リリカルガーデン   作:青桜

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第十一話

 

 

『――発信源はこの辺りです。魔力の残滓も僅かに確認できます』

 

 ガサガサと雑木林の藪をかきわけて捜索をするヒサトの頭の中に、彼の相棒の声が響く。

 

 4月初頭、ヒサトは昨晩に夢うつつの中で受信した念話による救援、――ユーノの声を聞き、彼を探しに来たのだ。とはいっても、別段ヒサトは積極的に未来を変えようなどと思って行動に出た訳でも無い。

 ……まあ高町なのはが将来的に辿るやもしれない道を考えると、少々彼女を魔法に関わらせることについて是非はある訳だが。

 

(撃墜とか、体を酷使するだとか、そういうのが無ければ何の憂いも無く、嬉々として管理局に歓迎できるんだがなー)

 

 ヒサトは脳内でそう呟いた。

 尤も、別に彼女は現状でいえば所詮他人であるし、自分が人の人生にあれこれちょっかい掛けていられるほどヒサトは立派な人間では無く、お節介でも無い。

 そもそもここの高町なのはが自分のイメージ通りの人物であるかすらも定かではないのだ。

 八神はやては現状ではさほどヒサトが思い描いていたイメージから逸脱した人物では無いと見受けられるが、高町なのはに関しては彼が思い抱くイメージとずれている可能性は十分にあり得る。

 なんせここにはヒサト達三人以外の転生者達が複数人数いるのだ。ニコポ、ナデポや公園イベントなどを経て、カッコいい少年に熱を上げて色ボケしていたりする可能性もあるし、そうでなくともあの年にしては大人びていたり、妙だったりする考えの人物の影響を受けて彼女自身の考え方にも何らかの変化があってもおかしくはない。

 本人に知られると怒られそうな考えもあったが、ともかく実際会ったことも無い人物が管理局に入ってくれるかどうかなんて考えても仕方ないし、そもそもここの転生者達が皆紳士的だったりする可能性だってあり得るのだ。

 

 まあ、どちらにしても今のヒサトはここの転生者達や高町なのはに進んで会いたいとも思っていない訳だが。

 

 

「しかし、魔力反応があるのに発見できないって事は、既に目を覚ましてどこかに移動したのか?」

 

 魔力の残滓があるのにユーノ本人が見当たらない事にヒサトは首をひねった。

 ――まさか、アンチユーノの輩、あるいは逆にユーノが大好きな転生者に既に連れ去られた後なのだろうか。

 ヒサトは今までその可能性を考慮していなかった事に軽くため息をついた。尤も、ヒサトは彼に好感こそ抱いているが、今こうして捜索をしているのはあくまでショウから頼まれたからであるのと、時空管理局に籍を置く者としての義務感故のものである。

 見つかったならば保護すれば良し、見つからなくても特にヒサトは現状における彼女らを取り巻く未来を積極的に変えたいとも思っていない、――いや、既に八神はやてに関してなど色々と取り返しのつかない変化が起きている以上、“原作”なんてものはヒサトの中では登場人物のプロフィールなどの、最低限度の知識以外には無頓着なものとなりつつある。

 まあ、その最低限度の知識さえ疑ってかかるべきものとなるやもしれない訳だが。

 

 とにかく現状のヒサトの方針は基本的に上の指示に従うこと、他は高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処、つまりその都度行き当たりばったりにやっていくという考えだ。

 仮にも指揮官がそれでいいのかとも思うだろうが、どの道現状では手探りで進んでいくしかないのだ。下手にうろちょろと蜂の巣の周りを探って相手を刺激するのも馬鹿らしいし、一応ここが管理外世界である事も忘れてはいけない。

 あくまでヒサト達の任務は夜天の書及びその主が安全な存在かどうかを観察する事、そしておそらく今後それに加えてジュエルシードを回収する事なのだから、あまり面倒な相手とドンパチやらかすのは勘弁したい。

 ヒサトは自分より弱くて下種な犯罪者を叩き落とすのはそれなりに楽しいと思うが、別に戦うのが好きなバトルジャンキーではないのだ。

 たやすい勝利で十分。達成感や充足感はなるべく仕事以外に求めるべきものだとヒサトは一応、心得ている。

 

 ――とにかく目的の人物が見当たらない以上はここに長居すると他人に見つかると怪しまれるだろう。

 ヒサトはそう考え、魔力の残滓が残る場所に背を向けて立ち去ろうとする。

 彼が捜索が空ぶったことをショウに伝えるべく、念話を飛ばそうかと思ったまさにその時、丁度タイミングを計ったかのようにショウの方から念話が来た。

 

