「あがっ!」
クロノが転移装置のあるブリッジに到着した途端、イデアーレの短い悲鳴が耳に響く。反応して目を開くと、真紅の輪に囚われたイデアーレの姿が映った。その先にはフレディがニヤニヤ嫌らしい笑みを浮かべており、こちらに歩み寄ってくる。
「ご苦労さん執務官殿。後は俺がやるから、ゆっくり休んでてくれ」
「やめろ、テメェ、離しやがれ!」
首根を掴み、労いの言葉を掛け、引き摺りながらブリッジを後にするフレディ。あまりにも自然な動作にそのまま見送ってしまいそうになって、扉の開閉音でそれに気付いたクロノは、去る背に声を飛ばす。
「フレディ一佐! 無礼を承知で申し上げます、イデアーレをどうする御積りで?」
「コイツはちと“跳ね”過ぎたからな。適当に楽しんだ後、跡形もなく消す予定だ」
“え?”
あまりにも自然に語られたイデアーレの末路に、リンディと発言者のフレディを除くアースラのクルー全員が疑問を顔に浮かべたまま固まった。その中でただ一人、当事者たるイデアーレが扉が閉まる直前覚醒し、大声を出した事からブリッジに音が戻る。年若いクルーが多い所為か、囁きは直ぐにざわめきに変わり、適当に遊ぶとは何か、幾ら何でも子供を殺すことはないのではないか、などと言った声があちこちから聞こえる中、リンディが静止を呼びかけ、再びブリッジに沈黙が訪れる。
「皆、今のフレディ一佐の発言については忘れること。貴方達が関わることでも、関われる領分でもない。フレディ一佐が対凶悪犯罪者特務部隊の長であること、この事を今一度心に刻みなさい」
分かったのなら撤収の準備を。そう言って体を翻し、フレディとは逆の扉からブリッジを後にするリンディ。厳しい表情を見せていたことから、怒らせてしまったと感じたクルー達は動揺しながらも作業に取り掛かり、クロノは自分の補佐官がその指揮を執っているのを横目に母の後を追った。
「リンディ艦長!」
「クロノ、貴方はフレディ一佐から休むように言われていた筈だけれど?」
「その前にお聞きしたいんです。何故イデアーレの処分をフレディ一佐に委ねたんです? あの少年からはまだ情報を得られたでしょうし、あれだけの実力があれば司法取引だって十分に可能だった筈です!」
「あの子はプロジェクトFの被験者。研究者も研究対象も須く抹殺する、それが管理局の定めた法。例外はないの。老若男女は問わない、それが家族であっても、プロジェクトFに関わってしまったら消さなくてはならない。今日学んだこと、もう忘れたの?」
言い聞かせる様にクロノへ問いかけたリンディ。しかしその目に母として、女として培ってきたであろう優しさの色は微塵もない。あるのは時空管理局本局所属魔導師として少将にまで上り詰めた女傑リンディ=ハラオウンが新任執務官クロノ=ハラオウンに告げている意思、“これが私の決定だ”と。
その威容に飲まれて口を噤み、竦んでしまったクロノは自分の部屋に戻りなさい、と言って立ち去るリンディの背を、ただ見送ることしか出来なかった。
「何だよ、何なんだよプロジェクトFって! あんなこと、あんなこと、決断しなくちゃならないのかよ……!」
「ええ、大丈夫、アリシアは私とお父さんが見つけたから。うん、心配させてごめんなさいね」
アースラの治療室前で、プレシアがデバイスを介してフェイトと通話をしていた。プレシアのデバイスは首に掛けられたネックレス、に付いた指輪。アロンソから送られた結婚指輪をモチーフに作ったもので、コアにはプレシアからの答えとして明るい緑色をしたペリドットを用いている。
