「あだっ!? あかん、体あちこちいわしとる……」
空が茜色に染まり、夜の帳が地平線の向こうに見え始めた頃。模擬戦を終えて部隊と別れた竜二は一人、フレディが居る筈の地上本部へ足を運んだ。
「すんません、部隊番号042、回線番号003呼び出してください」
「承りました――で、どしたのさ、また誰か隊長クラスにボコボコにされたの?」
賞金稼ぎを始めてから何かと縁のある受付嬢が、体の節々を労わりながらやってきた竜二に好奇の視線を向ける。
「お前な、俺一応客やから。客の事情に一々頭突っ込む受付嬢が何処におんねん」
「私」
「そやけど! 確かにそうやけど違うやん? 此処で言うてんのはお前以外の話な」
「でも私達友達じゃん?」
「公私の別はつけろや!」
あかん、こいつあかん……。黄昏てもカッコよくないよ? じゃかあしいわい!
などと漫才を繰り広げている内に通信が繋がった様で、竜二の目の前に小さなモニターが現われ、そこにティーダのバストアップが映し出される。
「はい、こちら0前の42顔拝ませろ部隊、略して042部隊中隊長ティーダ=ランスター三佐です」
「ああどうも、こちら特A級バウンティー・ハンター八神竜二。……なあ、そのネタお前も使ってんの?」
「隊規で決まってますんで」
「おかしいやん!? どう考えてもおかしいやろ、何処の世界にあんな物騒な文言名乗りに使ってる部隊が」
「我々です」
「タイミングええのうチクショー!」
期せずして同じ振りをされてしまったので二度ネタを避けて叫んだ関西人は、やはり今日は厄日なのかと己の不運を嘆きつつ、用件を伝える。
「ああ、せや。フレディさんまだ居はる? 飯の約束しとるんやけど」
「分かりました、少し待ってて下さい」
ティーダの姿がモニターから消えると、深く溜め息を吐く竜二。視線の先には、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる受付嬢の姿。
「お昼にあんな目に遭っているというのに、竜二君は律儀だなあ。私ならバッくれるよ」
「早いとこ話しときたいことがあったからな、丁度良かったんや。うん」
「無理に自分を納得させてもいいことないよ?」
「ほなお前あの人相手に“嫌”って言えんのけ?」
「無理に決まってんじゃん」
「腹立つのー……」
会話が途切れ、ふとモニターに目をやれば丁度ティーダが戻ってきていて、お待たせしましたと声が掛かる。
「今取り込み中なんですが、隊長が上がって来いと言ってますんで来て下さい」
「えっ、ええの? タイミングミスったら殺されそうなんやけど」
時に全世界指名手配犯罪者と同列に語られる男が取り込み中と称するのは一つしかなく、それに纏わる噂を知る竜二はやはり厄日かと思いつつどうにか回避の糸口を探ろうとする。
「大丈夫ですよ。もう大分落ち着いていますし、竜二さんを呼ぶ様に伝えてきたのも隊長です。最悪一発貰うかもしれませんが、死なない程度に手加減してくれますよ」
「それ大丈夫ちゃうやん、大怪我やん。吹っ飛ばされて全身から血ぃダバダバ出して死に掛けてんのが鮮明に浮かぶんやけど」
「ああ、そのくらいならむしろマシですよ。穴空いてないじゃないですか」
「いやその理屈はおかしい」
荒くれ者を最凶の無法者が束ねている部隊の中で副隊長と並び良心やら常識人と呼ばれるティーダのぶっ飛んだ発言には、流石に竜二もまともなツッコミしか出来ない。
「まあとにかく、早く来た方がいいですよ。放っておいても隊長は夜明けまでは取り込み中のままですし」
「……せやな。分かった、行くわ」
今まで“こちら側”だと思っていた年下の友人が実はそんなこと無かったという現実に、今日は途轍もないが付く厄日なのだと認識を新たにして気を引き締め、受付嬢に励ましの言葉を貰って部隊室のあるフロアへと向かう。
「えーと、確か……」
エレベーターに乗り、目的地のボタンを押そうと指を巡らせ始めた瞬間、此処ですよと聞きなれた声と共に丁度視界に入ったボタンが押された。
「おまっ、アスカ!?」
「いやー、何で此処のエレベーターだけボタン式なんですかね? 高すぎて押しにくいですよー」
動き始めたエレベーターの中で快活な笑みを見せているアスカ。知らない内に何処かへ行って知らない内に戻ってきた相棒の姿を見た竜二は、一も二もなくその頭に拳を落とす。
「痛いっ!? 酷い、いきなり何ですかマスター!?」
「当たり前やろ! お前、何処で何しとってん?」
「行きつけの喫茶店でチョコパフェの取り扱いを始めたのを思い出してそれを食べに行って、それからはぴゅ!?」
「もうええ言わんでええよう分かった」
長年の付き合いから得意げに語り出すのが目に見えていたので、機先を制し鼻先を引っ叩いて無理矢理中断させた竜二は、アスカの抗議を「五月蝿い黙れ」で鎮めると、ガラス面の向こうに映る遠くなる街並みを眺めながら話し始める。
