ユーノ・スクライア。彼は齢九つにして優れた結界魔導師であり、考古学者であり、スクライアの一族が修める
並列思考回路――通称マルチタスクと呼称されるそれを四つ開眼している彼は、半分を空へ飛び出したフェイトの援護に当て、残った半分を“未だ生きている”であろうアロンソの捜索と行動の考察に使っていた。
彼がアロンソの生存について確信に近い推測を持つに至った経緯として、アロンソが用いた魔法とフェイトの態度が挙げられる。
アロンソが用いた魔法。アレは自身の守護ではなく別の目的、自らの姿を隠す為のものではないのか? 態々あんな魔法を使わずとも空戦魔導師である彼ならば高速機動で容易に包囲から抜け出せたであろうし、直進すれば攻撃を加える事だって可能だった筈だ。それなのに彼は防御を選択し、壁でユーノ達からその姿を見えなくした。
そうした理由は判然としないが、そう考えればフェイトの態度にも辻褄が合う。彼女は何らかの成算があって、父の生存を確信していたのだろう。それがアロンソの魔法の存在と用途を知っていたことによるものか、次元世界に轟く異名を数多く持つ父の強さを信用してのものかは、或いはその両方か――何れにせよ、彼女だけはアロンソの存在を確信し、行動の始点を探っていた。それは覆す必要の無い事実。
ただ、一つだけ腑に落ちない事がある。姉のアリシアが酷く動揺していたのに対し、フェイトは事の対応に当たる姿勢を示した。
情の深い彼女だ、幾ら魔法を使う時は母への憧れで冷静を心掛けていても、肉親が殺されたかもしれないという現実に直面してあんなに冷静でいられる筈が無い。ユーノが冷静で居られたのはアロンソの魔法に違和感を覚え、そしてフェイトが起こそうとする様を見てアロンソの死に疑いを持ったからである。どちらか一つでも欠けていれば、砲線の網を潜っているフェイトは当の昔に撃墜されていただろう。
神童などと称えられているが、その精神はどこにでも居る九歳の少年だ。彼が冷静さを保っていられるのは考古学者として生きる中で培った沈着な思考と、戦闘を学ぶ中で叩き込まれた“どんな時でも考えることを止めるな”という、教えの賜物である。
「! アロンソさん……誰かと戦ってる?」
彼が飛ばしていた
攻防というのは攻撃を仕掛ける側が基本的には有利だ、どの位置から、どれだけの威力で、どういう風に、といった行動の始点を握るのは攻撃側だ。予測するにせよ、受け止めるにせよ、精神の磨耗は防御側が遥かに速い。
吉と出るか凶と出るかは分からない。けれどそれでも――状況を打破したい気持ちに駆られたユーノはサーチャーの映像を切り、呆然と座り込むなのはに向けて念話を飛ばした。
『なのは! なのは!』
『ユーノ君……? おじさんが、おじさんが……!』
動揺が深い。なのはの念話から伝わる感情は恐怖が滲み、聞こえてくる声には震えが混じっていた。当たり前だ、知り合ったばかりとはいえ友人の父親が目の前で殺されるなんて、九歳の少女が見るにはショックが大きすぎる。今こうして意思のある言葉を返せていることが、奇跡に近い。ユーノはこれから彼女に押し付ける身勝手な思いに少しだけ後悔の念を抱きながら、告げる。
『大丈夫、おじさんは生きて、今も戦ってる。だからなのはには、アリサやすずか、アリシアを連れて此処を抜け出して、プレシアさんにそれを伝えてきて欲しい』
『え……? やだ、やだよ、ユーノ君や、フェイトちゃんは? 二人を置いて行くなんて、出来ないよ!』
言葉を理解して、感情が湧きあがって、それを念話に乗せてぶつけるなのは。自分も戦える力が、魔法がある。なのにどうして、そんな思いを受けてユーノは、安心させられる様になのはへ笑みを向けて続ける。
『僕たちは大丈夫だよ。フェイトが上で頑張ってくれているし、僕がサポートしてる。倒されることはまず無いし、なのはがプレシアさんを呼んで来てくれれば倒すことだって出来る。だから、ね?』
イヤイヤと伝える様に首を振るなのはに、苦笑を浮かべるユーノ。上空ではなのはとの訓練では見たことのない高速機動を行っているフェイトが、等速ではないものの接近を許さない速度で後退しながら展開される少年の砲線を、ユーノの防御魔法の補助を受けながら回避して必死の形相で追いすがっている。
普段見ない、ということは訓練等で長時間用いるには向かない、ということ。そう推測しているユーノの思考では、現状打破の為になのはの魔法が有効であると結論が弾き出されている。
フェイトが教えた連射魔法に、フレディの部下が使っているという
けれどそれは、ユーノにとっては下策だ。彼にはなのはを守るという強い意志がある。故に、今の様な“自分が盾に成り難い”状況では、なのはを危険に晒す様な真似は出来ない。例えなのはの存在が有効だと分かっていても、博打をする訳にはいかない。だからユーノは、なのはに逃げてくれと伝えた。
『やだ、やだよお、そんなの、出来ないよお……っ!』
『なのはが呼んできてくれないと、プレシアさん達も此処に来られないんだ。アロンソさんがどうやって此処を探り当てたかは分からないけど、今僕達の居る結界内は転移魔法に関する行動が一切出来なくなってる。此処を出るにしろ入るにしろ、なのはが使える高速機動がないとアリサ達を逃がすことだって出来ない。だからお願い、これはなのはにしか出来ない事だから』
意地悪な台詞だと思う。でもなのはに頷かせるにはこれ以外無い。そう踏んだユーノの考えは、正しかった。
『…………う、うう、うううっ……っ! 分かった、待ってて、絶対にプレシアさんを連れて戻ってくるから!』
『うん、待ってる。そんな苦い顔しないで、僕の防御魔法が凄いことくらい、知ってるでしょ?』
努めて、笑顔で。額から滴たり落ちた汗を拭うことなく、酸素を求める肺を無理矢理黙らせて――努めて、なのはに笑顔を向ける。アリサ、すずか、アリシアを包んだ空中輸送用結界の表面からチェーンバインドと呼ばれる鎖を模した拘束魔法を発生させて、それをなのはの腰に巻きつける。発掘用に考案した魔法で、中の重さを軽減させてある為なのはでも引っ張って進むことが出来る。
『じゃあ、行って来るね。ユーノ君……頑張って!』
『任せてよ。防衛は僕の得意分野だ、なのはが帰ってくるまでなんて、楽勝だよ』
ユーノが自分の事をあんなに自信たっぷり語るなんて珍しい。そう思ったなのはの顔には自然と笑みが浮かんでいて、気合も入って、もう一度『頑張ってね!』と言って結界の端を目指し低空で飛翔していく。それを見届けたユーノは、自身が持つマルチタスク全てをフェイトの援護に回す。限られた魔力で如何にして救援が来るまで持たせるか。或いは、逃げる少年を打ち倒すか。
若き未熟な天才は、今宵初めてその才を十全に振るう。全ては、守りたい存在と交わした約束の為に。
書いてて頭痛くなったので今回は此処まで。次回で大きく話を動かそうと思います。いやマジで。今回こそ次回予告を現実にします。