〈こちらショウ・レザンスカ。動物病院で三人娘及びフェレット君を確認したぞ〉

〈えっ……、おいおい、今は平日の昼前だぞ。なんで彼女達がそこにいるんだよ。今頃は授業なり将来の夢を語り合ったりしているはずだろ?〉

 

 ショウからの報告に、ヒサトは戸惑いを隠せなかった。

 

〈……さあな。まだ四月初めだから学校は休みとかそんなんじゃないのかな。――とにかく、変なのに目を付けられる前にとっととお互い一度撤退して、もう一度今後について話し合いが必要だと思うのだが〉

〈……だな。まあ、こうなったらもうこのまま流れに任せるというか、局員として上の指示に従ってこれまで通りにやるのみだろうがな。取りあえずこちらからは捜索の結果、魔力残滓を発見した事を上に上げておくから、今後については部隊長に下駄を預けよう〉

〈了解した〉

 

 

「……ふう」

 

 ヒサトはため息をついた。ショウの言った推測は、なるほど納得できない事も無い。だが、それでも何となく世界を取り巻く定めとやらに嘲笑われたような気がして癪だった。

 ――たとえそんなものが無いと理解していても。

 朝一でここへと駆け付ければ、ユーノをヒサト達で確保できたかもしれないが、今更そんな事を言っても仕方ないし、そもそも先にも言ったようにヒサト自身は自ら進んで積極的に動くような理由があまり無い。

 自らが知るのとは展開が異なり、ユーノが死にそうな状況にでも陥ったりしたのならば夜中でも飛び起きて彼を助けに行ったかもしれないが、そんな展開がなかった以上はヒサトも空気を読むというか、頼まれでもしない限りは余計な事に進んで首をつっこむ気は起きなかったのだ。

 

「戻ってお昼ごはんにでもするか」

 

 ――ジュエルシードも早めに探した方がいいかな。どうせ部隊長から探すように命令が来るだろうし。……高町なのはの魔法少女としての経験値が少なくなるが、どのみち自分達管理局があれこれと出張る事になる訳だしそんなの既に詮無いことかもな。

 ヒサトはそんなことを考えながら滞在先へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第二、並びに第五分隊は反応があった地点に向かってくれ』

 

 その夜、ヒサト達四人はレイファラ部隊長からそのような通信を受け、二階にある各々の部屋より静かに、それでいて素早く外へと走り出した。

 ヒサトは指令を受けてすぐ、起きているかどうかは判らなかったが下の階にいるはやてへと、『ちょっと仕事で出るよ』と声をかけてから部屋を飛び出した。

 数日前にまとめ買いしたうちの一着の私服の上に、捜索初日に着ていた薄手のコートなどを羽織ったヒサト達四人は駆け足で目標地点まで向かう。

 

 

 

「おい、もう契約し始めてるぞ」

 

 ショウがぼそりとこぼした言葉をヒサトは拾った。

 八神家を出た彼らの進行方向には、桜色の光柱が立ち上っていた。

 

「仕方ない、緊急事態故にあそこまで転移(とぶ)ぞ」

 

 ヒサトはそう言うやいなや魔法陣を自らの周囲に展開し、四人まとめて転移する。

 

 

 

 

 

 

「ウソ、何なのこれ?」

 

 栗色のツインテールの髪型をした少女、高町なのはは自らに起こった出来事にそんな戸惑いの声をあげた。

 喋るフェレットからの救援を求める声に従い、家を内緒で抜け出して彼(?)のいる動物病院まで駆けていった。そこで見たのは毛むくじゃらの化け物とそれに狙われていた彼だった。

 そんな彼を助けて逃げ、彼からの頼みを受けて彼が持っていた赤い宝石と契約を交わした結果、杖と白を基調とした衣装を自分は身につけることになったのだ。

 

「えーと、これどうすればいいの!?」

 

 急な展開への戸惑いと、化け物への恐れで彼女はそんな問い掛けの言葉を発した。

 自らを睨みつける毛むくじゃらの迫力に気圧されて一歩後ずさると、後ろは壁でありこれ以上は下がれない。そんな、一体どうすればいいのか分からないなのはへと化け物が襲いかかろうとしたその時――

 

 薄緑の閃光が化け物へと撃ちこまれた。それと同時に結界らしきものが展開され、彼女達や化け物は周囲と切り離された環境に置かれる。

 なのはが閃光が飛んできた方向を見ると、剣を持った少年と杖を持った少年の二人が走って来ていた。

 そんな突然の展開に、突然の介入者。立て続けに起こる急展開に高町なのははおろおろするしかなかった。そんな彼女と化け物の間に二人の少年、ハルトとヒサトはなのはを背にし、割り込むようにして毛むくじゃらの化け物へと立ちふさがった。