「なあ、アスカ。お前がこの前の仕事の時に言うてた感覚て、ホンマなんか?」
「……夜天が目覚めるって話ですか?」
何やらキナ臭い話の様で、それまで捲くし立てていたアスカも声のトーンが一段落ちる。
「せや。アレ、前に起きた時フレディさんが直々に封印したんやろ?」
「それは確かですけど、かと言って夜天が目覚めなくなるということは有り得ませんし、そもそも夜天が封印しか出来てないのは何処の誰の元で起動するのか、起動するまで分からないからですし」
「それが分かったら、どうにかなるんか?」
「そうですね。蒐集が終わって、暴走に至るまでに主を見つけることが出来れば、私かグロウルさんでどうにか出来ますよ」
「グロウル? あのフレディさんにクソクソ言われとるデバイスがか?」
「そんなこと言えるのはあの人だけですよ、グロウルさんはベルカ式として登録されているあらゆるデバイスの上位互換なんですから」
「……マジ?」
「マジです。推定製作年五千年以上前、“アルハザードの遺産”とも呼ばれるベルカの生き字引としても有名ですね」
だから私は、フレディさんに何されても文句言えない訳でして――頬に手を当てクネクネしだしたアスカを呆れた目で見つつ、竜二はふと浮かんだ疑問を口にする。
「なあ、そんだけ凄いデバイスやったら暴走してもどうにか出来るんとちゃうんか?」
「どうなんでしょう? 出来るとは思いますけど、悠長なことをやる為にEXクラスのロストロギアを壊さずに無力化というのは、現実的じゃないですね。前に封印した時は、顕現した世界の陸地が七割消し飛びましたから」
「すまん、変なこと聞いた、忘れてくれ」
話のスケールが大きすぎて竜二の感覚がついて行くことを拒んだ。EX――測定不能。人智の及ぶことのない、魔導師にとっては絶望の形容として語られる言葉。
その名を冠した多くが歴史に災厄を刻み、悲しみを生み不幸の連鎖を今に繋げている。
其れと相対する事がいかなる結果を生むか。強者の位置にあって、しかし数多の上を知る竜二は、その上を望む術も、そして思考することも今は無駄と捉えた。
「おや、着いたみたいですね」
アスカの言葉に続いて、エレベーターの扉が開く。ガラスに預けていた背を起こして外に出ると、広い部隊室の中に人は見当たらず、静寂に包まれていた。不思議に思い何度か視界を左右に持っていっても、人の影は見当たらない。
「おーいティーダ、居らんのけー!」
「ああ、今行きます!」
自分を呼んだ人間の名を呼べば、奥の開いた扉から声が聞こえてきた。待つのが少し嫌な竜二が歩き出すと、肩を回しながらティーダが現れた。
「すいません、ちょっと奥で仕事してまして」
「そうかい、それやったら別に構わへんのやけど……」
もう一度キョロキョロと周囲を見回した後、人が見当たらないことを竜二が指摘すると、苦笑いを浮かべながらティーダが説明する。
「僕以外全員外に出てます。隊長は事後の機嫌が凄まじく悪いので、とばっちりで死に掛けますから」
「何やのそれ怖っ」
「だから連絡要員として僕かライル三佐が残って、他は巡察部隊の手伝いしたり昼飯を食べに行ったり訓練したりして時間潰してます」
「大変やの……トップがぶっとんでると」
「僕等にとってはいい上司ですよ」
……嘘やろ? ホントですよ。竜二とティーダがフレディに抱くイメージの違いを語り合っている内に、ソロソロと隊長室へ近付くアスカ。彼女の目的は中で繰り広げられているだろう情事の風景。想像でしかない風景を記憶にするべく、彼女は動いている。
フレディとユーニア、関係性の形容にありとあらゆる対比が持ち出される二人、そんな二人を結びつける上で存在している一つが恋人、愛人関係にあるということ。
両者共に管理局でも指折りの美貌の持ち主であり並び立つことに違和感はないが、暴虐の体現者として扱われるフレディと、凛々しさと淑やかさが同居した憧れの女性として扱われるユーニアとのカップリングは、今尚その真偽が議論されていたりする。
そしてアスカは人の形を取っていてもデバイスである。そんじょそこらの有象無象とは情報収集力が違う。グロウルだけが認識出来そうな特殊信号をでっち上げてコントクトを取り、その後互いのマスターが食事をしている隙にグロウルから噂の関係が本当であること、そして情事の風景が“普通”ではないことを聞き出していた。
彼女はデバイスであるが、同時に千年もの間“女”として自我を形成していたので、そういうことにも知識欲はあり、自分の五倍は生きているグロウルが仄めかした光景を見たくて見たくて仕方がないのである。
(むふふ、くふふ、はてさてどんな光景なのでしょ――っ!?)
