右上から左下へ抜ける砲撃を体を捻って軌道をなぞり、左から前方を塞ぐ様に放たれた砲撃をユーノが作った防壁の道を潜る事で回避すると、避けられた事に動揺した少年に魔法弾を飛礫の如く浴びせる。
フェイトの持ち味であるスピードを生かす為にバルディッシュが考案した弾速と連射力重視の魔法弾は、時速六百キロを有に超える速度域の中でもフェイトに先んじて少年に襲い掛かる。が、少年はそれらを太く短い砲撃を展開することで飲み込み、掻き消す。
「随分と小賢しい魔法を使ってくるじゃねえか、ええ!? 俺の魔力切れを狙ってんのかあ?」
少年の猛りに呼応して大筒が十、短筒が二十現れる。フェイトは僅かに速度を緩めながら、少年の衰え知らずの魔力に眉を顰める。この状況になってから既に四分が経過しているが、その間に放たれた砲撃は百を超えている。なのはが扱うディバインバスターは威力、質共に優れているが、それ故に現在のなのはでは一日に十二発しか撃てない。砲撃魔導師としての才に恵まれ、砲撃を扱う上で最も重要な魔力値に恵まれているなのはがそうだと言うのに、少年はそれ以上の砲撃を百以上撃っている。
展開している筒の数からも言葉からもまだまだ余裕が窺えるのに対し、フェイトと地上で援護しているユーノはそろそろ“全力”が怪しい頃合いだ。
「ケケケ、消耗戦じゃ絶対に俺にゃ勝てねえよ。何たって俺はSSSクラス、この世界で最も魔力を持ってる存在なんだからなあ!」
手が振り下ろされ、三十の砲撃がフェイトの軌道を埋める様に迫る。先程潜られた事で学んだのか、下からも砲撃が放たれている。砲撃の網の目の先で少年がほくそ笑んでいるのが見える、ユーノが念話で後退をと叫んでいるのが頭に響く、バルディッシュを握る力が少し強くなる。この時フェイトの脳裏に巡ったのは己が目指し、憧れる魔導師達の姿。主の緊張を感じ取ったバルディッシュの心配そうな呼びかけに、フェイトは口元に薄く笑みを浮かべて呟く。
「“抜くよ”、バルディッシュ!」
『――ッ! Yes, sir!』
フェイトがスピードを上げ、砲撃の網が一段と大きく映った瞬間その網膜に金色の道が現れる。バルディッシュが主の願いに応えて作り出した“最短”への道。その道をなぞる様に、フェイトが砲撃の網の中へ突っ込む!
砲撃の余波で体が揺れるのを必死に堪えながら一つ目、右下から左下へ砲撃に左側の膜を晒しながら抜ける。この速度域で固体の防護膜を展開すると抵抗が激しく充分な速度が得られない事から、プレシアがバリアジャケットの技術を流用して作り上げた流体の防護膜が、この状況において効果的に作用する。
後ろに流れる流体の膜は、同じ方向に流れる砲撃を受け流す力を得、網の目を抉る様な動きをフェイトに齎す。この事をバルディッシュから送られる視覚情報で把握したユーノは、フェイトの行動で僅かに慄いていた思考を一瞬で援護態勢に切り替え頭の中でフェイトの行動を一手先、二手先、三手先とシミュレートしながら、今の援護を行う。
左下から左上へ抜ける為に今度は右側の膜を晒し、体を左、右、左と九十度交互に捻っていく。その最中、ユーノの防壁が膜と砲撃の間に入って火花を散らす。即席で作り上げた流体の防壁は速度が足らず砲撃に引き摺られる形となるが、フェイトの損耗を抑えるには充分で、潜り抜ける頃に霧散する。
此処でユーノの協力が得られると知覚したフェイトは、少年が砲撃の網を抜けられている事を把握しているのを、隙間から覗いた顔が怒りで歪んでいる事で気付く。火が点いた、そう感じた時、ユーノとバルディッシュから言葉は違えど同種の警告が聞こえた。
『フェイト! 網の目が変わってきてる、そのまま上昇して射程圏から離れて!』
『ルート変更、現在地は間もなく直撃圏となります、そのまま前進して右下へ!』
前に進みたいフェイトは相棒の言を採用し、前進の後体勢はそのままに折れる様に強引に右下方向へ体を動かす。急激な動きに体が適応しきれず視界が眩み強烈な頭痛に襲われるが、奥歯を噛み締め我慢を強いると螺旋の如く回転しながら形成途中の網の目を潜り抜けていく。その先に広がっていたのは、臨界を迎えた茜色の魔力。
「残念だったなあ! 揃いも揃ってイラつかせやがって、これで終いだぁぁぁぁァァッ!」
