地上本部本拠となる超高層タワー八十八階は、フレディが隊長を務める対凶悪犯罪者特務部隊の専用フロアとなっている。
八小隊(
そして、そのフロアの入り口たるエレベーターの前には、外回りやターミナル警備に出向いた人員を除いた全てのメンバーが隊列を組んで待機していた。
最前列に副隊長、その後ろに中隊長、更に後ろに小隊長と彼らが指揮を任されている平隊員達が整列している。彼らが此処に居る理由は唯一つ、一ヶ月近い長期任務を終えて無事の帰還を果たした隊長を出迎える為。
エレベーターの到着を示す光が灯り、音が鳴り、扉が開かれる。そこから悠々と現れるフレディに向けて副隊長を頭を下げ、
「長期任務、お疲れ様でした。無事の帰還、何よりです」
{お疲れ様です、フレディ隊長!}
副隊長の祝辞の後、後ろに控えていた隊員達から一糸乱れぬ労いの挨拶に対し、フレディは「おう、お疲れ」と軽い調子で言葉を返す。すると、副隊長を除いた面々が脱力し、溜め息を吐き、恨めしげな視線をフレディに向けた。
「隊長、機嫌直ってるなら事前に言って下さいよ。何かえらく怖い顔してるって下に居た連中から聞いたもんで、慌てて準備したのに」
「そうですよ。三分で整列して緊張感高めて挨拶したのに、返ってきたのが六文字とか、俺等馬鹿みたいじゃないですか」
そんな彼らを代表して、中隊長二人が声を上げる。最初がサニーブラウンの髪に濃い青の瞳が印象的な端正な顔立ちに、やや細身の長身を留紺色の制服に身を包んだ、一目見て“イケメン”の雰囲気がある若い士官、ティーダ=ランスター三等空佐。大型の二丁拳銃デバイス“デザート・ブル”とそれを用いて行うガン・カタと呼称される戦闘技法によって、近距離から中距離まで隙の無い強さを発揮するミッド式・AAAランク魔導師。
二人目は無精髭にダークブラウンの短髪、精悍な顔つきと渋みの利いた声、そしてティーダと同じ制服に包まれる長身痩躯が“大人の男”と言える雰囲気を滲ませる、ライリー=グローバー三等空佐。手袋タイプのデバイス“ガロウズ”から生み出される魔力糸で以って敵を絡めとり、縛り、締め付け、捩じ切る様から“処刑人”と称される近距離機動戦型AAA+ランクの魔導師。ちなみに見た目の印象から三十路を超えているとよく言われる彼だが、その実年齢は二十三である。念のため。
「二人共、いくら何でも崩しすぎです! 他の者も、それが上官を迎える態度ですか!」
「そうだぞお前等。せめてユーリア二佐の前でくらいちゃんとしとけ」
ハッ、フレディ一佐! と一糸乱れぬ動きで敬礼を送るユーリア以外の面々に対し答礼したフレディが通常業務に戻って良し、と言えば承知しました! とこれまた威勢の良い返答の後、隊員達は自分の机に戻っていく。
「んじゃユーリア、ちと話をしようか」
一人残ったユーリアに声を掛けて、返事を聞くこともなくフレディは隊長室へ向かった。フレディは否応を聞いていないが、構いやしない。話があるのは事実であるし、不在だった間の資料や仕事の引継ぎもある。どちらにしろ一度は腰を据えて言葉を交わさなければならず、そして向こうから話を持ってこられれば面倒な話を主導権を握られたまま話さなければならない。それは御免だ、という考えがあってのこと。
「失礼します」
フレディが一月ぶりに隊長室の椅子に腰掛けたと同時に、ユーリアが入ってきた。コツコツと、足音が鳴る様に歩いてフレディの執務机の前に立つ。
「先ずは、俺が居ない間の部隊の取り纏め、御苦労だった。報告書はもう出来上がってるな?」
「抜かりありません。既に電子化して端末に入れておきましたので、後程確認を」
「重畳。んで、何か言いたいことでもあんのか?」
楽しげに問いかけるフレディに対し、ユーリアは僅かに体を震わせてそのまま黙り込んだ。机に足を乗せる事で体を椅子に沈みこませているフレディには俯いた彼女の表情が窺えて、その様に笑みを深めている。
「……申し訳ありません。トッド中将の意図を見抜けず、隊長に不要な労を押し付ける形になってしまい――」
「ああ、そのことか。気にすんな、あの狐野郎と化かしあいやって勝てる人間なんざそう居ねえよ」
カラカラと愉快そうに笑うフレディ。管理局という“威”を借り知力と権力を駆使して中将にまで伸し上がったトッド=ロウを指して、彼を嫌う者達はそう呼ぶ。
「まあ、俺に対して済まない、って気持ちがあるなら――」
ユーリアの右手首を掴み、彼女がそこに目を向けた瞬間を見計らい一息で引っ張り上げた。片腕、加えて座している状態で、半ば不意を突いたとはいえ、彼女の足を浮かせて執務机を越えさせ、まるで自ら飛び込んだかの様に勢いよく懐に入り込ませた怪腕の相棒が、至近にやってきた細顎を下から摘まみ上げる。
「今此処で、付き合え」
クロノの先導されターミナルを無事に退出したプレシアは、ユーノをクロノに、アルフとリニスに娘達を任せ、ミッドチルダの首都クラナガン、その郊外にある孤児院に足を運んだ。
ある管理局員の計らいで広大な土地を提供された篤志家が、資産を投じて建設した七階建てのマンション。一見して孤児院には見えないが、エントランスに設置されているプレートには“スカリエッティ救児院”の文字が彫られており、入居者は十八歳以下の孤児と、彼らの生活をサポートする職員達と運営者のみ。その人となりを知っているプレシアにとって、此処は正しく立派な孤児院だ。
