夕方。早朝登った山の中腹、湖のある開けた場所の上空にフレディは居た。宙に浮く固形物を形成する魔法“フロート・ブロック”で作った一メートル五十センチ四方の足場の上で、ポケットに手を突っ込み悠々と立っている。そんなフレディに、金色の刃が眩い鎌を持った少女が迫る。そのスピードは超高速と呼ぶに相応しいもので、フレディの右を掠める様に動くが――
「はい残念、やり直しだ」
胴を薙ごうと迫った鎌をスウェーで避け、通り過ぎようとした背に蹴りを入れて押し出す。食らった少女はバランスを崩して高度を下げるも、水面を弾きながら飛行し再び空へ上った。そこで少女の動きが止まり、像がはっきりした。タイトな黒のシャツに白のスカート、その下にスパッツという幼いながらもトレーニングの積み重ねで均整のとれた体のラインがくっきりと浮かぶ装いをしているのは、フェイト=テスタロッサ。
彼女の装いは“バリアジャケット”と呼ばれる魔力によって生成された防護服である。不可視の防護フィールドを形成する際に生まれる副産物とのことだが、その性能は魔法攻撃は勿論のこと、耐水耐火耐雷耐冷耐暑耐衝撃耐斬撃などなど、あらゆる環境から身を守ってくれる凄まじい汎用性を誇る代物である。装備者の魔力で構成されるものである為高ランクの魔導師程高い性能のバリアジャケットを有している他、そのデザインを意のままに変える事が出来るのでファッション性も高く、雑誌で特集が組まれたりデバイスに服装のデータをダウンロードして生活スタイルに合わせて着替えが出来るなど、日常生活にも浸透している。ちなみにフェイトのバリアジャケットは、憧れと家族のアドバイスで生まれている。
「よく考えろ、自分の長所を相手にぶつけるにはどうしたらいいか。考えることをやめたら突破口なんぞ開けんからな」
フレディの教えに、フェイトは息を整えながら頷く。フレディはフェイトに請われ、教官として戦闘訓練に協力していた。技術隠匿の為の結界はそれを得意とするアルフに張ってもらっているので、フレディが気合を入れて殴らなければ特に問題はない。
「行きます!」
深く呼吸をしたフェイトは、掛け声を発して再びフレディに迫る。先程よりスピードが遅い、何か企んでいるのは間違いない、仕掛けはどこだ、思考する最中、フェイトの鎌が僅かに左、下方向へ揺れた。重心の移動、意味することは即ち仕掛けの始まり。観察から迎撃に意識を切り替えたフレディは右へ体を傾けたフェイトから視線を外さない。そして二人の間が十メートルを切った瞬間、フェイトが大きく動きだす。
「Acceleration!」
加速の度合いを一気に引き上げ、フレディの左下を目指すフェイト。フレディはそれを見送ることなくフェイトの顔面を捉えようと左足を繰り出すが、フェイトは回避の為に大きく体を反らしたのを予備動作にして足場の下を潜りフレディの背を取る。過去裏拳の前に何度も苦渋を舐めていたフェイトはフレディの胴を狙って鎌を振るおうとするが、鎌を振り上げた瞬間フレディの腰が回る。体勢の立て直しでは間に合わないと判断したフレディは、右足の指を軸に体を半回転させ、再び左足を振るおうとしていた。
「よくやったフェイト、次は攻撃へのタイムラグを無くそうな」
フレディの蹴りがフェイトの脇腹を打ち、華奢な体が吹き飛ばされる。衝撃で崩された姿勢を改めた時には地面が近づいており、速度を調節してゆっくり降り立つと、フレディも足場から飛んで湖の縁に着地する。高低差があるとはいえ、五十メートルはあろう距離を一足で詰める辺り、先の回転を含めて彼の脚力の凄まじさが窺える。
「お疲れ様。脇腹大丈夫か? 結構強く打っちまったが」
「平気だよ、バルディッシュが守ってくれたから」
『衝撃緩和術式の展開を待って下さったカーネルの慈悲に因る結果です。お気遣いに感謝を』
フェイトのデバイス“バルディッシュ”の礼にフレディは気にするなと言い、念話でアルフに結界の解除を要請する。時刻は午後六時を回り、周囲は湖に赤みが差しているだけで、フレディ達の居る湖畔は薄暗く子供のフェイトが外に居るには遅い時間だ。
