リリカルガーデン   作:青桜

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第一話

 始まりは……そう、こんな肌寒さとハッキリしない意識の中、それでも感じた己とその身の回りへの違和感だった。

 

 

「貴方は選ばれたのです」

 

 ――選ばれたって、何に選ばれたんだ。

 

「赤、白、そしてわが創造主たる黒。三者が選びし者たちに力を与え、僅かな可能性を期待して見守りし魂の、その中の一つです。

 ――ああ、何をどうしろといった指示は無く、新たな生をどう生きるかは自由です。

 ただ、『貴方自らの責任で選択して行動すべし』ということだけを心に留めておくことが力を与えし方々から提示された決まりです。

 上位存在からの横槍なんてモノもありません。あるがまま生きた上で育まれた結果が全てです。別段、殺し争い合う必要もありません。

 まあ、そういった要素がまったく期待されてない訳でもないのですけれど……。

 ともかく、これから先、よろしくお願いします」

 

 ――えっと、おおよそは理解できたけど、俺は納得したわけじゃないぞ。そもそも死んだ覚えも、神っぽい何かに会った覚えもない訳なのだが。……今からやり直して普通に生まれ変われたりはできないのか?

 

「貴方が力を受け入れ、私としっかり結びつけば、三度目の生としてそれを行うのは可能です。

 ……しかし、一つ申し上げておくならば、過去は決して消せません。貴方が今、自らの存在を拒絶しても選ばれた事実が無くなりはしませんし、過去に戻ろうとしてもそれは過去をなぞった今を歩いているということを認識すべきだと私は愚考いたします。

 ――さて、そろそろ答えを聞かせていただきたいものです。

 貴方は私を受け入れても、受け入れずとも、あるいは今は保留しても問題は無いです。

 決めた答えが何であれ、私は貴方の判断を尊重いたしますから――」

 

 

 

 

「起きてください、マスター」

 

 耳元に凛とした声が響く。

 白いベッドの中がもぞもぞと動きだし、中からまだあどけなさが抜けきれていない顔立ちをした黒目黒髪の男が起き上がった。

 

(……懐かしい夢だな。しかしあれからもう八年半近くも経つのか)

 

 そう昔を思い返す彼、ヒサト・クラフトは前世の記憶を保持する、いわゆる転生者である。

 念の為に断っておくが前世の彼の名はこのような和洋折衷では無かった。――最も、読み方が分からないようなもっと変な名前であった可能性も否定できないのでもあるが。

 だが、ヒサトの前世における名前については語られることはおそらく無いだろうし、ヒサト本人も既にこれまでの今生における生活の中で気持ちを切り替えているということは予め述べておこう。

 

「うん、……おはようメシア」

 

 そう言って彼はベッドの傍にたたずんでいる、自らの相棒といっても過言ではない、今の人生が始まってすぐからの付き合いである濃緑の髪の少女――いや、彼女の30cm程の身長を鑑みればむしろ妖精というのが適切か――メシアへと、つい今しがた見た夢について考えながら顔を向ける。

 ――彼女についてはこれまでの間ずっと己の傍らにいると言うのに、未だに自分自身のことも含めて分からないことが多い。ヒサトはそう感じた。

 大抵の問い掛けには素直に答えてくれはするのだ。しかし、彼の持つ力の秘密や初めて会った時にうっかり口を滑らせたと思しき、複数人を転生させた本当の理由、『育まれた結果が全て』とはどういうことかについては申し訳なさそうな表情はしつつも、なぜかこれまで決して語ろうとしなかったのである。

 自分と彼女についてヒサトがこの八年半ほどで分かったこと。それはメシア曰く、ヒサトの魔導師としての才能は――もちろん努力しだいでもあるが――最高ランクに到達することが可能な水準であるということ。

 実際、ヒサトはこれまで魔法に対して楽しみながらもひたむきに打ちこんで学び実践し、そしてその分だけ、いや、それ以上に目に見えて上達しているのでは無いかと思えるくらいグングンとその才能を伸ばしてきた。

