魔法少女リリカルなのは ストラーノ   作:ゆきだるま

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第八話

 

 ミッドチルダにある繁華街、その大通りにある会員制高級ラウンジ。財界人、政治家、高級士官など豊かな金と権力を持つ人物が数多集うこの場所で、フレディと竜二は酒を飲んでいる。

 

「……何か伝票見んの嫌になってきた」

 

 しかし、楽しんでいるのはフレディ一人。竜二がグラスを空にする間に、フレディはボトルの蓋を開けてそのまま中身を口に運ぶという豪快に過ぎる飲み方で三本空けていた。

 

「そうビビるなよ、お前の稼ぎならこのくらい百飲んでも釣りが来る」

 

 そう言って新しいボトルに手を伸ばすフレディ。暢気な言葉は事実であるが、このままのペースで飲まれれば今日得た稼ぎが全て吹っ飛びかねない。さりとて、こうなることを織り込んで誘いを掛けたのは竜二である。今更ながら、病院に一泊している直人が此処に居ないことに落胆した。

 

「そういやお前、キアラに勝ったらしいな」

 

「はは、耳早いっすね」

 

「俺はお偉いさんだからなあ。勝手に情報が入ってくるんだ」

 

 要不要に関わらずな。そう言って酒を呷るフレディ。微塵も赤らむ事も無い顔だが、常に緩い笑みを浮かべている様に見える表情には、しっかりと喜色が窺える。少なくとも、不意に暴れだしたりはしなさそうだ。

 

「で、俺に何か言いたいことでもあるのか?」

 

 これなら、と本題の切り出しに入ろうとしていた竜二の機先を制して、フレディが問いかけてきた。頭を押さえつけられる形になって息を詰まらせる竜二だが、剣呑な雰囲気の薄さを感じ、少し深く息を吐いて気を引き締める。

 

「実は、夜天の書についてなんですけど」

 

 ほう、とフレディの顔に驚きが浮かんだ。それは多分に歓喜を含んでいるのがよく分かって、竜二は生唾を飲み込む。

 

「一週間前、依頼の最中にアスカが兆候を感じ取ったと。あと、何か“黒”がどうとか言うてましたわ」

 

 カッカッ。喉の鳴る音がした。笑いだ。腹を揺らし、喉を鳴らし、音を掻き出す様な笑い。カッカッカッ。僅かに俯いている為に目の色が窺えず、小刻みに揺れる体に竜二の本能が警鐘を鳴らす。それでも目は離せず、背筋に氷塊を入れられた様な感覚に陥った時――カチン。

 

「アーッハッハッハッハッハッハッハッ! イーッハッハッハッハッハッハッ! ヒャハハハハハハッ! ヒャーッハハハハハハ!」

 

 甲高い音がしたと同時にフレディが天に向かって狂笑した。ソファにに深く体を預けていながら、人並み外れた肉体は騒音が如き声量を放ち、感情の乗った歪んだ音の波が脳髄をこれでもかと揺さぶる。そのあまりの狂態に耳目を惹かれた人間達が怒りの篭った視線を向け、フレディだと分かった途端直ぐ顔を青くして忍耐を選ぶ中、真正面で至近距離で相対する竜二は、此処に来る前に家へ送り届けたアスカからの伝言を思い出す。

 

(歓喜に飲まれるな……これのことか? こんなもんどないせえっちゅうねん……!)

 

 何が琴線に触れたのか――思い当たるのは“黒”だ。それを口にした瞬間明らかにフレディの目が僅かに開いたのを竜二の記憶は捉えている。ならば、これを止めるのもそれだけだ。

 

「フレディさん、フレディさん! “黒”て、“黒”って一体何のことです!?」

 

 唯一の突破口と信じフレディの狂笑に負けじと声を張れば、次第に音の波は収まって、フレディの双眸が竜二を見やる。そこに常の緩さはなく、口の端を引いて狂相が如き笑みを形作っていた。

 

「……何だお前、アレから聞いてねえのか?」

 

「聞いてみたんですが、答えてくれんかったのですわ。フレディさんに聞いた方がええて言うばかりで」

 

