「死ねよ死ねよ死ねよ死ねよクソがぁぁぁぁっ!」
アロンソの周囲を覆う大筒の群れ、それらが少年の怒りに反応して茜色の光線が一斉に放たれるも、厳しい表情を微塵も崩さないアロンソは両目を瞑り、剣を地面に突き刺して相棒の名を呼ぶ。
「レスカテ!」
『Square Guardian!』
アロンソを正方に隙間無く囲む様にせり上がってきた灰白色の壁が全方位から迫っていた光線を受け止める。せめぎ合う音が激しく響き、軽重はあれど動揺を顔に浮かべるなのはとユーノに対し、娘のフェイトは泰然とした面持ちで父の様子を見守っている。それを見たユーノは僅かに目を細めてアロンソが生み出した防護壁を見つめる。
正方にせり上がった高さ十メートル程の壁は天井部をカバーしない“方陣式”と呼ばれるものだ。術者や発動体となる物質を囲む様に壁を生み出し範囲内に迫る攻撃を防ぐ防御魔法の一種で、壁の質量が一般に使われている防御魔法の数倍とも数十倍とも言われ銃弾や砲弾、ミサイル等の“質量兵器”の攻撃すら凌ぎ切る性能を有している一方で、デメリットも多く存在する。
先ず物質を生み出すという性質上顕現に多量の魔力を必要とすること。高い質量を持っていることで魔力光に準じた色を持った壁は他の防御魔法と異なりその向こうが見える、ということが無い。そして最大の欠点とされているのが地上戦で用いないとその効果を十全に発揮できないということ。
地上からせり上がるという特性は、空中で発動した場合自分の元へ届くまでのラグを生み、上が空いている為に格好の的になるばかりか、生み出した後は術者の制御を離れる“障害物”と化すなど、即応性を重視する空戦魔導師達にとってはデメリットばかりが目立つ魔法。それを“法義の騎士”と渾名される管理局屈指の空戦魔導師が使用している――その理由をユーノが思案する中、状況が動く。
「ケッ、いい年こいて引きこもりかよ情けねえ。いいぜ、そっちがその気なら……!」
少年が右手を振り上げると、方陣の上に周囲に浮いていた物より一際大きい筒が現われ、その中に茜色の魔力が生成されていく。凄まじい速度で筒内を蠢いた魔力は数秒も経たぬ内に臨界を迎え、少年はこれから起こることに心躍っているのか嗜虐的な笑みを浮かべて命ずる。
「そのまま潰れちまいなあ!」
『Vi daro perirete!』
アロンソを撃滅すべく放たれた茜色の光条は方陣の穴を突き、内側を削りながら迫る。結末を想像したなのはが短い悲鳴を上げユーノが目を見開いても、フェイトの表情は微塵も変わらない。父の行方を見つめる緋色の瞳の奥に宿るのは、揺るぎない信頼。
「オォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!」
轟いた咆哮に、少年は身を竦ませた。大凡人の出せる声ではない、獣を思わせる猛りに心が否応無く揺れた。勝ちが見えたことへの油断、自身の力に対する強烈な自負心。それらを積み重ねることによって育まれてきた少年の自尊心が、生まれて初めて自ら膝を折り、
それを自覚させられて燃え上がった怒りが少年の感情を染めつくそうとした瞬間、少年の目が捉えたのは砲撃が到達する寸前に壁をくり貫き凄まじいスピードで接近してくる、大剣を上段に構え視線だけで射殺せそうな激情を顔に貼り付けた
「う、うあああああああああああっ!」
「素直な子供は好きだが、素直すぎると痛い目に遭うということ、来世で生かせ……!」
うろたえる少年に一縷の慈悲も容赦もなく剣を振り下ろすアロンソ。先程の自身が上げた咆哮に劣らぬ剣の唸りは、少年の未成熟な体を見事に断ち割れる様を容易に想像させた――――しかし、それは幻想に終わる。
「おうおうクソガキ、粋がってたクセに死にかけとは情けねえなオイ」
藍色の魔力を纏ったファルシオンが、クレイモアの一撃を受け止めていた。その主はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、後ろで腰を抜かしている少年に軽口を飛ばす。
「うるっせーよおっさん! テメェが来なかったら今頃」
「叩っ斬られておっ
指図すんじゃねえ! 苛立ちが篭った少年の言葉に怖い怖いとおどけて答えた男に殺されちまえ! と悪態を吐いた少年は、足元に生まれた黒い穴の中へ飛び込んで消えた。
「お待たせして申し訳ないねえ。こっからは俺が相手させてもらうぜえ」
右手に持ったファルシオンを肩に乗せ、左手に持ったファルシオンをアロンソに向ける。すると、今まで呆然とした表情で傍観していたアロンソが、徐々に笑んでいく。
「ククク、ハハハッ、ハハハハハハハハハッ! その口調、その姿、その振る舞い! 何もかも懐かしい、何もかも憎らしいぞ
「ケケケ、二十年前の相棒のことなんてとっくに忘れたと思ってたのによう、執念深い男だなあ、ええ?
「貴様を忘れる? そんなこと出来る筈もなかろう。あの時貴様をこの手で殺せなかったこと、ずっと悔やんでおったからな!」
「ストーカーかよテメェは。嫁も娘も居る身分のクセして男の尻を名残惜しむなんて真似はやめろ気持ち悪い」
ヴィス=アビッソ。時空管理局本局所属上級執務官という立場にありながら、一年間で三十五人の執務官を殺害したSSランクの魔導師。当時の相棒であったアロンソ=テスタロッサ殺害に失敗し、救援に駆けつけたフレディ=アイン=クロイツに討たれる。享年20歳。
生い立ちによるものか、その精神に強烈な歪みを抱えていたとされており、特に“強さ”に対して異常なこだわりを見せていたことで知られる。犯行動機もそれに類するものであったとされ、フレディに討たれた際もその顔には“いつもの”笑みが浮かんでいたとのこと。
「お前と会うまでは忘れていたさ。お前の名も、お前に対する気持ちもな」
「フレディと似たようなこと言ってたなあ。俺の顔ってそんなにインパクトある? 自慢じゃねえがそれなりに整って――!」
ヴィスの鼻先にクレイモアの切っ先が突きつけられる。それを伝って先を見ると、狂気に似た喜びを孕んでいた表情は消え去り、見覚えのある苛烈さの滲む厳めしい“法義の騎士”がそこに在った。
「御託はいい、構えろ。無抵抗の貴様を斬ることは俺の矜持、引いては俺の後悔を払拭するに足らんのだ」
「一度負けた奴の台詞じゃねえなあそれ。いいぜ、今度こそテメェをあの世に送ってやる」
両腕を振り上げ、振り下ろす。そうして出来上がるのは腕をだらりと下げた大凡の人が取る最も自然な形。これこそが彼の構え、一挙手一投足の始点。
鼻先から剣を離したアロンソは、クレイモアの柄を両手で握り、正眼の構えを取る。彼に剣を教えた人間が仕込んだ“強者たる自分”を形作る構え。
互いの距離は三歩程、得物の長さでヴィスが優位にある状況だが、その程度で優劣が生まれる地点など、二人は当に超えている。
「始めようかヴィス=アビッソ。あの日の仕切り直しだ」
「OKアロンソ=テスタロッサ。せいぜい楽しませてくれや!」
ヴィスが間を詰め、迫る一対の剣を刀身でしっかり受け止めるアロンソ。昔と今をすり合わせる様に、二人の戦いが始まった。
次回、魔導武闘伝ユーノ、始まります。