今回は番外編です。
恋に恋する男の子の、少し前の話です。
チョコレート戦線、異常ナシ
諸君。
今日という日を知っているか。
諸君。
今日という日を心待ちにしていたか。
諸君。
毎年、今日という日は、お前らにとって天国か、それとも地獄か。
ん、俺か?
俺にとって今日という日はだな…。
戦争だ!!!
「…」
「…くろくん、どうしたの?」
「お前、下駄箱に恋でもしてんのか?」
してないよ。
そんな不審な目で見ないでくれよ。
お前、今日という日を知らないのか?
俺の目での訴えに気づいたように、涼香が手を合わせる。
「あー、くろくん!チョコレート探してるんだ!」
「おーそっか。今日は2月14日。世で言うところのバレンタインだったな。それでこうして、朝っぱらから人目も気にせず、下駄箱にディープな挨拶かましてるわけね。で、収穫は?」
俺の番号が書かれた下駄箱の中には、隅に埃が溜まっているだけで昨日と全く違いが見られない。
つまり。
「…ゼロだった」
「どんまい。じゃ、周りにも迷惑だし、教室行こうぜ」
「うん」
下駄箱戦線、全滅…!
俺の頭の中にその言葉が浮かび上がる。
絶望的な状況、しかし俺の戦いはまだ始まりに過ぎない!
恋に悩める男たちよ!
お前ら、下駄箱が空っぽだったからって、そんな簡単には諦めたりしないだろ!?
そう、戦いはまだ始まったばかり!
きっと今日は、寝坊した子が多くて!だから下駄箱に入れる時間がなかったんだ!!
はっはっは、みんなお寝坊さんだなあ!
「今日は遅刻しないで来れたなー」
「私、今日は早く起きたからね!」
「いつもそうならいいんだけど」
友人たちの、何気ない会話。
しかし俺にその言葉は届かない。なぜかって?そんなの決まってるだろ?戦地に向かう前に、気さくに話す兵士はいない、そうだろ?
「さあ、セカンドステージだ…!」
俺の所属クラス、1-Bの教室の扉を開け、自分の席へとひとっ飛び。カバンなんて今の俺には重荷だ。ゴミ箱に投げ捨てる。
ここが正念場!
下駄箱なんて所詮アナログだ。古すぎるんだよ!
今の時代は机の中に入れるのが、甘酸っぱくていいんだろうが!?
さようなら孤独の日々よ!こんにちは青い春!
さあ、イッツ、ショウタイム!!
俺の鞄を拾って、敦也が涼香とともにやってくる。
「…」
「涼香、どうやら机の中にも、ロマンティックはなかったらしい」
「あ、今の言い方、かっこいいね!」
「あ、あづやあぁ…!」
どうしよう!このままじゃチョコなしの高校生活一年目になっちゃうよお!
思わず涙腺が刺激され、上を向いていないと涙がこぼれそうだ。
敦也は頭を掻きながら、どうにか俺を励まそうと視線を泳がせる。
「泣くなよ…。そうだな、多分、手渡ししたいんだろ。休み時間とか放課後とか、まだまだ時間はあるんだし、焦らしてんだよ、きっと」
敦也はいいやつだった。
その一言は俺に希望を持たせてくれる。
「敦也…!そうだ、そうだよ、まだ俺のバレンタインは終わってない!ハッピーなバレンタインは、これからやってくるんだ!」
そこから俺の、果てしない戦いが始まった。
一時間目、二時間目、三時間目。
休み時間が訪れては終わり、また訪れる。
一分が地獄のように長く感じた。
俺は一瞬のまばたきもせず、身動き一つすらせず、ただただその訪れを待った。
しかしチョコどころか、女の子にすら声をかけられないまま、ついに昼休みが訪れた。
「はい、くろくん!チョコ、あげるね♪」
「…ありがとう」
涼香から渡された明らかに義理だとわかるチョコを受け取り、俺はそれを手のひらに乗せて眺める。
「どういたしまして♪…ふあ、っくしゅ!」
「大丈夫か?まだ寒いな…。なんで屋上で飯食わないといけないんだ…」
「敦也、俺にあの地獄で飯を食えなんて、そんな酷なこと言わないでくれよ…」
「…なんか、ごめん」
こんな状況だが、俺は心の奥ではまだ希望を抱いていた。
七時間目まであることを考えれば、まだ後2回の休み時間が残っている。それに放課後を入れれば、俺にだってまだチャンスがある…。
「今日は避難訓練があるんだよな。今日のところは大事だから中途半端に終わりたくないし、今日は自習にする」
「…ふぁっ!?」
避難、訓練、だと…!
そういえば、今朝、担任が言ってたような…。
「クロ、残念だが…」
「…うぅ!くそ、くそぉ…!」
現実は残酷だった。
「えー、みなさんが集合するまで…」
キイイィィィィン!
