放課後4時30分過ぎ。
初の訪問者によって、俺たちの日常は破られた。
「おい、部長。挨拶」
「へぁっ!?お、おはようございます!」
敦也がシロを小突くと、ヘリウムを吸ったように声を裏返らせて、挨拶をする。
もうおはようって時間じゃないんだけど?
「え?あ、おはよう、ございます」
黒い長髪のその人は、シロを不思議そうに見たが、戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
「まあ、とりあえずおかけください」
「あ、ありがとうございます」
敦也が気を利かせて椅子を長テーブルに置いて促すと、スカートを抑えながら座った。
「…」
漂う沈黙。
「おい、部長。仕事」
「ひゃぅ!?ほ、本日はいいお天気でっ!!」
「え?はあ、そうですね…」
テンパり過ぎだろ…。
ここ一週間、俺たちとしか話して、ある程度慣れたと思っていたんだけど…。
「…りょう、か」
「…」
困った顔をした敦也が涼香を見るが、涼香も、敦也の制服を摘んで猫を被ったようにおとなしくなってしまい、先ほどまでの明るい表情は見られない。
「あ、あの…」
「ちょっと失礼」
おもむろに立ち上がり、俺のところまで悠然と歩く敦也。
しかし俺の元に着くと、瞬時に焦った表情を作り、聞こえないように囁いた。
「どうすんのこれ。あの2人無能すぎるんだけど!」
無能って言われても…。
二神さんはそれもあって友達がいないわけだし、涼香も俺たち以外と話してるの見ないしなあ。
「今はなんとかしてくれ。俺はほら、これ書かないといけないし?」
「…」
作文を指差しながら先ほどのカウンターを決めつつ微笑みかけると、敦也はため息をつきながら席へと戻った。
「はあ…。すいません。お待たせしました。それで、リサね、五十嵐先生から聞いて来たとお聞きしましたが」
「あ、はい。相談に行ったら、ここの場所と、これを渡すようにと言われまして」
畳まれたメモ用紙を受け取り、眉を顰めてそれを見た敦也は、くしゃくしゃに丸めて俺に投げる。
上手く机の上に着地したそれを広げると、雑に破かれたメモ用紙には見たことのある整った字があった。
『多分第一号よね?難しいかもしれないけど、初仕事、ガンバってね♪』
「…」
「五十嵐先生にここの人たちが悩みを聞いてくれるって言われたんですけど、ここって一体、何なんですか?」
不審そうに尋ねる女生徒に、敦也が口を開く。
「…ここは外を見て貰えばわかる通り天文部ということになっているんですが、本当の活動はカウンセリングみたいなもので、リサね、五十嵐先生だけでは解決できるかわからない問題を、僕たちの方で請け負っているんですよ」
「そうなんですか…」
「こちらの二人は新人で、入ってから日が浅くて。今は研修期間なんですよ。不快に感じたのなら、申し訳ございません」
「いえ、そんなことは…」
作文の仕上げを書きながら敦也の嘘に耳を傾ける。
相談に乗るものが嘘をつく時点でもはや世も末だが、一般の生徒がいきなり相談に乗ってやるというよりは説得力がある。本当によく嘘が思いつくものだ。
「よし、終わり」
待たせたな。俺も混ぜてもらおうか。
書き終えた作文をしまい、俺も椅子を近くに寄せる。
「それで、差し支え無ければ、あなたの悩みというものをお聞かせ願いたいのですが…」
「はい。私、今中学二年生の弟がいるんですけど…」
少し不安そうな表情で、彼女は話し出した。
「いじめ?」
「はい。一年のはじめの頃はお友達とも仲が良くて、たまに家に呼んだりして仲が良かったのに、去年の冬あたりから笑うことが少なくなって言って…。最近は特に傷が目立って来て…。制服も汚して帰ってくるんです!どうしたのって何回聞いても詳しく教えてくれないし、休みの日はたまに一人で外に出る以外は部屋にこもってずっとでてこないんです。学校で何かあったんじゃないかって私、不安で、心配で…!」
「…」
ねええ!先生!
ハードル高すぎない!?
一応初仕事ってわかってるならやりやすそうなの選んでよ!
いじめって、そんな深刻すぎる相談されたってさあ…。
「それで、どうしたらいいと思います?」
どうしようもないですね。お手上げです。
これをどうにかオブラートに包んだ表現、できる方いませんか?
