彼の心は荒んでいた……。
イメージを固定させてしまうようで恐縮ですが、このお話は是非ともサガフロンティア2のBGM
『Thema』という曲を流しながらご覧いただければと思っております。
―――ラ・ヴァリエール公爵邸
ギュスターヴとルイズが魔法の訓練を開始した日、あの日から実に1年半もの月日が経過しようとしていた。
二人の家庭教師として屋敷に赴いているシルマールと交わした契約期間も半年間引き伸ばしてもらったが、それもすぐそこまで迫って来ていた。
「ふぅ……、どうしたものなのだろうか……」
公爵はあの日からこれまでに起こった出来事を振り返り、深くため息を吐いた。
公爵の頭を悩ませている理由、それはギュスターヴについてであった。
あの日から一年以上が経った現在も、ギュスターヴは何一つ変わらず魔法が使えなかった。
シルマールも思いつく限り、あらゆる方法を試してみた。
だが、結果はどれも同じで、ギュスターヴが魔法を成功させたことは一度としてありはしなかった。
最初はギュスターヴもその事実に動揺していたが、それでもいつかは魔法を使えるようになると、毎日早朝から始め、日が沈んでからも休むことなく訓練を続けていた。
公爵も夫人も姉達も、何度失敗しても諦めずに杖を振るうギュスターヴの姿を見守っていた。
家族も日を追うごとに元気がなくなっていくギュスターヴの姿を姿を不憫に思い、叱咤激励の言葉を掛けることもあった。
それは屋敷に仕える者達も同様で、彼を見かければ決まって励ましの言葉を掛けた。
彼は皆のその言葉に「大丈夫だ……」と、ただ力無く笑うだけであった。
しかし、そんな生活が1年ほど続いたある日、それは起こってしまった。
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「ギュスターヴ、先生との魔法の訓練の方はどうなのだ?」
それは、シルマールとの魔法の訓練が1年ほど経った晩餐時でのことだった。
「は、はい……。シルマール先生の授業内容はとてもわかりやすいので、勉強になります……」
父から「何か魔法を使えるようになる切っ掛けは掴めたのか?」という内容の質問をされたギュスターヴだったが、彼の口から出てくるのは自分のことではなく、シルマールの授業に関しての話だった。
ギュスターヴは、自分の魔法に関する話を意識的に避けていた。
「そうか……。いや、しかし先生には感謝せねばなりませんな、こうして我が子達の面倒を見て頂いているわけですから」
居心地が悪そうに自分の問いかけた質問とは違う応えを返すギュスターヴに、公爵も掛けるべき言葉が見つからずに話題を逸らす。
「いえ、そのようなことはありませんよ。二人共、私の言うことをしっかり理解してくれている聡明な子達です」
シルマールは公爵から投げられた話題に、そのように応える。
「それに、魔法もまだうまくいかないだけで、ある日急に出来るようになるなんて話も耳にしますからね、焦らずにゆっくり歩いていきしょう」
シルマールはギュスターヴを見やって、落ち着き払った静かな口調で諭すように口にする。
「そうよ、ギュスターヴ。 焦ることなんてないわ、ゆっくり『頑張れ』ばいいのよ」
カリーヌ夫人がシルマールの言葉に共感したようにギュスターヴにそう言葉を送る。
彼はこの言葉を聞き、顔を俯かせて誰も気づかないような動きで僅かに体を震わせる。
「先生と母様の言う通りよ。今よりもっと『頑張れ』ばいい結果を出せるわ」
「そうよ、ギュスターヴ。あなたはたくさん努力してるんだもの、今に魔法が使えるようになるわよ。『頑張って』」
エレオノールとカトレア、姉二人も母の言葉に追従するように、同じような言葉をギュスターヴに掛ける。
その言葉を聞き、ギュスターヴは何かに耐えるように拳を固く握り、唇を強く噛み締める。
「うむ、皆の言う通りだぞギュスターヴ。だが、あまり根を詰め過ぎてもいかんぞ? なに大丈夫だ。お前は我がヴァリエール家の嫡男、私たちの息子なのだからな」
公爵が最後に放ったその言葉が引き金となり、ギュスターヴは「バンッ!」とテーブルに手を叩きつけながら勢いよく席を立ち
