魔法少女リリカルなのは ストラーノ   作:ゆきだるま

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第二十五話

 

 

 

「よう、遅かったじゃねえか、ええ? アロンソ=テスタロッサ」

 

「貴様が勝手気ままに始めた遊びの始末に追われていたのだ。舐めた事を抜かす余裕があるなら、首根を掴まれて額を擦りつけながら騒動の収拾に当たった局員に何と謝るか考えておいたらどうだ」

 

 竜巻が発生したことによって引き起こされた激しい風と舞い飛ぶ海水に体を晒しながら対峙するイデアーレとアロンソ。

 沿岸部では数十人の局員が協同して認識阻害の結界を展開が完了したとの報を受け取ったアロンソは、僅かに緩めていた剣の握りを深く、強くして、切っ先の向こうで嫌らしいにやけ顔を浮かべるイデアーレを睨め付ける。

 

「ケケケ、そんなに凄んだって無駄だっての。テメェこそ、今から俺に命乞いする為の文言を考えておきなぁぁぁぁっ!」

 

 イデアーレの雄叫びと共に、二人の周囲を漂っていた六つの竜巻が少しづつ近付いてくる。前方の竜巻の動きでそれに気付いたアロンソは、退路が閉じる前に竜巻の間を抜けたが、視界に捉えているイデアーレは動かない。

 

(あのままでは竜巻に飲まれる、自滅……――ッ!)

 

 先を想像しようとして、頭を過ぎった嫌な予感。それに突き動かされて、竜巻で見えなくなったイデアーレに向けて攻撃を放つべく魔力を剣に流し込む。

 

「突き、貫け!」

 

『Enorme Llama lanza!』

 

 右手一本に持ち直して後ろに引き、勢いよく槍の様に突き出した剣から五条の火線が射出され、それらが絡まり纏まり、やがて一つの巨大な炎の槍を生み出す。円錐の矛先を形作った槍は、火の粉の軌跡を残しながら、風雨をものともせず突進していく。その威容は凄まじく、竜巻の先に居る子供如き、容易に食い破ってしまいそうなもの。

 だが、アロンソの不安はこの程度で払拭出来るものではない。その槍が子供に突き刺さり、断末魔を上げてその身を塵芥と化すまで見届けて漸く、彼の不安は打ち消される。“これ”は、そういった類だ。

 

 イデアーレを囲んだ竜巻の一つに、炎の槍が突き刺さる。海水を巻き上げる渦と風の影響で即座に貫通、とまでは行かずとも、到達までに得た勢いを生かして突き進んでいくのが目に見える。

 

          このまま行け……っ! 

 

 アロンソの心中に祈りの様な感情が湧いた時、不意に竜巻と、次いで槍の姿が霧散した。瞠目した視線の先には、不敵な笑みを浮かべるイデアーレが居る。

 

「イヒヒヒヒヒ……アーッハッハハハ! 最初に言ったろ、遅いって」

 

 イデアーレの頭上に巨大な筒が現れる。一つ、三つ、七つ、十五、二十八――数えていくのが馬鹿らしくなるほど、砲台の数は瞬きの度にその数を増やしていく。

 

「お前、ジュエルシードに釣られて来たんだろ? 考えなかったのかよ、既に掌握されてる可能性を!」

 

 嘲笑を上げるイデアーレを、歯噛みしながら見つめるアロンソ。既に大筒の数は視界の前方を埋めつくし、逃れる術は一つしか残されていない。だが、それをした結果が何を齎すのか、アロンソは計りかねていた。より正確に言うなら、その被害の“多寡”を。

 

「まあいいや、お前を間抜けを晒してくれたから、俺はお前に仕返しが出来る! あの気に食わねえオッサンの鼻を明かせる! アロンソ=テスタロッサ……」

 

 イデアーレがゆっくりと右手を持ち上げる。指揮棒を掲げる様な仕草に呼応して砲口が一斉にアロンソへ向く。歓喜にも狂喜にも見える表情が魔力光の茜色に染められて凄絶さを帯び始めた時、レストアの刀身が一瞬強く光った。

 

「死にやがれぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」

 