 

「時空管理局の者です。……大丈夫ですか?」

 

 ハルトはチラリとなのはの方を振り向いて尋ねた。

 ハルトの問い掛けに、なのはは少しの間ポカンとしたままだったが、ハッとすると頷いた。

 ヒサトは彼女への対応をハルトや自分達二人よりわずかに遅れた速度で走ってきたショウとシュテルに任せ、化け物へと再び接近しながら自らのデバイスを振りかぶった。

 

『Strike impact』

 

 無機質な音声がヒサトの手に持ったデバイスより発せられる。そのまま化け物へと杖状のデバイスを叩きつけると対象は弾け飛び、後には化け物を構成していた核である、青い宝石が地面へと転がり落ちた。

 

 

 

 

「救助の念話を送ったのは君かい?」

 

 ハルトはどう見てもデバイスである杖を持った少女、なのはへとそう問いかけた。

 

「いえ、えっと……」

 

 ハルトの問い掛けに、なのはは再び戸惑った様子で目を彷徨わせて、おそらく自分より事態に詳しいだろう彼を探した。

 

「――いえ、助けを求めたのは僕です。……彼女はその僕の念話に答えてくれた優しいこの世界の住人で、管理世界の事は知らないはずです。だから彼女は何も悪くありません」

 

 なのはの後ろよりユーノが出て来て、ハルトへとそう話す。ハルトはそうなのかと納得したように頷くとユーノへと近付く。

 

「どうやら怪我をされている様子ですね。すみません、来るのが遅れて。今、治療魔法を掛けます」

 

 ハルトはそう言いながら屈み、両手をユーノを包み込むようにしてかざして治療魔法をかける。 白銀の魔力光がユーノを包み、彼の傷を癒してゆく。

 

 さて、他の第五分隊の面々はというと、ヒサトは後よりいつの間にか来ていた第二分隊のメンバーに、ジュエルシードの傍で現状少ないがこれまでのいきさつの報告とこれからの事について意見を交わしているようである。

 シュテルは自分に色々と似ている少女、高町なのはに興味をひかれたのか、じーっと彼女と見つめあっていた。

 ショウはそんな彼らを微笑ましく思いつつも、しきりに周囲を気にするようにして油断なく構えている。

 

 

「さて、私は本局1256航空部隊の第五分隊長、ヒサト・クラフト二等空尉です。今回の件について出来る限りの詳しいお話を聞かせて貰ってよろしいでしょうか?」

 

 ジュエルシードの対処を第二分隊の方々に預けて、なのはやユーノ達のところまで来たヒサトは屈みこんでユーノに尋ねた。

 ユーノはそれを受けて、自分の素性とヒサトが知識として知るのと同じようないきさつをざっくばらんで簡単にではあるが、なのはとヒサト達に語ってくれた。

 

「……なるほど、了解しました。正式には上司の判断を仰いでからとなりますが、ジュエルシードの回収は我々がなんとかします」

 

 ユーノの説明を受け、ヒサトはそう言いきった。

 

「……あの、つかぬ事を尋ねますが、どうしてこんなに早く来てもらえたのですか?」

「――守秘義務等も有ります故に今この場では詳しく語れませんが、別のロストロギアがらみでとだけ申しておきます」

 

 ユーノの質問に、ヒサトはそう答えた。彼のその説明にユーノは『そうですか』とだけ一言もらす。

 

「で、シュテルそっくりのこっちの子はどうするの、ヒサト」

 

 ハルトがなのはの方を向きながら尋ねる。

 急展開の連続に所在なさげにしていたなのはは、自分に注目が集まり出した事に気が付くと窺うようにしてヒサト達を見た。

 

「ああ、えーっと、この度はご協力に感謝します」

 

 ヒサトはどう対応すべきか少し迷ったが、取りあえずはお礼を言うべきだろうと思い、ビシッとした敬礼と共に感謝の意を彼女に伝えた。

 

「あ、いえ、私はただオロオロしてただけで、なんにもしてないですから……」

 

 なのはは弱々しい声色でおずおずとヒサト達にそう告げた。

 ヒサトは内心、彼女がジュエルシードを封印するまで遠巻きに見ているべきだったかなと思わなくもなかったが、自分はそう呑気に仕事サボって観戦していられる身分では無いと自らに言い聞かせた。悲しいけど組織の歯車として生きているのだから、ある程度はきちんと働かなくてはならないのである。

 

