ゼロの使い魔 ~小さな物語~   作:MAXコーヒー

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11才となったギュスターヴは、夢に向かって邁進を続けていた。


9話 親友

 

 

―――ラ・ヴァリエール公爵邸

 

 

 

「ギュスターヴ、もっと腰を入れろ! それでは握りが甘すぎるぞ!」

「はい!」

 

眩しく日が照りつける修練場、そこにこの屋敷の主ヴァリエール公爵の厳しい声が響き渡る。

その声に公爵の息子ギュスターヴは、父の言葉に大きく返事をし、額から流れる汗を拭うこともせずにひたすら『手製の小剣』を振り続ける。

 

ギュスターヴがこうして公爵から剣の師事を受けるようになって1年が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年前、彼は自分の剣を作り、新たな目標を立てたはいいが、今まで剣を振ったことなど皆無に等しく、鍛造ならある程度は自信が着いたが剣術に関してはサッパリだった。

それでも何もしないよりはマシだろうと、しばらくは家族や屋敷の者達に黙って自己流で剣を振り続けていた。

元々才覚はあったらしく、一週間も続けていると振り始めた当初に比べて明らかに剣筋が良くなってきているのが彼は自分でも理解出来ていた。

体を酷使して引き起こる筋肉痛も、剣を振る度にマメが出来、それが潰れる痛みもギュスターヴは一切辛いと思ったことはなかった。

彼は魔法の訓練においては何度必死になって反復しても、ただの一度もその成果が見られたことはなかった。

その彼にとって自己流とは言え、自分でも感じられる剣の修行の成果は嬉しく、何より楽しいものだった。

しかし、いくら成果が実感出来るといっても、所詮一人で出来ることなどたかが知れてるということを彼は理解出来ていた。

そして、このまま続けていても、いずれ先達の師事無くして決して越えられない壁にぶつかることも。

だからこそ、両親に自分が貴族の象徴たる杖を捨て、剣の道に進むことを伝えるべく決心したのであった。

 

 

「……父上、母上、お二人にお話したいことがあるんです」

 

ギュスターヴは何か伝えたい事柄があるときは、決まって晩餐時に切り出すことにしていた。

それは家族全員も同じで、ヴァリエール一家にとっては最早暗黙の了解になっていた。

急に切り出された息子の言葉に、ヴァリエール公爵もカリーヌ夫人も疑問に思い顔を見合わせる。

 

「どうしたのです、そんなに畏まって?」

「何か大事な話のようだが、どういったものなのだ? 話してみなさい」

 

夫妻はとりあえず話を聞いてみようとギュスターヴに続きを促す。

ギュスターヴは両親や三人の姉妹からの視線に緊張から喉を鳴らし、一拍の間隔を置き落ち着かせるように呼吸を整える。

そして自身の胸から緊張が取れたことを確認したギュスターヴは、自分で決めた道に進むことを家族に吐露する。

 

「この1年間僕が……いや、俺がワイドに通っていたことは皆知ってますよね? そこで俺はある人物と出会って、その人から鍛冶技術の師事を受けていました。魔法を使わずに何かを作り出すと言う事に俺は衝撃を受けました、そんな技術があることに俺は一筋の光明を、自分に残っている可能性を見出したんです……」

 

ギュスターヴの口から紡がれる言葉に家族は皆真剣になり、静かに耳を傾けて聞き入る。

 

「俺は魔法が使えません……。でも、そんな俺にも、『俺が俺であるために』一生をかけてでも叶えたい夢が出来たんです……」

 

 

 

―――俺が俺であるために。

 

 

 

公爵も夫人も、ギュスターヴが口にしたこの言葉の意味を今はハッキリと理解することが出来た。

挫折を経験し、一度は自分の存在理由が分からなくなり捨て鉢になりながも立ち直り、そこから這い上がった来た彼だからこそ持ち得る言葉の重みを。

 

「反対されることは承知の上でお願いします……。俺に杖を捨てて剣を持つことを許してください! 俺にはもう、この道しか残っていないんです!!」

 

