「何でアイツらは市街地やのに近接戦やっとんねん……」
右手でこめかみを押さえ、俯いて溜め息を吐きながら、竜二は目の前で展開される光景を嘆いた。
此処は市街地戦闘の訓練施設。首都クラナガンをモチーフに高層ビル群やショッピングモール等といった、建物を如何に利用するかを学ぶ為の場所であるにも関わらず、二人は飛ぶこともせずひたすら十メートル程度の範囲で着かず離れず拳と剣を交わしあっている。
「私としては、隊員達があの戦いに何かを見てくれれば、それでいいのだがな。それに、空戦は君の方が得意だろう?」
「それはつまり、俺がやれと?」
「その通り。君の相手も、それに相応しい人間になるだろうしな」
ゼストの言葉に、一瞬にして顔が青ざめる竜二。今でこそ平然としているが、ゼストはクライドと戦い奥義を食らった影響か、腕や足を摩ったり、庇うといった仕草を見せていた。その程度であれば竜二と戦うのにさして支障は無い。むしろいい勝負になるだろう。だがそれ故に、お互い興が乗ると少し拙い。なので次席の者を宛がう、それは正しい判断なのだが。
「よろしくお願いしますね、竜二さん」
肩を叩かれ、油の切れた機械の様に振り向いてみれば、先程模擬戦の開始を願いに来た女性士官――キアラ=マーレ二佐がそこには居た。
「スティンガー!」
袈裟斬り、横薙ぎから足払いを仕掛け、直ぐ様後退したトウヤを追ってクレイモアが突き出される。
後退を反撃への布石にしていたトウヤは前かがみになっていた体勢を爪先で強引に押し込めると、込めた力を軸に左腕を大きく振ることで体勢を半身へと変化させる。そして目の前で空を切る刀身を横目に反撃へ転じようとした矢先、その視界に振り上げられた足が映った。
「かーらーのぉ!」
斜め下から、脇腹を抉る様に食い込んだ蹴りはトウヤの内臓を大いに揺さぶり、本能的に込み上げる物を我慢して、一時的に無防備を晒す。手応えを感じた直人は追撃の為に、剣先を地面に走らせる。
「スラッシュ!」
摩擦によって生じさせた炎が、剣を振り上げたと同時に渦となってトウヤを巻き込み空へ昇らせていく。掬い上げられる形になったことで地面に背中を向ける羽目になったトウヤに向かって、直人は直下から飛び上がる。
「チェストォォォォォォォォッ!」
一回転して体勢を整え、その間に垂直に構えたクレイモアを一直線に振り下ろし、刀身がトウヤの腹を打ち据え地面へ叩き落す。そして、剣を振った勢いで地面を見下ろす体勢になったと同時に、即席で作った足場を蹴って墜落するトウヤを追う。
「ぐおぉう! ごぉ……!」
腹を打たれた事で内臓の痛みがピークに達し、呼吸がままならなかったトウヤは、落下の勢いを殺しきれず強かに体を打ちつけ、背中への衝撃が吐血を誘発し固い地面が体を再び空へと浮かせた。頭だけは死守した為にまだ明瞭を保っていた視界に、まるで弾丸の様に迫る直人の姿が映る。
「クソ、まだだ……」
激しい勢いで打ちつけられた為に高く浮揚していたトウヤと地面の間に直人が滑り込む。高度が頂に達し、降下が始まった正にその時、クレイモアがトウヤの背に張り付くと、
「オラァァァァッ!」
掛け声と共にクレイモアに乗せられたトウヤの体が再度地面に叩き付けられる。固い地面を生かした追い討ち、トウヤの額が割れ、石飛礫と共に鮮血が舞う。その影に、笑顔が隠れているのが見えたのは――
「っ! おどれ!」
「遅ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
刹那、トウヤの体から溢れんばかりの魔力が放出される。AA以上の高ランク魔導師のみに伝えられる特攻・自決用の爆発魔法。今回は生命維持ギリギリのライン、更には至近に迫る直人のみを狙った為に範囲こそ狭いが、威力は桁違いであり、爆煙から飛び出した直人はバリアジャケットが大破し、盾にしたであろう腕は火傷で爛れていた。
「へ、へへ……ざま、あ……み、やぁ、がれ……」
「えふ、えぉ、おおあ……こん、クソ、があ……!」