 絶叫と共に放たれる砲撃の群れ。太い茜色の光線は、その全てがアロンソ=テスタロッサの殲滅、それが為だけに動いている。猛獣の様な咆哮の様な推進音を轟かせて迫るそれらを見据えて、アロンソは一層強く柄を握り込む。すると相棒の刀身は白く染まり、柄も、それを握る手も白く染め上げられていく。顔を引きつらせ、脂汗を垂らしながら、空を見上げる。

 

「行くぞ、レストア!」

 

『Aqui,presente!』

 

 視界全てが茜色に染め上がった瞬間、アロンソは飛び上がって砲撃を回避し、スペースの広がる砲撃の真上を翔けて行く。あの位置から回避されると思っていなかったのか、イデアーレの表情に驚愕が浮かび上がるも、直ぐ様アロンソの高度に近い位置にある砲台達の方向を変更し、再び砲撃を発射。

 凡そ半分程になったとはいえ、それでも尚密度の高い砲撃の群れはあっと言う間にアロンソの進路を埋め尽くしてしまうが、すると更に上昇して再び射線から外れる動きをする。

 

「野郎……! ならこれで――」

 

 転瞬の間に掻き消えた大筒達が、イデアーレを中心に高度を同じくして円形になるよう配置される。僅かに射角の違うそれは、一様にアロンソへ砲口を向けている。

 

「くたばりやがれっ!」

 

 上昇の後反転、イデアーレまで一直線に向かうアロンソを指差し、高らかな叫びを号砲に砲撃が放たれる。それに対しアロンソは真っ直ぐ狙ってくる砲線群の端に移動し、徐々に降下速度を上げていく。風にぶつかる様な感覚と共に襲い来る体の軋みを奥歯を噛み締めて必死に押さえ込みながら、視界の隅にイデアーレを捉え続ける。すると不意に、その両手が掲げられ、僅かに横に逸れる。その動作に違和感を覚えたアロンソが弾ける様に砲線群から離れると同時にそれが、

 

 

       “折れて”――“捩れて”――“曲がった”。

 

 

「何っ!?」

 

 驚愕を露にするアロンソの背後に迫る茜色の砲線群。砲撃魔法の常識を嘲笑う所業を事も無げに現実にしてみせたイデアーレは、アロンソの降下速度が更に上がったのを見てほくそ笑む。

 

「いいぞ、来いよ。何考えてんのかは知らねえが、俺に近付いた時がテメェの終わりだ」

 

 

 イデアーレの癖と思われる――大筒を必ず自分の全方位に展開する――を利用し、砲線を引き付け高度を同じくして、台風の目たるイデアーレに平行突撃を仕掛ける。典型的遠距離火力型であるが故に、一対一戦闘の経験が致命と言える程に欠けていたイデアーレの判断力の隙を突こうとしたこのアロンソの策は、先程見せられた規格外に因って変更を余儀なくされた。

 捩じる事が出来るのならば、鞭や振り子の様な動きも恐らく可能。更に言えば、術者を避ける様に砲撃を撃たせ、穴の無い面攻撃を仕掛ける事も可能だ。それは近接を主戦場とするアロンソにとって、攻撃を仕掛ける事そのものが致命に繋がりかねない事を意味している。

 遠距離攻撃が出来ない訳ではそんなものは焼け石に水、魔力の無駄遣いに他ならない。加えて近接の宿命として、どれだけ縦横無尽に動けても、標的が点である以上、近付いて攻撃を仕掛ける際は必ず直線や曲線を描く形となる。下方から仕掛けるのは空戦魔導師相手には最大のタブー、最も警戒の濃い方向であり、上位の取り合いである空戦で自ら下りるなど愚の骨頂に過ぎない。となれば、

 

「肉を斬らせて骨を断つ、だったか。土地が違えど、似た考えの人間は居るものだな」

 

 アロンソという肉を斬らせて、イデアーレという骨を断てばそれで勝ちだ。士郎達との酒の席で耳にした言葉の中で、特に印象に残ったものをふと思い出して、笑みを零したアロンソ。腹は決まった、剣を振るう右腕と、動かす為の心臓と脳さえ残っていれば、それで良い――!