頭をテーブルに擦りつけるほどに下げながらギュスターヴは両親に懇願する。

ギュスターヴは目を瞑り、どのくらいの時間その体勢のままでいたのか分からない感覚に陥っていると公爵が、

 

「……頭を上げなさい、ギュスターヴ」

 

今も頭を下げ続けているギュスターヴに諭すように声を掛ける。

 

「お前が最近私たちに隠れて何かやっていることは分かっていたが、まさかそれが剣の修練だったとはな……」

 

頭を上げたギュスターヴは、考えるように顎に手を添えながら口にする父からの言葉を聞き、

 

(やっぱり認めてもらえるはずないよな……)

 

認めてもらえないと判断して、目を伏せて悔しげに唇を噛み締める。

しかし、

 

「……分かった。それがお前が自分で出した答えなら、私たちも全力で応援しよう」

「……え?」

 

ギュスターヴは父の口から出てきた言葉に、一瞬理解が追いつかずに間抜けな声が出してしまう。

彼がようやくその言葉の意味を理解できた時は慌てたようになってしまい、

 

「い、いや、でも、本当にいいんですか!? 俺が杖を捨てて、剣を持つことを許して頂けるんですか!?」

 

ギュスターヴは嬉しさと困惑との間で揺られ、少々早口になりながら公爵に了承の確認を取る。

 

「うむ。お前が悩みながら決めたのならば、私からは何も言うことはない。お前たちもそうであろう?」

 

公爵はギュスターヴ自身が決めたことならばと笑いながら認め、家族の皆にも賛同の是非を問いかける。

 

「えぇ、ギュスターヴ自身がそう決めたのなら、私も何も言うことはありませんわ」

「杖を捨てるということは少々引っかかりますが、ギュスターヴが決めたなら仕方ありませんわ」

「私からも何もありませんわ」

 

夫人も公爵と同じように微笑みながら認め、エレオノールも少し苦い顔をしながらも認め、カトレアもいつものような柔らかい笑顔でもって認めてくれた。

 

「みんな……」

「なんだギュスターヴ、もしかして自分の考えを否定されると思っていたのか? 安心しなさい、私たちは皆この数年、お前がどれだけ悩んだのか、そしてワイドに行くようになってから変わっていくお前のことを見ていたのだ。そんな姿を見せられれば、お前の決意を蔑ろに出来るはずがなかろう?」

 

ギュスターヴは家族の賛同の言葉と父の理解の言葉に、感極まったように涙ぐんでしまう。

 

「それに、今まで一人で行っていた修練を打ち切ってまで私たちに話したということは、私たちに力を貸して欲しいということなのだろう? 水臭いではないか、お前が望むのなら私たちはいくらでも力を貸してやると言うのに」

「父上……」

 

公爵が口にした言葉に涙ぐんでいたギュスターヴの瞳は限界に達し、大粒の涙が溢れてくる。

 

「ただし、やるからには徹底して鍛えてやるぞ。容赦はせぬから覚悟しておくのだぞ?」

「お父様の言う通りですよ? 私も軍仕込みの訓練をもって鍛えてあげますわ」

 

今も涙を流すギュスターヴに公爵も夫人も優しく、しかし厳しい口調で微笑みながら明日からは徹底して鍛えてやるという旨の言葉を掛ける。

両親からの激励の言葉にギュスターヴも涙を拭って一言

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

まだ涙に濡れた満面の笑顔でそう応えた。

こうして、ギュスターヴの懸念は払われ、念願の夢に向かうことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

しかし、明るい雰囲気になっている食堂でただ一人……、双子の妹であるルイズが沈んだような表情をしていたことに、この時浮かれていたギュズターヴは気づくことが出来なかった。

彼女はいつかギュスターヴに言われた己の進むべき『道』を兄と同じように手探りで探していた。

その答えを兄は見つけたのに対し、以前と同じ『道』に進むか、それとも違う『道』を探すかどうかを、自分がまだ決めかねていることに焦りを感じ始めていた。

彼女のその答えがハッキリとした形として見えてくるのは、この時より2年後、やがて来たる別れの時になってからになるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はここまで! よく体をほぐしておくのだぞ」

「はい、ありがとうございました!」

 

