魔法少女リリカルなのは ストラーノ   作:ゆきだるま

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遅くなりました。


第二十七話

 

 

 

「ねえ」

 

「何よ」

 

「どうして、ヴィスはフレディさんを殺そうとするか、知ってる?」

 

 モニターに映し出されているのは、次元航路上に浮かぶ百メートル四方の足場を舞台に行われているフレディとヴィスの戦い。ブリッジに居る人間の大半は、目を瞑り耳を塞ぎ、凄惨な光景とそれを彩る肉を裂き、潰し、千切り取る音から遠ざかろうとしている。

 

「……三十年前の、“皇国崩壊事件”は知っていて?」

 

 その中で、平静を保っている人間が二人。一人はアースラ艦長リンディ=ハラオウン、そしてもう一人はアロンソの治療報告に来た時に誘いを受け、同席する事にしたプレシア=テスタロッサ。二人の声が、スピーカーの音に紛れて交わされる。

 

「確か……そう。ヴィス=アビッソが“発生”した事件、だったわよね?」

 

「ええ。二百を超す少年兵が引き起こしたクーデター。最終的な死傷者は百万を数えた、管理世界でも史上に残る大量虐殺事件。その首謀者にして、唯一の生き残りがヴィス=アビッソ。表向きは、そうなっているわね」

 

 言葉尻に違和感を覚え、思わずプレシアの顔をみやるリンディ。表向き、今そう言ったか?

 

「あら、クライドから聞いていないの? あの人も知っている筈だけれど」

 

「……生憎と、旦那は今連絡が取れる状況ではないのよ」

 

 何処かホッとした様に息を吐くリンディ。それを見たプレシアが己のミスを謝罪した後、話を続けても? と意を向け、リンディはそれに頷き、続きを促す。

 

「唯一の生き残りであるのは事実。死傷者百万を生んだ一翼であることも事実。けれど彼はクーデターの首謀者ではなく、そして“ヴィス=アビッソ”でもない」

 

 え? 驚きで目を丸くしたリンディの視線と声が思わず同じ方向に伸びる。

 

「唯一の生き残りであったが故に首謀者となり、けれどその名を誰も知らなかったから、逮捕者であるフレディが名付けたのがヴィス=アビッソ。ガルディアンの言葉で“悪”と“深淵”という意味を持ったそれは、当時のマスコミにも的確な名前と持て囃されていたらしいわ。

 

「その後に行われた裁判でまだ若年であること、しかし起こした事件の規模の巨大さから、判決に至るまで様々なやり取りがあったそうだけれど、その中にフレディとの面会があったそうなの」

 

「ちょっと待って、逮捕者との面会は」

 

「ええ、本来は禁じられているわ。まあ、フレディの事だから恐らく脅しでも掛けたんでしょうけど……その時、フレディはこう言ったそうよ」

 

 俺を殺したいか? ってね。

 

 

 

 

 左肩、一拍遅れて右足、そこから二拍遅れて左脇腹、一拍の間に左足甲と腹を狙ったものが――矢継ぎ早に向かってくる剣閃の群れを、“どの部位を犠牲にすれば一撃を叩き込めるのか”思案しながら、体を滑らせヴィス達に拳を振るうフレディ。打ち込む度に何処かが欠け、打ち込む前に元に戻ってを繰り返し、周囲に肉片を撒き散らしながら次々現れるヴィス共を屠っていく。その最中、視界の端に沿う様に、二つの影。

 

「双・剣閃=断込(たちごめ)ッ!」

 

 頭上と足元、振り下ろしと振り上げ、フレディの体を挟む形で迫り来る剣に加え、前後から刺突の体勢に入ったヴィスが駆けて来ている。

 