「帰るのは、明日かしらね。お父さんがちょっと怪我をしちゃったから、その治療を……大丈夫よ、アースラのスタッフは優秀だから、明日には元気なお父さんが見られるわ。だからフェイトはご飯を食べて、歯を磨いて、お風呂に入って、早く寝ること。フェイトはいい子だから、出来るわね?」
コアから浮かぶフェイトのホログラムは膨れ面をして、その言い方はズルイと訴えるが、プレシアはそんな娘の様子を見てクスクスと笑うだけ。それから幾つか言葉を交わした後、互いにおやすみを言い合ってフェイトのホログラムが消えると、プレシアは一息吐いた後、僅かに視線を鋭くする。
「盗み聞きなんて、趣味悪いわよ」
「前で堂々と聞いてただろうが」
プレシアの前、壁に凭れて笑うフレディ。その姿はプレシアの目には珍しいバリアジャケット姿になっており、違和感を覚えて、思わず問いかける。
「どうしたの、そんな格好をして」
「ん、ああ、これからヴィスの野郎と殺り合いに行くんだが、その前に此処に寄ったんだ。どうよ、アロンソの具合は」
「ようやく落ち着いてきたところかしら。と言っても、ショック療法で無理矢理押さえ込んだに過ぎないけど」
「ショック療法ねえ。俺も受けてみたいもんだ」
ケラケラ笑うフレディに、不機嫌な表情を浮かべるプレシア。
「何よ、見てたの? なら見物料払いなさいよ」
「おう、そう言うと思って持ってきといた」
フレディとプレシアの前に黒い穴が開き、そこから何かがゆっくりと湧き出てくる。娘に程近い小柄で華奢な体格をした、黒いセミロングの髪と白い肌、白いワンピース姿のコントラストが印象的な少女が真紅の輪に囚われている。全貌を見て、プレシアの瞳が歓喜と困惑に揺れる。
「フレディ、貴方、これ」
「バリアジャケット剥いたら女だったからよ、取り敢えずワンピース着せといたんだわ。お気に召したかね?」
「畜生、解きやがれ! 死にたくねえ、まだ死にたくねえ!」
見物料としてプレシアに提示されたのはイデアーレ。プレシアの姿を見て先程の恐怖を思い出したのか喚き、身を捩り、バインドを振り切ろうとするが、どれだけ足掻いても真紅の輪はビクともしない。
「いいの? こんな勝手な事をして」
「別に構わんさ。俺がやるのはコイツを跡形も無く消すだけ。だからまあ、気晴らしに“遊んでやってくれや”」
嗜虐の色が濃い笑顔がフレディの顔に浮かぶ。それを見たプレシアは少し進んでしゃがみ、視界一杯にイデアーレの顔を映す。
「貴方がそういうなら、喜んで“遊んであげるわ”。このくらいの年の子供と一緒に居るのには慣れているから」
見た目だけなら、先程フェイトに向けていた笑みとそう変わらぬ、穏やかな笑み。されど目の前にしたイデアーレにとっては、これから自身に齎される“遊び”の数々に心躍らせ、妄想を膨らませて興奮しているようにしか見えない。
事此処に至って、少女はようやく気付く。己は大魔導師に供された贄であり、己を保つ道などもう、存在していないことを。
プレシアとの通話を終えたフェイトは、母と同じく一息吐くと、横に目をやった。そこにはなのはとユーノが心配そうに、落ち着かなさそうに表情を瞬かせていて、視線を向けられて異句同意に結果を求めた。
「大丈夫だって。帰ってくるの、明日になるみたいだけど」
笑顔と共に二人へ告げると、二人共ホッとしたのか重く、長く息を吐き出す。しかし良かったね、と心底安心したと言わんばかりに笑みを浮かべて喜ぶなのはとは対照的に、何処か浮かない様子のユーノに気が付いたフェイトはどうしたの? と疑問を投げかける。
「……此処に来る前、フレディさんから連絡があってさ。さっき四つを回収して、残り二つも場所が分かったから、これから向かうって。だから、別れの挨拶、考えておけって言われたんだけど……」