「分かってるんだよ!! そんなこと!!!」
と、心の奥に抑えていたものを全て吐き出すかのように乱暴に叫び放った。
ギュスターヴは今まで怒ったことはおろか、激しい感情を表に出したことは一切無く、いつも皆に明るく笑顔で接していた。
そんなギュスターヴの追い詰められたような表情に、父も母も姉二人もシルマールも、そしてルイズも信じられないものを見た様子で驚いたように動きを止めてしまっていた。
シン……と静まり返る食堂で一番最初に我に返ったのは、今しがた激情を顕わにしたギュスターヴ本人であった。
「ハッ」と無意識にだったとは言え、己のしでかしたことに気づいたギュスターヴだったが、彼は自身の行動を悔いるような表情を見せた直後に、逃げるように食堂から飛び出してしまっていた。
その場にいた全員は、ただ呆然と固まったように彼が走り去っていく姿を見ていることしか出来ずにいた……。
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その一件から、ギュスターヴは変わってしまった。
以前のような明るい笑顔は無くなり、常に何かに苛立っているような、鬱屈したものを隠そうともしない表情に変わっていた。
変わったのは表情だけでなく、周りの者に対する接し方も同様だった。
以前のように礼儀正しく、思いやりに溢れた朗らかな態度から一変して、誰に対してもキツく当たり、気に入らないことがあれば暴力に訴える傍若無人で乱暴な態度に変わってしまった。
ギュスターヴは同年代の子供に比べて聡明だった、故に理解出来てしまった、自分が『落ちこぼれ』だと。
しかし、それを否定する自分も心のどこかに存在した。
公爵家の嫡男としての『責任』…周囲からの『期待』…それに伴う『重圧』…そして何よりも……決して認めたくない『劣等感』。
彼の心の中は、それらの感情が入り混じって、どうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
そんな耐え難い状態の自分を守るために彼の心が選んだことは、自分が圧し潰されて壊れてしまう前に感情を爆発させてしまうことであった。
豹変したギュスターヴの変わり様に、屋敷に仕える者は皆困惑し、それまで可愛がっていたのが嘘のように、腫れ物に触れるかの如く徐々に彼から離れていった。
今では彼と以前と同じように接するのは、家族と執事長ギャリソン、そして赤子の頃から彼の傍に仕える一握りの召使いだけになっていた。
そして、魔法の使えない公爵家の嫡男という特殊な境遇は、同年代の少年少女たちを彼から遠ざけ
最も大切な「悩みを打ち明けることが出来る友人」という存在を彼から奪った。
その事実は、月日を重ねるに従い心の傷を広げ、わずか一年半という短い年月で彼の心を捻じ曲げていった。
そんな状態の彼であったが、一人だけ以前と変わらず―――いや、以前にも増して彼の側に寄り添う者がいた。
それは、彼の双子の妹ルイズだった。
ルイズは、ギュスターヴから罵倒されても乱暴されてもじっと耐えて、彼の側を離れなかった。
なぜなら……
―――彼女も魔法を使えなかったから。
より厳密に言えば、彼女の場合は何も起こらないのではなくどんな魔法を唱えても必ず『爆発』してしまうのであった。
ギュスターヴはそんな彼女の存在を疎ましいと思うと同時に安心感も抱いていた。
差異はあれど自分と同じ境遇にいる妹という存在に、ルイズがそうであるように彼もまた彼女に依存していた。
(あの時からこの家はどこかおかしくなってしまった……)
公爵はこのままではダメなのは分かっているが、どうすればいいのかずっと答えを出せないでいた。
(一連の原因であるギュスターヴを立ち直らせるのが一番の道なのだろうが、今下手にあの子を刺激すればそれこそ取り返しのつかないことになるだろう……)
公爵は頭を抱えて今後のことについて考えを巡らせていたその時。
コンコン