ケホッ。同時に吐血音が響き、それと同時に二人の痙攣も止まる。勝負あり。
「治療班急ぎ二人を収容、応急処置の後病院へ搬送しろ! これは実践だ、だが抜かるな、全力で事に当たれ!」
勝負を判じたゼストの命令に従い、部隊の治療班が隊列から飛び出してくる。彼らは二手に分かれて直人とトウヤ、それぞれの応急処置を施すと、担架に乗せて転移魔法で病院へと向かった。
「……ゼストさん」
「何だ」
「治療費そっち持ちですよね?」
「当然だ。彼らが熱くなってああなることを見越しての実践訓練だからな」
伝えていなかったことは、謝罪しよう。ゼストがそう言って頭を下げると、受け取りましたと竜二。
高ランク魔導師同士の模擬戦は、基本的には“殺さない程度”に戦うのが常である。己の力を高めると同時に、相手の力に触れることで感覚を養うのが目的であり、彼らが全力で戦った結果生まれる疲労、傷病を治す為に治療、医療魔法は発達し、それが管理局の利益に、延いては管理世界の平和の一助となっている。しかし、それでも弾みで殺しかねないのは分かりきっている為、同じクラスの魔導師が二名以上の立会いの下でのみそれは行われ、彼がその流れを感じた瞬間実力で止めに掛かる。
今回であればゼストと竜二、キアラが立会い人で、竜二はトウヤが叩き落された時に止めに入るつもりだったが、それを二人に押し止められ、文句を言っている内に模擬戦は決着、ゼストの迅速な指示の下収束した。事此処に至り、竜二は冷静さを取り戻す。
そして告げる。理由は分かる、納得もしよう。だが面子がある。故に流れを作って、互いの禍根を作らない形に持っていった。竜二たちは賞金稼ぎで、その立ち位置は個人であるが、名の知られる彼らが組織の事情に異を唱えなければ、それを許容したと看做され、それを元に双方に益の無い噂が立ちかねない。
だからゼストは頭を下げ、竜二はそれを見下ろしながら厳かに受け取った。非は組織にあるとした。面倒な話だが、必要なことだ。
「……ほな、次始めましょか」
「そうしよう。キアラ二佐、よろしく頼む」
「承りました」
直人とトウヤが生んだ熱気は当に過ぎ去り、少し落ち込んだ空気の中、互いに表情を引き締めて飛び立つ二人。
自然と離れた位置、されど、互いに一撃を加えるには容易な距離を挟んで、睨み合う両者。
「こうして竜二さんと戦うのは、随分と久しいですね」
「アンタとは滅法相性悪いしの。現役の武装局員相手に粗探し出来るほど、暇作る余裕もあらへんし」
「では、勝算は無いと?」
「さてな。一つ言えんのは、やらな可能性なんぞ生まれん、ちゅうことや」
ブラスト、セットアップ。竜二の呼び声と共に体が光に包まれる。スモーク加工の施されたサングラス、関節や上半身の前面部を覆うプロテクター、手に二丁のサブマシンガン、背に紺色の刀身が眩しい刀にブースター、腰には手榴弾とマシンガン用の弾薬が括りつけられている。迷彩服を着込んでいるのを見れば、まるで何処かの軍人の様だ。
「相変わらず、趣味の悪いサングラスですね。褐色の肌と相まって似合いますが、明らかに悪い雰囲気が出ています。ジャパニーズ・マフィア? みたいですね」
「何処で手に入れたその知識。せめてシュ○ちゃんと言え」
「貴方をターミネートします」
「洒落にならんからやめてくれ!」
竜二のツッコミにクスクス笑うキアラ、彼女の装いはいつの間にか変わっていて、手に自身の背丈程ある杖を携え、白のブラウス、ミニスカート、そして海を思わせる紺碧のロングコートを羽織っている。
「ふふ、どうやら固さが取れたようで何よりです」
「雰囲気作り台無しにされて気分的には最悪やで」
「あら、そうなんです? いけませんよ、これから戦うのに」
「俺は戦いときたら無条件に乗れるタイプとちゃうの」
でしたら――囁きと共に届いた静かな流れ。肌で感じた竜二は、後ろのブースターに火を入れる。
「私に流されてみてはどうです?」
瞬時に編み上げられた魔法陣から多量の“水”が溢れ出し、激流となって竜二を飲み込まんと襲い掛かる。