避難先の校庭で俺たちの前で話す校長が持つマイクがまるで俺をあざ笑うかのように何度もハウリングを起こす。
その時には、俺はすでに、考えることをやめていた。
「はい、じゃあみなさん気をつけて。さようなら」
最後の鐘が鳴り、先生も生徒も、教室を出て行く。
教室に残されたのは俺、涼香、敦也。
力なく椅子にもたれかかる俺、立ち尽くす涼香、そして敦也。
「くろくん…」
「…なあクロ」
敦也が俺の肩に手を置いて、優しく語り出す。
「バレンタインってのは、男にとっては本当に不幸なイベントだよな。女からすればチョコを作る作らないは自由だから、参加も自由だ。でも、男ってのは、そうもいかない。男の場合は強制参加だからな。女からみてチョコを渡す対象として認識されてしまっている以上、途中棄権は許されない。その結果、クロみたいに、こうやって傷つけられるやつもいるんだもんな。何も悪いことしてないのに…」
「敦也…!おれ、おれ!」
涙はとうに枯れていたと思っていたのに、目の前が霞んで、輪郭がめちゃくちゃに歪んで、何が何だかわからなくなった。
「いいんだ、我慢すんな」
俺は泣いた。
ただひたすらに、泣いた。
そしてひとしきり泣いた後、敦也が俺に鞄を持たせる。
「さ、帰るぞ」
「うん」
やっと落ち着き、敦也から鞄を受け取り立ち上がった直後のことだった。
「ふいー、やっと配りおわった〜。ん?」
「お、料理研の
夕暮れの教室に入ってきたのは同級生の
料理もできて活発的な彼女は頭は悪いが、愛嬌のあるその笑顔は、周囲にほんわかした空気をもたらしてくれる。
クラスでは「へいわちゃん」とよばれ、クラスでも人気者だ。
「やーやー一条君に敦也君、涼香ちゃんじゃないですかー。どしたの?こんなロマンティックが止まらない夕暮れの教室に残って。もしかして、コックリさんでもやるとこだった?」
「そんなんじゃねーよ。今年一年、清く正しく部活動してたのに、チョコの一つももらえなくて、悔しくて帰宅部の活動にストライキしてたんだよ」
「あれ、私もストライキしてることになってる!?」
涼香が思わず突っ込む。
「ぷっ!敦也君てば面白いこと言うねー。そんなに面白いのに、なんで彼女の一人もいないの?」
「さあ、どうやら神様ってのは、僕に独身貴族として、ユニークでガラパゴスな人生を歩んで欲しいんじゃないか」
敦也の返答ににゃははと笑うと、へいわちゃんは俺たちの元に寄ってきた。
「うーん。チョコかあ。そんなに欲しいの?」
「僕はそんなでもないんだけど、クロが…」
「…」
「…そっか〜」
俺の泣きはらした顔を覗き込んで、へいわちゃんは優しく笑った。
そして、俺の手をとって、両手で優しく包み込む。
「え?」
「もう子どもじゃないんだから、あんま泣いてちゃダメだよ?これあげるから、元気出して!」
へいわちゃんが手を離しても、俺の手の中には、感触が残っている。
手の中には、俺がずっと待ち望んでいた、可愛い包装のお菓子の袋。
「最後の一個、余っててどうしようかと思ってたんだけど、一条君いてよかったよ〜。じゃ、私、お先に帰るから!じゃまたした!」
へいわちゃんは鞄をさっと拾い上げると、嵐のように走り去っていった。
「…まあ、よかったな。さ、ストライキは終わりだ。帰ろうぜ」
「よかったね!…くろくん?」
「…」
「いよっっっしゃああああああぁぁぁ!!!」
「じゃあなクロ」
「くろくん、じゃあね…」
「うん、また明日」
「駅まで送ってく。涼香、次の電車何分だ?」
「…敦也君」
「ん?」
「あ、あの、ね?」
「…」
「…あのね!敦也くん、これ…!」
「ただいま〜」
「あ、お兄ちゃんおかえりー。これあげる!」
「ありがとう。悠、これ、高かったんじゃない?」
「えへへ、お返し、期待してるからね」
「ああ、楽しみにしてて。さ、晩飯作ろっか」
「うん!」
諸君。
諸君にとって、2月14日はどんな日だ。
俺?
そんなの、決まってるだろ。
それはもう、ハッピーなバレンタインだったよ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今日はバレンタインデーということで、ちょっとした番外編を書かせていただきました。
みなさんは本日、いかがでしたか?
もらえた方、もらえなかった方、あげた方、あげなかった方、雪で滑ってコンクリートに捧げた方もいるでしょう。
まあ、そんなことは置いておいて。
外でも高校生がチョコを渡している場面をいくつか見かけました。
青春ですね。
それでは、また別の話でお会いしましょう。