誰かが自分のいる部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「……入りたまえ」
公爵が入室を促すと、そこにいたのは妻カリーヌとシルマールであった。
「あなた、シルマール先生からお話があるそうです。」
妻からシルマールが何か話があると聞かされた公爵は
「如何されたのです、シルマール先生。 何か御用ですかな?」
公爵からの問いかけに眉を顰めながらどこか悔いるようにシルマールは言葉に出す。
「ヴァリエール公爵……私がこの屋敷に来てからもう1年半が経ちます。あの子達の教育を放棄してしまうようで心苦しいですが、引き伸ばしても来週には戻らねばなりません。よって、次の訓練を最後にして屋敷を離れることをお許し下さい」
シルマールから帰郷することを許して欲しいという旨の話を受けた公爵は仕方のないことだと自分に言い聞かせた。
「分かりました、この1年半先生には誠にお世話になりました。 感謝致します」
頭を下げる公爵から承諾の言葉を聞いたシルマールは、部屋から出ようと振り返ろうとする。
その時、公爵は心の中にあったシルマールにずっと聞きたかった疑問を投げかけてみる。
「……シルマール先生、最後にお聞きしてもよろしいでしょうか? 何故、あの子達に魔法の才が無いことを仰ってくれなかったのですか……?」
公爵から絞り出すような声で発せられた質問にシルマールも体を振り返らせて答える。
「私にも分からなかったのです、あの子達には強い力があると感じたのですが……。貴族の家にこのような人物が現れる事に、私は何か運命的な物を感じています。……では失礼します。」
シルマールはそう言葉を残して部屋から去っていった。
「運命か……。…なぁカリン……、私は以前言ったことがあったな。ギュスターヴはいずれ大きな偉業を成すだろう、と……」
まるでその時の再現であるかのように、椅子に備え付けられた背もたれに背中を預けながら公爵は妻に語りかける。
「やはり私は、普通にこの家を継いでくれる後継が欲しかったよ……」
「あなた……」
心底疲れ果てたように言葉に出す夫に、カリーヌも同じ思いだったのかそれ以上は何も言えずそっと部屋を後にしたのだった。
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―――ヴァリエール公爵邸庭園
今、ここには二人の少年と少女がいた。
その二人とはこの屋敷の主であるヴァリエール公爵の双子の息子と娘、ギュスターヴとルイズであった。
ギュスターヴは如何にも何もかもが気にいらないというような表情で、庭園の花壇に植えられた花を次々に踏みつけていた。
数歩下がった後ろでルイズはギュスターヴのそんな行動に怯えながらも、兄の側を離れずに涙目で見つめていた。
「やめましょうよ兄さま…、可哀想よ……」
踏みつけられる花が哀れに思ったルイズはギュスターヴにそう促す。
しかし、
「うるさいな! 一人だけいい子ぶるんじゃない! ルイズ、お前もやれよ!」
ルイズの注意にギュスターヴは悪びれもせず、彼女にも同じことをするよう強要する有様だった。
「で、でも……」
兄の言葉にルイズがしどろもどろに拒否の色を示すと、
「ならどっかに行ってろ! 目障りなんだよ!」
以前の彼ならば実の妹に向かって絶対に浴びせなかったであろう暴言を言い放つ。
その言葉を聞いたルイズは、涙目だった瞳から大粒の涙をいくつも零して静かに嗚咽の音を漏らす。
ルイズのその様子にさらに苛立ちを募らせたのか、ギュスターヴは前方に見える小鳥たちに向かって鬱憤を晴らすように石を投げつける。
彼は世界中の誰もが自分を見下し、蔑み、必要としていない、そう思い込んだ被害妄想に取り憑かれていた。
このハルケギニアにおいて、貴族に生まれて魔法を使えないということはそれだけで侮蔑の対象になる。
だからこそ魔法が使えない自分はこの世界に必要とされていない存在だと、そう考えてしまっていた。
そんなことを考えてさらに苛立ちを覚えたギュスターヴが鬱憤を晴らす次の標的を探そうとした時だった。
「―――何をしているのですか!!」