「今アルフに結界の解除を頼んだから、アイツが来る前にストレッチ終わらせるぞ」
「ええー? 私まだまだ出来るよ?」
「プレシアが心配するから駄目。また今度付き合ってやるから」
「そう言って次が二ヵ月後になったりしないよね?」
「それは上司と犯罪者の気分次第だな。仕事は出来るけど分量は人任せなんだよ俺は」
不良の兄と、それを慕う出来た妹。軽口を叩き合う二人は兄妹の様だが、それをうっかり口にした母の所為で父ともう一人の妹がキレて大喧嘩に発展した為、口に出すのはご法度である。兄と父が連名で始末書を提出する羽目になったのも決して口にしてはいけない。
「おーい、その格好で足を開くな、見える」
「フレディになら見られても平気だよ?」
「そういうセリフは母親並みの体になってから言えチミッコが」
チミッコ、という単語に怯むフェイトを笑っていたフレディに、アルフから念話が届く。
『おうどうした、今ストレッチやってるから早く上がって来いよ』
『網に一匹掛かった、それも結構でかい奴』
フレディの雰囲気が変わった。それを即座に感じ取ったフェイトが見上げると、そこに居たのは今まで見たことの無いフレディの姿。眉間に皺を寄せ厳しい表情を作り、肌に伝わるピリピリした感触が緊張を促し、呟きを漏らしながら何度か頷くと、アルフの迎えを待てと言い残して暗い穴の中に消えた。
追いつけなかった意識が覚醒した時にはアルフが目の前で名前を呼びかけており、それに答えると抱きついてきて「怖かったんだろ? 大丈夫だからね」そう耳元でささやいた。怖かった、そうなのか? 分からない、けれどフレディの雰囲気に中てられたのは確かだ。フェイトが心中を整理していく中で、最後に残った疑問をアルフにぶつけた。
「ねえアルフ、フレディは何処に行ったの?」
当然の問いに、アルフは一瞬悩む素振りを見せるも、直ぐにフェイトへ向き直り、答えを告げる。
「悪い奴が来た。それもとびっきりの。ソイツを捕まえに行ったんだよ」
『この辺りか?』
『ああ、この近辺一帯に結界が張られてる。周囲に一般人と思われる存在は無し、旦那と野郎の二人きりだよ』
『気持ち悪いこと言うな』
海鳴市に来たなら先ず此処へ! フレディが熱心に読んでいた情報にそんなキャッチコピーを付けられていた海鳴市立臨海公園。その中央にある大きな噴水、その縁に、男が一人腰掛けていた。
顔にほんのり刻まれた皺がある程度年を重ねていることを窺わせるが、浮かべているのは歓喜の二文字が張り付いた様な笑み。近づいてきたフレディを見咎めゆらりと立ち上がる。痩躯だが長身、全体的にゆとりを持たせた装いの下にあるのが、鍛えこんだ末に絞られた筋肉の鎧であることを、フレディは知っている。
「久しぶりだなあ、フレディ=アイン=クロイツ。息災でいたかい?」
「ああ、今日此処でお前を見るまでな」
「カカッ! そいつは重畳、俺は万全、お前を見てテンションも急上昇だよ」
男の諸手に現れるファルシオン、それを突きけられても、フレディに動揺の色は浮かばない。フェイトに晒していた厳しい表情はそのままに、視界に在る男に訝りの視線を向けている。
「一つだけ聞かせろ。お前は生きてたのか、それとも“生き返った”のか」
「“両方”だ。満足したかい?」
「ああ、後はお前をぶちのめしてから聞くから構わん」
「そうかい、そうかい! じゃあ、始めようか!」
突きつけられたファルシオンの切っ先が頬を掠める。突きの体勢になったことで前のめりになった男の懐に入り込んだフレディは前蹴りを放つも半身になってかわされ、鎖骨目掛けて振るわれた刀身を弾くと、男はいつの間にかフレディの前、十メートルは先に居た。余裕綽々といった風で、腕を組み頻りに頷きながら。
「嬉しい、嬉しいねえ! 殺気が体を駆けるこの感覚、懐かしいねえ」