 今現在も魔導師としての力だけでなく、その他様々な知識を学べば学ぶだけ自らの糧と出来ている実感を彼は得ている。

 次に、転生した者に与えられた力は大体二つであるということ。

 詳しくはやはり教えられないそうだが、メシア曰く、メシア自身がヒサトに与えられた力の一つであり、ヒサトが知っている魔法であれば、ヒサトの知識と認識を元にしたおおよその形で再現して使用できるように手助けをしてくれるそうだ。

 後、もう一つの力は彼女の存在が影響して、本来のものとは一部変質しているらしいこと。

 そして彼女はヒサトの魂の片割れであり、いわば守護霊的な存在である。――曰く『似たようなことは出来ない訳では無いがユニゾンデバイスじゃありませんよ』とのことだ。

 その他にもヒサト自身が気付いたこと、彼女に教えられたことはあるのだが、それについては今はまだ頭の片隅に留めておく程度で良いだろう。

 しかしヒサトにとって自身の秘める力の把握は今現在さしたる困難に陥ってはいないとはいえ、当然ながら重要ではあるし、後々知らなくて後悔する事態になるのは困る。

 そこで、久方ぶりに昔の夢を見て気にもなったし、あまり期待はできないだろうと踏まえつつもヒサトは今生で常に傍らにいる存在に改めて問う。

 

「なあ、メシア。そろそろもっと詳しく力のこととかを教えてくれてもいいんじゃないか」

 

 ヒサトは何時にも無く真剣な眼差しでメシアの小さな灰色の瞳を見つめ、今日こそはという決意を込めて彼女へ問いただす。

 メシアは一瞬キョトンとした表情をしたが、自らのマスターの言わんとすることを察して、少し物憂げにしつつ言葉を選ぶように話し始めた。

 

「話すべきことは既におおよそ話しました、……というのでは納得していただけないのでしょうね。

 初めてマスターと話した時のことはおぼえていますか?

 あの時、私は『何をどうしろといった指示は無く、新たな生をどう生きるかは自由です』と申し上げたと思います。

 ……今更マスターの力について全てを説明するというのは少々憚られるので、勘弁していただきたいのですが。そうですね、マスターの力について少しだけお教えしますと、ピンチに陥り万策尽き、今のままではもうどうしようもないと思った時、つまり力に“飢える”ことでマスターは自らの力に真に覚醒し、その力の全貌を理解することができますよ。それはもう、まるで物語の主人公のように。……あ、でも実際は力に目覚める前に死んじゃうことも十分あり得ますので、くれぐれも無茶してはいけませんよ。

 そういう訳ですからマスターはあまり心配しすぎること無く、己が心に従って生きてください」

 

 そう言って、メシアは茶化すようにくすりと笑った。

……何ともメタな言葉だな、とヒサトは思いつつも、肝心なことははぐらかして場の空気を変えようとする彼女の意図を理解し、微笑みを向けて『そうか、わかった』と返事をした。

 結局のところほぼ収穫なしである訳だが、ヒサトはまあ今はそれでいいかと思った。

 現状に不満がある訳でもないし、あまり強大な力があっても碌なことにならない可能性が高いだろうことは自身のこれまでを振り返っても確かだ。

 今でさえ力に溺れ気味なのに、安易に更なる力が手に入ると道を完全に踏み外すことは請け合いである。

 そう考えながら、水色の寝巻きから背が伸びてきた為に最近新しいサイズに新調した時空管理局員の制服に手早く着替えた。

 メシアは敢えて誤魔化されてくれた主の配慮に感謝しつつ、ライトグリーンの粒子となってヒサトの中へ一つになって融け込んでいった。

 

 

 管理局員の制服を纏ったヒサトは自室から出て、朝食をとりに食堂へと向かった。

 食堂に着くとヒサトはベーコンチーズトーストとサラダ、オレンジジュースをトレイに乗せ、もはや幼馴染といても過言では無い友人の一人を食堂の片隅に見つけるとサッと近づいて声をかけた。

 

「やあハルト、おはようさん」

 

 そう挨拶したヒサトはハルトと呼んだ金髪の、傍から見ても端正な顔つきのその友人の隣へと座った。

 