ギュスターヴは突然聞こえてきた自分を叱る声色に、一瞬身を縮ませるように反応する。
彼はその声を発した人物がいるであろう方向に振り返ると、そこにいたのは静かに怒りを纏わせた母の姿だった。
「抵抗できない弱い者を虐げるなど、恥ずべきことです! あなたには貴族としての誇りも無いのですか!? 恥を知りなさい!」
彼女は先程夫と自分の子供達のことを話していたが、夫の疲れきった様子に居た堪れなくなりその場を後にして二人ともう一度話し合おうと思い、屋敷中を探していたところであった。
二人がいそうな場所をあらかた探したが何処にも居らず、残りは庭園だけと思い庭園に足を運んだ彼女はようやく二人を見つけるが、その目に映ったのは、花を踏みつけ、小動物に石を投げつける息子と、その後ろで涙を流す娘の姿であった。
彼女は二人の、特に息子の荒みきってしまった姿に自責の念に駆られるが、「息子があのようなことになったのは親の責任であり、またそれを正すのも親の役目」と判断し、ギュスターヴを諌めることにしたのであった。
しかし、母のそんな思いを知ってか知らずかギュスターヴは
「放っといてくれよ! どうせ俺なんて魔法も使えない公爵家の面汚しなんだ! 生きてる価値もない人間のクズなんだよ!」
まるで、「自分のことなんて誰も分かってくれない」とでも言うようにギュスターヴは母の言葉に対して自分は必要のない人間だと返す。
彼のその言葉にカリーヌは目の前が真っ白になるような感覚に陥るが、意識を強く保ち息子にそんな考えは間違いなのだと分からせるために―――
―――パンッ!!
何かを叩く乾いた音が庭園に鳴り響く。
ギュスターヴは一瞬何が起きたのか理解が出来なかった。
だが、自分の左の頬が鈍い痛みと熱を持っていることに気づき、その時点で自分が母に頬を張られたのだと分かった。
ルイズもまた母のその行動に驚いて涙を止めて唖然としていた。
「ギュスターヴ、よく見てみなさい!」
カリーヌは心が締め付けられるような想いに苛まれながらも、心を鬼にして彼を叱りつける。
「植物が花を咲かせるのは、魔法が使えるからですか!?」
カリーヌは息子に踏みつけられた花々を指差し魔法の力など関係ないと言う。
「鳥が空を飛べるのは、魔法の力を使っているからですか!?」
そして今度は空を自由に飛ぶ鳥に目を向けて、彼らが空を飛べるのは魔法などではなく彼らに備わった鳥としての力によるのもだと説く。
「例え魔法が使えなくてもあなたは人間なの! 人間なのよ、ギュスターヴ!!」
―――魔法が使えない貴族であろうが、人間であることに変わりはない。
この世の中に必要のない人間などいないのだという母の言葉に、ギュスターヴはただ黙って口を閉ざしていることしか出来なかった。
「……今、私が言った言葉の意味を、そしてあなたの考え方をもう一度よく見つめ直してみなさい」
目を合わせることも出来ずに母がこの場を去る際に投げかけた言葉に、ギュスターヴは胸に鋭い痛みを感じながら俯いたまま反芻させていた。
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「兄さま、大丈夫……?」
ギュスターヴが母から叱られてから数分後、彼の心は少し持ち直しルイズに赤くなった頬の心配をされていた。
「触るな! 大体お前が悪いんだぞ、母上が来たなら来たって言えよ!」
ギュスターヴは母に怒られたのはルイズのせいであると責任転嫁し、一方的に彼女を責め立てる。
「ご、ごめんなさい……」
ルイズが悪いわけではない。
ギュスターヴもそれを分かってはいるが、どうしても感情を抑えることが出来ず、彼女に辛く当たってしまう。
そんな自分に腹が立ち、しかし他にどうすればいいのか分からない思考にさらに苛立ちを募らせる。
「謝るな! お前にだって分かってるんだろ!?」
ギュスターヴはルイズに詰め寄り、がなり立てるように大声で叫ぶ。
その声に気づいたのだろうか、一人の女性がギュスターヴとルイズの間に割り込んできた。
「ギュスターヴ! あなたいい加減にしなさいよ!!」
