ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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 インフルが治ったと思ったら次はノロウイルス……
 さんざんな年末年始でした。皆様も手洗いうがいは徹底しましょう、まじで。


十五

 この辺りの冬は、ほぼ毎日が曇りだ。

 

 

 

 鎮守府に居た頃は、考えられない気候だった。

 

 

 

 翔鶴は、薄く雪化粧された庭を見た。

 

 

 

 ほう、と息を吐く。

 

 

 

 白い息が空気の中に溶け込んで行く。

 

 

 

 それを目で追うと、鉛色の空が映った。

 

 

 

 冷たい風が吹き抜け、翔鶴の体を容赦なく冷やす。

 

 

 

 身震いをすると急いで窓を閉めた。

 

 

 

 朝の空気を浴びるのは確かに好きだが、

 

 

 

 こう寒くてはどうにもならない。

 

 

 

 寒い寒いと腕をさすりながら暖房の効いたリビングへと向かう。

 

 

 

 やはり一人用にしては大きすぎる家だ。

 

 

 

 リビングの扉を開けると、部屋の真ん中の炬燵が目に入る。

 

 

 

 そこに、人影が見えた。

 

 

 

 瞬きをすると一瞬で消えてしまった。

 

 

 

 最近、よくこういうことがある。

 

 

 

 誰もいないのに、そこに誰かが居るような気がする。

 

 

 

 翔鶴は、先程とは違う理由で身震いをした。

 

 

 

 この手の話は得意ではない。

 

 

 

 取り敢えずこたつに入って冷えた体を暖めにかかる。

 

 

 

「もう冬だなあ…」

 

 

 

 ついこの間まで秋だったはずなのに、

 

 

 

 いつの間にか今年も終わろうとしている。

 

 

 

 今年も、鎮守府に挨拶に寄ろうかと考えている。

 

 

 

 新年を一人で迎えるのはあまりにも寂しすぎるからだ。

 

 

 

 今年のクリスマス特集のテレビ番組を眺める。

 

 

 

 恋人のためにプレゼントとか、今年は夫婦で出掛けるとか、

 

 

 

 翔鶴とはほとんど関係のない話題が過ぎ去って行く。

 

 

 

「そういえば、去年はどう過ごしたっけ……?」

 

 

 

 思い出すことが出来ない。

 

 

 

 恐らく平日とほとんど変わらない日を過ごしたのだろう。

 

 

 

 いったいどれだけ寂しい人生なのかと泣きそうになる。

 

 

 

 ため息を大きく吐き、こたつに突っ伏す。

 

 

 

「恋人、か」

 

 

 

 自分の左手、その薬指を眺める。

 

 

 

 何もついていない、白い指が真っ直ぐに伸びている。

 

 

 

 自分のとなりに誰かがいることは全く想像することが出来ない。

 

 

 

 テレビに出てくるような“イケメンの俳優”も、

 

 

 

 翔鶴の心の中にはピンと来ないことが多い。

 

 

 

 何故かもっと素敵な人を知っているような気にさせられる。

 

 

 

 そんなことがあるはずないのに。

 

 

 

 むしろ人生で男の人が絡んだことなんて、ほとんどないのに。 

 

 

 

 そんなことを思っていると、庭先で白い塊が動いていた。

 

 

 

 猫の綿雪だった。

 

 

 

 真っ白な毛が、ちょうどいい感じにカモフラージュになっている。

 

 

 

 窓を開けると、猫と目が合った。

 

 

 

 その透き通るような水色と。

 

 

 

 綿雪は足元の雪を気にすることもなく、縁側へと寄ってきた。

 

 

 

 そして、そこに座り込むと翔鶴をじっと見上げた。

 

 

 

 まるで「早くご飯を持ってきなさいよ」と言っているようだった。

 

 

 

「はいはい、今持ってきますよ」

 

 

 

 翔鶴は微笑み、綿雪のフワフワした毛を撫でると立ち上がる。

 

 

 

 鰹節はストックしてあった筈だ。

 

 

 

 冷蔵庫のとなりに置いてある鰹節を取って縁側へと戻る。

 

 

 

 しかし、そこには何もいなかった。

 

 

 

「あら?」

 

 

 

 何処かへ行ってしまったのだろうか、それとも家の中に入ったのだろうか。

 

 

 

 綿雪は気まぐれな性格だからどちらもありうることだ。

 

 

 

 暖かい家の中が心地いいのかもしれないが、彼女はやりたいことがよく分からない。

 

 

 

 しゃらん

 

 

 

 小さな音が、しかし妙に響く音が翔鶴の耳に入り込んできた。

 

 

 

 綿雪が何処からかリビングに入っていた。

 

 

 

 口に何かをくわえている。

 

 

 

 綿雪はゆっくりとした足取りで翔鶴の足元へ寄ると、

 

 

 

 口にくわえていた何かをそこに落とした。

 

 

 

 空を翔る純白の翼がデザインされたかんざしだった。

 

 

 

 この間の秋祭りで瑞鶴がプレゼントしてくれたものだ。

 

 

 

「綿ちゃんはどうしてこれを?」

 

 

 

 翔鶴は、その透き通るような水色をじっと見つめた。

 

 

 

 猫も翔鶴を見据えている。

 

 

 

 身動ぎひとつもすることなく、ただじっとしていた。

 

 

 

 綿雪の意図が全く読めずに翔鶴はかんざしを拾い上げる。

 

 

 

 竹細工の柔らかい質感が指先に伝わってきた。

 

 

 

 その表面の、天翔る翼を見つめていると、

 

 

 

 一滴の雫がしたたった。

 

 

 

 それが、かんざしの表面を濡らして床をも濡らした。

 

 

 

「何……?」

 

 

 

 冬の冷たい風が目に染みたのかと思ったが、どうも違う。

 

 

 

 これは悲しいときに流す涙だ。

 

 

 

 自分の体に起こっていることが理解できない。

 

 

 

 悲しいことなど、何もなかったはずだろう?