「あ、ヒサトおはよう。ショウは見かけなかったかい」

「いや、今日はまだ見かけて無いな。もう先に朝食を食いに来ていると思っていたんだが」

 

 彼の名前は、リオハルト・リクスナー。もう一人のショウという友人も含めてヒサトと同じ転生者である。

 彼ら三人は八年前にとある次元世界の遺跡の奥で、冷凍装置と思われるカプセルの中で眠るように存在していたのを発見された。

 目覚めて保護された後、特別保護施設に預けられて、そこで改めて三人はお互いのことなどについて話し合ったのである。

 ちなみに三人共前世の記憶はあるが、転生の際に神などのいわゆる上位存在と対面したといった覚えは無く、メシアが居なければ自分たちが何者かの介在によって転生したということはおそらく分からなかっただろう。

 言うまでもないだろうが、前世と今生の間の記憶が無い以上、今ヒサトたちが持っているらしい力は彼らがどれこれこんなのが欲しいと要望した訳では無く、彼らを転生させた存在が選んだものということになるだろう。

 そのあたりについて以前メシアに尋ねたところ、『他のお二方は分かりませんが、わが創造主は与える力を先に決め、その力をある程度創造主の意図したコンセプトで運用しうるであろう魂を選定したとのことです』といった答えが返ってきた。

 

 三人は施設で一年弱ほど過ごした後、管理局員になることを望んで士官学校の門をたたき見事入学を果たし、およそ三年間を魔導師としてのあれこれについてみっちり学んで、三人揃って優秀な成績で卒業した。

 それから後は本局1256航空武装隊への配属となり、そして今に至る訳となる。

 

「ところでヒサト、昨日戦技教導隊へと転属したうちのロギュシェ第五分隊副隊長の後任は誰になると思うかい」

「うーん、第一分隊のオーベル三等空尉がこっちに来て、新しく転属してくるらしい人が代わりに第一分隊に入るんじゃないかなと俺は思うけど」

「ふーむ、僕は件の転属してくる人が副分隊長になる説もあり得ると思うなあ。実際のところはまだ本当か分からないけど、AAランク以上の優秀な魔導師が来るらしいって噂だしね」

「噂が本当なら、それも有り得るか。しかし、最近は聞くことはないが、『アルハザードの捨て子』だとか陰口言われてた俺たちみたいな異端者にも親身になってくれてる良いお兄さんだから、栄転は祝福すべきだけど、やっぱり少し寂しいな」

「うん、確かに……ね。でも助け合うのは大事だけど、いつまでも他人に甘えてられないってのも事実だし、今まで以上に頑張っていこうよ」

 

 二人が今、話しているのは彼らが所属する分隊、本局1256航空隊第五分隊の次の副隊長についてである。

 本局1256航空隊は部隊長以下、現在八分隊に分かれており、各分隊にはそれぞれ隊長及び副隊長の下に二人ないし三人の隊員が存在する形となっているのである。

 入局したてのヒサトたちの良き兄貴分として、指導だけでなく仕事での細やかなフォローもしてくれたロギュシェ二等空尉には本当に色々とお世話になったものだとヒサトは改めて思う。

 

「おはよう、お二人さん。話が盛り上がっているようじゃないか」

 

 お世話になった上司との良き日々な時に思いを馳せ、ヒサトとハルトの二人が朝食をゆっくり食べながら話していると、茶髪に濃緑の目をした少年、――もう一人の友人たるショウ・レザンスカが話しかけてきた。

 

「やあおはようショウ」

「おはよう、ショウ。今日はちょっと遅めだね。もしかして件の調査に何か進展が有ったのかい」

「いや、残念だが転属してくる人物はおそらくランクはAAAってこと以外は私にも未だに分かってないな。昨日は私のつたない手腕なりに頑張って調べはしたのだけれどね。まあそのせいで今日は少し寝坊したってだけだよ」

 

 そう言ってショウは肩をすくめ、二人の向かいの席へ腰を下ろした。

 

