!? 心臓に悪いから急に振り返るのはやめてほしいウピ!」

「ま、まさかまだゴキブリたちが追ってきてるウピ!?」

 

 木の皮で出来たマントを着けた大きなドングリのような二匹の不思議な生物(?)だった。

 明らかにコーデリアとナルセスではない二匹の存在に絶句したギュスターヴは……

 

(…またはぐれちまった……)

 

 そう心の中で呟いて膝から崩れ落ちて項垂れる。どんな星の下に生まれたのかは知らないが、どうやらギュスターヴは冒険に出ると仲間とはぐれる運命にあるらしい。

 そしてパックは唐突に現れたドングリたちに懐疑的な目を向け、立ち上がったギュスターヴもそれに続いて目を向ける。

 

「……なんだ…コイツら……?」

「コイツらは……。…心配すんな、悪い奴らじゃない。前にコイツらの仲間に会ったことがある」

 

 パックは怪しさ満点のドングリたちを見て眉を顰めるが、ギュスターヴはどうやら心当たりがあったらしくドングリたちに目を向けたまま口を開く。

 

「『草人(ピコリン)』……緑豊かな土地に暮らす森の民の一族だ」

 

 

 ―――草人(ピコリン)とは、木々や植物と共生する亜人の一種である。

 体の大きさは人間の子供と大差がなく一般的な成人の膝ほどまでしかない。頭から髪のように生やした三枚の大きな葉っぱと、頭頂から真上に伸びた一輪の花や蕾が特徴で、種全体が争いを好まない穏やかな性格をしている。そして草人は木や植物と会話という形で意思疎通を取ることができ、森の声を通して情報を得ることが出来るとも言われている。

 そのような性格が幸いしてなのか、人間や知性を持った生物とは良好な関係を築いており、無駄に自然を破壊することがない限り敵意を持たれることはないとされている。

 そして草人は寿命を迎えると地面に根付いて苗木となり、永い年月をかけて『賢樹』と呼ばれる高い魔力を持つ大きな樹に成長する。『賢樹』は言葉を発することはないが確かな知性を備えており、森に必要以上の危害を加えようとする者が現れれば即座に追い払うと言われている。

 このことから草人は『森の賢者』と呼ばれ、自然を守る存在として語られている。―――

 

 

「へ~、このドデカイドングリみたいな奴らがね~」

「オラはドングリじゃないウピ! お前こそ虫みたいなナリしてるくせに失礼ウピ! オラは虫が嫌いウピ、我が物顔で葉っぱに齧り付くところなんか特にそうウピ!」

「にゃにお~! この小生意気なドングリめ、もう許さん!! 蒸しパンに混ぜて美味しく頂いちゃる!!」

 

 足元でギャースカと言い争いを始めたパックとピコリンの片割れに「喧しさが二倍になった」とギュスターヴは耳を塞ぎ、もう片方の草人の元に歩き出す。そしてもしかしたらはぐれてしまった二人のことを知っているかと思い話しかける。

 

「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、俺と一緒に逃げてた二人が何処に行ったか知ってるか?」

「知ってるウピよ。ワタシたちが森の散策してる時にアンタたちが走ってきて、そのままじゃ危ないと思ってワタシたちも逃げてたんだけど、二人共途中で地下の穴に落ちちゃったじゃないウピ。てっきり知っててそのまま逃げてたと思ってたから何も言わなかったウピよ?」

 

 草人の言葉にギュスターヴは冷静になって逃げていた時の状況を思い出してみる。1分ほど記憶をひっくり返していると、色々とおかしな点が浮かび上がってきた。今思い返せば、途中から二人分の足音が妙にファンシーな可愛らしい足音に変わっていたのにギュスターヴは今更ながらに気がついてまた項垂れてしまう。

 そうしてギュスターヴが背景に暗い影を落としていると、草人が顔を覗き込んでギュスターヴに話しかけてくる。

 

「アンタって、もしかしてディガーって人?」

「…ん? そうだけど?」

 

 突然の質問だったが、正直に答えてなにかマズイものがあるわけでもないと思ったのでギュスターヴはそう答える。その言葉を聞いた草人は何を言うでもなくジーっとそのままギュスターヴの顔を見つめ続け、それに気圧されたギュスターヴは疑問符を浮かべて若干顔を仰け反らせる。

 そして「なにか気に障ったことがあったのか?」と思ったギュスターヴは草人に尋ねようと口を開きかけた時……

 

「―――イイオトコ!」

 

 語尾にハートマークでも付きそうな口調でもって、キラキラと目を輝かせてそう口にしたのだった。それにはギュスターヴは何を言っていいのか分からずに、目を細めて何とも言えない微妙な顔になる。そして先程まで言い争いをしていた草人の片割れも驚いて勢いよく振り返る。

