「ハハハハハッ、真正面からやり合うとは成長したじゃねえか! 最強の執務官長の名前は伊達じゃねえってか!」
右、左、右、左、右、左。交互に繰り出される振り下ろしは、剣の像がブレる程のスピードとそれを可能にする天与の膂力が合わさり、アロンソは確実に追い詰められていた。
幾度も受け止めた剣は刃毀れが著しく、欠けた部分を己の魔力で補填することで何とか剣の形を保っている。
武器も流れも劣勢にあった。しかし逆転の機を窺い続けてきたアロンソの目は漲りが充血となって現われ、その意気が遂に実を結ぶ。
「お前に等しく、殺してやりたい人間が居る。お前と同じくなあ!」
凄まじい回転数を誇るヴィスの連撃。故に、これまでに幾度かあった現象。交互ではなく、片方の腕が遅れて出てくる一合。これまで痛撃を与えられる側であった一瞬、それを覆す為にアロンソが一歩踏み出す。
「チェアァァァァァァァァッ!」
剣を押し出し右を、一寸の間もなく左を受け止める。これまで押し込まれていた剣が、一歩踏み出した事で牙が剥かれる前にその身を差し込んだ事で逆撃の端緒となる。
左肩が前に出る形で身を傾ける最中剣を補っていた魔力を掻き消し、これによって均衡を失った剣を牙から放す事で停止させられていたヴィスの姿勢が僅かに崩れ、動き出していたアロンソを捉えようと脇腹を抉り上げる様に剣を振るうも、時既に遅し。
「墜ちろ!」
下段の構えから崩れるヴィスの脇腹を一文字に斬り裂き、剣の食い込みに流されて横向きになったヴィスの体に当身を入れて吹き飛ばし、地面にぶつかったと同時に中空へ体を跳ね上げる事で体勢を立て直したヴィスが作った剣の壁を貫く様に突きを放つ。
その威力は凄まじく、決して軽くないヴィスの体が後方へ吹き飛んでいく。それに追いつこうとホバーの要領で駆け滑っていき、ヴィスが足で地面を捉え砂塵を撒くのを見計らって上段から振り下ろしの一撃。
直撃は食い止めようとヴィスが再び剣を交差させて壁を作るも、後方に流れている体は踏ん張ることを良しとせず、体を傾ける事で衝撃を逃がそうとする。それが悪手と知りながら。
「死ね!」
「させるかよォッ!」
しかし、ヴィスは諦めない。アロンソが止めに放った下突きを剣の腹を叩いて傷を負っていた脇腹に逸らしたヴィスは、地面に留められた肉が千切れるのも構わず体を起こしてその様に驚愕し目を見開くアロンソの肩に蹴りを叩き込んで無理矢理距離を取る。
「……死人というものは凄まじいな。内臓を自ら千切り取るばかりか、十全に動けるなど」
「フレディだって同じことが出来るさ。俺と違うのはアイツが心臓動かして生きてること。それだけだ」
ゆっくりと腰を落とし、足を開いて中腰になったヴィスの剣に藍色の魔力が纏われる。此処までは純粋な
「首を落とせば、腕を落とせば、足を落とせば俺は動けなくなる。方法は示したぞ、殺れるもんなら殺ってみろ」
「言われずともだ。貴様を殺し、私の膿を雪ぐ」
アロンソが正眼の構えを取った瞬間、ヴィスはアロンソの向けて光刃を乱れ撃つ。純粋な魔法である為、その威力は先程まで受けていた剣に遠く及ばないが、速度は同等、そして密度が尋常ではない。
致命傷を避ける様に剣を振るうアロンソの腕や足や顔は数多の切り傷が生まれて赤い線を形成していく。皮膚を撫でる感触は決して心地の良いものではない筈だが、表情は微塵も動かず、ただひたすら己の危機を凌ぎ続ける。
そうしていく内、視界の先で光刃が途切れたのが分かった。つまりヴィスは次の行動に移ったということ。意識するまでもなく、アロンソの剣がほんのり色を帯び始める。
刀身の根元より生まれたそれは、あっと言う間に剣先を満たし、アロンソが剣を振り下ろした瞬間、輝きを増した。
「ヒート=ウェイブ!」
返す刀で振り上げた剣から生まれ出でたのは灰白色の炎の波。向かってきた光刃の魔力を取り込み大きさを増し藍色を帯び始めた波が目指すは、跳躍していたヴィス。
「ケケケ、相変わらず力技が得意なこって!」
波を越え、波をなぞる様に滑空し、土埃を巻き上げながらアロンソに迫るヴィス。待ち受けるアロンソは、振り上げた剣を握り直して剣をゆらりと横向きに倒していく。込められる豪力に柄が軋みを上げ震える腕は、鎖の繋がれた獣の如し。
「双・剣閃=二者四様!」
直撃まで数秒、刹那に等しい時の間、先手を打つはヴィス。ただひたすらに強くあることを望んだ男が選んだ力の果て、愚直と呼ばれながら頂を目指そうとした執念が引き上げた肉体の高み、技の極致、影を|現(うつつ)に到らせようと尽くした精神を尽くした剣が、四つ又の矛となりてアロンソの命を食い破るべく空を駆ける。
「炎旋――ッ!」
体を捻る、捻る、捻る! 己の中心に螺旋を生み、迫り来る命をもぎ取る魔手達に背を向ける。好奇心旺盛な魔手の主は、そこから生み出される何かを暴くべく、己を前へ走らせる!