久しく訪れていなかった故に、少し懐かしさに浸っていたプレシアの耳に、扉の開く音が届いた。視線を向けると、顔に疲れの見える白衣を着た男性が笑みを浮かべている。
「お久しぶりミセス=テスタロッサ。息災の様で何よりだよ」
「お久しぶりジェイル。貴方は……少し隈が目立つわね」
「ここ一週間程、詰めに入っていてね。昨日ようやく終わって、ぐっすり寝たんだが、まだ足りない様だ」
「あらそうなの? なら、今日は帰ろうかしら」
「ああ、待ってくれ。このまま君に帰られるとウーノの説教が……」
自業自得じゃないの。そう言わずに。意図は違えど互いに苦笑を浮かべる二人。
ジェイル=スカリエッティ。世界的医学博士、及び全身医として著名な人物で、最先端医療の一翼を担う天才達の頂点に位置する彼は、同時に類稀なる篤志家としてもその名が知られている。
彼が出資者として名を連ねている孤児院や基金の数は百を大きく超え、救急病院や高度専門医療院の出資者兼主任研究員としても名を連ねており、本の出版や雑誌の取材、テレビ出演や公演等を通じて一般市民への知名度も高い、次元世界屈指の“いい人”。
「さて。それで、用は何かな?」
「健康診断をお願いしたいのだけれど、時間はあるかしら?」
笑みから一転。驚いて一瞬目を見開いた後、訝しげに目を細めるジェイル。
「……何をしたんだい?」
「フレディを介して重傷者を治療したの。だから、どのくらい“侵食”が進んでいるのかと思って」
「……そうか、分かった」
くるりと身を翻し、スタスタと歩き始めるジェイルを追いかけるプレシア。管理人室の隣にあるエレベーターに乗り、“B3”と書かれたボタンをジェイルが押すと、ゆっくりと箱が下へ動きだす。
「ああ、そうだ。フレディの方は大丈夫だったかい? 何やらキナ臭い事件に巻き込まれたそうだけど」
「平時の力で何とかなったと聞いているから、余程の事が無い限り来ないと思うわよ」
それなら良かった。心底安心した、といった風に息を吐くジェイルに、貴方にとってはあの男も患者なのね、と言うプレシア。
「僕は医師で、そして彼の友人だ。彼の力になれることなら、出来る範囲で手を貸すさ」
「貴方はいつもそれね。一体、あの男にどんな価値を見出しているの?」
「そういう言い方はあまり好みではないけれど……敢えて表現するなら、平和の礎になれる男。かな」
「へえ。捉え様に依っては、なかなかマッドなセリフね」
「ちょっとその考えは捻りすぎだと思うよ?」
真顔で底冷えのするセリフを吐くプレシアに苦笑するジェイル。そうこうしている内にエレベーターは指定の階層に到着、ジェイルが先導する形でフロアに足を踏み入れると、そこには最新医療機器が多数設置されており、プレシアはその中の一つ、中空に浮かんだリングの下に立つ。
「それじゃあ楽にして、暫し動かずに居てくれ」
指示に従いプレシアが少し体を弛緩させると同時に、ジェイルの目が妖しく光る。金色の瞳に赤みが差し、それが忙しなく明滅を繰り返して、プレシアから“発生する”情報を読み取っていく。
「――右腕から、肩。そこから肋骨、肺、食道の半分程、かな。侵食率は三十二%。上半身の右側は殆どが侵されているけれど、下向きに進んでいるみたいだから、細胞を使わなければまだ余裕はあると思う。胃も腸も健在の様だし」
「貴方の頭脳で考えると、あと何年保てるのかしら?」
「これまでのペースを考えればあと二十年は大丈夫だと思うけれど、今回一気に肺と肋骨が侵されて、面積が広がったからね。暫く……そうだな、大きな怪我を負った時は直ぐに、平時でも二ヶ月に一度検査をさせてくれ」
「分かったわ。手間を掛けるわね」
「いや、せめてこれくらいはさせてくれ。今のところ、僕には君を救う手立てはないからね」
瞳を閉じ、何かを堪える様になまじりに皺を刻むジェイルにプレシアは微笑みを浮かべて言う。貴方が気に病むことではないと。
「これは私の業なのよ? 私の好奇心が、私を殺そうとしている。それだけの話」
「でもどうにかしたいと思うから君は僕の所に来ているのだろう? 家族と共に生き、家族に看取られながら死ぬ為に」
「ええそうよ。けれどそれでも、貴方が心の内に絶望を刻むことはないの。もし上手くいかなかったら、お互い謝り合えばいいだけの話しでしょう?」
「……謝り合う、か。うん、お互いに感謝し合えるように、努力するよ」
ポジティブね。君には負けるさ。笑いあった後、プレシアはありがとう、と告げて一人エレベーターに乗り込んだ。また今度、と手を振り見送ったジェイルは、先程読み取った情報を反芻して、溜め息を吐いた。
「良くないな。良くない、良くない、兆候だ……」
怪しい話書くのが好き。
伏線だらけの第三話、如何だったでしょうか。
作者はあまり口に出さないだけで無類の感想乞食なので皆さんどんどん感想を書いてください。
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