公爵から修練の終了の言葉を聞いたギュスターヴは、息も絶え絶えに礼の言葉を口にし、足元に剣を突きたて、心底疲れたと言うように背中からその場に倒れこんでしまう。

息子のその姿に公爵は苦笑し、汗を拭くタオルを手渡しながら語りかける。

 

「しかし、ギュスターヴよ。最初に始めた頃に比べて最近は腕が上がってきたな、このまま行けば近いうちに私も追い越されてしまうかもしれんな。才能があると思ってはいたが、正直予想以上だぞ」

「本当ですか!? …そっか、父上が認めてくれるくらいか……」

 

父からお褒めの言葉を聞き、ギュスターヴは込み上げてくる嬉しさを隠すことなく素直に感情に出しながら両の拳を握る。

素直に喜ぶ息子の姿に公爵も釣られて笑顔になり、

 

「ふふ。しかし、今はままではまだまだ私から一本取ることは出来んぞ。そのことを自覚し、さらに精進するといい」

「はい!」

 

いくら才能があるといってもまだ磨かれていない原石の状態。

そのことをしっかりとギュスターヴに伝え、努力を続ければいずれ自分の思い描くような剣士になれる、と公爵は息子に言う。

 

しかし、ふと公爵は未だに引きずっていることを心の中で独りごちる。

 

(……本当に、惜しいものだ。剣の成長も目覚ましく、頭の回転も早い、これほど才能に溢れた子がたった一つ『魔法が使えない』というだけで、貴族として認められないかもしれないということが私は悔しくて堪らん……)

 

だが、そのことで自分が憤ったところでどうにもならない、公爵もそれが分かってはいるが、息子が非常に優秀で多くの才能に恵まれながらも、たった一つ『魔法の才能』が無いことについては本当に残念で仕方がないと思っていた。

しかし、なればこそ他に自分が持ちうるもので魔法の才を補おうとする息子の姿に、公爵は敬意にも似た感情も同時に抱いていた。

 

(一度は折れかけたにも関わらず、再び立ち上がり真っ直ぐ己の信じる道を進むか……。始祖ブリミルよ、願わくばギュスターヴにその導きを授けてくださらんことを……)

 

公爵が心の中でそのような考えに耽っていると、息が整ったギュスターヴが父の様子を不審に思い、

 

「どうしたんですか、父上? 何か難しい顔をしておいでですけど……」

「む? い、いや、なんでもないのだ」

 

公爵のその言葉に、自分には言いづらいことなのだろうとギュスターヴは判断し、それ以上の追求は避けることにした。

そうしていると、

 

「あら、もう修練は終わったようですね、ちょうどよかったですわ」

 

公爵とギュスターヴの後ろからそう言葉が掛けられる。

二人が同じタイミングで目を向けてみると、そこにいたのは公爵の妻カリーヌ夫人であった。

 

「えぇ母上、たった今終わったところです。それで、ちょうどいいって言うのは……?」

 

母が現れたと同時に言った「ちょうどよかった」という言葉にギュスターヴは首を傾げながら問う。

 

「そのことですが……あなた、これを」

「む? 手紙か。……ほう、これは」

 

そうギュスターヴに問われたカリーヌは公爵に要件と思わしき手紙を渡し、それを受け取った公爵も少々驚いたような顔をして妻と話をしてしまう。

両親の態度が気になったギュスターヴは、それがどんな内容であるのか聞いてみることにした。

 

「あの……? その手紙がどうかなさったのですか?」

 

息子からの当然の質問に公爵は妻を一目見やり、それに頷いたことでギュスターヴにも話すことに決める。

 

「ギュスターヴよ、私はこれより一週間後にある場所に赴かねばならん。お前もそれに同行しなさい」

 

突然の父からの同伴しろという旨の言葉にギュスターヴは目が点になり、ようやく出てきた言葉が、

 

「……はぁ?」

 

と、およそ貴族が親に出す言葉とは思えない言葉であった。

数瞬の間を置いて自分が少しの失態を犯したことに気づいたギュスターヴは咳払いをし、一番の問題である何処に行くのかということを問うことにした。

 