 

 

 

 なのに、どうして涙が止まらないのか。

 

 

 

 どうあがいても瞳からこぼれる雫は止まることを知らず、

 

 

 

 遂には嗚咽し始めた。

 

 

 

 止めようと努力する。

 

 

 

 しかし、それを嘲笑うかのように次々と涙は頬を濡らして行く。

 

 

 

 ペロリと頬をなめられる感覚がした。

 

 

 

 綿雪が翔鶴の涙に濡れた頬をなめていた。

 

 

 

「綿ちゃん……?」

 

 

 

 翔鶴は半ば乱暴に瞳の涙をぬぐいとると、毛玉のように丸くなった綿雪を見た。

 

 

 

 猫は、ふんっと鼻息を吐くと窓から出ていこうとする。

 

 

 

 途中、ちらりと振り向くと一声鳴いた。

 

 

 

 「しょうがないやつね」と言っているように見えた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 綿雪が去っていった後、翔鶴はずっとかんざしを見つめていた。

 

 

 

 これは瑞鶴がくれたものだ。

 

 

 

 そう記憶しているのに、何処かに引っ掛かるものがある。

 

 

 

 最近感じていた蟠りと同じようなものを感じる。

 

 

 

 その蟠りを探ろうとするたびに頭の奥が痒くなる感覚がする。

 

 

 

 それでも知らずにはいられなかった。

 

 

 

 何故このかんざしを見て泣いてしまったのか、

 

 

 

 妙な胸騒ぎがした。

 

 

 

 このままでは死ぬよりも辛いことが起こるという、

 

 

 

 嫌な胸騒ぎが。

 

 

 

 祭りのことを思い出す。

 

 

 

 瑞鶴と一緒に回っていた筈だ。

 

 

 

 そして、瑞鶴は何処からかこのかんざしを買ってきていた。

 

 

 

 そして翔鶴の髪を纏めて――――

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 おかしい

 

 

 

 瑞鶴は翔鶴の背丈より小さいのに、

 

 

 

 どうやって髪を纏めたのだろうか。

 

 

 

 それに、あの時の指の感触は瑞鶴のものではなかった。

 

 

 

 もっと別の何か――――

 

 

 

()っ!」

 

 

 

 いきなり頭痛がした。

 

 

 

 この記憶を探ることを、体が拒否しているようだ。

 

 

 

 しかしそれは、この記憶に何かがあることを示唆している。

 

 

 

 翔鶴はかんざしを握りしめた。

 

 

 

 この記憶の先にあるものが、秋祭りからの引っ掛かりを消すと分かっていた。

 

 

 

 目を強く閉じ、あの日の記憶を総動員させようとする。

 

 

 

 頭痛が酷くなっていく。

 

 

 

 それでも、やめるわけにはいかない。

 

 

 

 あの日、一緒に回っていたのは本当に瑞鶴か?

 

 

 

 違う

 

 

 

 うっすらと浮かんだ影は、翔鶴よりも少し背が高かった。

 

 

 

 頭が割れそうなほどの頭痛に見舞われるが、それを耐える。

 

 

 

 艦娘の時に、痛みに耐えることはたくさんしてきた。

 

 

 

 今更この程度の痛みで引くわけにはいかない。

 

 

 

 歯を食い縛る。

 

 

 

 あの日、一緒に回っていた誰かの影を追いかける。

 

 

 

 唐突にそれは訪れた。

 

 

 

 一度みた映画のワンシーンを再生するように、秋祭りの記憶が再生された。

 

 

 

 頭痛が引いて行くのが感じられた。

 

 

 

 それどころか、からだの感覚が一切消えていった。

 

 

 

 ただ脳裏で再生される映像に全意識を集中させていた。

 

 

 

 その映像に映る翔鶴の横で歩いているもう一人の男。

 

 

 

 何を考えているかよく分からない表情で、それでもどこか嬉しそうに翔鶴のとなりを歩いている。

 

 

 

 薄い水色のさらさらした髪の毛。

 

 

 

 それと全く同じ色をした瞳。

 

 

 

 先程家に訪れた猫を彷彿とさせるような色だった。

 

 

 

 あの色に惹かれるのも無理もないと、何処かで理解できた。

 

 

 

 映像に映る自分の姿を見る。

 

 

 

 自分でも呆けてしまうくらい眩しい笑顔をしていた。

 

 

 

 そんなにその男と一緒にいるのが嬉しいというのか。

 

 

 

 そんな翔鶴を見てか、男も少しだけ笑う。

 

 

 

 少し見ただけでは絶対にわかるはずがない笑顔。

 

 

 

 それでも翔鶴はしっかりと見ていた。

 

 

 

 その笑顔から目を離すことができないでいた。

 

 

 

「湊……さん……」

 

 

 

 呆然と翔鶴がその名を呼んだ。

 

 

 

 視界が真っ白に染まる。

 

 

 

 あまりの眩しさに目を閉じる。

 

 

 

 ゆっくりと目を開くと、見慣れたいつもの部屋が広がっていた。

 

 

 

 翔鶴はかんざしを両手で包み込んだ。

 

 

 

 ずっと探していたものを、ようやく見つけた。

 

 

 

 窓の外は、未だに雪が降っていたが、

 

 

 

 遠くの空ではかすかに光が射していた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 私も翔鶴姉のほっぺたペロペロしたい……
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