「そういえば、もう一人って、敦也くん?でしたっけ。どんな方なんですか?」
カウンセリング室のほぼ目の前で、二神さんが尋ねる。
「んー。まあ、会ってみればわかると思うよ」
扉を指差して、俺は短く答える。
強いていうなら、見た目でびびっちゃいけないってくらいしか、言えることがないけど、これはおいおいわかることだろう。
「失礼します」
ノックをして、本日二度目の入室。
「それでまだ続きがあってね?向かいの席の人が…」
まず目に入ったのは、顔を泣きはらして延々と愚痴を続ける五十嵐先生。俺たちに目もくれず、まだ話し続けている。
そして次に映ったのはテーブルの真ん中に置かれた敦也のスマホ。
バンカーリングが分離して置かれていたので、おそらく抵抗している時にもぎ取られてしまったんだろう。
そして。
「あ、敦也…」
「よお、クロ。遅かったな…」
ゆっくりと振り向いて俺にそう言ってから、空のコップを口に運ぶ敦也。
メンタルが大分やられてるな…。
「待たせた。涼香、頼む」
「うん。任せて」
「せーんせぃっ!お疲れ様です!」
涼香が先生の目の前までかけよって、暖かい紅茶の缶を先生の顔に当てる。
「あっつ!ちょっと何、って涼香ちゃんじゃない」
「はい。部活の紙書きました。でもまずはこれ飲んで、少し休憩しましょっか!」
「よし、敦也。一旦出よう」
「恩にきる…」
涼香が気を引いているうちに敦也を立たせ、足早に外へと連れ出す。
涼香が選んだ黄色い缶コーヒーを持って。
「っぷはあ!生き返った!」
先ほどの自販機の横のベンチにどかっと腰を下ろした敦也は、炭酸の強い飲み物を勢いよく飲み干して、そう叫ぶ。
「大変だったみたいだな。スマホまで取られて…。うわ、甘っ」
敦也に断られてしまったので、仕方なく黄色い缶コーヒーを開けて口にする。コーヒーとは思えない甘さに反射的に奥歯を噛み締めた。
なんだこれ、砂糖でできてるんじゃないの。
「ああ、本当にきつかった。僕の話が終わった途端、リサ姉の仕事の愚痴が始まって…それで終わるかと思ったら、今度は友達の話から合コンの愚痴まで…。5分なんて甘えに乗らないでクロたちと一緒に行けばよかったよ」
「…遅れて悪かったね。こっちも色々あってさ」
そんなに色々なかったけど。とりあえず言っておく。
「いいさ。クロ、サンキューな。この借りはでかいからな。いつか絶対返す」
「ああ、楽しみにしてる。それじゃあそろそろ戻ろうか」
「おう」
こうして敦也に大きな貸しができた。
まあこの貸しはすぐに返してもらうんだけどさ。
俺たちは再び来た道を戻って、カウンセリング室の目の前にたどり着く。
「覚悟はいいか」
「もう大丈夫だ」
瞳に輝きを取り戻した敦也に迷いはない。
躊躇いなく扉を開いた。
「あら、おかえりなさい」
「あ、早かったね!」
「ちょっと自販機まで行ってただけだからな」
何事もないように、敦也は椅子に座った。
俺もそれに続いて、隣に座る。
先生も落ち着いたようで、背筋を伸ばした綺麗な立ち振る舞いはいつもと何も変わらない。
「それじゃあ全員揃ったところで。くろくん、例のもの、よろしく」
涼香が指を鳴らして、流し目で俺に指図する。
なんか今日はテンション高いな。部活をやれることがそんなに嬉しいか?
「先生、これを」
「かけたのね。ええっとぉ、部長は二神さんで、部活名は…」
「ええ!?部長!?」
ここまで黙ってた二神さんがいきなり叫ぶ。
びっくりして椅子から落ちかけたのは秘密だ。
「え、ええ。ほらこれ、部長って書いてあるじゃない。自分で書いたんでしょう?」
「ああぁ、本当だ…!」
寝ぼけて書いてたからな。欄を確認しないで書いたのか。
どうりで全くごねずに書いたなとは思っていたが…。
「先生!どうか、書き直しを…!」
「ん〜。あ、そっか!もうボールペンで書いちゃったし、このまま行きましょっ!」
「そんな…」
うわあ、「あ、そっか!」だって。
絶対「あ、そっか!面白そうだからこのままにしちゃおっか!」って思っただろ、容赦ないな!