ギュスターヴに注意の言葉を発しながら現れたのは、二人の姉、長女エレオノールだった。
「いつまでもいじけて、仕舞いには妹に手を上げて……あなたは貴族としての誇りも失くしてしまったの!?」
―――貴族としての誇り。
先程の母と同じことを言うエレオノールにギュスターヴは、「もうそんな言葉はたくさんだ」という感情に苛まれていた。
「チッ…、またかよ……」
苛立ちを隠そうともせず、俯きながら小さく舌打ちをしつつ小声で「また説教か」とギュスターヴはウンザリしていた。
「もう放っといてくれよ! どいつもこいつも、これ以上俺に何をしろって言うんだよ!?」
ギュスターヴは両手を広げながら「これ以上関わってくるな」と強い口調でエレオノールに叫ぶ。
そこで、エレオノールはあることに気づいた。
「ギュスターヴ、泣いてるの……?」
ギュスターヴは両の瞳から涙を流していた。
思えば、ギュスターヴがこんな顔で泣くなんて初めてかもしれない。
エレオノールは、今まで彼の泣いたところを見たことがなかった。
故に怯んでしまった、涙を流す彼の悲愴な表情に。
「―――…っ!?」
姉から自分が泣いていることを指摘され、頬を拭ってみると、彼は自分でも気づかなかったがいつの間にか両の瞳から涙が流れていた。
それを見られたくなかったのか、ギュスターヴは彼女たちの前から走り去ってしまった。
「に、兄さま!」
ルイズは小さくなるギュスターヴの背中を追おうと走り出そうとするが、エレオノールに止められてしまう。
「あなたもあなたよ、ルイズ! いつまでもギュスターヴに引っ付いてるからあの子もあんな態度を取るんでしょう!」
姉から、「このままでは二人共ダメになってしまう、だから早めに兄離れをしろ」と、そう告げられたルイズだったが、
「でも、私も魔法が使えないから……。今の兄さま恐いけど、兄さまだけだから……。私のこと、本当に分かってくれるの……。―――兄さま!!」
エレオノールの威圧感に震えながらも、恐くて仕方ないが自分を理解してくれるのは兄だけであると、エレオノールにはっきりと告げたルイズは兄の後を追うために姉の前から走り去る。
「あっ! 待ちなさい、ルイズ!!」
制止の声を掛けるも、すでにルイズは自分の手の届く距離を離れてしまっていた。
「……今はまだ使えないだけじゃない、そんなにつらい事なの……?」
―――まだ使えないだけ。
そう言葉を零したエレオノールだったが、やはり二人の想いを理解出来はしなかった。
人の心というのは本当に複雑なものである、特に人と人との関係はほんの些細なことが亀裂を生むことだってある。
人に限らず知恵を持つ者は、自分と違うものを認めない、自分と同じものと一緒にいたい、そう思うことが常である。
そうして排斥された者はどうなるか? 答えは一つ、孤独になるだけだ。
しかし、人は孤独に耐える術を持たない、それはどんなに完璧に見える人物であろうと必然と言えることである。
人は誰かと触れ合うからこそ笑うことが出来、誰かと語り合うからこそ怒ることが出来る。
だが、ギュスターヴもルイズも自分たち以外に同じ存在を知らない、だからこそ最初はその輪に入りたい、入れて欲しいと必死だったのだ。
二人は
それでも自分達以外に二人を理解できる者はいなかった、いつしかそれは望みから諦めへと変わり、今のギュスターヴの心を歪に変えてしまったのであった。
ルイズもそんなギュスターヴの心理が痛いほどよく分かった、彼女も同じだったから。
しかし、エレオノールにはそれが理解出来ない、なぜなら彼女は『持っている者』だからだ。
真に『持たざる者』の心を理解できるのは、同じ『持たざる者』だけなのだから……。
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・
「…………」
ヴァリエール公爵邸の隅にある湖の桟橋、ギュスターヴはエレオノールとルイズの前から逃げるように飛び出した後、ここに来ていた。
彼は膝を抱えて何をするでもなく、ただ黙って日の光を反射する水面を見つめていた。