「……申し訳ありません、父上。それで、俺は一緒に行くのは構いませんが、一体何処に行くんですか?」

 

ギュスターヴからの何度目かの質問に公爵は勿体ぶるように間を置き、薄く笑みながら目的地を口に出す。

 

「―――ガリア王国、ラグドリアン湖だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラグドリアン湖

 

 

 

「―――そうですか、そちらがヴァリエール公爵家の嫡男ですか」

「えぇ、そうです。ギュスターヴ、ご挨拶を」

「はい、父上。初めまして、私はヴァリエール公爵家嫡男、ギュスターヴ・フリークス・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。以後お見知りおきを」

 

俺は今父上に連れられて、ガリア王国『ラグドリアン湖』に来ていた。

一週間前、父上にガリア王国まで付いてくるよう言い渡された俺は目的地は聞いたが、そもそも何の目的で国境を跨いだ場所まで足を運ばなければならないのかを聞いていなかった。

それを父上に問うたら、返ってきた答えが、

 

「うむ。実はな、ラグドリアン湖で貴族間の親睦を深めるための園遊会が一週間後に催されるらしいのだ。我が公爵家は本流ではないとは言え、始祖に連なる血が流れておる。そこでヘンリー国王陛下から我が公爵家もそれに出席せよと、そのような内容の文が送られて来られた訳なのだ。」

 

と、そのように父上は仰られ、俺も11才になったのでこの機会に社交界の空気というものに直に触れさせ、次期公爵家当主としての経験をさせようとここまで駆り出されたのだ。

しかし、やはり俺はこういう空気は未だに慣れない。

なんというか、自分にとってこのような場は変わらずひどく場違いに思えて、肩身が狭く感じてしまうのだ。

 

(父上には悪いけど、一通り挨拶を済ませたらコッソリ抜け出しちまうか……)

 

周りの喧騒にゲンナリしていた俺は、そのような計画を心の中で画策し、気づかれないように父上から少しずつ離れ、慎重に行動に移すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラグドリアン湖よりほど近い湖畔、そこには10代前半くらいに見える少年と少女が青く茂った草の絨毯の上に腰を下ろしながら談笑をしていた。

 

「―――今日はこの湖まで足を運んで本当によかった。君のような麗しい女性に逢えるなんて、僕は幸せ者だよ。今日この日を始祖に感謝しなくてはならないね」

 

今しがた言葉を発した、百人に問えば百人中百人が美形だと答えるであろう、相貌を持つ金髪碧眼の少年。

彼の名は『ウェールズ・テューダー』。

本日の宴の主賓の一人で、アルビオン王国の次期国王である。

 

「まぁ、ウェールズ様ったらお上手ですわね。けど、それは私も同じですわ。あなた様のような素敵な殿方にお会いできるなんて、今日ここに来ることが出来て本当によかったですわ」

 

ウェールズの言葉に照れくさそうに顔を赤くしながらも、自分も同じ気持ちだと隣に座った少女は彼に返す。

彼女の名は『アンリエッタ・ド・トリステイン』。

かつてギュスターヴとルイズと幼少時に友となったトリステイン王国の姫君である。

 

「でも、よろしかったのでしょうか? せっかくのパーティでしたのに、こんな場所まで抜け出してきてしまって」

「構わないさ。確かにお越し頂いている諸侯の皆には悪いが、その者たちと過ごすよりも僕は君とこうして静かな場所で二人きりで過ごしていたかったんだ」

「ウェールズ様……」

「アン……」

 

近くに誰かがいようものなら、その甘い空間に毒されて発狂でもしかねない空気を醸し出しながらウェールズとアンリエッタは逢瀬の時間を満喫する。

その後、少しの間歓談は続き、アンリエッタがふと思いついたようにウェールズに尋ねる。

 

「ウェールズ様、少しよろしいですか?」

「なんだい、アン?」

 

アンリエッタからの問いかけに、背景に妙なキラキラでも背負っていそうな笑顔でもってウェールズは聞き返す。

 

「ウェールズ様は、メイジとしてとても優秀でいらっしゃるとお聞きしましたの。よろしかったら私にウェールズ様の魔法をお見せいただいてもいいですか?」

 

