―――夢を見た……暗闇の中、当て所なく彷徨う夢を……。
その夢の中の俺は、何かを探すように……あるいは何かから逃げるように、ただひたすら歩き続けていた……。
何かとは何なのか……何を探すのか……何から逃げるのか……なぜ歩いているのか……何一つ分からないまま、俺は歩き続けていた……。
どれだけ歩いただろう……夢の中とわかっていても一向に訪れない光を欲し、辺り一面漆黒に塗り固められた暗闇に言い様のない不安を感じても歩き続けた……。
夢なら早く醒めて欲しい、そう思った時だった……何かの音を聞いたのは……。
その音は規則正しく鳴り響き……どの方向に歩いても、音は大きくなっていった……。
引き返したいのに足が勝手に進む……まるで、その音の発生源に吸い寄せられるように……。
近づくにつれて、その音の正体が何であるかはっきりと分かった……。
―――心臓の鼓動
俺のではなく、この夢の中にいる、俺以外の何かの……。
この時点で、俺の中にあった不安は明確な恐怖へとすり替わった……。
俺の意思とは関係なく足が進む……急き立てられるように……何かの元にたどり着くのが当然であるかのように……。
やめろ…やめろ…それ以上進むな……。
本能で分かった……この先に行けば、きっと取り返しのつかないことが起きると……。
けれど、そんな淡い願望も嘲笑うかのように一蹴される……。
心臓の鼓動の音が大きくなる……近づいているのだろう……何かに…俺が……。
どれだけ歩いているのかも分からなくなっていた……走ればすぐに着くくらい短かったのか……それとも、馬を走らせてもたどり着けないほど遠いのか……。
もはや体は震え、同様に歯の根本も合わずにカチカチと音を鳴らしていた……。
それでも足は前に進む……震えながらも、何一つ変わらない歩調で……。
しばらく歩き続けているとようやく変化が訪れた……全容は見えないが、何か暗闇の中に浮かぶものが視界に入る……。
その何かを見た瞬間……全身の毛が総毛立った……。
俺は確信した……あれは人間が対峙してはいけない存在だと……全世界を敵に回しても、歯牙にも掛けない存在だと……。
しかし、なおも足は前に進む……お前の意思など関係ないのだと言わんばかりに……。
やがて、俺は何かを見上げる位置に……何かは俺を見下ろす位置にまで近づいていた……。
そこまで来て、ようやく俺の意思とは関係なく動いていた足は止まった……。
俺は目を閉じ、恐怖で動くことが出来なかった……どんな些細な動きであれ、動けば『死』が待っていると、そう思ったからだ……。
どのくらいそうしていただろうか……何も変わらない現状に、生きた心地がしなかった……。
いつまでこうしていなければならないのだろう?……そんな考えを逡巡した時だった……。
先程まで響いていた鼓動の音が一際大きくなるのを感じ、俺は意を決して目を開けた……。
『終わった……』
目を開けたその先にいたものは、何本もの柱ほどの太さの杭で磔にされ、下半身を完全に失い、背骨が剥き出しになった朽ちかけたドラゴンのようなものだった……。
『とうに、潰えた我が試みを……』
俺は困惑していた……朽ちかけたドラゴンはこちらを攻撃するわけでもなく、語りかけてきているのだから……。
『呼び覚ます…者……』
その声は低く、重く、のしかかるような声で頭の中に直接響かされているかのようだった・・・。
『いいだろう……小さき友よ……』
俺には何を言っているのか理解が出来なかった……小さき友?……俺のことなのか?……。
『―――お前を選んでやる』
朽ちかけたドラゴンがその一言を発した瞬間、一面に蔓延っていた暗闇が晴れ、一点の曇りもない白一面の世界に変わった。
その変化に呆気に取られていた俺は、朽ちかけたドラゴンから視線を外してしまっていた。
ハッと、先程まで朽ちかけたドラゴンから漏れ出していた威圧感が消えているのに気づき、俺は朽ちかけたドラゴンがいたであろう場所を見る。
そこには、朽ちかけたドラゴンは居らず、人の形をした一つの影が佇んでいた。
圧迫するような威圧感がなくなったことによって、少しは心に余裕が出来た俺は正体不明の影を警戒しながら凝視していた。
目は付いてるようには見えない。だが、俺と同じようにその影がこちらを見ているのが分かった。
極度の緊張により、僅かに後ずさる仕草を俺が見せた瞬間、その影ははっきりと聞こえるように口を開いた。
「…それが、お前に与えられた力……」
与えられた力? 俺にはもう理解が追いつかず、許容できる内容ではなくなっていた。
「全てを喰らう暴虐の王、『
何なんだ!? 俺になにをしたんだ!? そう言葉を発そうとするが声にならない。
「お前は選ばれた……。一万年に及ぶ亡霊の妄執を壊す、究極の破壊者として……」
