魔法少女リリカルなのは ストラーノ   作:ゆきだるま

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何だか無駄に長くなったので分割。


間話前編

 

 

温泉街での一夜から三日経った日の朝。まだ陽が昇り切っていない為に薄暗い街の中を駆ける息遣いが一つ。

 白い上下のジャージ、頭にバンダナ代わりの黒いタオルを巻き、そこから漏れたハニーブロンドの髪が街灯に照らされてほんのり煌いている、中性的な容貌の少年――ユーノ=スクライアのものだ。

 

 プレシアによる治療から一夜明けた一昨日、目を覚ました彼は自分の体の状態に驚いた。

 吹き飛んだ筈の指も、断ち割られかけた手も、軋みを上げて骨が飛び出していた筈の腕も、滲む違和感を必死に堪えていた肩も肋骨も、その全てが何事も無かったかの様に“綺麗になっていた”。

 

 一瞬夢かと思ったのも束の間、左手の指を苛む痛みに現実を知ったユーノは益々混乱して思わず駆け出すと、視界に入ったのは悠々とコーヒーを飲んでいるフレディの姿。

 

 これ幸いと逸る気持ちを言葉に乗せて問い詰めると、フレディは苦笑しながら“プレシアが治したんだ。後で礼を言っておくように”そう言って中身を飲み干したコップをキッチンに置きに行った後、明日迎えに来ると言い残して去っていった。

 

 

 状況を投げつけらた格好になったユーノは一時呆然としていたが、フレディの言葉にハッとして周囲を見渡すと、現在地がまだフェレットであった頃になのはと出向いたテスタロッサ家のリビングであると気付く。

 

 その後時計を見た後に日付が一つ過ぎて、現在が昼前であること。そして昼過ぎにテスタロッサ家の面々が帰宅することを思い出してフレディの言葉に恨めしい思いを抱いて所にプレシアが帰ってきて、状況説明を買って出てくれたのはありがたい話だった。

 

 ただ、治癒の影響か酷く疲れている様子で、しかも何かを悔やむ素振りを見せていた事から自分の治療に何か不備があったかのかと思い聞いてみればそんなことはなく、でな何故と聞いてみれば気にしなくていいと言われ、自分の治癒した所為かと問えばそれも違うと言われ。

 

 はぐらかされているのは分かるが、恩人であるプレシアを問い詰めるのは……ともやもやした気分を抱えている内にテスタロッサ家の面々が帰ってきて、ユーノを見つけた姉妹が目に涙を溜めて駆け寄ってきて押し倒されてポカポカと心配と怒りをぶつけられて謝り通す羽目になり、二人の父からは“叱りたいが、それは私の役目ではない”と言い、礼の言葉と共に頭を撫でられた。

 

 使い魔達からはアリシアが怪我をしていたユーノの姿を見て、それを皆に触れ回ってしまった為にちょっと面倒な事になったんだぞとからかいの色を含んだ笑みで言い放ち、アリシアが慌ててアルフの口を塞ぎに掛かる――その光景を見て思わず微笑んでいたらフェイトに“助けてくれて、ありがとう”と満面の笑みで礼を言われ、“どういたしまして”と返した時、何となく背筋が寒くなったのは気のせいだと思いたいユーノ少年は、その日一日をテスタロッサ家で過ごした後、フレディに伴われて彼の宿泊先であるホテルに連れてこられた。

 

 

 そこで、今後はフェレットではなくユーノ=スクライアとして生活させること。

 

 後日翠屋でなのはやアリサ達への紹介の時間を設けること、その時にフレディの親戚だと名乗ることなどを告げられ、一日かけて設定を煮詰める作業を行って今日、やっと、体を動かす時間を得られた彼は、トレーニング用にと買い与えられたジャージを纏って早朝の海鳴の街を走っている。

 

 記憶の浅瀬に浮かぶボロボロになった自分の体が、治癒されたとはいえ怪我をする前と同等に、一度体の重みを経験したからか体感的にはそれ以上に動けている事に、プレシアへの感謝を深くするユーノ。

 

 あの状態からどうやって自分の体を此処まで治癒出来たのか。興味や疑問は尽きないが、問いかけて理解出来る領域でないのは確かだ。どうやったのか、その想像がユーノには出来ない。

 

 

「あ……」

 

 

 マルチタスクを使って思考しながらランニングに耽っていたユーノは、視界の先にある自販機で飲み物を買っているフレディを見つけた。それを意識した瞬間喉が渇いて、飲み物代にと言われて渡されたポケットの中の小銭を思わず握り締める。

 

 

「おはようございます、フレディさん」

 

「ああ、おはようユーノ君。朝から精が出るねえ」

 

 

 スプライトと書かれた緑基調のラベルが張られたペットボトルの中身を一気に飲み干した所へ挨拶をすると、普通に挨拶が返ってきてホッとするユーノ。

 