 どれを――? 思考と共に、僅かに深くした踏み込みから垂直に飛び上がる。足甲がファルシオンとぶつかって甲高い音を立て、上へ伸ばしていた掌に刃先が食い込み、手首を通りながら断ち抜けていくのを知覚しながら、足を掛けたファルシオンを足場に体を上へ飛び上がらせる。身体強化魔法と元来の強靭な体が生み出す力は、一目で重いと認識が持てる巨躯を空に浮かばせ、標的に沿って視線を持ち上げたヴィス達を俯瞰出来る高度に至らせる。

 

「迫滅砲――ッ!」

 

 形を取り戻した右手に、赤黒い光が点る。瞬く間に色を増していくそれは、鼓動すら聞こえそうな程、人に宿り、人に通うモノに、近付いていく。

 

「シャオラァァァァァァァァァァァッ!」

 

 振りかぶり、真っ直ぐ下へ放たれた拳から、極大の光線が悲鳴の様な、慟哭の様な、哀切を思わせる唸りを上げる砲撃が、下へ下へ、墜ちる。下へ、下へ。

 

「ハハッ、初めて見たぜ、それ」

 

 フレディの砲撃によって生まれた巨大なクレーター、その淵で、“少年”が笑う。

 

「そりゃそうだろ。死体を持って帰るまでが俺の仕事だからな。お前みたいに端から死んでるヤツか、残しとく必要のねえ輩にしか使わねえんだよ」

 

 “少年”と反対側の淵に降り立ち、首を鳴らしながらフレディは言う。先程の一撃で直撃を受けたヴィスの分身達は、足場ごと消滅している。

 

「ふへへ、怖え怖ぇ。殺す事に躊躇は無くても、殺し方は考えてんのな、一つ勉強になったぜ」

 

 人差し指をピンと立て、頷き笑む少年に向けるフレディの視線は、酷く落ち着き払ったもの。けれどその瞳は濁り、色が失せ、体から発せられる気だるそうな雰囲気の所為か、やもすれば“無関心”とも取れるものになっている。

 

「ハハ、やっぱつまんねえか? まあ、人並み以上に強くなってるとは思うが、“前の俺”と比べられるとなあ」

 

 “少年”はそんなフレディの態度を見てガシガシと頭を掻き、申し訳なさそうな表情を浮かべる。そこに先程まで狂気的とも言える剣撃を見せていた面影はなく、端正な面立ちも相まって、年相応の柔らかさすら感じさせる。

 

「まあ、“前の俺”は俺がぶっ殺したからよ、それで挑戦権獲得ってことにゃ、ならないかね?」

 

「……」

 

 ふう、と溜め息一つ吐き、フレディの右手が紅に染め上げられる。煌々とした輝きを放つ拳は、甲高い集束音を響かせながら力の色を増していき、やがてその様を楽しむ笑みが、フレディの顔に浮かぶ。

 

「これで死ななかったら、相手してやる」

 

 

 

 

「しかし、分からないわよね」

 

「何が?」

 

「あの子が“オリジナル”に勝てた理由よ」

 

 リンディの疑問に、プレシアは暫し思考する。今フレディと相対しているヴィスは、見た目で判断するなら大凡十五歳前後。その実力はアロンソのデバイスに記録されていたヴィス、プレシアが記憶している二十年前のヴィス、そのどちらにも劣っている。

 特に腕力と脚力、その二つが大幅に劣化している。成長期にある少年であることを差し引いても、“ヴィス=アビッソ”としてフレディと相対するにはあまりにも足りな過ぎる。

 

「もしかしたら、」

 

「したら?」

 

「“オリジナル”が劣化したのかもね」

 

 フレディが殺したヴィスは既に火葬されている為に、それが本物であったと確かめる術はもう無いが、仮にフレディとアロンソが戦った“ヴィス”がクローンであるならば、色々と説明が付くのも事実。

 プロジェクトFにて用いられるクローンは、その用途を満たす為に強いと保障されている固体、即ち二十代から三十代の男女が主な対象となっていた。今回その対象になったであろうヴィスは当時二十歳と推測されるが、そんな彼らのクローンには、逃れられない現実が存在する。