咆哮の様な轟きと共にこれまで見たものより二周りは大きい大筒から、フェイトの体を飲み込んでまだ余る程巨大な砲撃が放たれる。
本能的に湧いた諦念からか、全身から力が抜けていくのが分かった。此処に至るまでに傷ついた体が痛みを発して動きを阻害するのが分かった。“魔導師フェイト=テスタロッサ”が、己に迫る砲撃が“死”を齎すものであると直感し、抵抗が無意味だと結論を出した結果、本能が従い理性がそれに沿った。威勢は萎え、駆け抜けてきた勢いだけがフェイトを前に進ませる。光に誘われる蛾の様に。
「創り上げるは不倒の幻、具現させるは不屈の意思。紡ぐは人、受け継がれるは歴史、災禍の終焉は此処に成る! ピースメイカー!」
声が聞こえて、反射的に上げた視界に居たのは、淡い緑色の妖精達を盾に砲撃を受け止めるユーノの姿。どうして、という疑問を言葉に出来ないまま呆けている内、腕と足が魔力の輪によって束ねられ、動きを封じられた。色は淡い緑色、そして湧き上がる浮遊感。心当たりがあった。
「プレシアさんが結界の効果を無力化してくれて、今こっちに向かってる。後は僕が何とかするから、フェイトは先に戻って休むといいよ」
「ダメだよ、ダメ! ユーノだって私と同じくらい消耗してるんだよ? 母さんが来るなら、一緒に」
「今、此処から少し離れた場所でアロンソさんが戦ってる。此処で彼を放置したら、本当にアロンソさんが殺されてしまうかもしれない。だから僕が此処に残る。君と違って、僕にはまだ出来ることがある」
ユーノがフェイトに向けて微笑む。魔力の強烈な光によって影の生まれた笑顔は、酷く儚い印象をフェイトに与えた。私にも――フェイトが言い返しきる前に、ユーノはエスケープ・バインドを発動させ、プレシア達の前に転送させた。此処でやることは、後一つ。
「僕と君との我慢比べだ。スクライア一族が編み出した儀式魔法は、誰にも負けない!」
プレシア=テスタロッサは夫が退室した後、その場に居た者達に催眠魔法を施して、アルフやリニスと共に布団で寝かせると、二人を連れて周囲の探索を行っていた。
「姉御ダメだ、全然引っかからない。本当にこの辺りに居るのか、疑わしくなってきたよ」
頭を掻き、成果が上がらない事に疑問を覚え始めるアルフ。その横でリニスが注意する中、プレシアはふと思索する。
(本命がフレディ、そして私達であるのは既に分かってる。子供達を誘拐した意図は、夫を誘き寄せる為なのだと分かる。けれどフレディは? 彼は今回の旅行に同行していないし、名指しで地球に赴いている事や、先に接触があった事から優先順位は上な筈。フレディにとって私達が人質足り得ない事は、執務官狩りを派遣しているなら理解しているだろうし……私達一家だけを狙うのは、どうも理由が弱いのよねえ)
プレシアは考える。今回の敵が何故子供達の誘拐、しかもアリサやすずかといった完全な一般人を巻き込むという短絡的行動を起こしたのか。
恐らく殺されてはいないだろう。人質としての価値は、あまり言いたくはないが見目も良く魔導師の資質に優れた子供達は売買の対象としてこれ以上無い逸材だ。もし万が一命の危険に晒されたとしても、防御魔法や結界魔法の扱いに長け、肉弾戦にも才を見せるユーノが居れば自分たちが到着するまで守りきることは決して難しくない。
だが、現状助けに向かう為の情報が無い。アルフとリニス、探索や治癒など補助系統の魔法に優れた資質を持つ二人が全力を賭して捜索を続けているが、成果は芳しくない。特にアルフはフェイトの使い魔としてある程度の“リンク”が存在し、平時ならフェイトの居場所くらいなら狼を素体にしていることもあって容易に把握出来るのだが、現在はノイズが掛かっていると言ってそれが機能していない様子。
だが、此処で気になるのは、助けに向かったアロンソの位置が掴めないという報告。誘拐された子供達が座標特定の難しい場所に転送された、というのはまだしも、助けに向かったアロンソの足取りが掴めないというのは腑に落ちない。
仮に子供達が座標特定のしにくい、例えば索敵妨害の掛かった施設等に転移させられたとして、夫に場所の特定が出来るかと言われれば、それはNOだ。
執務官として万人と並べば上位に位置するアロンソだが、アルフやリニスといった本職の人間には遠く及ばない。“法義の騎士”と渾名されている様に、近距離戦に重きを置いた魔法を習得しているアロンソは、遠隔地やジャミングの掛かった地帯を調べられる程の索敵能力は有していない。