キアラ=マーレ、彼女は魔力変換資質“水”を持ち、“流麗”の二つ名で知られるオノーレ式Sランク魔導師である。
「そいつは勘弁やなっ!」
ブースターを全力稼動、一気に速力を得て流れの外へ逃れる竜二。そのままキアラを無視してビル群の中へ突入する。過去にあった幾度かの模擬戦でキアラの水の厄介さが身に染みているが故の行動。
「接近戦は愚の骨頂、中距離戦はジリ貧、遠距離からの一撃は確実性が薄い……クソやで、ホンマ」
周りより一回り背の低いビルの屋上に降り、キアラの居る方へ視線を向けて竜二は一人ごちる。
呟いた戦法は、どれも己が過去に用いて失敗したもの。SとS-、ランクの違いは一つだけだが、自力には大きな差があり、彼女の能力は自身のテリトリーにおいてその力を何倍にも高める。彼女の攻撃も防御も、竜二の全力では突破出来ない。
「やけど、それで諦めとったらそもそも此処に来とらん訳で」
一息吐いて、目を細めると、水球がこちらに向かってきているのが見える。背負っている刀の柄に手を掛け、ブースターを吹かし、右足を後ろに送る。
「せめて一発くらい、キチッと決めとかんとの!」
右足を跳ねさせると同時にブースターを稼動させて勢いよく飛び上がった竜二は、水球に包まれたキアラに向かって一直戦に突進していく。
「っ! ラッシュアワー!」
キアラを包んでいた水球が形を崩し、前面に水の拳達が展開される。一つ一つ角度を微調整しながら、制動を考えずスピードを上げ続けて突進してくる竜二を迎え撃つべく、タイミングを計る。
「だっしゃらぁぁぁぁぁぁ!」
「カウンター!」
竜二が拳の壁に攻撃するのに数瞬遅れて拳達が一斉に射出される。正面が破られるのは織り込み済み、本命は竜二の横腹を穿つ拳達――その考えは、目の前で否定された。
「そんなっ!?」
「フレディバンザイィィィィィッッ!」
竜二の刀が触れるであろう部分を予測して正面には質量の重い拳達を宛がい、確実に起こる減速を計算に入れて側面を穿つ筈だった。しかし、拳に刀が触れて弾けさせる過程で竜二は前転して勢いを削ぐことなくキアラの張った網を破って肉薄。回転によって体が沈んだ影響で狙いが逸れ刀身が足の間を抜けていったのは不幸中の幸いだ、何せ動けなかったのだから。
「ああクソッ、外してしもたか!」
手応えが無かった事に気付いた竜二は回転を解いて再びキアラとの距離を離していく。その目に必殺の好機を逃した落胆は無く、むしろ光明を見出したとばかりに輝いている。
二年前、キアラにコテンパンに伸されて搬送された病院で放心していた竜二の下に、フレディが見舞いに来た。彼はささくれていた竜二の心に容赦なく塩を塗りこんで逆上させた挙句顔面を殴って黙らせてからこう言った。
『アイツの魔法は圧倒的な速さが弱点だ。水を速く動かすことが出来ても、ヤツのテリトリーが中距離以内でも、アイツ自身は後衛の人間だから、前衛の最高速に反応出来る反射神経は持ってねえ』
せいぜい頑張れ。お前じゃ届かないかもしれんがな。そう言ってフレディは去っていった。
それから暫くしてフレディがキアラと模擬戦を行った際、その方法で一撃昏倒させた後そのまま拉致して二晩帰って来なかった話を聞いた竜二は、この戦法トラウマなんじゃなかろうかと思ったが、これ以外に勝機が見当たらなかったので仕方ない。
「最速でぶん殴るのが一番効果的やとは……今まであれこれ考えとったんがアホみたいやな」
八神竜二。“四種の武装形態”を使い分ける全状況対応型であり、生来の観察眼と積み重ねが育んだ分析力でそれを十全に使いこなす事の出来る自分の才が、皮肉にも一点突破を思考の外に置いていた事に気付き、仄かな慢心を叩き潰す様に拳を作って胸を打ち気合いを入れると、再び水球形態を取ったキアラを見据える。
「今までの連敗記録、今日で終わらすけえ覚悟せえよ!」
お待たせしました第五話です。この話で二期の山は超えたので、あとは適当に伏線張って三期突入ですね。あと感想お待ちしてます。この前久しぶりに来て私は小躍りしたよ。