藍色の剣と灰白色を纏った剣が交わり、火花を散らす。月明かりに照らされる二人の表情は対照的で、状況を如実に表していた。
「どうした、その剣で俺を斬るんじゃねえのか? 相棒の刃で叩き斬るのが正道なんじゃねえのかよ!」
膂力に勝るヴィスがアロンソの剣を押し退け、僅かによれた体に蹴りを叩き込む。肉に食い込む鈍い音がアロンソの耳朶に響き、右側に閃光が走った瞬間腕を裂かれた感触と激痛が走る。故に、まだ動く。
「舐めるなあっ!」
左側で煌いていた剣が振り下ろされる前に突進、懐に入り込むと、剣ではなく歯をヴィスの首に突きたてる。
「クソがっ!」
ヴィスがアロンソの右耳に噛み付き、一息に食い千切るが、激痛に呻いたアロンソはお返しとばかりにヴィスの動脈を食い千切り僅かに開いた間合いの中で己が魔力を炸裂させた!
爆発と爆煙に塗れる二人、視界が煙に遮られる中、二人は突進し剣を振り上げ咆哮と上げて振り下ろす。周囲の煙が晴れ、露になるは再び剣を噛み合わせるアロンソとヴィスの姿。
「出血させるたぁいい手だ。時間を掛けりゃ腕も足も生え揃うが、血液だけはどうにもならねえからな! 誰に聞いた? フレディかぁ?」
「奴を打倒する為の策だ。よもや貴様相手に使うとは思わんかったがな!」
鬩ぎ合いを続ける剣、先に悲鳴を上げたのはアロンソの剣。魔力を纏っていた部分を削られ、刀身に触れた瞬間アロンソのとの隙間が一気に埋まる。腕を畳まされたアロンソは一撃を覚悟するが、予想に反してヴィスは距離を取った。剣を下ろし、アロンソを見下し、顔に落胆の色をありありと浮かべて思いの丈を吐き出し始める。
「……盛り上がらねえ、どうして魔力で剣を作らない。お前もう知ってんだろ? ガルディアンの最奥をよ」
ガルディアンの最奥。そのワードは、アロンソの心に大きな楔を打った言葉。かつて己が“諦めた道”だ。
十九年前、ヴィスの力の根源を知りたかったアロンソは、ガルディアン式の魔法について調べていた。その時に行き着いたのがガルディアン式最終奥義、神経連結。
その名の通り、デバイスとそれを握る手の神経を繋ぎ合わせることで擬似的ながらデバイスとの同調を可能にする、ベルカの“ユニゾンデバイス”に着想を得て実現に至った技。
神経を接続することでデバイスに直接魔力を流し込むことが可能になり、それによって得物を魔力そのものにすることに成功した他、デバイスの演算能力を術者にフィードバックすることで肉体の即応性を高めることに成功するなど、己の剣との練磨の果てが齎す結果に
己が一部となった得物が砕かれた時、持ち主の手も砕け落ちる。……この技は、誓いなのだ、己の相棒に立てる誓い、生涯己が掲げるのはお前だけであるという誓い。半分が諦め、半分が誓い、その八割が若くして一線を去ることになった。
アロンソはその技の本質を見抜き、諦めた。当時の彼はヴィスの分まで管理局員として勤めねばならないと努めており、その道を危ういものにしてしまう技は不必要であると判断した。そしてそれを今、道の標にしていた者が求めている。
「その剣をずっと使い続けてるのはどうしてだ? その剣に誓いを立てているからじゃねえのか? なら、剣に惨めな思いをさせ続けていいのかよぉ!」
これが挑発だということは分かっている。俺の剣に相対したくば、同じ覚悟を背負えと言っているのだ。しかし、それはダメだ。退き口を失ってしまう。
これが十九年前に迫られたものであれば話は別だ。自分は一人で、そしてヴィスを打倒したいという思いが燻っていたあの頃なら、乗っていたに違いない。
けれど今の自分には家族が居る。最愛の妻プレシア、その使い魔であるリニス。まだまだ甘え盛りな娘のフェイトとアリシア、二人の姉役として接してくれているアルフ。
家族を今後守れなくなるかもしれない。その未来が過ぎり、柄に力を込めて反論しようとした瞬間、相棒が言葉を発した。
『マエストロ。私と契る覚悟は有りますか?』
『なっ!? お前、いきなり何を』
『もしその意思が無いのであれば、この場で私を捨てお逃げ下さい。今の私ではもう、貴方の力になれません』
レストアのコアは明滅を繰り返している、それだけだ。なのに、灰白色と相まって見つめられているような気分にアロンソは陥った。そしてその感覚は間違いではないだろう。彼は問われているのだ、これから先剣士として歩む上で、レストアと共にか、新たな相棒を探すのかを。
『……今のままでは、勝てないか』
『プレシア嬢かフレディ卿か、どちらかが子供らを救援したとの報を聞いて撤退を選択すれば、怨敵は見逃しますでしょう。しかしその背に向けられる言葉に、マエストロは激発すること間違いなしです』
『……私は管理局員だ。取るべき行動と己の感情はしっかりと分別を』
『怨敵を私の刃で――あの言葉は偽りであったのですか』
機械的音声と口調が、確かな熱を持ってアロンソの心に突き刺さった。偽りではない、しかし今の自分には。反論を繰り出す前に、レストアの言葉が耳朶を打った。
『怨敵をフレディ卿に討たせ、再び己の内に燻る思いを抱えるつもりですか。今日に至るまでしこりとなって残り続けたものを、更に大きくして生きていくつもりですか!
