ただ、そこにいるだけで   作:ふぃあー

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お待たせしましたあああああ!!

最終回への構想が決まったので、ここからは更新ペースを上げていきます!!


十六

 湊の容態が芳しくない。

 

 

 

 深海棲艦の強大な魂は、湊という容れ物を破壊しようとしていた。

 

 

 

 その筈だった。

 

 

 

 確かに、妖精との繋がりにおいて、彼の右に出るものはいないだろう。

 

 

 

 しかし、この状況を一体誰が予想し得ただろうか。

 

 

 

 今、洋の目の前にいるのは紛れもない湊だ。

 

 

 

 その水色の瞳は、窓の外を眺めている。

 

 

 

 立ち上がった状態で。

 

 

 

 つい先日まで布団の中で苦しむしかなかった彼がだ。

 

 

 

 陶器のように白い肌。

 

 

 

 彼は完全に混ざり合おうとしていた。

 

 

 

 彼が取り込んだ深海棲艦の魂と。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 目が覚めたとき、いつもと違う感覚がした。

 

 

 

 まず気がついたのは体。

 

 

 

 昨日までの全身を刺すような苦しみが全くない。

 

 

 

 そして心。

 

 

 

 洋が、湊の寝ていた部屋に入ってきた時、彼は心の変化に気づいた。

 

 

 

 その瞬間、己自信に恐怖した。

 

 

 

 何故かは分からなかった。

 

 

 

 ただ、心が『この女を殺せ』と囁いていた。

 

 

 

 自らの腕を見て、

 

 

 

 その、混ざりけひとつたりともない純白の、人外じみた色を見て、

 

 

 

 湊は理解した。

 

 

 

 自分は深海棲艦に近づいているのだと。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「本当に、これでよかったのか?」

 

 

 

 いまだに窓の下、そこに広がる海を眺めている湊に、洋は問いかける。

 

 

 

 そこの海では、複数の駆逐艦娘達が演習に励んでいるところだ。

 

 

 

 湊は一向に動かない。

 

 

 

 ただ、その艦娘たちを眺めているだけだ。

 

 

 

「……僕は、この選択を……後悔はして、無いよ……」

 

 

 

 洋は奥歯を噛み締めた。

 

 

 

 ……何が

 

 

 

「何が『後悔して無い』だ!」

 

 

 

 直後に響く鈍い音。

 

 

 

 洋が湊の左の頬を、拳で殴り付けていた。

 

 

 

 普通ならば痛みに悶えるような威力の拳だが、

 

 

 

 湊は少しよろけただけで、そこに立っていた。

 

 

 

 深海棲艦化の影響のようだが、洋は怯むことなく湊の襟首を掴んだ。

 

 

 

「お前が懸命に守ってきた艦娘たちからは忘れられ!」

 

 

 

 鈍い音が響く。

 

 

 

「呪いを受けた影響でこんな身体になって!」

 

 

 

 鈍い音が響く。

 

 

 

「挙げ句の果てにお前が愛した翔鶴にまで忘れられて!」

 

 

 

 鈍い音が響く。

 

 

 

「どうして……お前は……」

 

 

 

 洋の拳が、弱々しく湊の胸に触れた。

 

 

 

「『後悔して無い』なんて言えるんだ……」

 

 

 

「僕が……この選択をしていなかったら……きっと、翔鶴は助からなかった……」

 

 

 

 ばっと洋が顔をあげた。今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 

 

 湊は少し微笑むと続けた。

 

 

 

「僕はね……翔鶴が幸せなら……それでいい。って……思ってる」

 

 

 

「お前を忘れることが、翔鶴の幸せだと本当に思っているのか?」

 

 

 

 湊は黙ってうなずいた。その瞳に、後悔の色は微塵も混ざっていなかった。

 

 

 

「ずっと僕の事を想うより……スッキリと忘れた方が……いい……っておもう……よ」

 

 

 

「お前はそうやって、孤独に死んでいくつもりか」

 

 

 

 今度は首を横に振る湊。 

 

 

 

「最期は……洋ちゃんの手で……終わりたい……」

 

 

 

 洋の顔がいっそう悲しみに歪んだ。

 

 

 

 洋は諦めていなかった。

 

 

 

 湊の身体から呪いを除去する方法を。

 

 

 

 “自らの身体に呪いを受けとる”以外の方法で。

 

 

 

 悲しみの連鎖を止めるために。

 

 

 

「……湊」

 

 

 

 洋は拳に力を込めた。力の入れすぎで、指先が白く染まるほどに。

 

 

 

 どうしても訊いておきたいことが一つだけあった。

 

 

 

 湊は黙って洋の言葉の続きを促す。

 

 

 

「お前は、私の……お前に対する想いは気づいていたか?」

 

 

 

 湊が完全に動きを止めた。

 

 

 

 不意を突かれたといった様子で、

 

 

 

 洋の事をじっと見つめていた。

 

 

 

 数秒たって、湊はゆっくりとうなずいて見せた。

 

 

 

「気づいてた……洋ちゃんが、僕の事を好きだったことは……」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

「でも……僕は……翔鶴が好きになった」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 一瞬、期待してしまった自分に、洋は嫌気がさした。

 

 

 

 翔鶴が湊を忘れた今、抜け駆けをしようとした自分にたいして。

 

 

 

 湊が誰を選ぼうが、それを認めようと誓ったではないか。

 

 

 