「まあ、ハルトが言っているように魔導師ランクAAAの優秀な人材なのであろうことはほぼ確実だから、いきなり第五分隊の副分隊長になる可能性も十分にあるだろうな。尤も、私としてはヒサトが副分隊長になってくれると嬉しいんだけどね」

 

 そう述べたショウに対して、ヒサトはそれはどうなのかといった顔をして答えた。

 

「なあ、俺たちはまだ扱いとしては十一歳なんだぞ。いくら時空管理局が年少者の雇用に寛容で、魔法至上主義の傾向が強いと言っても、今の俺が分隊の副隊長にしてもらえる見込みは正直薄いと思うけれどもなあ」

「オイオイオイ、君は仮にも既に准空尉じゃないか。しかも魔導師ランク空戦SS+ときてる。

 さらに言わせてもらえば、士官になる為に部隊指揮や上級キャリア等についての勉強もしているんだろ? 私が管理局の部隊長ならばそんな将来有望な人材を少し若いくらいで平隊員として遊ばせておくことはしないし、実際のところうちの部隊長は君のことを殊更気にかけてる節があると私は見ているけどね」

「それに関しては昔どっかの誰かにおだてられて調子に乗ってしまった記憶があるけどなぁ。

 いやそもそも俺が上昇志向が有って指揮官になる為の勉強も行っているとしてもだ、いくら管理局が魔法至上主義であったとしても……だ、入局四年でしかも年齢的にまだ子どもと言っていい自分がもう准尉官とかちょっと怖いんだけど」

「フッ、……これは君だけでなく私とハルトにも言えることだが、あの若さで士官学校に入学できたというミラクルな奇跡を達成した時点である程度は覚悟しておくべきだったろうがね。

 それに当時の君はノリノリで喜んでいたし、その誰かが言ったことはあながち間違いじゃ無かったと思うがね。

 ハルトが管理局に入ることに前向きであったのがそもそものきっかけなのかもしれないが、士官学校に入ろうと初めに言いだしたのは君だったはずじゃないかい?

 私はただ君の熱意を応援しただけだよ」

 

 往生際の悪いヒサトに対してショウは勝ち誇ったような余裕の表情でミルクたっぷりのコーヒーを飲みながらそう言った。

 ヒサトは旗色が悪いことを悟り、ハルトにちらりと目線で救援を求めた。

 

「まあ……うん、僕もヒサトのことを応援してるよ」

「うむ、時空管理局の明るい未来は君の手に掛かっているぞ」

 

 ……何ということだろう、友を越えて最早兄弟だと思っていた二人にこんな形で裏切られることになるなんてヒサトは思っていなかった!

 ヒサトは別に偉くなって責任ある立場になったりするのが嫌という訳ではないが、正直なところこれほどの早さで昇進するとも思っていなかったのである。

 そもそも出世したい理由にしても、望んだわけでもない特殊な生まれゆえに人から奇異の目で見られるのは居心地が悪いし、ジッとしていても環境が良くなる見込みが薄いことが分かっている為、どうせならば皆とまでは言わないが、他人に認められたいという一種の自己顕示欲が根っこの部分にあっただけで、少なくとも決意した当時は時空管理局を良くする為とかそんなことをヒサトは全く考えてなかったのである。

 もちろん今の職場である管理局についてそれなりに思うところがあるのは今も昔も変わらないが、ヒサト自身は大局を変えてやるという意思はそれほど持ち合わせていないのである。

 

(いつまでも子ども気分じゃいられないのは仕方ないけど、後一年程は自分のペースでゆっくり学び、実力を高めつつ、気楽な立場でいられると思いたいんだけどな……)

 

 ヒサトはそう願いながら残りの朝食をパクパクと食べた。

 

 

 

 朝食を済ませ、訓練に行こうと歩いていたヒサトを気難しそうな顔をした男性、1256航空武装隊の副部隊長アラム・ペシコフ三等空佐が呼びとめた。

 

「クラフト准空尉、レイファラ部隊長殿がお呼びだ。至急、執務室へと行きたまえ」

 

 そう言うと副部隊長はヒサトが『了解しました』と言うのを確認するそぶりも見せずにどこかへ去って行った。

 