 初見の時に普通に会話を交わせた事で警戒こそしなくなったものの、フレディを取り巻く様々な“黒い噂”は枚挙に暇がなく、第一声を聞くまではどうにも恐怖感が拭えなかったりする。

 

 

「体の具合はどうだい、走れてはいるみたいだけど」

 

「問題ないです。以前と同じペースで走っても全然違和感がなくて……ホント、プレシアさんには幾ら感謝しても足りないですよ」

 

 

 指が吹き飛んだとき、手が断ち割れていく様を見た時、骨が飛び出し砕けていく感触に見舞われた時、肩や肋骨が悲鳴を上げていた時、ユーノは“終わった”と思った。

 

 放浪者流の格闘家である自分が、結界魔導師としての自分が、戦闘者として培ってきて全てが目の前で瓦解していく様に、どうしようもない絶望に駆られた。

 

 それでも踏ん張っていられたのは偏になのはやフェイトの無事を確保する為で、その為には自分を犠牲にする覚悟はあった。あったが、それでも溢れ出た。

 

 

「プレシアにはちゃんと礼を言えたのかい?」

 

「はい。一言だけですけどね。それ以上受け取ってもらえませんでした」

 

「そうかい。本人がそう言ってるなら、気にする必要はない。もし報いたい気持ちがあるなら、いつか自分も同じことをすればいいだけの話だ」

 

「同じ事、ですか」

 

「恩人に恩を返したって堂々巡りになるだけだ。恩っていうのは、与えられたら別の誰かに与えるもんなんだよ。自分が受けた恩義を誰かに与えることで恩を巡らせていけば、世界は少しだけ優しくなってるだろう、ってな」

 

「あ、それって“聖王教会”の経典の一節ですよね。世に遍く善を敷くためには、で始まる」

 

「へえ、よく――と、ユーノ君は考古学者だから宗教には詳しいか」

 

「僕としては、フレディさんが経典の一節を諳んじる事が出来るのにビックリですよ」

 

「おいおい、俺はベルカの人間だぜ? その辺りの知識はあって然るべきでしょうよ」

 

「いや、フレディさんって、あんまり宗教とか興味無さそうなので……」

 

 

 軽口を交わし合う二人は、髪色も相まって不真面目な兄と真面目な弟、といった雰囲気がある。

 

 一見すれば噛み合いそうにない二人だが、双方の顔には浅深はあれど笑みが浮かんでいて、特にユーノは知り合うまで警戒を露にしていたとは思えない程、自然に会話を楽しんでいる。

 

 

「ああ、そうだユーノ君。走るのに問題は無いみたいだけど、腕はもう使ってみたかい?」

 

「えっと、まだです。やっぱり、少し怖くて……」

 

 

 実はフレディと出くわす少し前、ユーノは手を作って放浪者流の型をなぞろうとして失敗している。

 

 腕を振るおうとした瞬間、腕が爆ぜるイメージが脳内を駆けて、全く動けなかったのだ。

 

 あの時に抱いた絶望に心が苛まれている事に気付いたユーノは、初めてぶつかった“壁”にどう対処していいか分からず、次に気になっていたことと走りに集中することで思考を埋めて、考えない様にしていた。

 

 聞かれてつい口をついて出てしまった言葉であの時の感覚を思い出して、体が震えだすのを必死で抑え込むユーノ。

 

 

「そうかい、じゃあ俺が付き合ってやろうか。同じ格闘家同士、分かる事や力になれる事がある筈だからな」

 

「え、フレディさんが……ですか?」

 

「俺じゃ不満かい?」

 

「いえ、とんでもないです! よろしくお願いします!」

 

 

 一度相談しようと思っていた相手からの誘いに、気付けばユーノは頭を下げていた。

 

 フレディ=アイン=クロイツ。ミッドに蔓延る彼の悪評は数多いが、格闘家としての彼は枕詞に必ずその姿勢はともかくとして、と付くものの次元世界で最も優れている者として賞賛の言葉を受けている。

 

 ユーノもニュース等で伝わってくるフレディの姿勢は共感を持てないが、教官としての彼には信頼を置いている。魔法初心者のなのはに気を遣いつつ、それでいて新しい考えや技を根付かせていくのは様になっていて、ユーノも頷けるところが多かった。

 

 そんな彼が自ら教官役を買って出てくれたこの機を逃すわけにはいかない――思考から入るユーノが珍しく、格闘家の本能で体が動いていた。

 

 

「はは、そんなに畏まらなくてもいいよ。んじゃ、いつものとこ行こうか」

 

「分かりました。あの、ウォームアップがてら走ってもいいです?」

 

「そうか、なら俺も付き合おう。ユーノ君のペースに合わせるから」

 

 

 では、と言って走り出したユーノを追うフレディ。あっと言う間に並んだ二人は、ようやく顔を出した陽光の眩しさと朝もやに隠れて、息遣いを残して消えていった。

 

 

 




ちょっと短いですが、思った以上に展開が遅くなったので一旦分けました。
次回はユーノ君のリハビリと説明回物理編です。
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