魔法少女リリカルなのは ストラーノ   作:ゆきだるま

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第二十四話

 

 

僕と立ち合って下さい。

 黒髪の少年クロノは、フレディからの問いに間髪入れずそう答えた。からかいや冗談等といった虚偽の要素は微塵も見受けられず、真摯な双眸がフレディを捉えている。

 

「お断りだ」

 

 短い言葉で拒否の意を示したフレディは、食後の散歩に行くからとその場を立ち去ろうとする。しかし、クロノはそれを予想していたのか、去る背に言葉を投げかける。

 

「お願いします! 僕が前に進む為に必要なことなんです、ですから、どうか」

 

「別に俺じゃなくてもいいだろう。アロンソだって同じ事が出来ると思うし、焦らなくとも帰ってからお前の親父や師匠に何時かちゃんとやってくれるさ」

 

 分かったら帰るかアロンソの所にでも行って来い。手を振り足を進めるフレディを駆け足で追い抜き、前に立って頭を下げるクロノ。

 

「……執務官さんよう、幾ら何でも往来で頭下げちゃダメだって」

 

 呆れた様に声を出したフレディの言葉に従って周囲を見渡したクロノの目に、あちらこちらで自分達を見て囁きあっている姿が入る。何とかして、という思いが先走り過ぎた結果だ。だが、クロノは諦めない。羞恥で体が熱くなるのを感じながらも、フレディの対応にこれが突破口だと思い頭を下げ続ける。すると、頭上で溜め息を吐かれた後に、こんな言葉が飛んできた。

 

「あー分かった、どうしてもって気持ちは分かったから取り敢えず頭上げろ。場所変えて、話聞いてやるから」

 

 おいグロウル、はい下へマイリマース! 陽気な声と共に足元に黒い穴が開き、一気に視界が暗くなるクロノ。何となく頭を上げてはいけない気がしてそのままで居ると、とうちゃーく! という陽気な声と共に視界が白に染まる。眩しさで上手く目を開けられないでいると、見知った声が前から聞こえた。

 

「フレディさん、亜空間転移を使って乗り込むのはやめてと言ったじゃないですか」

 

「此処来るのにアロンソの家行くとか面倒なんだもんよ。何であんなとこに転送ポート置いたんだよ」

 

「ホテルにあんなもの置ける訳ないでしょう。……あらクロノ、居たの?」

 

 それは母リンディの声で、慣れかけた目を無理矢理見開けば見慣れたアースラのブリッジ。

 

「お前コイツにどういう教育してんだよ、会うなり立ち合えって言ってきて挙句往来で頭下げやがったぞ」

 

「此処に来たということは、折れたんですか?」

 

「んな訳ねえだろ、これから話し合いだ」

 

「なら私も参加してよろしいです? クロノがフレディさんに無茶な条件突きつけられて立ち合いたくて呑まれたら困るので」

 

 好きにしろよ、エイミィ応接室の鍵開けておいて、と自分の事なのに自分を無視して進む状況に物申そうとしたクロノだったが、フレディとリンディが自分を置いてさっさと行ってしまうので、言いたいことは一先ず飲み込んで、応接室に向かう二人を追う。

 応接室に入るとフレディとリンディが隣り合って座り、クロノは対面に座るようリンディが言う。図らずも母と上官に向かい合うことになったクロノは何故か、執務官試験の面談を思い出した。あの時は執務官長を務めるアロンソと、その副官である女性と向かい合っていた。

 

「えー、先ず俺と戦いたいって思った動機を聞こうか。前に進みたい、だけじゃどうにも要領を得ないからな」

 

 クロノはチラと母の顔を見やると、意識的に少し目に力を入れながら話を始める。

 

「フレディさんとの話が終わった後、母に問われた事をずっと考えていて、その中で浮かんだ一つが、僕が知る中で最も“正義の名の下に人を殺している人間”と向かい合えれば何か分かるのではないか、と」

 

「……つまりアレだ、クロノ執務官は俺が、正義を免罪符に人殺しが出来る人間だと思っている訳だ」

 

「失礼ですが、フレディさんがそんな高尚な人間だとは思っていません。殺傷設定講習の際にも仰っていたじゃないですか。こんなもの無くても人は殺せる、殺してやろうと思えば非殺傷でも幾らでも出来る。大事なのは殺し方で、必要なのは殺意だと。あの時初めて、フレディさんが何故“外道”と呼ばれているのか理解出来ました」