(別にわざわざ呼び出されるような問題を起こした覚えは無いし……まあこのタイミングだとおそらくはそういう話なのだろうな)

 

 ヒサトはフッと溜息を漏らしながら訓練場から部隊長のいる執務室へと目的地を変更した。

 

 執務室に辿り着いたヒサトは深呼吸をした後、緊張した面持ちでコンコンと軽く扉をノックする。

 

「入っていいぞ」

 

 中からそう、女性の声が聞こえてきた。

 ヒサトは促す声に従い、扉を開けて中へと入った。

 

「失礼します。ヒサト・クラフト准空尉であります。部隊長殿がお呼びと伺い、参りました」

 

 部屋の中に入ると正面奥に見える机を挟んで向こうのゆったりとした椅子に橙色の短髪の人物が座っているのが目に入る。

 その人物こそが本局1256航空隊の部隊長にして魔導師ランク空戦AAA+を誇る橙髪碧眼の麗人ことマーガレット・レイファラ一等空佐である。

 部隊長へと敬礼をした際、ヒサトは部屋の片隅に見慣れない少女が立っているのに気が付いた。

 ちらりと見る限りではおそらくヒサトと同年代に見え、管理局員の制服を身に纏っていることから、おそらく局員なのだろう。

 少女の髪は栗色のセミショートであり、その目は澄んだ天色(あまいろ)の青をしている。

 ヒサトはその少女が何者なのか気になりつつも当初の目的を思いだし、慌てて部隊長の方へと向き直った。

 

「うん、わざわざ呼びたててすまないね、ヒサト・クラフト准空尉。……若くして優秀な君なら呼ばれた時点で何となくは察しがついていると思うのだけれど、君に幾つか伝えるべきことがあって呼ばせてもらったわけだよ」

 

 部隊長は凛とした雰囲気で微笑みつつ、まずはそう切り出した。

 

「君がいる第五分隊の副隊長だったロギュシェ二等空尉が昨日付で第一戦技教導隊へと転属したのは知っているだろうが、その後任としてヒサト君、君を任命する。」

「……了解しました」

 

 このタイミングで呼ばれた要件がこれであろうことは、特に何も叱責を受けるようなことをした覚えが無い以上、ヒサトも既に分かっていたことだ。

 だが、前世の記憶について吹聴してない以上は、まだあまり責任を負わないでもいい立場の子どもとして扱われても良いんじゃないかという甘えの気持ちが今までは心のどこかに存在していた。

 しかし、もう子どもという意識からは脱却し、これからは自分のみでなく他人のことにも責任を持たなくてはならない立場になるということをヒサトは改めて自覚せざるを得なかった。

 自らの能力に対して自信と不安の両方を抱きながらも、ヒサトは今生において一つ大人の階段を上る決心を固め、部隊長へと了承の返事をした。

 

「大丈夫だ、君は君自身が思う以上に優秀で大きくなれる存在だよ。年の若さを気にしているのならば、それも心配ないぞ。君はとてもできる男だし、頼りになる優れた仲間もいる。私も今後しばらくの間は君が一人前の指揮官になれるようにこれまで以上に面倒を見てあげるよ」

 

 部隊長はヒサトの心中の不安を察したのだろうか、そう言って励ました。

 ――やだこの部隊長、本当に下手な男よりもずっとイケメンだよ。ヒサトは凛々しくも風格があるこの女部隊長へ常々から感じていた尊敬とカッコイイ印象がより一層深まった。

 

(本当にどうしてこうもウチの部隊長はカッコイイのだろうか)

 

 ヒサトが内心、部隊長のカッコよさに見惚れているのを知ってか知らずなのか、部隊長は意識を変えるようにコホンと咳払いをして言葉を続けた。

 

「さて、話の続きに戻り、次の要件に移らせてもらうぞ。君が副隊長になるというのは今言った通りだが、今はまだここだけの話になるが実を言うとだ、第五分隊の隊長であるカラント一等空尉も今月いっぱいで現場から退いて、後方勤務に就く予定なのだよ。