そうしていると、後ろに人の近づいてくる気配を感じ、敵意はないようなのでじっとしているとその人物が控えめに声を掛けてくる。
「兄さま、桃をもらってきたよ」
それはルイズだった。
彼女はギュスターヴの大好きな桃なら少しは元気を取り戻してくてるかもしれないと思い、厨房から桃をもらってきていた。
「…………」
しかし、ギュスターヴはそれに何の反応もせず、水面から視線を外さないままでいた。
「どうしたの、兄さま…? 大丈夫よ、誰も見てないわ……」
ルイズは桃を持ってきても見ようともせず、手を触れることもしない兄に誰も見てないから食べても大丈夫だと言い聞かせる。
彼は今、自分が何をしても咎められてしまうのではないか、という強迫観念に駆られていた。
それに気づいたルイズはギュスターヴの目の前まで桃を持ってきてやり、隣に座って優しく差し出した。
「食べよう? 兄さま……」
その言葉を聞き、ギュスターヴはルイズの手に握られた桃を一瞥するとゆっくりと手を伸ばして桃を手に取って、もそもそと小さく口を開けて食べ始めた。
桃を食べ終えた二人は会話を交わすこともなく、ただじっと湖を見ていた。
その空気にルイズは居た堪れなさを感じ、チラチラとギュスターヴの方を見るが彼からの反応は何もなかった。
どうしたものかと彼女が逡巡した時、二人の後ろから優しくそれでいて柔らかい声が掛けられてきた。
「どうしたの、二人共? こんなところで黄昏ちゃって」
ギュスターヴとルイズが二人同時に振り返ると、そこにいたのは次女カトレアであった。
「ちい姉さま……」
ルイズはカトレアの存在を確認すると小さく姉の呼び名を口にし、兄のことを言うべきか言わざるべきか悩んだ。
そうしているとカトレアは、ギュスターヴとルイズの方に近づき、二人の間に入り座り込んだ。
少しの間三人で湖を見ながらそのままでいると、カトレアがふと口を開いた。
「聞いたわよ、ギュスターヴ。お母様と姉さんに怒られたんですって?」
まさか知ってるとは思わなかったのか、ギュスターヴが「ビクッ」と肩を震わせて視線だけは合わせないようにしながら姉に聞き返す。
「…カトレア姉さんも俺を叱りに来たのかよ……?」
ギュスターヴはカトレアに限ってそれはないだろうと思いつつも、あれだけのことをやったのだからそれも当然かもしれないと疑ってしまっていた。
しかし
「ん~ん、そんなことしないわ。ただ、私はあなたたちとお話がしたかっただけ」
カトレアの口から出てきた予想してなかった言葉にギュスターヴは思わず姉の顔を驚いたように凝視する。
「なんで……? 俺、あんなことしたのに……今までも皆に嫌な思いたくさんさせたのに、なんで…怒らないの……?」
怒られて当然だと決め付けていたギュスターヴからの問いに、カトレアは優しく微笑んで、
「……ギュスターヴ、ルイズ。辛かったよね…? 苦しかったよね…? 誰も分かってくれないのって本当に怖いよね……? まるで、世界で自分だけが取り残されちゃったんじゃないかって思うくらい悲しかったよね……? …ごめんね、今まで気づいてあげられなくて……」
そう言いながらカトレアは、二人の肩を掴んで自分の体に抱き寄せる。
カトレアはギュスターヴやルイズのように魔法が使えないわけではない、むしろ才能はある方だ。
しかし、彼女は二人とは違う意味で『持たざる者』であった。
そう……彼女が持っていないものは、自由に駆け回ることの出来る健康な体だ。
周りのものが何不自由無く走り回る中で、彼女もまた望んでいたのだ。
自分も健康な体であったならあの輪に入ることが出来るのに……と。
だからこそ、時間はかかったがカトレアは二人の気持ちを理解することが出来たのであった。
ギュスターヴもルイズも自分の方に抱き寄せながら言う姉の優しい言葉に、理解してくれた嬉しさと何故分かってくれたのか分からない困惑との間で揺られて、言葉に出来ないでいた。
そんな二人の様子にカトレアは「ニコ」と母性の溢れる笑顔で語りかける。