 

 淡々と語るクロノの姿にリンディがその表情を鋭くする。フレディのみに視線を集中させて、精神の波を凪の状態にしているクロノは、リンディからの圧に気付かないまま、話を続ける。

 

「そんな貴方だから出来ると思いました、僕を――」

 

 

 人間を殺せる人間にすることが。

 

 

 沈黙した。吐息すらも聞こえぬ静寂が応接室に訪れた。フレディは面食らったような顔で、リンディはクロノを睨みつけて。

 

       カカカッ

 

 それを破る音が鳴った。笑い声で、乾いたものだ、舌を介さぬ喉の音だ。いつの間にか俯いていたフレディが、肩を揺らしながら笑っている。その様を見たリンディが溜め息を吐いたのを合図にして、僅かに顔を上げたフレディがクロノを見た。

 

「親でも上司でもなく“俺”になりたいんだな、クロノ執務官は」

 

 突然、服の中が寒くなった。汗が吹き出て湿った感覚が全身を襲った。足が震える、太ももの上に乗せている筈の拳の感覚が、そもそも腕は何処だ、指は、肘は、肩は、真ん中は何処だ、一体何処に自分は居る――――

 

「フレディさん! クロノを脅かさないで下さいな」

 

 不意に母の声が聞こえ、何かを取り戻したクロノはそれを意識した瞬間机に突っ伏した。その途端沸きあがる疲労感と倦怠感、どうにかしなければと躍起になるが、体は言うことを聞いてくれず、フレディに対し頭を下げたまま。

 

「ああ、すまんすまん。ちょっとした試験のつもりだったが、執務官殿にはまだ早かったみたいだな。いや悪い悪い、大丈夫か?」

 

 わざとらしい謝罪と労わりの声に力なくはい、と返したクロノは、前方の椅子が引かれ足音が近づき、脇の間に手が入る感触と共に一気に体を引き上げられた。取り戻した視界を直ぐ後ろに持って行けば、そこには笑顔のフレディ。

 

「一度体を起こせればどうにかなるだろ。それじゃ」

 

 俺は帰って寝る。身を翻し応接室を出るフレディ、今のクロノにそれを止める気力はなく、去る背を黙って見送っている。

 

「全くもう、フレディさんを挑発するなんて……あんな無茶をさせる為に発破を掛けた訳じゃないのだけれど」

 

 呆れ半分怒り半分といった口調と顔を見せているリンディが、組んだ手に顎を乗せて半眼でクロノを睨みつけている。弱りきったクロノはその様に慄きながら、ポツポツと此処に至ったリンディに漏らし始めた。

 

 人間を殺せる人間になれるか。その問いの意味をよく考えろと言われて、先ず最初に浮かんだのは、自分は人を殺す力を持っているか否か。肯定だ、自分の力がそれを振るうに値していると判断され、扱い方を学ぶ機会を得ている。まだ、使った事はないけれど。

 次に浮かんだのは、自分の力が殺しを行う為にあるものなのか。これは否だ、己の培ってきた技術は悪を“制する”為のもので、学んできた思想もそれに類するものだ。人の殺し方を学んだ経験はあるが、あれは自分を、そして周囲を守る為に教えられたもので、多用はするなとキツク言い含められている。

 そしてこの状況に至らせた元凶と思われるのが、今日問われた意味を考えたこと。今回の事件は殲滅対象研究――研究者も“研究成果”も跡形もなく消し去る――を相手取るものだ。その事件に立ち向かう為に、自らが手を下す場面が訪れるやもしれない。そうなった時、同じ事を自分に問いかけてしまうかもしれない。その逡巡が、己を殺すことになるかもしれない。

 だから問われた、促されたと思った。その淵に触れることを、淵を乗り越え、覚悟を握り締めた人間になることを。故に出向いた、史上屈指と称される管理局最凶の武人、“殺人警察”フレディ=アイン=クロイツの下へ。

 

「やっぱり、早まったかしら」

 

 クロノの独白が終わった後、リンディが呟いた言葉にクロノは俯けていた顔を勢いよく上げた。精神の疲労で表情の生気が薄いが、瞳だけは力が篭っていて微かに血走り、それが感情の全てを表している様で。