故に、発見が叶わないとすれば、何がしかの連絡や一度帰還してもおかしくないというのに、それが無い。仮に未知の敵と交戦に入ったとしても、念話で状況を伝えられる余裕を有していないとは思えない。
となれば、他の可能性は――プレシアが思索の海に潜ろうとした瞬間、アルフがいきなり大声で感嘆の声を上げる。
「アルフ、夜中に大声を出してはいけないといつも言って」
「なのは、なのはが見つかったよ! 今こっちに向かって来てる!」
「何ですって!?」
アルフ以上の大声で驚き、リニスから飛んだ呆れた様な呼びかけで我に返ったプレシアは、咳払いをした後アルフが掴んだ情報を元になのはの元へ急ぐ。
主婦と研究者、インドアな生活に慣れきった体は久しぶりの飛行魔法に少し違和感を訴えていたが、構わず突き進むと、温泉旅館近くの川辺で手を振る白い服の少女を見つけた。なのはだ。その傍らにはアリシアとアリサとすずかの姿。
「みんな、大丈夫? 怪我はない?」
土手に下りた三人は、心配の言葉を掛けながら四人に駆け寄る。アリサとすずかは眠っていたが、恐らくユーノが掛けた催眠魔法だろうとリニスが当たりをつけ、アルフと一緒に二人を先に旅館へと運んでいく。プレシアは、泣き腫らした目の二人をそっと抱きしめ、無事で良かったと囁く。
「おかあさああああああん!」
「う、ぐす、ひう、うぅ……!」
堪えていたものが溢れ出した二人は、プレシアの体にしがみ付いて泣き声を上げた。背中を一定のテンポで優しく叩き、もう大丈夫だと語りかけ、宥めているプレシアの胸には、沸々と湧き上がる物があった。
(誰が仕掛けてきたのか……そんなことはどうでもいい。娘達を泣かせたこと、今生で償えると思わないことね)
怒りを明確なものにした時、プレシアの体から僅かに魔力が漏れ出し、それに気付いた二人は不意に泣き止んだ。驚かせてしまったか――だがプレシアが慌てる間もなく、なのはがユーノから授かった言葉を捲くし立てる。
「私達、変な結界の中に居て、そこ転移魔法が使えないってユーノ君が言ってて、それをプレシアさんにって! それで、それで!」
「落ち着いてなのはちゃん。言いたいことも、私がやらなくちゃいけないことも分かったから」
この場に居なかったユーノとフェイトは、なのはを逃がす為に結界の中に残ったのだろう。転移魔法が使えないということは、座標特定が必要な念話の類も届かない。その線から考えると、恐らくアロンソも其処に居て、敵は複数。なのはの焦り具合から考えて、ユーノとフェイトが相手にしているのは格上――
「なのはちゃん、悪いけどアリシアと一緒に寝てあげてくれる? この子怖がりだから、今日は誰かと一緒じゃないと寝られないと思うの」
「え、いや、でも、私も……」
「気持ちは分かるけれど、逸る気持ちは怪我を生むわ。もし気になるなら……そうだ、なのはちゃんはサーチャー使えるわよね? それ一つ貸して頂戴」
プレシアに言われるがまま、サーチャーを生み出すなのは。プレシアが一眼カメラの様なそれに触れると、なのはとアリシアの脳裏に別角度のプレシアが映る。驚く二人に、プレシアは微笑みながら説明する。
「見えているようね。この子を一緒に連れて行くから、事の成り行きを見ておくといいわ。私の魔法はまだ見せたこと無かったわよね? 物に出来そうなら覚えちゃっていいわよ」
クスクスと笑うプレシアに、二人は何故か安心感を覚えて頷き、いい子ね、と頭を撫でられた後、プレシアの転移魔法でアルフやリニスの元に送られる。
「この姿になるのも久しぶりね。二年振りの本稼動になるけれど、具合はどう?」
『問題ありません。貴女がキレない限りは』
「アハハ、それは無理だと思うから、頑張るのよ?」
『努力くらいはして下さい。まったく、どうして自分のことは肯定ばかりなのか……』
膝まで伸びた髪を首元で結い、右目にはモノクルを掛け、黒のスラックスにポロシャツ、そして白衣と研究者然とした出で立ちになったプレシアは、サーチャーを弄るついでに抜き取ったなのはの飛行情報を元に、諸悪の根城たる結界へ向かう。その顔に、酷薄な笑みを貼り付けて。
りせちー可愛いよりせちーと思いながら書いてたらエライ長くなった。