赤。赤。赤。扉の向こう側を見た瞬間真っ先に飛び込んできた無数の赤に、思わず息を呑むアスカ。そのおかげで驚きを表に出さずには僥倖か、竜二はティーダと話を続けている。
僅かに落ち着いた思考が視界を明瞭にし、認識させたのは赤が滴っているということ。つまり床を覆いつくしている赤は全て、血だ。
「ふえっ、ふえ」
此処で初めて声が漏れた。しかし驚きの度合いは反映されずとても小さく、竜二達は気付かない。
驚きながらも、好奇心が地面を這う様に視線を動かす。アスカには分かる、今床を浸している血の量は確実に致死だ。ならばあの二人はどうなっているんだ。やがて机を視界に捉え、ゆっくりと上に動かすと、不意に別の赤が映った。その赤には見覚えがある、ユーニアの髪だ。
尚も上に向かう視線は、ゆさゆさと髪が揺れているのを捉える。それはユーニアの体を動かす人物、つまりフレディは生きている。ということは――
(あれ?)
焦燥に駆られて視線を一気に引き上げると、そこには何てことは無い、フレディの首に手を回して喘ぐユーニアの姿。想像していたスプラッタな光景はなく、至って普通にセックスしている男女の姿しかない。
ならば、あの赤は何処から? 疑問を解明するべく二人を注視すれば、思いの外直ぐに見つかった。ただ、場所が問題だった。
(口に、首筋? ――ハッ、まさか、吸血プレイ!? おおう、確かに普通じゃない!)
フレディの口周りとユーニアの首筋、それぞれによく付着している血の跡。吸血プレイ、ミッドチルダでは御伽噺の住人であるドラキュラを怪人たらしめる性質、吸血を嗜む人間の存在をアスカは知っている。しかし衝撃の連続で一度は断定に至った思考が僅かに落ち着きを取り戻した瞬間、割り込んだ冷静さがそれに待ったを掛けた。
(あれ、おかしい)
傷口が無い。傍目から見れば血に埋もれた部分も、デバイスたる彼女の目は容易に見通し、不思議を見やる。彼女が知る吸血嗜好の人間は、血の味を愉しむことに加えて噛み痕を気に入った者へのマーキングとすることで、自分を受け入れた、又は受け入れさせた相手だと平時でも見ることで優越感を高めていた。
けれどユーニアの首筋にはそれがない。そもそも、血塗れになっているのに何故傷が無い? 疑問を解決しようとアスカが待ちの姿勢を定めた瞬間、思いがけないものが体を襲った。
(何、何これ、何々)
怖気。ゾクリと、強烈だと感じるものが背筋を駆けた。長年ユニゾンデバイスとして人型を取って生きてきたアスカは、人が感じる気配や感覚といったものも“習得”してきたが、それらに体を“支配”される経験など無かった。
(何処から、何から、どうして)
それが今、彼女は“本能”からくる“恐怖”に怯えている。キョロキョロと視界を揺らしてその発生源を探そうと躍起になっている。方向が分かれば、身構えることが出来るからと。
しかして彼女の視線は、最も分かりやすいものを捉えなかった。そうしている内にアスカの耳に、何かが潰れる音と呻き声が届く。
(へ……?)
次いで、何かが滴る音とクチャクチャと咀嚼音が。何やら嫌な予想が脳裏を過ぎるも音のした方に視線を向ければ、最悪の結果がそこにはあった。
「ふえっ、ふえぇぇぇぇぇぇ!」
綺麗なラインを描いていたユーニアの首筋が半円状に欠けていて、フレディが大口を開けて肉を咀嚼している。何度も何度も噛んで何度も何度も舌で遊ばせて味わうその肉が何なのか、状況を一度に把握してしまったアスカには分かった、分かってしまった。
「おい、アスカ! いきなり大声上げてどないしてん!?」
「わあぁ、わああああああああ!」
アスカが上げた叫び声に反応した竜二を声を掛けると、泣きだして縋りつくアスカを見てティーダが恐る恐るといった感じで質問する。
「あの、アスカさん……見ました?」
コクコクと頷くアスカを見て溜め息を吐くティーダ。その様子を見た竜二が説明を要求すると、誰にも言わない様にと前置きして話し始める。
「実は隊長、カニバリズムの気がありまして。特に女性と一緒に居る時は、それが強く出るらしく……」
「カ、カッ、カニバリズムやと!? んなアホな!」
竜二が語気を荒げて言い募るも、ティーダが一度現場を見たと告げると、思わず視線を扉に向けた。
「まあ、隊長もアスカさんみたいな人が居るから決して人前ではやりませんし」
「そういう問題とちゃうやろ……」
言葉にしたはいいものの、どういう反応をすればいいのか竜二には分からなかった。必死に泣き喚くアスカを宥めつつ、今日はとびきりの厄日だと己の不運を嘆く事で、フレディが出てくるまで時間を潰していたのだった。
グロシーンの出来が自分でも分かるくらい酷すぎてどうにも修正しきれなかったのでいっそ全部端折った結果がこれ。凝り過ぎてくど過ぎてどうしようもなかった。咀嚼シーンだけで二千書いたからね、エロが完全に霞んだ。
やっぱ予告向いてねえわ俺。クソだ俺。