アンリエッタからそのような言葉を投げかけられたウェールズは、懐から杖を取り出し、

 

「もちろん。君の頼みなら断る理由はないさ」

 

と、とても映える絵になる笑顔でアンリエッタの頼みに了承する。

 

「アン、危ないから少し僕から離れていてくれ」

「はい」

 

魔法の余波に巻き込まれないように、ウェールズは下がっているようアンリエッタに告げる。

アンリエッタが十分下がったのを確認したウェールズは、魔法を発動するための詠唱に入る。

そして詠唱が終了したと同時に、前方に見える一本の木に勢いよく杖を向けて一言、

 

 

 

『エアハンマー!!』

 

 

 

ウェールズがその魔法を唱えたと同時に周囲の空気が震え、不可視の槌が目標としていた木に直撃する。

エアハンマーが当たった木は激しく揺れ、少しの間動きを止めることはなかった。

ウェールズの魔法を目の当たりにしたアンリエッタは、大層感動したようにウェールズに近づき、

 

「すごいですわ、ウェールズ様!」

 

今しがた魔法を唱えたウェールズをしきりに褒め称える。

 

「はは、ありがとう、アン。でも、このくらいなら誰でも出来るさ。もちろん君にだってね。もしよければ今度僕が教えてあげよう、二人きりでね……」

 

そう言いウィンクをするウェールズに、アンリエッタは顔を赤くして頬を抑えてしまう。

そんなアンリエッタの様子にウェールズは彼女の手を取り、二人の顔の距離を縮める。

やがて、互いの息遣いが分かるような距離まで迫った時。

 

二人の邪魔をするように、

 

『ドサ!!!』

 

という何かが落ちてくる音が聞こえ、咄嗟に近づいていた体を離して、二人がその音の発信源であろう場所に目を向けてみると、

 

 

 

「いぃっでぇ……! 何なんだよ…、人が気持ちよく寝てるとこに……」

 

 

 

音の発信源である先程エアハンマーが直撃した木の真下。

そこにいたのは、鳥の巣のように跳ね上がった黒い髪の頭を摩りながら愚痴を零す少年、ギュスターヴであった。

何故彼がここにいるのか、驚いたアンリエッタは

 

「お兄様!?」

 

と、彼女のギュスターヴに対しての呼び名を口にする。

 

「ん? アン!?……じゃなくて、アンリエッタ姫殿下。何故このようなところに?」

「それはこちらのセリフですわ。お兄様もラグドリアン湖に来られていたなら一声かけて下さってもよろしかったのに。……というより、ここで何をしていらしたのですか?」

 

自分を呼ぶアンリエッタらしき声に反応して振り返ると、そこには予想通りの人物がいたため咄嗟に彼女の呼び名が口から出てしまうが、隣に誰かがいるのが見えたのでギュスターヴは姿勢を正して直ぐに口調を正す。

そしてアンリエッタも何故ここいるのかという質問に自分も同じ感想であったために彼に同じように問いかける。

アンリエッタからそう問われたギュスターヴは答えないわけにはいかずに、少々バツが悪そうに後頭部を掻きながら、

 

「いえ、あのですね……、あのような場は少々苦手でして、抜け出して見つからないように時間つぶしに木の上に登っていたらですね、その…、気がついたら眠ってしまって……こうして落ちてしまっていた訳です……」

 

普段は凛としているギュスターヴの恥ずかしそうな様子に、アンリエッタは自然とクスクスと口元が綻び、それを手で覆う。

 

「いや、お恥ずかしい。……ところで、そちらにおわす方はもしや?」

 

突然目の前に現れたギュスターヴに、警戒することも出来ず呆気に取られていたウェールズは彼からの問いかけにハッとして姿勢を正し、

 

「おそらく君の思っている通りだろう。僕はアルビオン王国次期国王、ウェールズ・テューダーだ」

 

そう言いながらウェールズは、地面に片膝をついているギュスターヴに手を差し伸べる。

その手を取り立ち上がったギュスターヴは、

 

「やはりそうでしたか、先程からの失礼な態度をお許し下さい。私の名は―――」

 