 だから来月からは君が本局1256航空隊第五分隊の隊長となる予定だ。その点も留意しておいてもらいたい」

 

 ――えっ、何ですかそれ。聞いて無いッスよ。

 辛うじて言葉には出さなかったが、部隊長が続けて言った話にヒサトは面食らった。

 

(いやいや、えっ……それって来月から俺が隊長ってことですよね)

 

 レイファラ部隊長は始めからそう言っている訳なのだが、あまりに急な展開にヒサトの頭の中は混乱しており、理解が追いついていないようであった。

 

「急な話であることは私も重々承知しているさ。だが先ほども言ったが、私も君が一端の指揮官になるまではできるだけフォローをするつもりだし、君は良い友人兼チームメイトに恵まれている。

 そして何よりも君自身も私の期待にすぐに答えられるだろう実力があるということを私は確信しているんだよ。

 大丈夫だ、ヒサト・クラフト君。確かに謙遜は美徳かもしれないが、君はもっと自分を誇っても良いと思うよ」

 

 ヒサトのあまりの混乱ぶりを見かねた部隊長は多少大仰な言葉でそう元気づける。

 部隊長の紺碧色の瞳が自分に自信と勇気を与えてくれているようにヒサトは感じた。

 正直なところ、未だヒサトの心の内は不安な気持ちが大きい。だが、ここまで期待されておいて情けない消極的な返答をするのも憚られる。

 それに、自分のことを高く評価してくれている人の期待に答えたい、どこまで自分にできるのか自ら可能性を知りたいという気持ちも少なからず存在するのだ。

 ヒサトは意を決し、己を奮い立たせた。

 

「私、ヒサト・クラフト准空尉。その話、しかと承りました」

 

 己の決意を示すように、ヒサトはビシッと敬礼する。その様子を部隊長、それと謎の少女が微笑ましい表情で見つめていた。

 

「うん、やる気になってもらえて助かるよ。ま、そういうことだから本日新暦64年9月5日付で君は三等空尉に昇格の後、本局1256航空隊第五分隊副隊長に任命するね」

「……はい、拝命いたします」

 

 部隊長が何でも無いかのようにサラリと言ったいきなりのサプライズ昇進の話にも、流石にもうヒサトは驚くことはなかった。

 ――有る意味やけっぱちになっていたとも言える。

 部下の腹の括りように満足したのか、部隊長は『頼りにしているぞ』とでも言いたげな眼差しでヒサトをひとしきり見つめた後、さも今気付いたかのように少女の方へと視線を移した。

 ヒサトもようやくこの少女について説明をしてくれるのかとの期待を胸に部隊長につられるようにして、少女の方へと顔を向けた。

 

「さてと、待たせたなフェンリッヒ一士」

「いえ、そんなことはありませんよ。なかなか有意義なモノも見れましたので」

 

 そう言って、少女はさも意味ありげにヒサトの方を見る。

 ヒサトは初対面の女の子に少し恥ずかしい所を見られたことにバツの悪い思いをしつつも、そもそもの原因たる部隊長に『早く話を進めてください』と目で訴えた。

 

「――先ほどから彼女のことは気にはなってはいただろうが、改めて言わせてもらうと、彼女は副隊長、そして隊長が抜けることになる第五分隊の新しい隊員となる存在だ。

 君にとっては仲の良い友人たる二人を除けば初めての部下になる。――頑張るんだぞ」

「ハッ、了解です」

 

 部隊長の言葉に対してヒサトはそう答えつつ、新たな分隊のメンバーであり、気心知れた友以外で初めての明確な部下となるその少女へと改めて目を向ける。

 少女の感情の起伏が薄そうな顔からその内心を窺うことは、今日初めて会ったばかりのヒサトには困難であった。

 だが、その美しくも理知的な顔の奥に宿る青い瞳からは力強い意思が内に存在しているだろうことは彼にも感じ取れた。

 

「では一士、自己紹介を頼む」

 

 そう部隊長が促すと、少女はヒサトへ礼儀正しく挨拶をした。

 

 

「シュテル・フェンリッヒと申します。どうぞ、よろしくお願いします」

 

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