 

「ねえクロノ、貴方さっき震えていたけれど、自分がどういう状態だったか、覚えてる?」

 

 覚えていない筈が無い。聞かれて無意識に震える程、恐怖が体に染み付いている。

 埋められ、削られ、無くなっていく自分を捉えるのに必死を捕まえようとして失敗して、追い縋ろうとして掴み損ねて、真っ黒になりかけた時リンディの声で何もかも戻ってきた。

 先程より少しだけ力の戻った声を目一杯張り、己に起こった事象を語るクロノの姿に、リンディは細めていた目を閉じてもういいわ、と告げて言葉を遮り、説明はしっかりしてあげると目を開きクロノの目を見つめながら語り出す。

 

「先ず、さっきクロノが陥ったのは現実逃避。フレディさんの脅かしで殺されると思った貴方が、“自分を壊すこと”でその状況から逃れようとした。これが思考が本能に依っている生き物なら一目散に逃げだすんだけど、私達は理性に依っている人間だから、フレディさんから逃れようとする本能をフレディさんと向き合いたい理性が押し止めた結果、本能が勝って動けないなら壊れてしまえと思った、だからそうなったの。

 

「クロノがまだフレディさんと向き合える程精神が成熟していないからそうなったの。まあ、仮に理性が勝っていても殺される自分が見えていたでしょうから、状況自体は今と大差なかったかもしれないけれど。

 

「それで、どうしてそうなったかについてだけど。管理局最凶の武人、“殺人警察”。フレディさんの事をそんな風に言っていたわね。……そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいわよ、怒っている訳じゃないから。とにかくクロノは、そうした異名に沿ったイメージを抱いていたんでしょうけど、今回はそれを上手く利用されちゃったのよ。

 

「意識誘導と視線誘導。言葉くらいは聞いたことあるわね? 意識誘導の方はフレディさんの数ある異名、“殺人警察”“独裁者”“外道”“ウロボロス”等に代表される強い、怖いといった感情を想起させる言葉達による一方的なイメージを相手に抱かせること。視線誘導はフレディさんが沈黙を作った後に奇妙に笑ってクロノの視線を引いて、その様を見たクロノに意識誘導した感情が想起したであろう、正にその瞬間を狙って顔を上げてクロノの目を真っ直ぐ射抜いて、心に隙間を作ってそこに言葉を叩き込んだ。

 

「そうして、作り上げていたイメージと合致した存在を直に見たクロノは恐怖がオーバーフローして自壊しかけた。種も仕掛けも簡単だから、こうして聞けば落ち着いたんじゃない?」

 

 リンディに問われて、クロノは一息吐いた後に気だるさは残っているものの、波の激しかった精神が随分と落ち着いていることに気付いた。

 

「……あの、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」

 

「何?」

 

「母さんは、その、フレディさんに脅かされたことがあるの?」

 

「あるわよ。というか、今の上層部の人間は殆どフレディさんに脅かされてるわ。プロジェクトFに立ち向かうことになった人達の通過儀礼みたいになってたから」

 

 それでどうだった、と聞きかけたクロノだったが、それは切羽詰った声によって遮られる。

 

「海鳴市近海にてジュエルシードの大量反応! 数は六、竜巻を発生させており、中心点にはイデアーレと思しき少年! 現場に結界の反応は無し、武装局員は現場に急行中のアロンソ執務官長の指示に従って結界を展開、可能であれば援護を! クロノ執務官、及びリンディ提督は至急ブリッジまで!」

 

 自分の補佐官が早口で捲くし立てた放送を聞いて、リンディは徐に立ち上がると、クロノに指令を伝える。

 

「了解しました!」

 

 立ち上がって敬礼し、いつもの声で意思を伝えると、失礼しますと言い残し駆け出していくクロノ。ゆっくり閉まる扉を見て、リンディはポツリと呟く。

 

「これで、良かったのよね、これで、いいのよね……」

 

 

 




お待たせしてごめんなさい。二十四話、ホントはこんな話じゃなかったんですけどね。最初のクロノとの下り書いてる時は普通に戦闘回だったんだけど、気付けばこんな話になってた。
書くのに二週間かかった結果がこれだよ!

次回はマジで戦闘回。クロノ君の戦闘スタイルが分かります。
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