『私はもう、心に煮えたマグマの様な怒りを飲み込むマエストロの姿を見たくはありません。……私は悔しかった、貴方が倒れ伏し、怨敵がその様に哀れを口にし、その怨敵がフレディ卿に討たれた事がこの上なく悔しかった!
『ですからマエストロに問うた。私と契る覚悟はあるかと。十九年前には問えなかった、ただ燻らせるだけだったこの思いを問う機会に恵まれたから。
『……さあ、御選び下さい。私と契るか、私を捨てるか!』
是非も無し、か。決断を迫られたアロンソが反射的に呟いた言葉に、レストアの心が揺れた。アロンソが剣を握り直した事で僅かに生まれた揺れは、新たな自我を生む切っ掛けとなる。
「此処に誓う――我、友と共に在り。我、友と共に死す」
アロンソの両手から溢れた魔力がレストアの柄を包み始める。行程の途中に訪れる激痛に苦悶の表情を浮かべるアロンソを、ヴィスはニヤニヤと口角を綻ばせながらとても楽しそうに眺めている。
「繋がれ意思よ、寄る辺は剣に、標は心に――――紡げ力を!」
咆哮の様な爆音が響き、柄を包んでいた魔力が模ったのは、獣が広げた大口をイメージさせ、あっと言う間に刀身を飲み込んだ。脂汗を滲ませ、変質が終わるのを待つ間アロンソはヴィスを睨めつける。
今笑っているあの男、己が手で殺さなければならない男、殺させる為の術を与えようとする男、昔同僚だった男、強さを求める事に貪欲な男、強さを犠牲にして強さを手に入れた男、憧れから怨敵に変わった男。
思いを脳裏に巡らせながらアロンソは変質が終わる時を待った。己の手が侵食されていくのが分かる。己の領域が伸張されていくのが分かる。己と相棒が一体となっていくことで力が生まれ、昂揚感に心が躍る!
逸る気持ちを押さえ込む。まだだ、終わっていない、力はまだ時間を欲している。それ故に焦れる、逸る、その気持ちを押さえ込む。極度の集中が感覚を狂わせ、何度目かも分からぬ逡巡の最中、アロンソの目に異変が映る。
「うお、ああ、ぐあああ、おあっ! があっ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
突然ヴィスの腹部が“ひしゃげ”吐血と叫びが口腔から飛び出した。空中でのた打ち回り、四方八方に痛みを訴える様は、溶鉱炉の様に熱を発していたアロンソの思考に容赦なく冷や水を浴びせかけた。
「ちくしょう! 負けたのか、また負けたのかアイツに! 同じ方法で、同じ形で負けたのか! ちくしょう! ちくしょう! ちきしょぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」
癇癪を起こした子供のように、“ちくしょう!”と泣き喚くヴィス。言葉の端々を拾っていく内、アロンソの頭の中である推測が組みあがった。
(フレディか、奴が苦しんでいるのはフレディの所為か!?)
同じ方法、同じ形で負けたとヴィスは言った。ヴィスを打倒したのはアロンソの仇敵、フレディ=アイン=クロイツのみ。ギリリ、と歯軋りの音が鳴った。激痛による苦悶から怒りを焚き上げていた最中に浴びせられた冷や水、しかし燻っていた火種が息を吹き返し、憎しみの黒から慟哭の青へ色を変えた。
「何故、何故だ! 何故此処に至って俺の機を奪う、フレディ!」
アロンソの叫びも空しく、ヴィスの体は腹部を中心に弾け、欠け、腐り、消えていく。胴体を境に肉体が分かたれ、下半身は炎の竜巻に飛び込んで秒も経たずに灰となり、上半身もアロンソの横を掠めて落ちていく。
「次は殺す」
果てしてそれはアロンソにか、それとも推測の向こうに居るフレディか。――其処に残ったのは、己と一体となった灰白色の剣を空へ突き上げ、行き場の無くなった怒りを咆哮に乗せて涙を流すアロンソ。
森に誘われたフレディとヴィスの死闘、そして子供達の誘拐に端を発した一連の戦いは、アロンソの無念を残して終わった。
敵の目的は分からず、行動の意図が掴めないまま……夜は、更ける。
これにて温泉編は終了です。フレディさん主人公なのに序盤しか出てないw
今回は時系列を絡ませて伏線の回収を行うという非常に面倒な事を考え付いてしまった結果、更新ペースががた落ちして申し訳ないです。
次回は皆さんお待ちかね? プレシアさんのパーフェクト魔砲教室の時間です。