「いや、勇敢に化け物に立ち向かっていたし、何よりそこの彼を助けたのは君じゃないか。そうですよね?」

 

 内心で謝りつつヒサトはそう言って、『彼女の活躍を褒めてやれ』との意を含んだ視線をユーノへと向けた。

 

「う、うん。僕がこうしていられるのは君が助けてくれたおかげだよ。ありがとう、えっと――」

「……そう言えば、君の名前、聞いてなかったな。よければ勇敢で思いやりのある君の名を俺達に教えてくれないか?」

 

 ヒサトやショウなどは彼女の名前を知っているのだが、こういった自己紹介の手順はきちんと踏んでおいた方が色んな意味で面倒が無くて良いのでしっかりとしておく。

 

「あ、はい。私は高町なのは、小学三年生です」

「なのはが名前だね。さっき言ってたのを聞いたかもしれないが俺はヒサト・クラフト。そしてこいつらが――」

 

 ――そうして他の第五分隊三人の紹介も順々にしていった。特に互いにそっくりなシュテルに関して彼女の食い付きは良く、しきり親しくなりたそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「あっ、そろそろ帰らないと不味いかも……」

 

 似ているゆえに親近感が湧いたのか、主にシュテルに対してしきりに話し掛けていたなのはは思いだしたようにそう言った。

 

「ん、そうだね。家族も心配しているかもしれないし、もう家に帰った方がいいね」

 

 ハルトがそう相槌をうつ。

 そうは言ったが、彼女は早く帰らないといけないのが分かっていつつも、何やら名残惜しげな様子でヒサト達をチラチラと見ていた。

 彼女のそうしたあからさまなしぐさを眺めて、ヒサトは少し考えた後に口を開いた。

 

「また明日にでもこっちから念話で話しかけるから、その時にでも少しお話しをしよう」

 

 ヒサトのその言葉に、なのはの顔は嬉しそうにぱぁっと明るくなった。

 

〈……いいのかい? そんなこと言って〉

 

 ショウが念話でヒサトに問いかけてきた。

 ヒサトは一瞬だけ苦々しい顔をしたが、すぐに元の表情に戻して返事をする。

 

〈どのみち彼女はよっぽど強く言わない限り、“もう首突っ込んじゃ駄目”と言ったところで聞き分けてくれると思うか?〉

〈強く言い含めて、レイジングハートも没収……というかユーノに返させれば、多少不満は残るだろうが聞き分けてくれると思うがな。まあ、別に今の君の言葉は彼女に協力を要請したという訳でもないし、彼女も今日は頑張ったんだから、自分の住む所で起きた事件について知る権利はあるだろう。それに、これからの彼女についても――〉

〈最終的な判断は部隊長に仰ぐしかない、だろ?〉

 

 ショウの厳しい指摘にヒサトは内心で再び苦笑しつつも、どのみち自分は報告をするだけで、判断は部隊長が下す事なのだと考えて意識を現状の仕事へと切り替えた。

 

 その後、なのはは明日お話聞かせてくださいねと念を押したのち、走って帰っていった。

 ちなみにユーノはヒサト達と共に残っているのだが、レイジングハートは彼女が所持したままである。別にヒサトとしては明日も話す機会がある訳だし、一応ユーノが所有権を持っているはずのデバイスを持ったまま彼女が帰っていった事はあえてスルーしたのだが、それよりもユーノを連れていかなかった事で、彼が可愛がられて夜中に勝手に出歩いた件がうやむやにならずにこってり絞られやしないかは心配であった。……まあ、愛情豊かな家族ゆえに、そうこっぴどくは叱られないとは思うのだが。

 

 

 

 

 さて、ひとまず今夜の騒動はけりがついたし、撤収して早く報告書をまとめなくてはいけないなとヒサトが頭の片隅で考えていると、新たに声を掛けてくる人物が現れた。

 

「おい、なんで管理局がいるんだよ」

 

声がする方へとヒサトが面倒くさそうに向くと、髪は黒だがおそらく目の色は紫がかったような色合いの少年が不遜な態度で立っていた。

 

 好戦的な雰囲気を纏う少年に、シュテルなどはいつでも戦闘態勢に構えられるように気を張る。

 

 ――どうしてこのタイミングで来るのかねぇ。

 結界を張ってから先ほどまでで、おおよそ三つほどの気配は感じていたが、もう既に割り込むべきタイミングは逸している為、この場は様子見を決め込んでこちらに気付かれる前に全員立ち去ろうとするとヒサトは思っていたのだが、その予測をこの少年は裏切ってくれた。

他二つの気配もこの少年とヒサト達の推移を見守るためなのか、依然立ち去る気配は無い。

 