 細胞の分裂限界(ヘイフリック限界)。どれだけ科学が進歩したところで、人の人たる所以を変えることは叶わず、それを擬似的にもと願った研究がプロジェクトFだが、皮肉にもこれがクローン達の戦争利用における最たる理由となった。

 先にも説明したプロジェクトFの素体達は、重ねた年月の分だけ、ある程度分裂回数を消費した状態である。故にそこから作られたクローン達は当然ながら素体と同じく分裂回数を消費した状態であり、これに過剰な成長を促して成体と成す為に、常人と比べて老化が早く、そして寿命も短い。

 プレシアの言う“オリジナル”の劣化とはその事で、老化期に入ってしまった事で、成長期の自分に敗北したのではないか、という予想を立てた。プレシアと、そしてリンディも、プロジェクトFのクローン達が最初に陥る劣化が記憶であることを知っているからこそ。

 

「劣化ね、有り得ない話じゃないけれど……」

 

 理解はした、けれど納得出来ない。そんな言葉を漏らしたリンディに、プレシアは意見を促す。私ばかりじゃ不公平だわ、そう言って。

 

「あくまで仮定の話よ、仮定の話。……フレディさんが殺したヴィスが、プロジェクトFと別の方法で生き返った、という可能性は無い?」

 

「……どういうこと?」

 

「フレディさんが殺したヴィスは、火葬されて灰はフレディさんの手で処分されてる。けど今回の事件でヴィスが現れた事で、殺されたのがクローンの可能性が出てきた、此処まではいいわね?

 

「そして、現れたヴィスは今モニターでも見せている“質量のある残像”という特殊能力を手に入れている。けど過去のプロジェクトFのクローンが、被験者が持ち得ていないレアスキル的能力を発動した――なんて事例、存在していないでしょう?」

 

 此処まで言われて、プレシアは初めてその可能性に思い当たった。そうだ、どうしてフレディの話を聞いた時におかしいと思わなかったのか。技術の進歩? それで済むならレアスキルだなんて呼称はされない。アレは人の科学ではその原理が把握し切れないからこそ、畏敬を抱かれているのだから。

 

「まあ、あくまで予想だけどね。けどこの可能性を放置すると、将来とんでもない事になる気がするのよ」

 

「それは私も同意だわ。意図的か、偶発的かは分からないけれど、レアスキルを獲得させられる方法が見つかったなんて分かったら、それこそプロジェクトFの比じゃ済まないだろうしね」

 

 会話が一段落ついた二人が同時にモニターへ目を向けると、そこには腹に風穴を開けられ、右腕を千切り取られたヴィスが、フレディに頭を鷲掴みにされ、持ち上げられていた。

 

 

 

 

「ケケケ、やっぱ無理か、俺じゃ避け切れねえか」

 

 口から血を零しながら、口の端を引き、笑みを形作って自らの敗北を受け入れるヴィス。

 

「次に来る奴はもう少しマシだといいんだがな」

 

「その頃には多分面も体つきも変わってると思うぜ。少なくとも俺等は、これ以上複製を重ねても劣化していくだけだしな」

 

「そうかい」

 

 じゃあ、死ね。

 

 淡々とした言葉の後、フレディの手が文字通りヴィスの頭を握り潰した。骨が砕け、脳漿が潰れる音が響き、鼻より上が無くなったヴィスの体が零れ落ちて僅かな痙攣の後、動かなくなった。

 

「終わったぞ」

 

『お疲れ様です。死体の処理はどうします?』

 

「足場壊して虚数空間にでも放り込んどけ」

 

 では、その様に。空中に浮かんだモニターが掻き消えると同時に、フレディの体も黒い穴に飲み込まれる。

 

「さて、やることやっておかないとな」

 

 

 




次回、エピローグ。
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