 実際には「“黒”という単語を伝えれば何でも教えてくれる筈。但し歓喜に飲まれてはダメだ」と言われただけ。

 夜天の書、話に聞くものだけでも決して相対したくないと感じる程の危険物。しかし星天の書の主たる竜二は、その顛末を見届ける“義務”がある。例え自身の力が及ばぬと分かっていても、挑まねばならない“義務”がある。それは星天の書という古代の遺産を継ぐ者としての責務。星天の書という人の身に余る力を行使する為の代償。書の化身から知識を得ろと言われた以上、足を震わせ視界の歪みに苛まれながらでもそれを行わなければならない。

 

「はあ、そうかい。いいだろう、気分のいい話を聞かせてくれた礼だ、教えてやる。

 

「黒はな、自分ごと何もかも壊し尽くす、っていう書の意思――主の成れの果てを示してる。書を育む過程で主は生きるでも死ぬでもなく、存在そのものを憎み、消えることだけを望んだ結果、世界を巻き込みやがるのさ。

 

「そういうのに至る主は決まって清廉で、純真で、心の傾きが善に寄ってるヤツだ。そういうヤツが周りを食い物にして成長していく己をどう思うか。例え力を得ることを拒んでも胎児の如き書は栄養を、魔力を欲しがり主を蝕む。

 

「そこで守護騎士達は囁く。このまま力を拒んでも主を糧に暴威を振るうだけだ。ならば、書を完成させてその力を御せばいい。そうすれば今のままならぬ気持ちは解消され、大いなる力を以って如何様にも主の願いは叶えられる、とな。

 

「そして主は力を求めて邁進し、やがて書は完成を見る。そして現実を知るのさ。自分は只の器、書の意思を顕現させる為の増幅器だと。自分が塗り替えられていく過程で主は思う、何故こうなった、こんな筈では、こんな事になるならば――

 

   “今すぐ消えてしまいたい”

   

「そうして、律儀な闇の書は主の最後の願いを叶えようと力を使う。世界を己ごと消し去る魔法を唱える。蓄えた力で世界を反転させて大きな歪みを生み出し、均衡を失った世界は滅びへの道を転がり落ちる。

 

「世界の破滅を見届けて共に消えた夜天の書。けれど、何故か、その書は再び顕れる。何処か別の、新たなる主の下へ」

 

 語り部の役を終えたフレディは堪えきれない笑みを零して酒を呷る。

 

「糞だろう? 屑だろう? 下種だろう? 思わず笑っちまうくらい外道だろう? そういうもんなのさ、夜天の書ってロストロギアは。絶望を、殺戮を、悲哀を、苦渋を、狂気を世界に撒き散らすだけの存在に成り下がってる。元は只の“日記”だったのになあ」

 

「……フレディさん、日記て?」

 

 フレディの口から聞き覚えの無い新しいワードが飛び出して、思わず質問する竜二。

 

「ああ? お前これも聞いてないのか? 夜天の書は元々“星の記録者”って呼ばれてる長命種の持ち物だ。千年どころか万年単位で生きて星の歴史を記録していく者達。名前くらい聞いたことあんだろ?」

 

「そら、まあ。けど日記て、さっきの話と全然印象が……」

 

「ロストロギアなんてそんなもんだ。実際夜天の書が今みたいな代物になったのも、書に記録された魔法に目が眩んだ連中が暴走させたのがキッカケだっていうしなあ。好奇心の前じゃ後の災厄なんて些事ってことよ」

 

 ほら、お前も飲めよ。フレディの手からウイスキーが注がれたグラスが押し出され、一瞬面食らったものの何とか反応した竜二の手に収まる。

 

「喜べ竜二君。お前さんが強くなるのに不可欠だと言った絶対強者がもうすぐ現れる。その結果死ぬか、それとも階を上れるかはお前さんの心持ち次第だ。精々、気を張っておくんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付は変わり、午前一時。皆が寝静まったのを見計らって、ジェイルは一人、研究室に篭ってモニターに映し出されたデータをじっと見つめていた。

 

「共通しているのは侵食。ということはやはり、体組織に何か秘密が――ッ!」

 