なのはとユーノが此処にやってきたのは、アルフとリニスがプレシアに呼び出された為、家に一人残される事になるフェイトが心配になり、自分達が帰ってくるまでお願い、と二人に念話を飛ばした事に因る。
アリシアが急に居なくなり、アルフやリニスが駆り出されるという事態になのはは一も二もなく了承したが、ユーノはその状況に言い知れぬ不安を覚えていた。
「それより少し前、ジュエルシードの反応が急激に膨れ上がった時があったよね。その時僕も独自で探査魔法を飛ばした時、イデアーレの魔力を見つけたんだ。直ぐにフレディさんに止められて、大人しくしておけって言われたけど」
「ああ、逆探知される可能性あるもんね。でも、それがどうしたの? 相手がジュエルシードを持ってるなら、私達を誘き寄せる餌に使ってもおかしくないと思うけど」
「うん、僕も目的の一つはそれだと思う。僕達は集める側だから、ジュエルシードを目の前に出されたら出向くしかない。けど、それだとイデアーレが居るのはおかしいんだよ」
おかしい? ユーノの推論に首を傾げて疑問符を浮かべるなのはとフェイト。その姿が妙に似合っていて可愛いなあ畜生、と雰囲気を弁えない思いを抑え込む様に咳払いをして、緩みかけた表情を引き締める。
「ジュエルシードを餌にする、此処までは良い。けど釣られた獲物を狩るのにイデアーレじゃ力不足なんだ。幾ら魔力が豊富だからって、砲撃一辺倒じゃあの二人にはまず勝てない。多分、それは向こうも分かってる筈なんだ、だから……」
待って! フェイトの痛切な声がリビングに響き、驚いた二人がフェイトを見やると、顔を真っ青にして、震える体を抱きしめて蹲ってしまう。なのはが驚いて安否を気遣う声を掛けるが、そうしている内にフェイトは泣き出し、半身と呼べる姉を求めるように呼ぶ。
「ユーノ君、フェイトちゃんに何したの!?」
「……ごめん、無神経だった。ごめんフェイト、変な想像させちゃって」
嫌な想像をさせてしまった。その思いでユーノは謝罪の言葉を口にするが、内心、同じ結論に至ったんだろうな、とも思った。
アリシアを囮か、盾にする為に“使った”のではないか。
アリシアの姿が掻き消えた時間と、治癒魔法の使い手である使い魔二人が居なくなった時間、そしてユーノが述べていた推論を並べて考えれば、ある意味必然とも言える結論であった。
ただ、ユーノ自身はアリシアの安否をそれほど気にしてはいない。誤解しないで貰いたいが、心配をしていない訳では決してない。ユーノは自身の壊れた右腕を文字通り完治させてくれたプレシア=テスタロッサの力量を知っている。いつも自分達が訓練を終えた後、気遣いの言葉と共に掛けられるアルフとリニスの治癒魔法が如何に精緻なものか知っている。そして何より、彼女ら三人の姉妹の溺愛振りの凄さを知っているから、生きてさえすれば治っているだろう、という妙な確信が心の中にあるが故、なのだ。
しかし、フェイトはそんな三人に囲まれているのが普通であるのと、その凄さを実感していないから不安に駆られているのだろう。自分の軽率さを罵倒しつつ、ユーノはフェイトに励ましの言葉と希望論を語る。その中にアロンソ、プレシア、フレディ、の三つを混ぜながら。
~プレシア式ショック療法~
夫から限界まで搾り取る→精根尽き果て息も絶え絶えな状況で自分と使い魔フル稼働で完治させたアリシアと再会→巧みなマインドコントロール→アロンソ、穏やかな表情で就寝。
フレディさんなんかよりずっとチートだよねプレシアさん。という訳で幕間回。
次回、フレディVSヴィス。ラストバトル。一年近く掛かったけどようやく終わるよ!