まあ書かせたのは俺だし、他に適任はいないから黙っておくけどさ。
「あら、これ。部活名は?」
用紙の部活名の欄の空白を指しながら先生が言った。
「ああ、それなんですけどね。決まらなかったので、みんなで考えようと思ってました」
「これで時間かかってたのか」
横で敦也の小さなつぶやきが耳に入る。
ごめん敦也。初めからここに来てれば、お前を待たせることはなかったんだけどな…。
「先生、何かいい名前ないかな?私と二神さんじゃ、いいのが出なくって。敦也くんも、何かない?」
「部活名か…」
「ん〜」
考え込む先生と敦也。
やっぱりでないかな?
「あ」
閃いたのは先生。
「天文部、にしましょう」
「はあ?」
気の抜けた敦也の声が漏れる。
俺も同感だ。
「先生、なんでまたそんな…」
とりあえず先生の言い分を仰ぐ。
「そうね。まずは部室の立地かしら」
「立地?」
「ええ、部活棟3階。最上階にあるから、屋上まで階段登ってすぐ。いつでも星が見れるから、一番適した場所だと言えるでしょ?」
立地か。確かに4階の屋上までの距離はそこまでない。トイレに行くくらいの手軽さで屋上まで余裕でいける。
それだったら、天文部が3階にあっても、不自然には思えないな。
「でも、僕たち天体望遠鏡ないんだけど。生徒会だって、ぽっと出の同好会にそこまで経費割かないだろ」
「それは大丈夫。理科準備室に確か埃をかぶっていたはずだから、使うときだけ借りなさい」
「そうなのか」
器具の問題もないらしい。
先生は続ける。
「それに天文部なら、大会もないし、成果を上げなくても大丈夫だし、もし何か言われたら、他の高校と交流したり合宿でもすれば大丈夫よ」
「おお〜」
涼香から感嘆の声が漏れる。
この短い時間で、よく考えたな。
「うちの高校には天文部ないし、このまま名乗っちゃいましょう。変に専門的な名前にしたら、人も寄りにくいでしょうしね」
本当に、成り行きで生きてるんじゃないかと思えるくらい、頭の回転が速いな。
「でも先生。それだと…」
「相談者が集まってこない、って?」
「は、はい」
二神さんの発言を途中から遮る先生。
これずっと先生のターンだな…。
「その辺は少し難しいでしょうけど、こっちでも相談に来た子をあなたたちのところに行くように声をかけてみるわ。それ以外だとポスターなり呼び込みなりで宣伝してもらうことになるけど…活動だと思って、しばらく頑張ってね?」
文句なしの回答を得られて、俺は言い返すことがない。
他の3人も同じようで、涼香と二神さんに至っては小さく拍手をしている。
「特に反論もないなら、それ書いて終わろうぜ。早く帰りたい」
敦也が荷物をまとめる。
「そうですね。それじゃあ…」
ボールペンを取り出して、二神さんが部活動名に天文部、と綺麗な字で書き込む。
同好会なんだけど…まあ、いいか。
「うん、確かに!それじゃこれ、出しておくから、今日はもう帰っていいわよ。明日もまた、頑張ろうね!はい、解散!」
「失礼します」
先生の合図の後すぐに、ノックの音がしたかと思うと、ジャージ姿の生徒が顔を覗かせる。
「すいません。ちょっと捻っちゃって」
「あら。それじゃあ隣に行きましょうか」
去り際、先生は小さく手を振って、隣の教室へと消えていった。
そして俺たち4人が残される。
「帰るか」
「そうだね」
荷物をまとめていた敦也が先頭になって教室を出た。
昇降口に着くまで誰も話さなかったが、靴を履き替える時、敦也が二神さんの下駄箱を確認して言った。
「あー、二神なんとかって名前、どっかで見たと思ったら、やっぱ同じクラスだったんだ。僕敦也っていうんだ。よろしく。んで、下はなんて読むんすか?」
「えっと…やしろ、です」
「やしろさん、ね。部活仲間で一人だけさん付けってなんか気に入らないからさ。あだ名決めていい?」
「えっ!?あだ名!?」
目を丸くして二神さんが驚く。
「いや、そこまで嫌ならやめるけどさ…」
「あ、違います!全然嫌じゃないです!お願いします!」