 ふたを開けてしまえばこんなものか。

 

 

 

 洋は自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

 

 

「やはり、気づいていたんだな」

 

 

 

「僕は……自分の事並みに洋ちゃんの事は分かっているつもり……だよ?」

 

 

 

「言ってくれるじゃないか。私はお前の事はさっぱりわからないままだぞ?」

 

 

 

 洋はいたずらっぽく笑った。

 

 

 

 どの艦娘にもばれないように隠してきた心だが、

 

 

 

 湊には筒抜けだったようだ。

 

 

 

 何も考えていないようで、

 

 

 

 実は他人をしっかりと見ている男だと再確認された。

 

 

 

 ……何を考えているのかわからなさすぎて、

 

 

 

 イライラすることも多いが。

 

 

 

 険悪だった隠し部屋の空気が、一気に和んだ。

 

 

 

 “隠し部屋”と言っても執務室の奥にある洋の私室だが。

 

 

 

 艦娘が勝手に入ってくることはないので、

 

 

 

 湊を隠しておくには都合がよかった。

 

 

 

 洋は、窓にもたれ掛かったままの湊の後ろ、

 

 

 

 窓の外の景色を見た。

 

 

 

 湊の隣に立ち、眼下の海を見る。

 

 

 

 いつの間にか演習は終わっているようで、

 

 

 

 静かな波の音だけが聞こえていた。

 

 

 

 空は次第に橙に染まり出している。

 

 

 

 そろそろ夕飯の時間だろう。

 

 

 

 戦争が終わったにも関わらず、鎮守府に残った艦娘たち。

 

 

 

 戦争、もしくはそれ以前に家族をなくした彼女らに居場所を与えたのが洋だった。

 

 

 

 彼女のもとを離れたがらない艦娘は数多くいた。

 

 

 

 『残党狩り』の名目で洋は未だに多くの艦娘を在籍させている。

 

 

 

「……湊」

 

 

 

「……どうしたの?」

 

 

 

 急に声をかけたからなのか、若干間があって湊は洋を見た。

 

 

 

 洋には少しの予感があった。

 

 

 

 自分が湊への思いを断ち切れないように、

 

 

 

 女の執念は時として恐ろしいことになるのだと。

 

 

 

 それは予感というよりは確信だった。

 

 

 

 そう遠くない未来に、“それ”は起こるだろうと。

 

 

 

 そうこうしているうちに、携帯電話が音を鳴らした。

 

 

 

 洋への、夕飯の催促だろう。

 

 

 

 窓から体を離し、部屋を出ようと湊に背を向ける。

 

 

 

「晩御飯?」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 一瞬、洋が動きを止めた。

 

 

 

 先程の確信を言うべきか言わざるべきか迷った。

 

 

 

 ドアノブに手をかけた。

 

 

 

「……湊」

 

 

 

 洋はまた声をかけた。

 

 

 

 背を向けているため分からないが、恐らく湊は怪訝な顔をしているだろう。

 

 

 

 その顔を想像しながら洋は続けた。

 

 

 

「女の執念は、怖いぞ?」

 

 

 

 そのまま部屋を出ていった。

 

 

 

 一人残された湊は、

 

 

 

 訳がわからないといった顔で突っ立っていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 後悔していないといったが、あれは嘘だ。

 

 

 

 後悔は大いにしている。

 

 

 

 それでも止められなかった。

 

 

 

 翔鶴の悲しむ姿、苦しむ姿を見るよりは何倍もましだ。

 

 

 

 誰にも喜ばれない結果になるのは分かりきっている。

 

 

 

 それでもよかった。

 

 

 

 

 誰も悲しむことは無いから。

 

 

 

 唯一の心残りは洋の事。

 

 

 

 艦娘でない彼女の記憶の削除は、

 

 

 

 湊の専門外だったからだ。

 

 

 

 結果、洋だけは湊の記憶を持ち続けることになってしまった。

 

 

 

 いや、それは言い訳に過ぎない。

 

 

 

 結局は誰かに覚えていてほしかったのだろう。

 

 

 

 湊も寂しいのは嫌だった。

 

 

 

 ため息をついた。

 

 

 

 夕暮れの空気に、湊の息が混ざりあった。

 

 

 

 ここから見る夕暮れの陽は綺麗だった。

 

 

 

 いつもと違うものに見えるくらい美しかった。

 

 

 

 ふと、波が変調をきたした気がした。

 

 

 

 だが、その陽炎はあっという間に消えてしまった。

 

 

 

 湊は目を瞑った。

 

 

 

 まだ未練があるのかと、己を叱咤した。

 

 

 

 すべてに忘れられる覚悟をしたはずだろう?お前は。

 

 

 

 廊下から慌ただしい足音が聞こえ出した。

 

 

 

 誰かが執務室を訪れたようだ。

 

 

 

 湊はその艦娘に少し同情した。

 

 

 

 慌てて入ったところで、主はいないのだから。

 

 

 

 しかし、その足音は止まらなかった。

 

 

 

 真っ直ぐに、なんの迷いもなく、洋の部屋に近づいてくる。

 

 

 

 勢いよくドアが開いた。

 

 

 

 湊は一瞬、夢だと思った。あまりにも現実とかけ離れた光景だから。

 

 

 

「湊さん!」

 

 

 

 その声も、その髪も、忘れるはずがなかった。

 

 

 

 『それ』は言えるはずのない名前を叫んだ。

 

 

 

 翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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