ギュスターヴが自らの名を名乗ろうとしたその時、

 

「―――ギュスターヴ・フリークス・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ヴァリエール公爵家の次期当主ですわ。私はお兄様とお呼びしております」

 

隣からニコニコとアンリエッタが代わりに彼の名を言ってしまった。

それにはギュスターヴも閉口してしまい、

 

「……えぇ、今しがたアンリエッタ姫殿下の仰った通りの者でございます」

 

そう言葉にすることしか出来なかった。

ギュスターヴの困ったようなその様子にウェールズは苦笑してしまい、

 

「ふふ、ギュスターヴ君と言ったね。どうやら君は相当アンに気に入られているようだね、見ていて妬けてしまうくらいだよ」

「そうですわ。お兄様はとても頼りになって、私のわがままにも付き合ってくれた初めてのお友達なんです。……なのに、最近はお城にも来てくれなくて、お話したいことが沢山ありましたのに……」

 

初めはまるで我が事のように誇らしげにギュスターヴのことを語っていたアンリエッタだったが、徐々にその声は小さくなっていき、会いに来てくれない寂しさを吐露するものへと変わっていった。

 

そう、ギュスターヴが城に行かなくなって実に3年が経っていた。

彼が魔法が使えないと言うことが発覚してからは、一度も城に訪れなくなっていた。

ギュスターヴ自身、彼女に自分が荒んでしまった姿を見せたくなくてそのような措置を取っていたのだが、アンリエッタはそんなことは伝えられていなかったので、何故会いに来てくれなくなってしまったのか、ひょっとしたら知らない間に嫌われてしまったのではないかと、不安で仕方ない日々を送っていたのであった。

 

ギュスターヴは今にも泣き出してしまいそうな彼女の姿にいつかと同じように良心が痛む思いになり、

 

「……申し訳ありません。お話することは出来ませんが、少し込み入った理由がございまして姫殿下の元に馳せ参じることが叶わなかったのです……。私に出来ることでしたらなんでも致しますので、何卒お許し頂けないでしょうか……?」

 

と、なんとか許してもらおうと、このようなことを切り出したのであった。

しかし、そのような物言いをしてしまったのが彼にとって悪手であった。

ギュスターヴからその言葉を聞いたアンリエッタは、既視感のある動作でピタっと動きを止め、伏せていた顔を上げて開口一番、

 

「…では、今日この場においては堅苦しい言葉遣いはなしにしていつもの口調でいて下さい」

 

アンリエッタが口にした言葉にギュスターヴはいつかの光景がリフレインし、

 

(ま、またやっちまった!!)

 

そう頭を抱えながら己の犯した失態を悔いるのであった。

 

「し、しかしですね姫殿下……。ウェールズ殿下の居られる前でそのようなことは……」

 

流石に他国の王族の居る前でそれはマズイと思ったギュスターヴは、それだけは勘弁してもらえないかと抗議しようとするが。

 

「あら、お兄様はつい先程なんでもと仰ったではありませんか? ウェールズ様もそのような些細なことに一々目くじらを立てるほど狭量なお方ではありませんわ」

「で、ですが……」

 

まるで聞く耳持たぬと言うようにアンリエッタはギュスターヴの抗議を却下し、ギュスターヴも譲れないのか尚も抗議を続ける。

その応酬は拮抗しているように見えたが、アンリエッタのある一言によって戦局は一気に崩れることになった。

 

「……それに、3年ですよお兄様? 私、もうお兄様に会えないのではないかと思ってしまってずっと寂しかったんですよ……?」

 

ギュスターヴはまた今にも泣き出してしまいそうなアンリエッタの様子に「ウッ…」と言葉を詰まらせてしまい、またしても良心を痛めつけられてしまった。

彼は少しの間片手を頭に添えながら考え込むように目を閉じて、やがて観念したように口を開く。

 

「……はぁ。分かったよ、アン。ただし、本当にこの場だけ、それと他に誰かが来たなら口調は元に戻す。それが条件だ……」

「お兄様!!」

 