「乱波ァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
溜め込んだ力で以って己を縛る鎖を解き放った獣は、勢いそのままに怒りを咆哮に乗せて大地を唸らせる。巻き上がる炎は魔手を主ごと絡め取り、宵闇に満ちた空へと舞い上げると、獲物を仕留める為、獣も後を追う様に炎の中に身を入れた。
「やってくれたなあオイィィィィィィッ!」
生み出した上昇気流に乗り、炎の竜巻の中を翔ける内に聞こえた叫び。その主は立ちふさがる気流の群れを蹴散らしながらアロンソに向けて急速落下するヴィス。
顔の左半分が焼け焦げ、全身が火に炙られたか体の至る所から煙が上がっている。それでも尚、彼は剣を振るいアロンソに肉薄する。
「本当に馬鹿げた生命力だな、アレの直撃を受けて原形を保っているとは……!」
「それだけだ、左目は無くなっちまったよ! まさかテメェがこんな技を持ってやがったとはなあ!」
鍔競り合いヴィスに大きく弾かれたアロンソは、回転しかけた体を立て直す為に足元から炎を発生させてヴィスを牽制しつつくるりと一回転すると向かってきていた光刃の群れを叩き落としていく。その最中、背筋に悪寒が走る。
「チィッ!」
焦燥感に駆られ前面にシールドを展開して光刃を受け止める。光刃がシールドの出力に負けて弾かれて霧散するが、アロンソの顔から焦りは消えない。
赤黒い肉と人肌のコントラストが生むどこか恍惚とした笑みと、刀身のみならず柄までも藍色に染め上がった一対のファルシオンを前にしては。
「懐かしいなあ、これでやってるところで来たんだよなあ、フレディ」
刀身を眺め、楽しそうに語るヴィス。二十年前、死闘を繰り広げる中で新たな力に開眼したヴィスは、その力で以ってそれまで互角だったアロンソをあっと言う間に血の海へと沈めた。藍色に染まったファルシオンは、アロンソの無念と無力の象徴として記憶されている。それが今、目の前に顕現した。
「もうお前に使う予定は無かったんだよ。お前はこれで一度負かしてるから」
ヴィスの笑みが深まる。アロンソの顔が強張る。体が震え、一歩が出ない。何故だ、自問しても体は言うことを聞かない。事この時に至ってアロンソは初めて、自分があの剣に恐怖していることに気付く。
「けどお前は強くなって、今俺は追い詰められてる。――ありがとうアロンソ=テスタロッサ。今のお前を倒せば、また一つ上に行ける」
剣を交差させて擦り合わせると火花が生まれた。その様を愛おしそうに見つめた後、アロンソに視線と剣を向けた。
「さあ、あの日の仕切り直しと行こうぜ? 今日こそ俺を止めてみなあ!」
ヴィスが吼える。それが渇になったのか、アロンソは全身に血が巡る感覚を味わう。それまで冷えていた体が熱くなり、血液が沸騰している様にも感じた。そうした熱に突き動かされたか、自然と柄を強く握っていた。
「……いいだろう。あの日貴様に届かなかった剣、今宵こそ突き立ててやろうではないか!」
死ぬかと思った。