「あ、おう」
否定的な反応と受け取って、気まずそうに靴を履き替える敦也に対して、二神さんは腕をぶんぶん振って、それからピシッと両手を体に貼り付けて頭を下げた。
なんか、動きの一つ一つが精一杯で可愛いな。
靴を履き終わった涼香が指を俺の隣にきて耳元で囁く。
「くろくん。二神さんってさ、なんか動きの一つ一つが精一杯で可愛いと思わない?」
「へ!?あ、ああ!そうだな!」
「んー?」
涼香といい敦也といい、俺の心の声代弁しないでくれよ。
偶然なんだろうけどさ。結構ドキッとするんだよな…。
「うーん二神優白。優白。本名でもいいけど、ここはやっぱり、せっかくクロがいるんだし、シロ、でいい?」
随分と適当な理由で決めたな。
「シロ…!敦也くん、ありがとうございます!私、今日からシロとして、精一杯頑張ります!」
「そんなに頑張らなくていいと思うけど…まあよろしく」
「
涼香が新しい呼び名の誕生を祝福する。
「俺のクロは色の黒じゃないけどな」
「そういえば、どうして一条くんはクロなんですか?」
「ん、なんでって」
敦也が俺の下駄箱を指差して答える。
「玄人。くろうとのクロ」
「ああ、なるほど!」
目を輝かせて感動する二神さん。
すげえ、俺のあだ名でここまで感動されたの初めてかも。
「よし、それじゃあ明日からよろしく。シロさん」
「はい、よろしくお願いします!」
硬い握手を交わす二人。
よかった。
とりあえず、部活内での人間関係は順調、かな?
「ようし、シロちゃんも新しく呼び名が変わって、心機一転部活動が設立できたことだし、約束通り、記念にみんなでパーっとやりますかぁ!」
あ。思い出した。そういえば…。
「クロ。約束ってなんの話?」
聞きなれない単語に眉を寄せて、敦也は俺に問いかける。
「ごめん敦也。さっきの貸し、これでチャラってことで…」
「ん?それってつまり、どういうこ…」
「こーれっだよ!」
涼香が昨日撮ったシュークリームの写真を目の前に突きつけた瞬間、敦也の顔が青ざめる。
「敦也。今日は部活動設立記念で、シュークリーム食いに行くって約束、さっきしててさ」
「…あ、ちょっと今日はクロのとこの妹に用があったんだった。急がないと、待たせるの悪いな。先に帰」
「何言ってるの?」
即座に用事を錬成して一足先に帰ろうとしたが、やはり敦也は逃げられなかった。
腕を掴まれ、敦也が涼香に引きずられる。
「妹ちゃん、今日は部活で遅い、でしょ?」
「…!」
満面の笑みで敦也を見上げるその笑顔は、もはや下手なホラー映画よりも敦也の背筋を凍らせる。
「ちょ、ちょっと待て。冗談だよね?幾ら何でも二日連続であのでか甘いもん食わせるなんてことはないよね?」
「ああ、二日連続であんなに大きなシュークリームが食べれるなんて、新学期早々、ついてるなあ!」
「マジか…!マジで勘弁しておい、ちょっと、涼香さん!?クロ、お前なんとか…」
俺に向けた言葉は遠ざかってよく聞き取れなかった。
すまん敦也。でもこれで、全部チャラだぜ?
二人の姿が学校の外へと消えて見えなくなったところで、俺はすぐそばで立ち尽くす二神さんに問いかける。
「どう、仲良くできそう?」
「…はい。二人とも、初対面なのに、親切にしてくれて」
「そっか。多分これから、迷惑とかかけるかもしれないけどさ。改めて、よろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
俺たちも敦也と涼香に遅れないように、校舎を後にする。
夕日が街を彩り、グラウンドから聞こえる青春の音が、俺たちの始まりの舞台を祝福しているかのようだった。
最後まで読んでいただきありがとうございますm(__)m
ということで、ついに部活動新設までこれました。
まだ話数は浅いし文章も読みにくいかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。
ps.敦也、強く生きてくれ。