途端にパァっと明るい笑顔になるアンリエッタに反して、ギュスターヴは昔から変わらない彼女の魔性に、心の中で頭を抱えたい気分であった。

分かっててやっているのか、無意識にやっているのかわからないが、アンリエッタは女の武器を最大限に有効活用して相手を揺さぶってくる。

ギュスターヴはこのような方法で来られると滅法弱いが、アンリエッタにはそれ以上に自分では敵わないのではないかと思わせられる何かがあると判断し、これ以降は「なんでもする」と言った類の言葉は、絶対に口にしないと密かに心に誓ったのであった。

 

その後は、ギュスターヴは二人に混じって雑談に興じたり、湖畔の浅いところで水遊びをしたりしていた。

少し休もうと岸に上がり座っていると、ウェールズが近づいてきてギュスターヴに話しかける。

 

「流石に疲れたかね? アンはああ見えてお転婆なところがあるから大変だろう?」

「はは、そうですね。けど、引っ込み思案であるよりはよろしいのではないのでしょうか」

 

そう一言二言ギュスターヴとウェールズは言葉を交わす。

そこでギュスターヴが申し訳なさそうに口を開く。

 

「……その、申し訳ありませんウェールズ殿下。折角アンと二人きりでお過ごしだったというのに、私などが邪魔をしてしまって……」

 

ギュスターヴの言葉にウェールズは軽く笑い、

 

「そのようなことはないよ、アンは先程も君と君の妹君のことを口にしていてね。むしろこうして直に会えて良かったと思っているくらいなんだ。……それに、君はとても不思議な瞳をしている、何故だか昔から知っている心の置けない友といるような気さえしてくるよ。彼女の初めての友達が君のような、誠実な人間で良かったよ」

「……勿体無きお言葉です」

 

そうして二人は互いに顔を見合わせて笑い合い、ふとウェールズが妙案を思いついたような顔をして、それをギュスターヴに切り出す。

 

「……ギュスターヴ君。僕からも一つ頼み事をしてもいいかな?」

「? どのようなことでしょうか?」

 

ウェールズからの頼み事という言葉にギュスターヴはどのようなものなのだろうと、耳を傾ける。

そこでウェールズは一拍の間を置き、真っ直ぐ向き直り口にする。

 

「―――僕と友達になってくれないか?」

 

ギュスターヴは一瞬ウェールズからの提案に反応出来ずに目を瞬かせるしか出来なかった。

が、その意味を理解出来た時、

 

「な、何を仰っておられるのですか!? 私などが殿下と……!?」

 

突然の友達になって欲しいという言葉に取り乱してしまっていた。

ギュスターヴのその慌てふためいた様子にウェールズは思わず苦笑して、

 

「いいや、君のような者だからこそ僕は友になって欲しいと思ったんだ。ダメかな?」

「お気持ちは大変嬉しいのですが……その、よろしいのですか? 私などで?」

「あぁ、短い時間ではあったけど君という人物を見ていて確信したんだ。僕にも君のように頼りになる友がいれば、何かが変わるのではないのか……? とね」

 

ウェールズが心の底から信頼できる者といえば側に仕える家臣の者たちだけであった。

同年代の友と呼べる者はいたが、それでも完全に信頼するには何かが足りないとも思っていた。

そこに現れたのが、ギュスターヴという存在であった。

彼はウェールズの前にいきなり現れ、自らが恋焦がれているアンリエッタの心の底からの信頼を得ていた。

だからこそ彼が気になった。

どのような人物であるのか、もしかしたら、自分の欲しかったものをもたらしてくれる存在なのかもしれないという潜在意識が彼に惹きつけられたいた。

そして結果がこれだった。

ウェールズの人を見る目は確かだ。

次期国王として自分に益をもたらす存在なのかどうかという観察眼を日々鍛えてきたからこそ、ギュスターヴの人となりを短時間で見極め、この男なら自分にとって生涯の友足り得るのではないかと、判断したのであった。

 

「よし、そうと決まれば僕に対してもアンに接するようにしてくれ。もちろん君がその場に相応しくないと判断したならその限りにしなくても構わない」

「お、お待ち下さいウェールズ殿下! 確かに友となることに反対はしませんが、他国の王子殿下にそのような無礼は―――」

 