亡霊の妄執!? 何なんだよ!? 俺に何をしろって言うんだよ!! 俺は声にならない叫びをあげる。
「『死すべき時』を見つけるがいい……」
俺はもう何を言えばいいか、何がなんだか分からなくなっていた、頭がどうにかなりそうだった。
「おそらくは、お前が『最後』なのだから……」
最後? ちょっと待ってくれ! まだ話しは……! その言葉を最後に霞のように消える影を掴もうとするがそれは叶わなかった。
呆然とする俺だったが、次の変化はまたすぐに訪れた。
突然、俺の前に黒い球体のような物が現れ俺を包み込むように……いや、喰らうかのように俺の中に入り込んできた。
無駄だと分かっていても、俺は助けを呼ぶように声にならない叫び声をあげる。
最初は足、その次は胴、その次は腕、まるで馴染ませるように俺に侵入してくる黒い球体。
そして、残ったのは頭だけとなり、必死に叫び声をあげるも最後の一口だと言わんばかりに、頭を含めた全身を喰らい尽くされる。
俺の意識はそこで途切れ、悪夢から醒める……。
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「ウワァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「キャッ!?」
悪夢から醒め、汗だくで飛び起きた俺の視界に最初に写ったのは、俺の声で驚いたのか盛大に尻餅をついている妹のルイズだった。
「ハァ…ハァ……ル…ルイ…ズ?」
「ど、どうしたの?兄さま、すごい汗よ?随分うなされてたけど、何か悪い夢でも見たの……?」
うなされていた俺を起こそうとしていたのだろう、ルイズは尻餅の体制から起き上がると、今も荒い息で呼吸をしている俺の隣に座る。
「ゆ、夢……? そうだ……俺は何か、ひどい悪夢を見た…はずなのに、なんでだ……? 何も思い出せない……」
普通、悪い夢なら思い出せない方がいいと思うが、さっきまで見ていた夢は自分にとって重要な、それも今後に関わる重大な何かを孕んでいる……そんな気がした。
だから、なんとか思い出そうとするが、
「兄さま、嫌な夢だったんでしょ? だったら無理に思い出さない方がいいんじゃないかしら……?」
心配そうに俺の顔を覗き込むルイズはそう言い聞かせ、俺を落ち着かせようとする。
「それにほら! 悪い夢を見た後って、その日はいいことがあるかもしれないって言うじゃない!」
必死に俺を元気づけようとしてくれるルイズの姿に俺も釣られて笑う。
「そう、だな……、所詮夢は夢だ……。起きた後まで引きずっててもしょうがないよな……」
多少の活力を取り戻した様子の俺を見たルイズは、安心したのか満面の笑みを浮かべる。
「そうよ! そんな嫌な夢のことなんて忘れちゃわなきゃ! なんといっても今日は私たちのお誕生日なんだもの!」
そう、ギュスターヴとルイズは今日で7歳の誕生日を迎えたのだった。
「と、いうわけでぇ! シャキッとしてないと父さまと母さまに叱られちゃうわよ? 『お前はこのヴァリエール家の後継としての自覚をしっかり持っているのか~!』ってね」
フフフ、と可愛らしい笑みでもって言うルイズに俺も苦笑し
「ハハ、そりゃ大変だ。じゃあ父上と母上に怒られないためにも、ルイズの言うとおりシャキッとしなくちゃな」
確かにルイズの言うとおりだな、いつまでも気にしてても仕方ない。
「そうそう、やっぱり兄さまは笑ってなくちゃ! 私は兄さまの笑顔がちい姉さまの笑顔と同じくらい好きなんだから!」
ルイズの言うちい姉さま―――俺たちとは8つ年の離れた姉だ。
俺もカトレア姉さんの笑顔は好きだ、柔らかくて、とても暖かい気持ちにさせてくれる。
「それじゃあ私は今日のために用意したお洋服に着替えてくるね! 兄さまも早く目を覚ましてね!」
そう言い、ルイズは部屋を出る。と思ったら。
「二度寝しちゃダメだからね! い~い、兄さま?」
と、閉めたドアを開けて俺に二度寝の警告をする。もう一度ドアを閉めて、今度こそ今日の準備をするべく着替えに行ったようだ。
「…まったく、心配かけちゃったなぁ……」
と、少しばかり俺はルイズに感謝する。
そこで……ふと、胸に何か違和感を感じてその部分をなぞってみる。
「―――…アジーン……?」
……その誰の名前かも、どんな意味かも分からない言葉の意味を知るのは、幾らかの年月が経てからになるが、今はまだ触れないでおこう。
―――歯車は、既に回り始めているのだから……。
どうもご覧の皆様、MAXコーヒーです。
調子に乗って連続で投稿しちゃいました。
今回は終始ちょっとダークな雰囲気で書かせていただきました。
批判の声が出たらどうするべ……。
まぁ、なんにせよいつものように感想、批評などなどお待ちしております。
ではまた次のお話で!
追記:『アジーン』とはロシア語で数字の『1』を表す意味。