 

「おお? 遂に観念しやがったか!」

 

 イデアーレの目に映ったのは突如として速度を落とし、砲撃に貫かれたアロンソの姿。茜色の中に浮かぶ黒い影と、砲撃に使用している魔力から伝わる手応えが、憎き魔導師を捕らえた事を訴えており、その感覚は歓喜となって全身を駆け巡った。流石に高ランク魔導師だけあって砲撃の中で防御魔法を構築して耐えているようだが、それも時間の問題。一度捕らえたのだ、じわじわと嬲り殺しにするのもいいかもしれない。

 湯水の如く湧いてくるアロンソの結末を想像してとても楽しそうに笑うイデアーレ。その中には勿論砲撃を抜けだし特攻を仕掛けてくるものもあった。当然、直ぐ様別の大筒を出現させて横殴りの様に砲撃を叩き付ければ、アロンソの体は成す術なく宙を彷徨い、やがて海へ落ちる。ああ、それだと体が残る、それは許せない。ならば――幼い顔に似合わぬ恍惚を面に浮かべ空を眺めて思考していたイデアーレは、自分の脇を通り過ぎていく砲撃から黒い影が飛び出してきたことに気付くのが、僅かに遅れた。

 

「ッッッッッッッッ!」

 

 砲撃からアロンソが外れた事に気が付いたイデアーレが視線を向けると同時に、首を鷲掴みにされ、魔法によって明瞭な視界が、くっきりと下手人の姿を見せつけた。全身を朱く染め、それらを塗り込めた様な紅い双眸が白の縁取りで克明に浮かび、月を背に剣先を向け、ゆっくりとその口を開いた。

 

「言い残すことはあるか」

 

「お前の負けだよバーカ」

 

 罵倒と一緒に唾を吹き飛ばし、尋常でない力によって首を締められていることで青くなりつつある顔に余裕の笑みを浮かべるイデアーレ。それらに何の感慨も示すことなく右腕を僅かに震わせると同時に、アロンソの視界が茜色に煌く。最後の足掻きか――構うことなく首を捕らえた左腕の感覚を頼りに剣を光に刺し込むアロンソ。

 

 

 肉を刺す感触、悲鳴、内臓を通り抜ける感触、嗚咽、肉を貫く感触、悲鳴、肉を刺す感触、悲鳴、内臓を通り抜ける感触、嗚咽、肉を貫く感触、悲鳴。

 

 

 光がチラついていたアロンソの視界が明瞭になると其処には、絶望の光景があった。

 

「お、と……さ……?」

 

「ア、リ……シア……ッ!?」

 

 レストアの刃、それは確かにイデアーレまで届いている。しかしその前、イデアーレの前に、アロンソの愛娘、アリシアが、レストアの刃に串刺しにされ、眦に涙を溜めて、痛いよ……と零した。

 

「ヒャーハッハッハッハ! ああ、痛い! ああ、痛い! ああああああああああああああああ痛い! でもサイッコーの気分だぜ! どうよアロンソ=テスタロッサ、自分の手で娘を刺した気分はよぉ!

 

「お前不思議に思わなかったのかよ、あの結界に難なく入れたことを。誘き寄せる為だと考えてそこで思考停止しちまってたんじゃねえか? 馬鹿だなあオイ! そんなことだけでテメェみたいな危ない奴招き入れるかよ!

 

「テメェの魔力を記憶する為だ! プロテクトが掛かってるからって油断してなかったか? 胸に感じた違和感を転移酔いの一言で片付けてなかったか! その結果がこのザマだ!

 

「本当は娘斬って呆然としてるとこ狙って娘ごと殺すつもりだったんだけどよ、ここからの眺めもなかなかだな! お父さーん! 痛いよー!」

 

 狂笑するイデアーレとは対照的に、アロンソは表情が抜け落ちて抜け殻のようになっていた。分かるのは娘が泣いていること、その原因は他ならぬ自分で、自分の剣が、娘を守る為にと持ち続けてきた剣が、その刃を娘の腹に刺し込んでいる。

 

「ああ、あ、あああああ、あああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

「痛いよー! って、もう流石に面倒だわ」

 

 イデアーレは両手でアリシアを奥へ奥へ押し込みながら、代わりに自分に突き刺さっている剣から抜けようとする。その度にアリシアが痛いよう、やめてよう、と泣き声混じりに懇願するが、意に介さず遠慮なしに力を込めて、やがて自重でずるりと剣先から這い出るように零れるように抜け出ると、穴の開いた腹を手で押さえながらフラフラと高度を上げていく。

 

「あー痛いー。痛い痛い痛い。痛いから、その原因を此処で始末しちゃいます!」

 