「ねぇ、ギュスターヴ、ルイズ。『諦めるな』なんて言わない……、『逃げるな』なんてことも言わない……、まして『頑張れ』なんてことも言わない……けど、お姉ちゃんと約束して? これからは何があっても絶対に投げ出したりしないって。 自分を・・・何より、周りにいる人たちを信じてあげて……? 皆弱いけど…それでも、あなたたちのことを何よりも大切に想ってる筈だから……」
ギュスターヴは姉のその言葉に「ハッ」とさせられた。
今カトレアから約束して欲しいと言われたこと、それはギュスターヴがかつて大切にしてきたことだったから。
―――投げ出さないこと。
―――信じること。
―――そして、誰かを大切に想うこと……。
腐ってしまっているうちに、「いつの間にか自分は、そんな簡単なことも忘れてしまってたのか……!」と心の中で後悔していた。
恐る恐るとギュスターヴは震える眼で姉の目を見つめる。
そこには、ただ真っ直ぐありのままの自分を見てくれている眩しいばかりの姉の瞳があった。
彼はその瞳を見ているうちに自然と涙が溢れるのが分かった、先程のような悔し涙ではなく、温かい感情から来る涙に。
まるで長い悪夢から醒めたような感覚だった。
ルイズが庇ってくれて、カトレアが救ってくれた、そんな感慨に浸っていた時だった。
自分達を抱きしめてくれていた手の力が弱くなったのを感じたギュスターヴは姉の顔を見てみる。
その瞬間だった。
カトレアが倒れたのは……。
「ちい姉さま!!!」
「……姉さん!?」
カトレアの体はひと月程前から芳しくない状態であった、彼女の診察をしている水メイジからも外出は控えるように厳命を受けていた。
しかし、それでもカトレアは外に出た。
二人に自分の想いの丈を伝えるために。
「ど、どうしよう! 兄さま!?」
弱りきって息も絶え絶えの姉の様子に、完全にパニックになってしまったルイズは兄にどうすればいいか焦って問いかける。
そこで気づく、自分が分からないのにこんな状態の兄が分かるわけがないと。
しかし、
「落ち着け、ルイズ! お前は急いで父上とシルマール先生を呼んでこい!」
茫然自失としていると思われた兄から返ってきたのは自分が問いかけた質問に対する的確な答えだった。
その言葉に驚くように兄の方を見てみると。
そこにいたのは、常に眉を寄せて曇った目をしていた兄ではなく、以前のように光の宿った凛々しい瞳をしている兄の姿だった。
「兄さま……」
ルイズは兄が元に戻ってくれたことに感激して、そのことに気を取られていたが。
「何ボケっとしてんだ!? 早く行け!!」
姉が危ない状態なのを失念していてその様子を大声で兄に急かされ、大急ぎで屋敷に向かう。
父と師を呼ぶために屋敷へと走って行ったルイズを見届けたギュスターヴは、姉を一人にしないようその場に残り、自分を抱きしめてくれていた手を両手でしっかりと握り締める。
「…姉さん……俺、約束するよ。 だから、見ててくれよ? 絶対に約束破らないから……」
―――約束を果たすから絶対に死なないで欲しい。
溢れる涙を堪えながらギュスターヴは、自分を認め、理解してくれた姉に呟くように告げる。
―――この日からギュスターヴはまた変わった。心の痛みを覚え、理解することの尊さを再認識し、人間的にも一回り成長することが出来たのだった。
どうも皆様、MAXコーヒーです。
頑張ってる人に『頑張れ』なんて言っちゃダメですよね……(´・ω・`)
さて、今回のお話においては不愉快な気持ちになられた方がいらっしゃるかもしれませんが
この物語の『ギュスターヴ』という人物を書くに当たって、このような表現は絶対にやっておきたかったことなのです。
プロローグでも書きましたが、この物語は「ギュスターヴの生涯の物語」だからです。
物語の主軸となる主人公の成長、挫折、苦悩、出会い、他にもありますがそれらを詳細に書き、掘り下げることで作品のテーマを明確に出来ると考えてのことです。
初心者が何言ってんだ? と、お思いでしょうが私はそう考えております。
ご意見やご指摘などが御座いましたら感想の方でお願いします。
後書きでのお目汚し失礼しました。
では、また次のお話で。