(いや、動いたか)

 

 何かに気付いたヒサト――いや、正確に言うと始めに気付いたメシアは魔法を展開する。

 展開された魔法は抵抗魔法、それも身体に作用するタイプの洗脳への抵抗魔法である。

 

〈マスター、解析結果としては、この術は音声を媒体としてこちらの脳へと作用するタイプのようです〉

〈君が早めに察知してくれて助かったよ。いつもながら流石だ〉

 

 ヒサトはいつもの如く、小粋で気を利かせる相棒たる存在にそんな賛辞を送った。

 

 

「やれやれ、そこの彼はともかくとして、どうして時空管理局が……おっといけない」

 

 相手の術の影響を阻害する魔法を第五分隊及び第二分隊の周囲へと密かに展開し終えたヒサトは、非常に悔しそうな表情で棒立ちしている少年から、新たに声を掛けてきた者の方へとチラリと目線を動かした。

 新たな介入者は茶色みがかった髪の毛で、開いているのか分からないぐらいの糸目をした、ひょろりと背が高めの少年だった。

 その少年はつかつかとこちらへと歩いてくる。

 彼の右手には神楽鈴が握られており、もう片方の手にも一冊の赤い表紙の書物を持っていた。

 彼も突っ立ったまま動けずにいる少年と同じで、おそらくは転生者なのだろうとヒサトはあたりをつけた。

 

『アハハハハ、セーフだよ主さま。ぜーんぜん問題ナシ』

 

 彼が左手に抱える書からキャピキャピした感じの女の声が上がった。

 

(……いや、アウトだぞ。完全にアウトだからな)

 

 ヒサトはその声の主、――赤い魔導書型デバイスへと心の中でつっこんだ。

 しかし、現段階で自分達管理局員が地球にいるなんていうイレギュラーに動揺しているのかもしれないが、口滑らせ過ぎじゃあないのか。

 ヒサトは続けてそう内心つっこみを入れた。

 後から来た糸目の彼も『喋るなよ』とでも言いたげに自らの片手に持った赤い書に目を落とす。

 

「あー、取りあえずそこの馬鹿の代わりに謝罪させていただきます。迷惑掛けてすみませんでした」

 

 そう言って糸目の彼はヒサト達に対して頭を下げた。

 謝罪されたヒサト達は正直どう反応したら良いのか途方に暮れ、取りあえずのところは彼の謝罪に対して曖昧に頷いた。

 

「おい、純彦。テメ―こそ俺に謝ってとっとと失せろよ」

 

 棒立ちになっている少年の方が、糸目の彼にそう吐き捨てるようにしてかみついた。

 どうやら糸目の彼は『スミヒコ』という名前らしい。

 

「ハァ……。君もよくよくそんな口が叩けるものだね。口はともかくとして、今まであまりやんちゃしてなかったから対応は後回しにしていたけれど、もっと早めに力の差を思い知らせておくべきだったかな、槇成歳光くん」

 

 純彦はため息をつくと、出来の悪い子どもをなだめるような声色で『マキナリトシミツ』とよんだ少年に語りかけた。

 

 

〈……俺達はどうすべきなんだろうかね〉

 

 一触即発の雰囲気を漂わせる少年達を脇にして、ヒサトはこの場にいる面々に問いかけた。

 

〈彼らに話を聞くべきなんじゃないか?〉

 

 ショウが投げやりな調子で答えた。

 ……彼の言い分が尤もなはずなのだが、ヒサトは今回ばかりはその言葉に素直に応じることは出来そうになかった。

 

 

 

「チッ、今日のところは邪魔なやつらもいることだし、勘弁しておいてやるよ」

 

 そうしているうちに歳光とよばれた紫目の少年はいかにも捨て台詞のような言葉を吐いて立ち去っていった。

 その様子を純彦は『それでいい』とでも言いたげに口を釣りあげながら、黙って見送る。

 

『一昨日きやがれ、蛆虫野郎が』

 

 ……彼の持つ魔導書型デバイスはとても口汚かったが。

 

 

「ひ、引きとめて話を聞かなくても良かったの?」

 

 歳光という少年が立ち去るのを純彦同様、黙って見逃したヒサトやショウ達にハルトが遠慮がちにそう尋ねた。

 

「パッと見たところ彼はあまり話の通じる人物じゃあ無さそうだったしね。話ならばそっちの彼とすればいいさ。――そうだろ?」

 

 ヒサトはそう言って、純彦へと視線を向けた。

 

「さて、どうやら君は知っていると見たけど、改めて言わせてもらうとしよう。――私達、時空管理局の者ですが、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか?」

 


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