 

「なッ!? おッ、お前突然何言ってるんだウピ!?」

「アンタには関係ないウピ。『ジジ様』に言われて探しに来て正解だったウピ~」

「探しにって…どういうことだ……?」

 

 いまいち状況が飲み込めないギュスターヴは足元で騒ぐ草人に話を聞こうとするが、どうやら一方は頬を染めて自分の世界に入ってしまっていて、もう一方は考え直させるように必死に説得をしており、ギュスターヴの声は耳に届いていないようだった。

 

「よかったウピ~。この辺りの木にアンタたちのことシラミ潰しに聞いて回ってたんだけど…その甲斐あったウピ~」

「…おい」

「あ゛ッ、アレのドコが!? あんなイガグリみたいな頭した男のドコがいーんだウピ!?」

「……おい!」

 

 一向に自分の話を聞こうとしない草人たちの様子に流石のギュスターヴも頭に血が昇り、草人たちを指差して大声で怒鳴る。

 

「何しにッ!! 探しに来たんだよお前らッ!!!」

 

 その言葉をギュスターヴが発した直後、草人たちはそれまでの態度を一変させ、深く頭を下げて真剣な口調で一言だけ口にする。

 

 

「―――助けて下さいウピ」

 

 

 二匹の発したその言葉にギュスターヴもパックもただ事ではない事態を感じ取り、目を見開いて黙り込む。

 

「オラたちの仲間…『化物』たちにどんどん食われちまってるウピ……」

「昔はワタシたち草人はこの森にたくさんいたのに…今ではワタシたちを含めても20匹にも満たないウピ……」

 

 か細い声で身を震わせる草人はこの樹海に起こっている異変をギュスターヴたちに伝える。

 そしてギュスターヴは今回のミラの依頼と草人の言う『化物』の存在が無関係ではないと直感した。まず間違いなくモルビエの樹海にいるとされる化物と草人の言う化物は繋がっている、もしくは彼らの言う化物こそがこの樹海に巣食う存在(モノ)なのだと。

 

「…それで……?」

 

 ジェイクの行方を追うなら、おそらく避けては通れない道になると判断したギュスターヴは真剣な表情で草人たちに話の続きを促した。

 ギュスターヴが話を聞いてくれると察した草人たちは下げていた頭を上げ、彼らが知る範囲での化物についての情報を話し出す。

 

「…奴ら、ある日突然この森にやってきたウピ……。あいつらはこの森に住む生き物を無差別に食い荒らしてるウピ…もちろんそれはワタシたちも例外じゃないウピ……」

「それと、もう一つ……。この森に入り込んできた化物……“インベイダー”っていう奴らはグループで行動してるウピ」

「…インベイダー?」

 

 草人が樹海に潜む化物を指したのであろう呼称に、ギュスターヴは眉を顰めてオウム返しのように口にする。

 

 

「―――“侵略者(インベイダー)”……奴らそう名乗ってるウピ」

 

 

 人知れず深き樹海にて暗躍する未だ見えぬ新たな脅威……。

 これまで剣を交えてきた強敵に劣らぬであろう存在に、ギュスターヴは体に武者震いが走るのが分かった。

 

「…ハッ! そりゃ会うのが楽しみだ」

 

 精鋭のメイジを保有する国の調査隊や『森の賢者』と謳われる草人をここまで震え上がらせる“侵略者”とはどんな化物共なのか……。

 ギュスターヴの心の中には怖さも当然あったが、自分の力を試すことが出来る嬉しさも同居していた。

 そいつらとやり合って…果たして俺は森の養分にならずに生き残れるのか……?

 いや…勝負はやり合ってみるまで分からねぇ。

 例えどんな奴が相手だろうが、俺は俺の力を信じるだけだ。

 心にこびり付く恐怖を振り払い、ギュスターヴは不敵に口の端を吊り上げていた。

 

 

 

 ―――深緑に彩られた未開の樹海、そこから出てくるのは鬼か蛇か……。虫の鳴き声が木霊する土地に、ざわめく風が吹いていた。

 

 

 




どうも皆さん、MAXコーヒーです。

今回の更新はとても遅くなってしまったようで申し訳ありあせんでした。
新展開ということで色々試行錯誤をして、あーでもないこーでもないと遅々として進まない文章を考えて書き直してを繰り返していたら…こんな間隔になってしまいました。

さて、今回依頼を受けた“明星の団”はモルビエの樹海に入りました。
不穏な空気ですが、この後に何が待ち受けているのやら……。

では、また次のお話で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。