またしても慌てふためいてそれは出来ないと言うギュスターヴに、ウェールズは、

 

「いいんだ、これは云わば僕から君にしてやれる信頼の証だと思ってくれ。それと、僕のことはウェールズではなく、『ウィル』と、そう呼んでくれ。……あぁそうだ、君のことはなんて呼べばいいかな? せっかく友になったんだ、ギュスターヴと呼んではなにか味気ないな」

 

そうギュスターヴにウェールズは嬉しそうに語る。

ウェールズの様子に完全に押されてしまい、これ以上抗議しても無駄だと判断したギュスターヴは諦めたように溜息を吐き、心の中で一言、

 

(…ったく、王族ってのは何処も変わらないのかね……)

 

と表情でも心でも苦笑し、今もギュスターヴの呼び名を考えているウェールズに向けて、

 

「……ウェールズ殿下が『ウィル』なら、俺はさしずめ『ギュス』ってところですかね?」

 

先程まで使っていた一人称を『私』から『俺』に変えたことに気づいたウェールズは、表情を綻ばせ、

 

「『ギュス』か……! いいな、ではそのように呼ぶことにするよ。これからよろしく頼むよ『ギュス』!」

「あぁ、よろしく頼むよ『ウィル』」

 

そう言い互いに笑顔になり二人は握手を交わす。

この時ギュスターヴはウェールズの押しの強さに根負けしたと思っていたが、その実そうではなかった。

今までギュスターヴはウェールズと同じように、自身が心の底から信頼出来る同性の友は皆無だった。

だからこそ、自分にありのまま真っ直ぐに思いの丈をぶつけてきたウェールズという男に、彼もまたウェールズと同じように自分がずっと欲していた存在なのだと惹きつけられたいた。

 

―――心の底から信頼しあえる、親友という存在に。

 

そんなことをギュスターヴが考えていると、ウェールズがいいことを思いついたと言うようにギュスターヴにある提案をする。

 

「ギュス、君は『ラグドリアン湖』の伝説を知っているかい?」

「あぁ、確か誓約の精霊の伝説だろう? それがどうかしたのか?」

「今日僕らが出逢えたのは何か縁があってのことだろう。そこでだ、ここで僕らが友となった証として、誓いを立てようと思うのだがどうだろう?」

 

―――友としての証を立てるための誓い。

 

ギュスターヴにとってもそれは願ってもないことだった。

この目の前の男とは本当に気が合うと、ギュスターヴは満面の笑顔になり、

 

「いいな、それ。やろうか」

「よし! 決まりだね」

 

二人はそう言いながら立ち上がり、一方は剣を、一方は杖を取り出す。

 

 

 

「―――水の精霊よ、今この場で俺たちは友として誓いを立てる。我が無二の親友、ウィルが窮地に追い込まれた時には何をおいても駆けつけることを」

 

ギュスターヴはウェールズに向かって剣の鋒を向けながら誓いを口にし、

 

「―――水の精霊よ、僕も彼の友として誓おう。我が生涯の親友、ギュスに危険が迫れば如何なる障害に阻まれようとも彼の元に駆けつけることを」

 

ギュスターヴに続き、ウェールズもまた彼に向かって杖を向け、空に掲げるように剣と杖を交差させ、二人は高らかに宣言する。

 

「「 剣(杖)に懸けて!! 」」

 

その誓いを立て二人は互いを見やり、この出会いを祝福するかのように笑い合う。

 

 

 

 

 

―――こうして、少年は真の意味で心から信じるに値する親友との邂逅を果たしたのであった。

 

 




どうもご覧の皆様、MAXコーヒーですよ。
まず最初に、投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
特に理由はないんですが、筆の走りが悪くなりこんなスローペースになってしまいました。
さて、今回ギュスターヴはアルビオンの王子ウェールズと出会い親友となりました。
その出会いが後の歴史にどう作用するのか、今は分かりません。
彼らがこの先どうなるかは後々語っていくことにしましょう。
それとウェールズの年齢がいくら調べてもわからない……。
お分かりの方がおりましたら教えて頂けると助かります。
では、また次のお話で!
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