「おやすみフレディ」
「明日の朝は起こしてあげるね!」
「おう、おやすみ。アリシア、起こしに来なくていいからな」
黒のパジャマを着たフェイトと、白のパジャマを着たフェイトの双子の姉アリシアが寝室に入っていくのを笑顔で見送るフレディ。此処に至るまで、彼は胃に穴が開きそうな思いを強いられていた。
夕食の時間、フレディを挟む様に座った姉妹が、自分の食事そっちのけで仕掛けてきた“あーん”攻勢。無下に出来ず困惑する様を姉妹の母親に微笑ましげに見られ、姉的存在には大笑いされて怒りを覚えるも、露にすれば姉妹が怖がると思い唇を噛んでこらえていた。
それが終わり、ささくれ立った精神を回復させようとアルフへの仕返しを考えていたフレディに立ちはだかったのはまたも姉妹。“一緒にお風呂に入ろう!”無邪気におねだりをしてくる二人にフレディは“今日の俺は汚れているから一緒に入ると風呂に入った意味がなくなるから駄目だ”などと、姉妹を傷つけないよう遠まわしに回避を試みる。
しかし、運命はフレディに味方しなかった。食器洗いの真っ最中であった母親の元へ駆けた姉妹は、フレディが一緒にお風呂に入ってくれない! と身振り手振りを交えて不満を訴える。母親は最初こそ先のフレディの状態を慮って姉妹に言い聞かせようとするも、生来の子煩悩が顔を出し、遂には彼女自らフレディとの交渉に乗り出す。その瞬間敗北を悟ったフレディは、両手を挙げて降参の意を示した。
姉妹の頭を洗ってやり、姉妹に背中を洗われ、姉妹と一緒にやけっぱち気味に数を数え、風呂から上がれば姉妹の頭を拭いてやり、自らも体を拭き終えると何故か置いてある下着と寝巻きに着替え、リビングで待機していた姉妹にドライヤーを渡されせがまれるままに髪を乾かし、ブラシで丁寧に梳いてやり、ツインテールに結わえてやった。この時点でフレディの精神力は限界に近かった、だが無邪気な姉妹にそれを悟らせることなく、その後もトランプやテレビゲームを一緒に興じていた。
そうしてやっと、やっと姉妹の瞼が重くなったのを見計らって就寝を促した結果が冒頭である。彼が何故笑顔だったのか、その理由は推して知れ。
「フレディお疲れさん。姉御が待ってあばっ!?」
「よく俺の前に顔を出せたなアルフ、お前覚悟出来てるんだろうな、ああん?」
アルフの顔、その下半分を掌で握ったフレディは、姉妹と対していた時とは打って変わって非常にドスの利いた声でアルフを威嚇した。凶貌と書くが相応しい表情が意の強さを更に増幅させ、骨の軋む音が恐怖に染まった耳朶を打つ。本気でキレている、やり過ぎた、これは確実に殺られる、そんな考えが頭を巡っていたアルフの目に飛び込んだのは――――
「離してあげて頂戴な、この子には後で言って聞かせておくから」
「さっき失敗したお前のそれに説得力はねえよ、プレシア」
「アルフは言えば聞く子だから。それに、事情があったとはいえ二ヶ月も来なかったんだから、今日の我が儘は許してやって。ね?」
はあ、と溜め息が漏れた。支えを失ったアルフが尻餅をつき、見上げるとフレディが心底疲れた、といった風な表情で天井を見上げていた。そのまま深呼吸を始め、七回繰り返した後アルフに視線を向ける。すくみ上がるアルフに“早く寝とけ”と告げ、それからプレシアと二三言葉を交わすと、二人で奥の部屋に入っていった。此処を訪れた際に話があるとフレディが言っていたのを思い出したアルフは、内容が気になったものの“早く寝とけ”というのは出歯亀は許さない、という意味ではないかと推測し、背筋を通った悪寒から逃げるように自分の寝室に飛び込んだ。
「まあ、コーヒーでも飲みなさいな」
「ありがとよ。……俺がこうして場を設けてもらった理由、分かってるよな?」
「ええ。私達が何故管理外世界である此処に居るのか、何故ジュエルシードを集めているのか、でしょう?」
フレディの対面に座る薄紫のパジャマを着た妙齢の女性、プレシア=テスタロッサの切り返しに、フレディは首肯する。
「先ずは何故此処に居るのかだ。嘘はつくなよ?」
「貴方相手に嘘を吐くメリットなんて無いわよ。……簡潔に言えば、私たちは次元跳躍攻撃に巻き込まれたのよ。ジュエルシードを積んだ輸送艇を狙った攻撃にね」
次元跳躍攻撃。フレディに送られてきていた報告書には記載の無かった、事故の原因と思われるもの。彼女らが現場に遭遇していたならば、事情聴取が行われた上で事故が起きたという報告書が出来上がっていなければおかしい。輸送艇に事故が起き、ジュエルシードというロストロギアが地球に散逸した。遠まわしな表現を多用し、無駄に文章量の嵩んだ報告書には要約すればそれしか書いていなかった。きな臭いというより、調査を行った人間の怠慢に呆れるほかないフレディ。
「んで、それからどうしたんだよ」
「直撃こそ免れたけれど、エンジンが余波を受けて故障してしまって。技術者が言うには専門の知識を持った人間が応対しないといけないレベルとのことだから、業者の派遣を頼んだあと、一番近いこの世界に一時的に滞在することにしたのよ。目的地は変わってしまったけれど、旅行も兼ねてね」
「……分かった、お前達のことは一時避難者として処理することにしよう。ところで、アロンソの奴はどうした? 表札に名前が掛かってるのに姿が見えないが」
「ああ、あの人は事故の時に子供達を庇って腰を強打してしまって、リニスと一緒に船の中に残っているの。思いのほか重たい怪我みたいで、リニスの治癒魔法でも完治にあと二週間はかかるそうよ」
アロンソ=テスタロッサとは、テスタロッサ家の家長であり、フレディとは気心のしれた友人関係にある。時空管理局に所属する魔導師である彼は、実務能力の高さから年間勤務日数の約半分が出張という仕事人としては優秀な、父親としては泣きたくなるような境遇に見舞われており、プレシアの言から察するに久々に家族が揃って出かける為に休暇をもぎ取ったのだろう。それなのに子供達を庇った為とはいえ腰を怪我して船での滞在を余儀なくされるとは……そこまで考えて、フレディの頭に素朴な疑問が湧く。
「ちょっと待て、現場に管理局の連中はやってきたか?」
「来てないわね。次元跳躍攻撃を含めた事故の詳細も送っておいたし、あの人とも連絡を取り合っているけれど管理局の人間が来たことはないし、事故に関する連絡が届いたこともないわ」
「…………ジュエルシードに行き着いたのはその所為か」
「御明察。事故報告があって三日経っても何の連絡が無いのは明らかにおかしいから、あの人がアクセス権限を使って調べたの。すると私たちが巻き込まれた事故で大破したのがジュエルシードを積んだ輸送艇であったこと、ジュエルシードが地球に散逸していること、そして私達が事故に巻き込まれたという事実が無くなっていること。この三点が分かったのよ」
あの時感じたきな臭さはこれの事か。フレディは想像以上にややこしい事に巻き込まれた様だ、そう思い気を引き締める。プレシアとの情報交換はその後も続き、落ち着いたのは地平線から太陽が顔を出した頃だった。
一気に話が香ばしくなりました。