「そうっすね…」
敦也が椅子に背を預けて考え込む。
そうか、こっちにはお前がいた!
頼むぜ、この手出しの仕様のない問題に、毒味すら感じさせないほどの麻酔入りのオブラートで包んだ回答を…!
「一度弟さんと話して見たいんですけど、いかがですか?男同士じゃないと話せないこともあると思いますし」
受ける気なのか敦也。
この問題に首を突っ込むつもりなのか敦也…?
「ええ、構いませんよ。最近は部活にも週に2、3回しか行ってないみたいで、金曜日は特に早く帰って来るから、そろそろ家に帰る頃だと思うんですけど…」
「そうですか。でも今日いきなり押しかけたら驚かれるでしょうし、日を改めましょう。明日からで都合のいい日を教えていただけますか?」
何やら勝手に話が進んでいく。
俺たち三人は全くついていけず、二人のやりとりを見守るほかない。
「それなら、明日、お願いできませんか?」
「明日ですか。せっかくの休みなのに、大丈夫ですか?」
「はい!弟のためにも、少しでも早く解決してほしくて…!」
弟想いのいいお姉さんだ。
こんなよくわからない一生徒の俺たちに、弟のためと思って、真剣に悩みを打ち明けて。
「わかりました。明日、一度話を聞いて見ましょう。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします…!」
今日のところはこれまでか。
後は明日、どうなるだろうか。
「それでは、また明日…」
「あ、ちょっと待って」
立ち上がって帰ろうとした彼女を、敦也が呼び止める。
「一応明日の予定を決めないといけないので。連絡先の交換、お願いできません?」
営業スマイルで自分のスマホを指差す敦也。
すげえええええええええ!
ここまで自然な異性との連絡先の交換を、俺は見たことがない!
「あ、そうですね」
納得した彼女はスマホを探すため鞄に手を入れる。
その間、敦也がシロに囁く。
「おい、シロ」
「へっ!?な、なんですか」
「最後くらい仕事しろ。交換の仕方、この前やったからわかるだろ?」
「は、はい。わかりましたっ!」
ぎこちなく歩み寄りながら、慣れない手つきでスマホを操作する。
「これで大丈夫ですね」
「は、はい!ありがとう、ございます!」
問題なく連絡先を交換できたようだ。
よかったな。
終わったのを見計らって、敦也がいう。
「お手数ですが、集合の時間と場所が決まったら連絡お願いします」
「はい。また明日、よろしくお願いします」
バタン。
「…」
「はあ…!」
再び流れる静寂。
それを破ったのは、敦也のため息。
「おい、もうちょっと話せ」
「うぅ、すいません…」
「ごめんね…」
頭が上がらない。
「これからこういうのやってかなきゃいけないんだからさ。次は頼む」
「…はい」
「でも、勝手に引き受けたのは悪かったよ」
敦也にしては優しい部類の注意の後、少し申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
「いや、いいよ。俺明日暇だし」
「正直相談って言ってもどこまでやればいいかわかんなくてさ。踏み込み過ぎたかもしれないと思うけど、見てないのに答えとか出せなくて」
「大丈夫だよっ!お話聞いてるだけじゃわからないもん!」
勝手に一人で話をつけたことに対して、敦也なりに引け目を感じているようだ。
こっちだってほとんど丸投げ状態だったのに、頑張った方だと思うんだけどな。
「まあ初の活動だし、これくらいのことはしないとな。気にしなくていいって。まだ時間あるし俺も作文終わったから、トランプでもやろうぜ」
「いいですね。今日はポーカーしましょう」
「今日もシュークリームを賭けて勝負だよっ!」
「…サンキューな。でもシュークリームはいらない」
それから部室の扉が開かれることはなく、俺たちは残りの時間をいつも通りトランプをして過ごした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今の時期、世の学生さんは冬休みですね。
少し短い気もしますが、そんな長いと太ってしまいますからね。妥当と思いましょう。
さて、冬休みといえばイベントが盛り沢山。
そして明日はクリスマスイブ、明後日はクリスマス。
私は一人で聖夜を迎えますが、皆さんはいかがなものでしょうか…。
とりあえず今のうちに言っておきます。メリークリスマス(フライング)