男の足元に魔法陣が藍色の魔法陣が広がり、足元から頭の先を通ると男の装いが変わっていた。目元を隠す様に巻かれた赤いバンダナ、手元を隠すような袖の長いシャツの上にポケットの多い袖無しのベストを羽織り、レザーパンツと脛までカバーするブーツという出で立ち。
フレディの方も、フェイトを受け止めた時に見せた格好に加え、上にパンツと同じ色の厚手のジャケットを羽織っている。端から見れば工場で働く人間の様だが、纏う雰囲気は日常の一幕を想起させる要素は一切なく、男を見据え、“打ちのめす”という気概を全身から迸らせ、ゆっくり腰を落とす。
風が鳴いた。ピシリと、何かが砕けた甲高い音が鳴った。刹那、男が弾かれるように動く。手に持つファルシオンは藍色に輝き、内包された力が開放の時を待ち望むかのように火花を散らしている。
「さあ、しっかり踊れ!」
『Flock confusion!』
男がファルシオンを乱暴に振るうと、剣先から待ってましたと言わんばかりに群れを成して魔力の刃が襲いかかる。足元はかわし、腰から上は致命傷になりそうなものだけを叩き落としながら、刃幕の向こうで徐々に接近し密度を高めてくる男から決して視線を切らさないフレディ。
その様に業を煮やしたか。男がフレディの足元を掬う様な格好で刃を振るうと、刀身の倍はあろうかという刃の像がフレディから男の姿を掻き消す。迎撃か回避か、二択の末迎撃を選択したフレディは手甲に守られた右腕で迫る巨刃を殴り飛ばす。刃幕が晴れた視界の先には――――何も無い!
『Deadly Strike!』
眼下から脇腹を、その先にある心臓を薙ぐ為に刃を振るう男、そしてフレディの脳髄目掛けて飛翔する藍色の刃。完全に墓穴を掘った形になったフレディは体を反らすも眼下の剣に腹を裂かれ、飛来した剣に右肩を貫かれる。しかしそれでも、フレディの拳は握られていた。
「殴貫撃!」
『ブンナグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥッッッッ!』
反った上半身を鍛え上げた下半身の力で以って持ち上げたフレディは、刃を振り切ったばかりの男の脳天に真紅に染まった拳を叩きつけた! 男の頭がアスファルトにぶつかった衝撃で跳ね上がった足を掴むと引き摺り上げて一度、二度、三度叩き付けた後、噴水に向かって投げ飛ばす。すると、血潮に染まっていた男の姿が掻き消え、その先に首を捻る男が現れた。
「いやはや、お前の技の威力には恐れ入るね。非殺傷じゃなけりゃ確実に殺られてたよ」
「……どういうカラクリだ、いつ入れ替わった?」
「インヒューレント・スキル。俺が“生き返った”時に貰ったもんだ。入れ替わったのはお前のブンナグール食らった時ね。間抜けな名前のクセして馬鹿げた威力してるわ、ホント」
笑う男。拳を下ろし一息つくフレディ。質問をした時点で、二人の間にあった雰囲気は完全に霧散している。今は、凪の状態だ。
「――おっと、雇い主がお怒りだ。ジュエルシードを追ってるならまた会える筈だ、それまで壮健でな?」
「ああ、次も殴り倒してやるからさっさと消えろ」
「カカッ! 相変わらずツレねえこって」
男の足元に黒い穴が開き、笑い声を発しながら吸い込まれていった。穴が閉じたのを見計らって、フレディが大きく息を吐く。脇腹の傷も、剣が突き刺さっていた右肩も、いつの間にか“元通り”になっていて、結界が弾けた夜の臨海公園で下手な騒ぎに巻き込まれる心配は無さそうだ。
『旦那、“両方”ってどういう意味だと思う?』
『そのままの意味だろ。分かってるクセに聞くな』
『あらま、ちょっと気が立ってらっしゃる?』
『何か来るだろうとは思っていた、思っていたが、まさかあの男が出て来るとはな』
アイツは確かに“殺した”筈なんだが――――フレディの呟きは風の音に攫われ、余人の耳に入ることはなかった。
再び最長更新かつ初めての対人戦闘。ただしスピード感は一切ない。つまりクソ。どうやったらカッコイイ戦闘シーンを書けるのか、これから試行錯誤します。