 コツ、と硬い音が耳に入って反射的に後ろを見るジェイル。暗闇の先に、ぼんやりと人型の輪郭が窺える。侵入者! そう思い掌に魔力を集めた瞬間、向こうから話しかけられた。

 

「おいおい、久しぶりに出向いてやったのに手荒な歓迎をしようってか? 俺はそれでも構わんが」

 

「!? フレディ、かい?」

 

「何だ、気付かなかったのか? 少し見ない間に鈍ってんなあオイ」

 

 そう言って光の下に現れたフレディの姿を認めて、ジェイルは魔力を霧散させると、恨みがましい目付きになる。

 

「また転移で入り込んだな? 此処は僕のプライベートルームだ、せめて念話で一声掛けろと前回も言っているだろう?」

 

「ああ、すまんすまん。けど今日はちょっと特別でな、気が逸っちまった」

 

 そう言うフレディの表情を見れば、二十年来の付き合いがあるジェイルにも珍しいと思う程柔らかい笑みを浮かべているのが分かり、思わず目を見開く。

 

「……君がそこまで機嫌が良いのは珍しいな」

 

「此処に来る前に楽しい楽しいお喋りをしてきたところだからな。けど、一番の理由はコレだ」

 

 空中に黒い穴が空き、そこから何かが落ちてきてフレディが両腕で受け止めると、間髪入れずジェイルに向かって放り投げてきた。突然の出来事に慌て体勢を崩しながらも受け止め、一体何だとそれを見やった瞬間。

 

「――フレディッ! これは、これはどういうことだ!」

 

「見りゃ分かるだろ、イデアーレだ。今回の仕事中に生きて出てきやがってな、俺もビックリしたもんさ」

 

 毛布に包まれた幼い少女、イデアーレ。かつてオノーレの歴史を彩る“理想”と謳われ、その発展に大きく寄与しながら、非業の死を遂げた哀しき天才。主治医として陰に日向にその成長を見守り、その死を嘆いた過去のあるジェイルにとって、この現実に許容出来ない怒りが沸き立つ。

 

「どうしてだ、どうしてこの子が此処に居る!」

 

「プロジェクトFに決まってんだろ。何だ、体だけじゃなく頭の方も鈍ったのか?」

 

「そんな……アレを、あの研究を続ける科学者がまだ居るというのか?」

 

「科学者なんて好奇心や探究心抑え込んで研究者やれるかってヤツばっかりじゃねえか、お前が一番よく分かってる筈だ」

 

 青い顔をして項垂れるジェイル。意気消沈という言葉が似合うその様に、フレディが追い討ちを掛ける言葉を放った。

 

「だからあの時塵も残すなって言ったんだ。変な情に絆されて五体満足にしとくからこんな――ッ!」

 

 刹那、フレディの首が右に動き、生まれた空白に暗色の弾丸が通過する。それが壁に激突して炸裂音を響かせると同時に、フレディの首筋から鮮血が舞う。

 

「幾ら君でも、それ以上の発言は許さない。殺すしかなかったとしても、最良の形で見送られて欲しかった。この子の顔を見て、皆が思い出を胸に生きていける様にしたかった! その結果がこの可能性を芽吹かせてしまったとしても、後悔はしていない!」

 

 顔を上げ、凄烈な表情でフレディを見据えるジェイル。首を傾けたままそうかよ、と呟いたフレディは傷口を手で押さえ背を向ける。

 

「フレディ、何処へ」

 

「そいつは記憶引っこ抜いて真っ白な状態にしてある。適当に刷り込んで育てといてくれ。暇な時見に来るからよ」

 

 そんじゃな。別れの言葉を残して、フレディは闇の中に消えた。恐らく転移したのだろう、周囲に足音は無く、イデアーレの静かな寝息がやけに大きく聞こえる。

 

「まさか、この手で再び生きた君を抱く事になるとはね…………もう、君は|イデアーレ(理想想)じゃない。僕の四番目の娘、クアットロだ」

 

 ギュッと、ほんの少し力を入れると、むずがったクアットロがジェイルの白衣を掴み、再び穏やかな表情で寝息を立て始めた。

 

 

 










くう疲。遅くなりましたが第八話です。オノーレの使用言語をイタリア語に設定してからずっと考えてたネタを遂に投下。
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