 アロンソとアリシアを挟み込むように現れる大筒。魔力充填が開始され、唸り声が響き渡る。

 

「じゃあな、アロンソ=テスタロッサ。直ぐにテメェの家族も後を追わせてやるから安心して――」

 

 トドメを刺そうと右手を振り上げたイデアーレの視界に、何かが煌いた。アロンソの方は暫く放っておいても問題は無い、だから気になって目を凝らした。ズームされていく視界に見えてきたのは水色の傘。それが結構なスピードでこちらに向かってきている。

 新手か。チラとアロンソの方を口の端をつり上げたイデアーレは、コイツラを見たらどんな顔をするんだろうかと見えぬ敵の反応を思い心が沸き立つ。早く来い、早く来い、早く来い! と念じていると、ふと、僅かに髪が風に舞ったのを感じた。

 

「スティンガー・スタンプ!」

 

「グベェェッ!」

 

 突如上からやってきた掛け声と共に、イデアーレの右腕に金属の棒が食い込み、鈍い音を響かせる。その棒に掴まっていた少年は落下の途中でイデアーレの頭を掴むと上を向かせて躊躇い無く手を口の中に突っ込んだ!

 

「ごぼ、おお、ぐぼ、おろ、おお、おおあああああ!」

 

 喉の中で手が蠢く感覚に強烈な吐き気を覚えたイデアーレは、涙を流し鼻水を垂らし、胃液を手首と口の隙間から垂れ流す。痙攣するイデアーレの口からゆっくりと手を引き抜いた少年の手には、四つのジュエルシードが握られている。

 

「おい、残り二つはどうした」

 

「カハッ、テメェ、なにもんあばっ!」

 

「残り二つはどうした、と聞いている」

 

 もう一度手を口の中に突っ込んで質問するクロノ=ハラオウン執務官。その瞳には、明らかな怒りの色が滲んでいる。

 

「ぼ、ぼお、おご、おぼぼぼぼぼ」

 

「……チッ、もう反応がないか」

 

 再度口から手を引っこ抜くと、間髪入れずにイデアーレの首を鷲掴む。満足な酸素を得ていないまま締め付けられたイデアーレの顔は、もう既に真っ青になっている。

 

「言え、残り二つのジュエルシードはどうした」

 

「はっ、誰が言うかよそんなもん。それよか、いいのかよ、アロンソのこと放っておいて……っ!?」

 

 何時の間にか。何時の間にか、アロンソの近くにはプレシアが居た。アリシアを宥め、放心状態のアロンソを抱き寄せている。その合間に向けられた視線とかち合ったイデアーレは、心臓を射抜かれた様な感覚に襲われ、ヒッと短く悲鳴を上げて震えだす。

 

「もう一度だけ言う。残り二つは何処だ」

 

「言う! 言うから、あの女を俺の前から消せ! あの女を俺に近づけるんじゃねえ!」

 

 イデアーレの必死の懇願を受けてクロノが目配せすると、プレシアは頷いて二人を連れて何処かへ転移した。それを見てホッと一息吐いたイデアーレは、再び首を締め上げられて情けない呻き声を上げる。

 

「さあ言え。でないとプレシア=テスタロッサの砲撃がお前の体を炙りつくすぞ」

 

「あと二個は、ヴィスの野郎が持ってる! 此処に用意してた奴は俺が作った偽者だ! だから、俺が持ってるのはさっきの四個だけだ! ホントだ、今頃フレディ=アイン=クロイツにヴィスの野郎から話が行ってる筈だ!」

 

 じっと、イデアーレの目を睨みつけるクロノに、イデアーレは嘘じゃねえ、ホントだ、と主張する。もう一度締め上げるべきか、そう考えたクロノの頭に、フレディの声が届いた。

 

『ソイツの言ってる事はホントだよ執務官殿。さっき俺宛に面白い話があった』

 

『……面白い話、ですか……』

 

『おう。そういう訳だから、ソイツの首そのまま握っててくれ。今からアースラに転移させるからよ、転移の拍子で離すなんて真似するなよ?』

 

『分かりました』

 

『ああ、それから、ソイツの“後始末”は俺がやる。今回限りの特別サービスだ、リンディ提督に感謝しておくように』

 

 んじゃ、よろしく。その言葉と同時に、クロノの視界は暗転した。

 

 

 




ああ、スッキリした。
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